月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #38 モブキャラに向けられる目

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 リーゼロッテは今日も放課後の部室に一人で残って、考え事をしている。考えているのはジグルスのこと。だが今日はこれまでとは考える内容が違う。何故、ジグルスに心を惹かれるのか。その答えはもう得られたのだ。
 ユリアーナとジグルスの立ち合いを見ていたリーゼロッテは胸が苦しかった。二人の実力差は明らか。それでもジグルスは健闘していてユリアーナの剣を避けているが、それもいつまで続くのか。まともに受ければ、たとえ刃を潰しているとはいえ、大怪我をしそうな勢いでユリアーナは剣を振るっているのだ。
 ジグルスが怪我をしないかハラハラして見ていたリーゼロッテだった。だが、その心情が変化していく。ジグルスは勝てない相手に立ち向かっている。自分を守る為に。そんな風に思った途端に、心配だけではない想いが心に広がっていく。
 自分は彼の戦いを見ていることしか出来ない。彼を助けることが出来ない。彼が身を捨てて、戦いに身を投じているのに、また何も出来ない。そんな想いが心の中に湧き出て、リーゼロッテを苦しめる。「また」という想いが。
 このような想いに囚われるのは、これが初めてではない。それを思い出したのだ。
 いつも助けられるばかりだった。何故、ジグルスがそこまで自分に尽くしてくれるか分からなかった。従属貴族家の一員としての忠誠心。それだけではないことを期待するようになった。
 恋愛感情を意識するようになったのはいつからか。リーゼロッテは思い出せない。記憶が途絶えているからではない。本当に分からないのだ。
 公爵家令嬢として自由恋愛など許されない。湧き上がる感情を抑えていたはずの考えは、いつの間にかジグルスへの強い想いに押し流されていた。ジグルスへの想いを否定することは出来なくなっていた。
 公爵家の一員としての責任を忘れ、自分の感情に流された愚かな女、たとえ、そう指差されることになっても、想いを隠すことは出来なかった。
 自分はジグルス・クロニクスを、ジークをずっと好きだったのだ。それを、彼が与えてくれた全てを忘れてしまっていた。それこそ愚かなことだと思う。
 何故、忘れたのかも分かっている。ジグルスの母は言った。「忘れなさい」と。その言葉通りに自分は忘れたのだと。

(私の為……ではないわ。ジークのお母様は彼の為に、私に忘れさせたの)

 報われない想いに苦しむ自分を救う為ではない。それも少しはあるかもしれないが、母親の動機はジグルスの為だ。一切、目立つことを禁じた。ジグルスが何事もなく人生を全うすることだけを願っている母親は、そうなる為に自分から記憶を奪ったのだとリーゼロッテは考えている。
 ただ分からないのは、自分の記憶を奪うことが何故、母親が求める結果に繋がるのか。卒業したあとも、ジグルスが自分の為に戦い続けることを恐れたのか。これを考えた途端に顔に血が上る。
 そこまでジグルスに想われていると考えることは思い上がりだと考え、恥ずかしくなったのだ。

(どうしましょう? 私はどうすれば良いのかしら?)

 記憶が戻ったことは嬉しい。だが、以前と同じようにジグルスに接して良いのか。それをリーゼロッテは悩んでいる。自分がジグルスとまたかつてのような関係になることを、彼の母親は望まないに違いない。問題があるから想いを奪うような真似をしたはずなのだ。

(……貴方は答えを知っているの? エルフと近しい関係にある貴方には、お母様の考えが分かるかしら?)

 自分を慰めようと周囲を飛び回る光、精霊にリーゼロッテは問い掛けた。何故、自分を慰めようとしていると分かるのかという疑問を持つことなく。

(……こういう時……話相手になってくれると嬉しいのに……誰にも話せない想いを聞いて欲しいのに……)

(……き……よ)

「えっ?」

 声か音か区別はつかないが、何かが耳に、実際は頭の中に、届いた。それに驚くリーゼロッテ。

(……気のせいかしら?)

