月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #48 モブキャラは先駆者

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 ジグルスが教官を務める新設部隊の鍛錬は、学院の同級生たちが加わったことにより、さらに激しさを増している。中身は以前と変わらないのだが、いくらジグルスが頑張っても全員には目が届かなかった問題が解消されたのだ。それにより兵士たちは益々気を抜けなくなっている。もともと気を抜いてこなせる鍛錬でもないが。
 ただ今日は週に一度の半休養日。軽く運動するだけで、体をいじめ抜くような鍛錬は行わない。だからといって楽が出来るわけでもない。一部の兵士たちにとっては、通常の鍛錬よりも辛い思いをすることになる。

「……この時点で敵が左翼、といってもほぼ真横ですね。真横にいきなり現れました。味方はどうしますか?」

 体は辛くないが、考えることが辛いのだ。
 ジグルスは週に一度、講義の時間を作っている。体を酷使するだけではオーバーワークになって逆に体力を失ってしまう。体作りには適度な休息が必要と、週に二日の休養日を作った。そのうちの一日を戦術の講義に使うことにしたのだ。これはジグルス個人の鍛錬のやり方と同じ。体を休める日には図書室にこもって勉強。学院時代からそうやっていたのだ。

「じゃあ……ホーキンス」

「ええっ……」

 あてられた兵士は顔を歪めている。考えるのは苦手、というより行ってこなかったのだ。

「間違っても良いから考えて」

「……真横の敵に向き合う」

「正面には敵の本隊がいるのに?」

「そっか……半分が向き合う」

「惜しい。戦陣の図をよく見て」

 ジグルスは少しずつヒントを出して、答えを導き出そうとしている。今はとにかく考える習慣をつけたいのだ。

「……あっ、後ろにいる部隊に対応させる」

 部隊配置の図を見て、兵士は敵と向き合っていない部隊の存在に気が付いた。それを突然現れた敵に向かわせるべきだと考えた。

「はい。後備の部隊ですね。実際の戦いでも指揮官はそう判断し、部隊を動かしました」

「やった!」

 正解を答えられたと思って喜ぶ兵士、だが。

「でも、間に合いませんでした」

「えっ……」

「ちょっと距離があり過ぎましたね。後備が味方左翼に出る前に、敵はその左翼に突撃をかけ、陣形を乱しました。さらに同時に敵右翼が攻勢をかけてきた結果、味方左翼は崩壊。負けとなりました」

 ジグルスが説明しているのは実際にあった戦いだ。ローゼンガルテン王国の戦いの記録を題材にして講義を行っている。

「……じゃあ、正解は?」

「そうですね。そもそも奇襲を許すような位置に陣を置いて、戦ったのが間違い」

 せめて味方のどの部隊が奇襲を受けても、後備が間に合う場所に陣形を組むべきだ。それが無理であれば、死角を死角のままに置いておくことがおかしい。偵察を送るなり、監視を置くなりすれば良かったのだ。

「それはズルい。そんなの答えられるはずがない」

「今のはそうですね。では、後備では間に合わないのであれば、どうすれば間に合いますか?」

 考える時間は終わらない。失敗事例であるなら、そうならない為にはどうするかまでを考えなければならない。

「……間に合う部隊を動かす」

「おっ?」

 おしい、という意味の反応。

「あれだ……そうだ! 左翼の半分を動かす!」

「それだけですか?」

 もう少し、という意味。

「……あっ、その上で正面の敵に負けないように、控えの部隊が半分になった左翼を助ける」

「はい。そうですね」

「やった」

 ようやく正解に辿り着いた。答えを得られて、兵士は嬉しそうだ。だがこれでもまだ終わりではない。

「俺もそうだと思います。ですが、あくまでも頭の中だけで考えた方法。これを実際に行う上での問題点がいくつかあります」

 敗戦事例に基づいている講義で、どうすれば勝てるか、もしくは負けないかを考えても答え合わせは出来ない。もしも、の結果など分からないのだ。
 だからせめて考えた方法が実現可能かを検証することにジグルスはしている。

「まずは誰がどの時点で判断を下すのか。この時点では総指揮官は間違えました。では誰であれば正解を出せたのか」

 ジグルスの問いに兵士たちは頭を悩ませている。

「実際に動く後備の指揮官が判断する。この場合、その判断を左翼に伝える為の時間が必要になります。左翼が判断する。間に合うと判断した場合はどうするか? 後部に伝令が走る時間が無断です」

 いくつかの可能性を示し、その問題も説明する。

「左翼が動きだしたら、後備はそれを見て、行き先を変えるのも有りです。方向は同じですので、無駄になる時間はほとんどありません。考える間を省く為に、初めからもっとも短時間で対応出来る方法を決めておくのも有りですね」

 最後に実現可能性の高い方法をいくつか挙げていく。

「いつものように絶対の正解はありません。ただ決め事が必要なのは間違いないと思います」

 あらゆる事態を想定し、それへの対応を決めておく。合宿の時に採った方法だ。だがジグルスはそれをもう一歩進めようとしている。
 全ての事態を想定出来るはずがない。想定外の事態が起きた時、決め事がないせいで動けなくなるような部隊では困る。咄嗟に考え、最善を選択出来る部隊になって欲しい。その為に考えることを習慣づけようとしているのだ。
 それもジグルスが最善であろう方法に導くことにより、全員が同じような思考を辿るようにしている。

