月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第49話 家族として

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 リリエンベルク公国はローゼンガルテン王国領の中で、もっとも北に位置する。さらに北東に位置する大森林地帯に近い土地のように人の往来が難しくなるほどではないが、それでも冬の寒さが本格化する年明けとなると領地のほとんどが雪に覆われることになる。クロニクス男爵領はそのリリエンベルク公国領の北東部。雪の深さでは領内において上位に位置する土地だ。
 雪が積もって辺り一面、真っ白になっている平原。その雪の上では。

「右翼前進! 急げ!」

 命令を受けて、一小隊十人の部隊が動き出す。その後ろにはさらにもう一小隊が、少し距離を置いて続いていく。

「左翼も前進! 右翼に遅れるな!」

 さらに左翼に配置された小隊も前進を始める。

「全体を前に出す! 急げ!」

 さらに残りの小隊も、先行した両翼と距離を空けないように前に出て行く。

「敵左翼接近!」

「迎撃! 迎え撃て!」

 敵接近の情報を受けて、味方は迎撃態勢に入った。雪原のあちこちにある雪をかき集めて作られた雪山に身を隠しながら攻撃を開始する右翼の部隊。

「中央! 前方を警戒しながら、右翼の支援に入れ!」

 やや遅れて前進していた中央が、その勢いを速めて、前に出て行く。

「味方右翼押しています!」

「中央、急げ! 敵左翼を一気に押し込め!  左翼、遅れるな!」

 味方は優勢。前進の勢いが徐々に強まっていく。左翼は敵を押し込み、中央もそれに遅れまいとついていく。やや遅れている右翼も前に押し出していったのだが。

「……右翼、敵の集中砲火を受けて、苦戦中!」

「なんだと!? 中央の支援はどうなっている!?」

「数が違います! 敵は味方右翼に兵力を集中させている模様!」

 優勢だったはずの戦況が、わずかな時間でひっくり返ってしまっていた。

「左翼! 急げ! 前面が空いているはずだ! 突撃しろ!」

 敵が味方右翼に兵力を集中させているのであれば、左翼の前面は手薄なはず。その隙を突こうと、左翼翼の味方に突撃命令が発せられた。だが戦況はさらに変化していく。

「伝令! 右翼補給部隊全滅! 急ぎ、別部隊の派遣を!」

「なんだって!?」

 前線からの伝令の報告は予想外のもの。補給部隊が全滅などという状況は想定していなかった。

「……補給部隊! 右翼に……! いや、待て……伝令! 右翼の弾は!?」

「弾切れです! ですから急ぎ補給を!」

「しまった……左翼を戻せ! 早く!」

 指揮官はようやく敵の意図を読み取った。だがそれは少し遅かった。左側に姿を現したのは味方左翼ではなく敵右翼。味方左翼を打ち破って、本陣に突撃をかけてきていた。

「押せ! あとは力押しだ! 一気に本陣を落とせ!」

 敵指揮官の攻勢を指示する声とほぼ同時に飛来してきた多くの白い玉。大量の雪玉が味方本陣に襲い掛かってきた――紅白雪合戦はジグルス率いる紅組の勝利で終わった。

 

◆◆◆

 雪合戦のあとはそのままその場所で鍋パーティー。わざわざ寒い外で行うことはないという声も、ジグルスの両親からだけだが、あったが、そうだからこそ温かい鍋がより美味しく感じられるというジグルスの変な理屈が兵士たちからは支持されて、外で行うことになったのだ。
 もっともいざやってみれば、直前の雪合戦のおかげで体はポカポカ。寒さは逆に心地よいくらいだ。さらにそこに熱々の鍋を食べることで体が冷えることもなく、当初考えていた以上に心地よい鍋パーティーになっている。