 だが聞こえたと想った何かは、それっきり。それ以上、何も聞こえてこなかった。リーゼロッテが彼等と想いを通じ合えるようになるには、まだまだ時間が必要だ。通じ合えるようになるかも分からない。今のところ彼等は、考えは大きく異なっているがジグルスの母親と同じで、リーゼロッテではなくジグルスの為だけに行動しているのだから。

◆◆◆

 リリエンベルク公爵の要求を受け入れて、教官役を引き受ける。そう決めたジグルスの行動は早い。両親がどう返事をするか確かめる前に、必要だと思われる準備を始めている。やるとなれば最大限のことを行う。そうなると自分一人の準備では足りないと考えたのだ。

「商売のネタを持ってきた」

「はあ?」

 いきなりジグルスにそんなことを言われても、アルウィンには何のことかさっぱり分からない。

「卒業したらすぐに自分の商売を始めたいと言っていただろ? それが出来る可能性を見つけてきた」

「……お前ってやつは……とにかく話を聞こう」

 持つべきものは友達、なんて言葉があるがジグルスの存在はまさにそれだと思う。ただ一方でアルウィンは与えられるばかりの自分が情けなくもある。

「まだ正式には決まっていないが、部隊を一つ任されることになる」

「……全然、分からない。どういうことだ?」

 あまりにも唐突な話。詳しく説明しようとしているジグルスだが、まだアルウィンにはさっぱりだ。

「リリエンベルク公国の軍。規模は分からないが、新設される部隊の教官を任せられる予定だ」

「……言っていることは分かる。だが何故?」

「何故と聞かれても俺も同じ気持ちだ。ただリリエンベルク公爵は期待薄であっても出来ることは全て行いたいそうで、俺に部隊を任せるのもその一つってことだ」

「期待薄ね……まあ、良い。それで、それがどう俺の商売と関係する?」

 本当に期待薄であるかは怪しいものだとアルウィンは思った。まだ学院を卒業してもいないジグルスに、いきなり新設部隊の教官を任せられるなんて話が出るのは突飛だと思うが、一方で彼なら見事にやってしまいそうだという思いもあるのだ。

「物資とか装備とか必要になるかもだろ? そうなった時の仕入れをお前に頼みたい」

「……そこまでの権限を持てるのか?」

 調達先を自由に選べるほどの権限をジグルスが持つのかと思って、アルウィンは驚いている。

「そんなのまだ分からない」

「おい?」

「でもきちんと調達が出来ると思わせるようでないと、可能性は無になる」

「……なるほどな。その為の準備か。しかし……賭けだな」

 準備をするにも経費がかかる。投資をして、調達先に選ばれなければ大損だ。

「結果が分かるのはそんなに先じゃない。俺の両親が了承すれば、すぐにリリエンベルク公と交渉だ」

「損は大きくならない。だがその分、準備期間は少なくなる。その短い期間でリリエンベルク公を納得させるだけの準備か……」

 実家のヨーステン商会の名を使えば、リリエンベルク公爵を納得させられるだろう。だが、それではアルウィン個人の商売にはならないのだ。

「必要なのは、こちらが求める物を確実に用意出来る調達力。これは簡単ではないから実家を頼れ」

「しかし……」

「最初だけだ。そのあとの調達ルートは何とかするんだな。あとは拠点。部隊がどこに拠点を持つか知らないが、そこに支店を置くこと。窓口となる人がいれば良いだけだ」

「人か……そうだな」

 アルウィン個人の商売といっても一人では出来ない。手伝ってくれる人が必要なのだ。それをどうするかもアルウィンは悩むことになる。

「そして一番の問題は輸送。物にもよるけど、頼んでも来るのが半年後じゃあな」

「……部隊の拠点次第だが……リリエンベルク公国内であるのは確かか……」

 アルウィンの実家、ヨーステン商会は都が本店。そこからリリエンベルク公国に運ぶとなると大変だ。それを行う人、そして護衛も用意しなければならない。

「出来れば飛竜を使いたい」

「だから無理だって。全部、軍に集まっている」

「分かっている。飛竜はリリエンベルク公に頼むしかない。ただ輸送に使おうとすると騎士には任せられない。相手も嫌がるはずだ」

「……つまり?」

「軍関係者ではない、飛竜を操れる人を集めろ」

「ああ、それなら……なんて言うわけないだろ? 飛竜と同じか、それ以上に難しい。軍関係者以外となると伝書屋くらい。同じ物を運ぶ仕事とはいえ」

 手紙などを運ぶことを商売にしている伝書屋であれば、飛竜を操れる人はいる。だがそれを利用するのは特別な人、金持ちだけだ。高額な報酬を得ている彼等を雇えることが出来るかは微妙だ。アルウィンは高額な報酬など払えないのだから。