「……困ったものだ」

 その講義の様子を見ていたクロニクス男爵が小さく呟いた。

「嫌な呟き。うちの息子はそんなに困った子なの?」

 その呟きに母親は嫌な感じを受けている。聞いていたのは戦術の講義。関わって欲しくない戦争の仕方を勉強しているのだ。

「……考える兵士を必要とする戦い方とはどういうものなのだろうな? 深く考えないでそういう兵士を育てようとしているのであれば失敗する。だが、そうでなければ……その答えが私には分からない」

 兵士は部隊指揮官の指示に無条件に従わなければならない。そうでなければ統制は乱れ、敵に隙を見せることになる。考える頭など必要とされていないのだ。
 だがジグルスは兵士に考えさせようとしている。それも指揮官のようなことを。それで部隊の行動は統一されるのか。クロニクス男爵には答えが見えない。

「……リリエンベルク公爵の話ではさらに増員する可能性もあるのでしょ? 兵士ではなくて指揮官にするつもりではないの?」

「それは騎士を不要とする部隊だな」

 将、指揮官を務めるのは騎士だ。その役割を兵士が務めるとなれば、この部隊に騎士は必要なくなる。

「不満?」

「いや、そういう時代になるのかと思っただけだ」

「やっぱり、困った息子ね」

 時代を切り開くような真似はして欲しくない。自分の息子は母親が望むのとは違う方向に進んでしまう。困ったものだと思う。
 リリエンベルク公爵はジグルスに研究環境を与えたのだ。戦術を考え、それを実際の部隊を使って検証出来る環境を。意図してのものか、結果としてそうなったのかは本人にしか分からない。

 

◆◆◆

 ジグルスの実験の場は、部隊が鍛錬を行っている場所だけではない。別の場所で、もっと壮大な実験が進められていた。その実験の第一回目の結果が間もなく出ようとしている。
 遠くに見えた小さな点が徐々に大きくなってくる。やがて空に浮かぶ黒い点がひとつではないことが見えてきた。

「……あれは?」

「飛竜ね。飛竜が大きな箱を運んでいるわ」

 黒い点は四頭の飛竜。そしてその飛竜に吊されているコンテナだ。飛竜を使って物資を、将来的には部隊を運ぶ。その最初の本格実験が行われているのだ。

「ここまでどれくらいで到着した?」

 実験内容を知っているジグルスは、詳細をアルウィンに尋ねている。実験結果を確認する為に、アルウィンもわざわざやってきていた。

「二週間だな。当初計画よりは二日ほど多い」

「原因は?」

「飛竜の疲労。計画段階で組み込んでいたつもりだったが、足りなかった」

 重い荷物を運んできたのだ。飛竜だって疲労が溜まる。その疲労を回復する為に、二日余計に要したということだ。

「……飛竜って鍛えられるのかな?」

「重い荷物を毎日運ばせて、美味いものを食べさせてやれば鍛えられるかもな」

「考えてみるか」

「冗談のつもりだったけど?」

「俺は本気だ」

「だろうな」

 ジグルスであれば飛竜さえ鍛え上げてしまうかもしれない。ただ本当に行うことになった場合、鍛えるのはジグルスではなく、飛竜を運用しているアルウィンになる。

「二週間か……」

「実際はもっと短縮出来る。今回は陸上輸送を使っていない。飛竜を休ませている間は、荷物も動かなかった」

「……疲労を押さえることで、飛行速度を上げられるかが課題だな」

 飛竜の速さが大きく変わらなければ、休憩中に陸上移動させてもあまり短縮効果はないとジグルスは思う。

「それの結論は何度か試さないと出ない。荷物を吊して、どこまで無理をさせられるかは飛竜士にも分からないそうだ」

「ああ、それはそうか」

 どれだけの重さを運べるかは何度も実験している。だがその状態で飛ぶのが、今回のように二週間という期間に及ぶと飛竜の負担はまた変わってくるはずだ。

「箱はかなり軽く出来たけどな。中身の重さはどうにもならない」

「中に入った物の重さまでは軽くならないか」

「そうなったら軽量化を施した剣を持った人の体重も軽くなるな」

「……戦いが不利になるな」

 重い剣を軽くする。それは扱い易さを優先するから行うことであって、その結果、威力は弱まることになる。剣の重さもまた威力なのだ。それが体重にまで及べば、軽い攻撃しか出来なくなっては戦闘に勝てるはずがないとジグルスは考えた。

「貴方たち、何をお馬鹿なことを言っているの?」

 ジグルスとアルウィンの会話にジグルスの母は呆れている。

「冗談だよ」

「冗談。何が?」

「えっ?」

「中身も軽くしたいのでしょ? それだと使う魔道が違うじゃない。中の物の含めて軽くするのであれば、その為の魔道を使わないと」

「……あるの?」

「あるわよ。当たり前じゃない」

「当たり前じゃないから。それって母さんは作れるの?」

 エルフの魔道に決まっている。コンテナを考える上でジグルスもそれなりに調べている。ローゼンガルテン王国で最大の本の収容数を誇るであろう図書室で調べて、記載がなかった魔道が普通であるはずがない。