「前線指揮官であるブルーノさんの問題ですね」

「俺ですか? 責任逃れをするつもりはありませんが、中央と左翼の連携は本営の指揮官が判断するべきだと思ったのですけど」

 鍋パーティーを楽しんでいても、会話の内容はいつの間にか戦術の話になってしまう。雪合戦はただ遊んでいたのではなく、部隊運動の訓練の一環だったのだ。

「それもありますけど、中央が遅れているところで前進の足を緩めないと。さらにその状態で、敵が引いたからといって安易に前に出るのもどうかと思います」

「それは……まんまと引っかかりました。でも、あれ気付きますか?」

 敵の後退は自分たちを引き出す為の罠だった。終わったあとだから分かるが、雪合戦の最中にそれが見破れたのかがブルーノは疑問だ。

「敵を一人も倒していないのに優勢だと言えますか?」

「……攻撃の勢いが衰えたので弾切れが近いのかと思いました」

「そう考えて、一気に攻勢に出たら味方が弾切れ」

「いや、それは補給部隊……あっ、補給部隊を前線に引き出す為の罠だった?」

 罠の本当の目的は何だったのか。それにようやくブルーノは気が付いた。

「正確には中央との距離を作った状態で、補給部隊を前線に来させる為の罠です」

「……その中央との隙間を突かれて、補給部隊は攻撃を受けました。そういうことですか」

「弾切れ状態になれば前進は出来ない。ただ敵に討たれるだけですからね。そうなればその部隊は全滅したも同然です」

「ブルーノがそう思わされた時点で、だな」

 会話に割って入ってきたのは白組の総指揮官をしていたフェリクスだ。

「そうですね。実際はブルーノさんの部隊の前はがら空き。全滅覚悟で前進していれば、俺たちの本陣は落ちたでしょう」

「えっ?」

 前線にいたブルーノはその事実に気が付いていなかった。

「文句のつけようがない各個撃破。完敗だな」

 ブルーノの部隊が足止めされたあとは中央が集中砲火を受けて全滅。さらに急いで前進してきた左翼も同じ目にあう。紅組全軍に白組は一部隊ずつ挑んだ形だ。

「ですからそれはブルーノさんが始まり。右翼がじっくりと構えて、中央を待っていれば、その殲滅には時間がかかりました。そうなっていれば左翼も間に合ったかもしれない」

 そうなれば真正面からの撃ち合いだ。指揮よりも個々の能力と運が勝敗を決めることになる。

「そうか……今回は俺の責任か……よし、じゃあ、責任をとって脱ぐ!」

「はっ?」「なっ?」「ええっ?」

 驚く周囲に構うことなく、服を脱ぎ始めるブルーノ。やがてパンツ一枚になったブルーノは。

「うぉおおおおおっ!」

 叫び声をあげながら雪原を駆け回り始めた。それを見た周りは爆笑半分、呆れ半分だ。

「ブルーノさん、ただ脱ぎたいだけですよね?」

「絶対そうだ」

 ブルーノがこんな風に裸になって駆け回るのはこれが初めてではない。これまでも何度もあったことなので、呆れる人たちが出るのだ。

「いやあ、でも最近、俺も気持ちが分かるな」

「はい?」

 笑うでも呆れるでもなく、ブルーノに同調してきたのはディルク。まったく同感出来ないジグルスには意味が分からない。

「だって、かなり鍛えられたよな。自分の体に惚れ惚れする」

 厳しい、常識外ともいえる鍛錬を続けてきたディルクの体は、それ以前とは明らかに違っている。

「ああ……そういうことですか。そういう意味では……」

『うおりゃーーーー!』
『わぁあああああ!』

 響き渡るのは兵士たちの声。兵士たちも同じだ。鍛え上げられた体は、かつて落ちこぼれと呼ばれていたとは思えないものだ。
 そして体つきが変わったのは、ブルーノが駆け回っているのを呆れ顔で見ていたジグルスたちも同じ。

「俺たちもやるか?」

「いいですね……あっ、騎馬戦とかにしてみます?」

 ただ駆け回っているだけではすぐに飽きる。ジグルスはまた新しい遊びを提案した。

「きばせん……なんだ、それ?」

「教えます。簡単ですから、すぐに出来ますよ」

 そして紅白戦は雪合戦から騎馬戦に種目を変えて、第二回戦が行われることになる。第二回戦は完全な遊びだが。
 辛く厳しい鍛錬の毎日。そんな中でもこういう遊び心をジグルスは忘れない。深く考えてのことではない。息抜きも必要だ、くらいに考え、思いつきで楽しそうなことを企画しているだけだ。
 だが結果としてこれが部隊の一体感を生むことになる。教官と兵士、指揮官と兵士という関係だけでなく、一緒に悪ふざけをする仲間、という意識が自然と全員の心の中に生まれているのだ。

◆◆◆

 クロニクス男爵の屋敷は王都にある貴族屋敷とは異なり、大農家の家といった感じだ。実際に生活もそのようなもの。領民のほとんどは農民で、その彼等のまとめ役なのだから。ただ大農家と異なるのは、領地の農民たちは自分の家を持っているので、屋敷には使用人がいないこと。農作業ではなく家事を行う者として一人二人は雇っていてもおかしくないのだが、クロニクス男爵はそれを行っていない。赤の他人が屋敷にいることを好まないからだ。
 大貴族の屋敷に比べれば遙かに小さな屋敷も家族だけで暮らすのであれば、かなり広い。まして今は夫婦二人だけ。ジグルスは兵士たちと共に用意された宿舎で寝泊まりしているのだ。

「…………」

 暖炉の火を眺めながら、酒の入ったグラスを傾けているクロニクス男爵。晩酌はいつものことではあるが、無言でいることは珍しい。いつもは妻と二人で、何でもない日々の出来事を話す時間なのだ。