「やっぱり無理か」

「……難しいと言っただけだ。やる前から諦めるつもりはない」

 ここで諦めてしまうようではジグルスの友人ではいられない。アルウィンはそう考えている。

「そうか。じゃあ、頼む……これはまだ分からないけど、飛竜は戦闘では使えないかもな」

「どうして?」

「臨時合宿の時、飛竜は逃げることも許されずに殺されていた。魔人にはそれだけの力がある。それに……魔物と呼ばれる中にも強いのはいるかもしれないからな」

 強い魔物はいる。空を飛ぶという飛竜の優位性を無にする魔物だ。その存在をジグルスは、ゲーム知識で、知っているのだ。

「……それはつまり?」

「飛竜の価値は暴落するかもしれない。あくまでも戦闘に使うという点では」

「お前って、どうしてそういうことを思いつける?」

 品薄でかつ高額で手が出ない飛竜が、そうでなくなるかもしれない。実際にそうなるかは分からないが、その可能性を思いつくだけでもアルウィンには驚きだ。

「……色々と考えているから?」

「分かった。俺も死ぬほど考える。自分の商売を始める準備か……やりがいはあるな」

 この時点でそんなことを始めるとは、アルウィンはまったく考えていなかった。かなり困難が伴うものであるのは考えなくても分かる。それでも、元々自分が望んでいたことだ。苦労は厭わない。
 なんといってもジグルスと一緒に事を始められるのだ。

 

◆◆◆

 エカードたちの部室。ほんの数日前までは戦略や戦術、個人の剣術や魔法についてなど活発な議論が行われていたのだが、今は盛り上がりに欠けている。
 その原因は、場を盛り上げる、といってももっぱら雑談においてだが、役目を果たしていたユリアーナの機嫌が悪いこと。それによって共に会話を膨らませる立場のレオポルドも、黙り込んでいることが多いこと。さらに進行役であるエカードまでが、なにやら難しい顔をしているとあっては、活発な議論など行われるはずがない。
 何故、そのようになっているか。理由は、声にならないユリアーナへの反感にある。一気に仲間をかき集めた形のユリアーナ。彼女が知るゲームにおける攻略はかなり省かれている。集まった全員が、彼女に完全に心を囚われているわけではないのだ。
 そういう生徒たちがいるというのに、ユリアーナは余計なことをしてしまった。リーゼロッテを強引に攻略、ゲームストーリーとはまったく異なる方法で、それを行おうとしたのだ。
 その結果は、ジグルスに阻まれ、攻略成功どころか周囲に嫌悪感を抱かせるような事態になっている。
 ユリアーナの行動は客観的に見て、弱い者虐めだ。勝つと分かっている相手に立ち合いを強要しようとしたのだから。
 しかもそれは失敗し、さらに弱いはずの従属貴族家の生徒と互角の戦いを演じてしまった。実際はユリアーナが一方的に責めていたのだが、彼女の場合は勝って当然。苦戦、しかも剣では倒せなかったとなれば、それは互角ととらえられてしまう。
 ひんしゅくを買った上に、さらに恥をかかされた形だ。
 ユリアーナが不機嫌なのはそれが理由。ジグルスやリーゼロッテに対する怒り、ということではなく、自分を白い目で見る部室にいる生徒たちが気に入らないのだ。
 そしてそんな態度を見せていれば、相手もまた気分が悪くなる。

「……ウッドストックくん。本当にあんな人とこの先も一緒にいるつもりなの?」

 さすがに周囲には聞こえないようにして、クラーラはウッドストックの意思を確認している。真面目なクラーラは、ユリアーナの行動が許せない。もっともユリアーナに対して反感を持っている生徒の一人だ。

「い、いや、僕は別に……」

 ユリアーナに誘われてこの場にいるウッドストックだが、本人はそれを強く望んでいたわけではない。誘われ、かつ以前の関係を匂わされて、仕方なくこの部室に来るようになったのだ。
 さらにそれはきっかけに過ぎず、ウッドストックはエカードの下に集まっているつもりになっている。

「どうして、エカード様はああいう人を側に置くのかしら?」

「……彼女は強いから」

 もしかするとエカードも自分と同じようにユリアーナと関係を持ったのかと思ったウッドストック。だがクラーラに向かって、それは絶対に口に出来ない。彼女に軽蔑されたくないのだ。

「ただ強いってことだけで……それだけこの先の戦いは厳しいということなのね?」

「僕には詳しいことは分からない。でも、楽ではないよね? 魔人は何人もいるらしい。一人でもあんなに……」

 臨時合宿のことを話そうとしたウッドストックだが、途中で口を閉じた。

「あの人はその魔人に一人で立ち向かったのよね?」

 魔人相手に一対一で戦おうとした生徒。ウッドストックとクラーラはその生徒のことを思い出した。思い出したといっても取り戻したのではなく、そういう生徒がいて、その彼がユリアーナと立ち合いを行ったという事実のことだ。