「母上と呼びなさい」

「今更?」

 逆に母上という呼び方を嫌がっていたはずなのだ。

「家族だけで暮らしていた時とは違うの」

「……母上はその魔道具を作れるのですか?」

 呼び方ではなく口調も改めてみる。おかしなことではなく、貴族家であれば普通はこんな感じだ。

「う~ん。無理をすれば?」

「何故、疑問形? 無理なら良いです」

 中途半端な魔道で運搬中に事故が起きてはたまらない。

「……作るわ」

「いや、意地になられても困るから。最終的には人が乗るものだ。危険なものは使えない」

「人も運ぶの?」

「もっと数を増やして、部隊の移動に使いたい。物資を運んでいるのはそれに向けての実験でもある」

 部隊を運ぶとなると安全性の確保を徹底しなければならない。それには実運用が不可欠だ。当面は、物資の運搬が非効率になってもそれを優先させるつもりだ。

「そう……そうなると、ちゃんとしたものでないとね。分かったわ。探してみる」

「探す?」

「きちんとした物を作れる人を」

「……出来るのならお願いします」

 いるのだろうとジグルスは思う。だが恐らくはエルフであろうその人とどうやって連絡を取るのか。取れるのかが分からない。

「タダじゃないわよ?」

「分かっています。代金は……仮に見つかった場合は、先にいくらなのか教えて下さい」

 母親であれば、とんでもなく高価なものを勝手に作って押し売りのような真似をしかねない。ジグルスはなんとかそれに気付いた。

「いいじゃない。どうせリリエンベルク公爵が払うんでしょ?」

「駄目です。全体予算というものがあります。いくらでも使えるわけではありません」

「……じゃあ、兵士たちの食事代を削っちゃう?」

「絶対に駄目です!」

「真面目ね……あら? もう箱の上に人が乗っているじゃない」

「ええっ?」

 母親の言葉に驚くジグルス。慌てて視線を空に戻すと、すでにコンテナは飛竜から切り離され、パラシュートを広げた状態でゆっくりと地上に落下してきている。
 そのコンテナの上には、確かに人影がある。

「……あれは……ローラントだな。後から来るってこういうことか」

 その人物が何者か見分けたのはアルウィン。自分のところの使用人。ここ最近はすっと行動を共にしている相手だ。すぐに分かって当然。

「あの人か……でも、どうして?」

 何故、安全性の確保どころか初めての本格実験でコンテナに乗るような危険な真似をしたのか。その答えはローラント本人が地上に降りるのを待つしかない。
 ――そして地上に降りたローラントの説明は。

「パラシュートが開くか不安だった?」

「はい。実験は何度も繰り返し、成功例のほうが圧倒的に多いのですが、それでも失敗例は無ではありません。自分としては納得がいかなくて

「だから?」

「自分の手で開くのが確実と考えました。結果は成功です」

 パラシュートは綺麗に開き、中の荷物が衝撃で痛むこともなかった。初回の実験は、物資の運搬という点では成功だ。

「いや、成功したのは運搬。パラシュートは成功とは言わないから」

「そうなのです。改良が必要だと思うのですが」

 どうすべきかをローラントは決められない。それが出来るのであれば、とっくに改良している。

「分かっている問題点は?」

「飛竜と結ぶロープとパラシュートが絡まって開かなかった失敗例があります。切り離す前にパラシュートが開いて急減速。バランスを崩した飛竜が墜落しそうになった例も」

「そうか……設計が甘いんだな」

 パラシュートを使うことは考えついても、開閉の仕組みはジグルスにはない知識。かなり頭を悩まして、設計したのだが、やはり問題が出た。

「飛竜と繋ぐロープの中にさらに紐を通し、それを使って開くというのは考えられたものだと私は思います」

「でも問題がある……何か方法はないか……」

 コンテナの設計にはかなり時間を使っている。その時に思い付かなかった良案が今考えてすぐに出てくるはずがない。

「ジーク。まずは休んでもらったら? 寒いし、王都から来たのだから疲れているでしょ?」

「ああ、そうか。良し、じゃあ休憩しながら考えよう」

 それは休憩とは言わない、という母親の言葉を聞く前に、ジグルスは兵士たちが暮らす建物に向かって歩き出していた。

「……結局、あの子は考えることが好きなのね。昔から難しい顔をして考えていることが多かったもの」

 幼い頃から難しい顔をしていたのは、自分が転生者だと分かって、これから何をしようか考えていたから。自分にはどうやら特別な才能がないようだと知って、悩んでいたからなのだが、それは母親には分からない。
 ただジグルスが考えることが好きなのは間違いない。ジグルスはこの半休息日をほぼパラシュートについて考えることに費やして、改善案を作りあげて見せた。実験はまた一歩先に進んだのだ。