「……喜んでいるの? それとも悲しんでいるの?」

 沈黙を破ったのは妻、ジグルスの母親だ。

「……どうなのだろうな。悲しんでいるというのは間違いない。だが喜んでいるのだろうか?」

「軍人であった貴方はジークの才能を喜んでいるのではないの?」

「今の私は軍人ではない」

「では軍人であった貴方は喜んでいる」

 ジグルスには軍事の才能がある。訓練を見ているだけだが、そう思えるものがある。それはクロニクス男爵にとって嬉しいことではないかとジグルスの母は考えている。

「……そんなに私は軍人に未練があるように見えるか?」

「……見えない。貴方は良き夫で、良き父親だわ」

「そう思うのであれば、どうして私が喜んでいると言うのだ?」

「そう見えるから? 未練があるようには見えない。でもジークを見る貴方は嬉しそうだわ」

 兵士たちを指導するジグルスを、自ら鍛錬に勤しんでいる息子を見るクロニクス男爵はとても嬉しそうに見える。それを彼女はただ口にしただけだ。

「そうか……では、自覚はないが、喜んでいるのだな。ただそれがジークの才能を喜んでいるからとは限らない」

「では何を?」

「単純にジークが楽しそうだ。あんな楽しそうに鍛錬を行うジークは、都に行く前には見られなかった」

 幼い頃からジークを鍛えてきた。だが最初の頃こそ喜んでいたジグルスであったが、途中からそれは感じられなくなった。転生したのにチート能力を与えられていないことを思い知らされた、というのが一番の理由だ。両親にはそこまでのことは分からないが。

「……それは私のせいだわ。才能だけでなく、唯一の友達も私が奪ってしまった」

「君の責任ではない。仕方がないことだ。ただ……そうだな。多くの仲間がいる。それをジークは喜んでいるのか。だとすれば……やはり悲しみのほうが強くなる」

「……あの子は戦争に参加することを望むかしら?」

 両親はそれを望まない。ジグルスが戦いの場に出ることを許したくない。

「どうだろう? 私たちの気持ちを無視して行動するような子ではない。ただ、戦争がジークを求めるかもしれないな」

 戦争そのものではなく、ジグルスを知る人々が彼の参戦を求めるのではないか。部隊を鍛えているジグルスを見ていれば、これは容易に想像出来ることだ。

「戦争が……それがあの子の運命?」

 だが母親はそれを運命と表現した。

「そうではない。最後はジーク自身が決めることだ。だが共に過ごした彼等の求めをジークは拒否出来るか。絆が強くなればなるほど、救いを求める仲間を見捨てられなくなるだろうな」

 部隊を強くするのに絆を強くすることは大切だ。ジグルスの行っていることは、本人が意識していようといまいと関係なく、間違ってはいないとクロニクス男爵は思う。だがそれが上手く行けば行くほど、ジグルスを縛る鎖にもなる。両親がジグルスを縛っている鎖とは別のものだ。

「複雑だわ。仲間を見捨てるような子にはなって欲しくないとも思う」

「それでも見捨ててもらわなければならない」

「……私が」

「ヘル。私は苦しむ君を見たくない。君の苦しみに比べれば、ジークが感じる辛さなどたいしたことはない」

 妻の言葉を遮って、クロニクス男爵は自分の考えを告げる。妻に、ジークの為に自分を犠牲にするような考えを持って欲しくないのだ。

「そう言ってくれる貴方の気持ちは嬉しい。でもその二つは比べられることではないわ。もしジークが一生、後悔を胸に抱いて生きていくことになったらと思うと、私にはそのほうが耐えられない」

「……真実を知ればジークも分かってくれる」

「それは……駄目。仲間を見捨てたという思いより、さらに重いものをジークに背負わせることになるわ」

「しかし……」

 妻の言葉をそのまま受け入れるわけにはいかない。だが否定することも出来ない。どちらも選択出来ないできたから、今があるのだ。

「ハワード。私はね、ただ嬉しいの。あの子が戦争に関わることなんて、絶対に許せないと思っていたわ。でも今のあの子を見ていると、素直に喜べるの」

「……何故?」

「今のあの子は、王都に行く前のあの子とは違う。自分の意思を持っている。自分の人生を生きようとしている。私はずっとその邪魔をしてきた。邪魔をしてきたのに……今のジークが嬉しい」

 以前のジグルスは、どこか人生を諦めているように感じられた。いつの頃からか、子供であるのに夢らしいものを一切語らなくなった。ただ言われるがままに動くだけだった。
 そんなジグルスが王都行きを、学院への入学を強く求めてきた時は驚いた。行かせたくないという思いはあったが、ジグルスが自分の希望を訴えてきたことを嬉しく感じて、認めることにした。
 そしてその選択は、間違っていなかったのだと今は思えている。

「……その気持ちは私にも分かる。だが、君に万一があれば、結果、ジークがひどく傷つくことになる。私にはそれを受け入れる覚悟はない」

「それは……私が覚悟することだわ」

「ヘル。君と出会えて私は幸せだ。ジークが自分の子で良かったと思っている。私は、私の家族を誰一人、傷つけたくないのだ」

「……ありがとう。私も貴方に出会えて幸せだわ。一時は恨んでいた運命にも、今は感謝出来る」

 だからこそ運命に逆らってはいけないとも思う。一方で運命なんてものにジグルスを縛られたくないとも思う。彼女の想いは単純だ。家族三人で幸せに暮らしたい。だがその単純な想いを実現するのは簡単ではない。答えは複雑で、そう簡単には見つけられそうもない。