「凄い勇気だよね? どうしてそんなことが出来たのかな? 僕には絶対に無理だ」

「そうね……でも、どうして私たちはそれが分からないのかしら?」

「えっ?」

「だって私たちはあの人と一緒にリーゼロッテ様のチームにいたのよ? それなのに、どうしてその時のことをあまり覚えていないのかしら?」

 ジグルスが何故、一人で残ったのか。一緒にいた自分たちが知っていてもおかしくないはずだ。クラーラはそれを疑問に思っている。

「……騎士の人たちが足止めの為に残って、それで……」

 その時のことをウッドストックは思い出そうとするが、ほとんど記憶に残っていない。記憶を取り出せない。

「一人で残ることを誰も止めなかったのかしら? だってリーゼロッテ様はあんなに……あの人が残ったことを知って取り乱していた、わよね?」

「……そうだね。すごく動揺していた」

 記憶の断片。ジグルスと直接は関わりがない出来事を二人は思い出した。

「……あの人、何者なのかしら?」

「それは……リリエンベルク公爵家に仕える従属貴族家の人だよ」

「つまり、前回の合宿にもいたのよね?」

「……そうだろうね。僕たちはリーゼロッテ様と同じチームだったから」

「おかしくない? どうしてあの人の記憶がないの?」

 感情からジグルスへの疑問を持ったリーゼロッテとは異なり、クラーラは理屈でおかしいと感じた。二度、危険な戦いを共に経験しているジグルスのことを何故、知らないのか。ジグルスの言動が記憶にないのか。これは異常だと考えた。

「どうしてと言われても、僕には……」

「思い切って聞いてみようかしら?」

「誰に、何を?」

「今日、あの人を廊下で見かけたから後を付けたの」

「はい?」

 まさかの行動。クラーラが人の後を付けている様子など、ウッドストックには想像出来ない。

「ちょっとよ。すぐに教室に入ったから」

「……それで?」

「あの人と仲良く話している人がいたの」

 アルウィンのことだ。クラーラはアルウィンと仲良さそうに話しているジグルスを見ていた。

「教室の中まで覗いたんだ……」

 後を付けて上級生の教室の中の様子をうかがう。クラーラの意外過ぎる行動力にウッドストックは、少し呆れた。

「その人に聞けば、何か分かるかも」

「そうかもしれないけど……」

 ウッドストックにはクラーラのような行動力はない。知らない上級生に話を聞くなんて真似は、とても出来ない。

「……何か分かったら俺にも教えてくれるか?」

「えっ……?」

 いきなり背中から聞こえてきた声。まさかの、クラーラも良く知る声だった。
 恐る恐る後ろを振り返るクラーラ。予想通りそこにはエカードがいた。

「俺もあの生徒のことが何故か気になる。それに、ユリアーナとの立ち合いも。避けていただけとはいえ、あそこまで彼女の剣を躱せる生徒がいるなんて俺はまったく知らなかった。知らなかったことが不思議だ」

 元々、エカードはこう思っていたわけではない。ちらちらとユリアーナに視線を向けているウッドストックと、こそこそ話をしているクラーラ。ユリアーナの悪口を話しているのだと考えて、それを注意しようと近づいたところで、彼女の話が聞こえてきた。ジグルスについて何も知らないことを疑問に思う話だ。
 それを聞いて、自分もそうだと気付いたのだ。何故これまで、もう三年生の秋だというのに、存在を知らなかったのか疑問に感じた。

「そうですよね? しかもあの人、王女殿下ともかなり親しいのです」

「……えっと……それはどうやって知ったのだ?」

「仲良さそうに話しているところを見ました」

「見ただけか?」

「……少し会話を聞きました」

 盗み聞きをした、の表現を良いものにするとこうなる。

「そうか……王女殿下と……」

 ますますジグルスの存在を知らなかったことが不思議に思える。カロリーネ王女と親しい関係にある生徒など、限られている。公爵家の人間である自分は親しいほうだと思うが、それでも仲良く話すかと聞かれれば、そうではないと答える。エカードが知る限り、そういう表現が出来るのはリーゼロッテくらいだ。
 と思ったところで、何故、リーゼロッテはカロリーネ王女とあそこまで親しくなったのかという疑問も湧いてくる。

「じゃあ、エカード様の言いつけ通り、少し調べてみますね?」

「俺の……ま、まあ良い。頼む」

 クラーラの言葉はまるで、尾行や盗み聞きをエカードが公認したかのように聞こえる。それに戸惑ったエカードだが、情報を仕入れて欲しいと頼んだことに間違いはない。とくに追及することなく、そのまま受け入れた。
 ジグルスの母親の魔法は、個人差はあるが、まさかの緩みを見せている。精霊たちの反逆、は言葉として大袈裟だが、が影響しているのだ。