月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #34 モブキャラの友情

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 学院に復帰したジグルスは以前同様、忙しい毎日を送っている。以前と異なるのはその動きがまったく周囲には見えないこと。一年生の時と同じように、存在感を完全に消していた。
 勉強の内容も戻している。軍事に傾いていたものを、学院に来た本来の目的である領地経営や農業など、領地に戻ってから役立つ勉強を中心に学ぶようになった。もっとも、軍事についても学ぶことを止めたわけではない。リーゼロッテたちが放課後行っている戦術研究などに役立ちそうなものを選んでは、自分なりの考えをまとめている。日の目を見ることがなかったとしても、また検討が行き詰まった時に役立てば良いな、くらいに考えているのだ。

「おう。お前、最近また影が薄くなったな。俺でも気を抜くと気付けないくらいだ」

「……えっ?」

 話しかけてきたのはアルウィン。ジグルスにとって学院で最初に出来た友人であり、もっとも親しい間柄。話しかけてくるのは普通なのだが。

「……なんだ、その顔? お前、まさか休んでいる間に俺のことを忘れたのか?」

 ひどく驚いた様子のジグルスに冗談を言うアルウィン。だがジグルスはその冗談を笑えない。

「お前は俺を忘れていないのか?」

 アルウィンが自分のことを、きちんと認識していることが不思議だった。親しい間柄で唯一、カロリーネ王女は別として、なのだ。

「冗談の返しとしてはイマイチだな。まだ本調子じゃないようだ」

「俺の本調子はどんなだ?」

「ああ、そんな感じ。でも本当に元気そうで良かった。ちょっと心配していたんだ」

「何を?」

「影が薄いこと。何か企んでいるのか?」

 情報収集、情報工作の為にジグルスが気配を消している様子を、アルウィンは何度も見ている。一緒に行動していたこともあったのだ。

「いや。これは反省。俺は本来、表に出る存在じゃない。それを忘れた結果、生死の境をさまようことになった」

「……リーゼロッテ様と距離を置いているのも、その反省のせいか?」

 アルウィンが心配しているのはこちらのほうだ。リーゼロッテの側には常にジグルスがいた。だが今はその姿を見ることはなくなっている。

「……分かった。正直に話そう」

「隠し事しようとしてたな?」

「話すって言っているだろ? 俺は都に出てくる時に両親と約束をした。目立つことは絶対にしないこと。あまり人と親しくしないこと。特に王国関係の人や公爵家には、リリエンベルク公爵家でさえ必要以上に近づくなって」

「……真逆なことをしていたわけだ。しかし……変な約束だな。普通は人脈作りも学院に入学する目的の一つだろ?」

 これを言うアルウィンは特にそうだ。近い将来、実家の商売を手伝うにあたって、優良な顧客になってくれそうな生徒、その実家目当てだが、と親しくなりたいという目的がある。

「俺の実家は貴族家の繋がりなんて無用だからな」

「それにしても……って、そうか。父親の件か」

 英雄、と思われているジグルスの父親。その息子が学院に入学するとなれば王国も公爵家も注目することになる。それを避ける為に目立たないように言われたのだとアルウィンは考えた。

「どうだろうな。都に来て、自分の父親がどう思われているかを知った時は、そのせいかと俺も納得した。でも今はもっと大きな問題があるのだと考えている」

「王国から何度も召喚されているのに、それをことごとく無視して、領地に引きこもっている父親よりも大きな問題?」

「長々と説明するな。俺の父親がすごく駄目な人みたいだろ?」

「話だけ聞いていると微妙だけどな」

「まあ……」

 国王を無視する臣下などいない。いくらリリエンベルク公爵家が直系の主だとはいえ、ローゼンガルテン王国に仕えている立場であることに変わりはないのだ。
 それに、国王の召喚を無視することはリリエンベルク公爵家にも迷惑を掛けることになるはずだ。実際、王国はジグルスの父親の件に関して、リリエンベルク公爵に不審を抱いている。

「それで? その別の問題というのはどういうものだ?」

「俺が親しかった学院内の人たちは今、俺のことを、俺に関わる過去一年くらいの出来事を思い出せない」

「……はっ?」

 いきなりそんなことを言われても、アルウィンには意味が分からない。

「信じられないだろうけど、そうなんだ。リーゼロッテ様もそう。ジグルス・クロニクスという従属貴族家の生徒がいることは知っていても、俺が何をしてきたかは思い出せない」

「……それで今は距離が……えっ? でも俺は覚えているけど?」

「そうなんだ。だからさっき驚いた。お前、俺と親しくなかったんだな?」

「そこは特別親しい関係だった、だろ?」

「そういうことにしてやる。とにかくそういうことになっていて、それは俺の母親の仕業」

「今度は母親かよ……しかし、何をどうやったらそんなことが出来る?」

 他人の記憶を操る。そんな話をアルウィンは聞いたことがない。それが出来るジグルスの母親が何者なのか、ひどく興味が引かれた。

「魔法。俺の母親はエルフだから、普通の人が知らない魔法が使えるんだ」

「お~い。それも聞いていないぞ。特別親しい関係ではなさそうだな?」

「悪い。言い訳に聞こえるだろうけど、俺にとって母親がエルフだってことは特別なことじゃなくて」

「凄く特別なことだ」

 エルフを親に持つ子など、滅多にいるものではない。学院にはジグルス一人、なんてレベルではなく、これまで学院にそういった生徒が入学したことは一度もないのだ。

「実際はそうだけど、北部の片田舎で生まれ育って、周囲の人たちが普通に俺の母親を受け入れているのを見てきたからな」

「田舎って凄いな。俺はもっと排他的なのかと思っていた」

「どうだろう? 俺も自分の実家しか知らないからな。こんな魔法を使えると知ったら、態度を変えるかもしれないし」

「……お前も使えるのか?」

 エルフである母親の魔法。その血を引いているジグルスも使えるのではないかとアルウィンは考えた。

「ってなるだろ? 俺は使えないけど、もしこの都にいる全ての人から、自分に都合の悪い記憶を奪うことが出来るとすれば。さて王国は、王国に限らないけど、どう出る?」

「……お前、むちゃくちゃヤバいじゃないか。すぐに逃げたほうが良い」

 王国は消し去るか、その力を利用しようとする。施政者にとっては恐ろしいだけでなく、世論を操作出来る可能性のある便利な魔法なのだ。

「一応、カロリーネ王女に俺は使えないと伝えている。それに……わざわざ、この魔法の存在を知らせるような真似をしたのは、脅しの意味もあるんじゃないかと考えている」

「王国を脅すって……怖い母親だな。でも脅しになるのか?」

「自分の記憶を奪われたくないだろ? しかもこれをやらかした母親は、王国の必死の捜索を逃れて、領地に帰っていった。いつでも都に出入り出来るって思い知らせることも出来ただろうな」

「やっぱり怖いよ。でも、なるほどな。エルフの力を知られたくない。過剰評価されても面倒なことになる。目立つなと言う気持ちは分かった」

 力を認められれば王国に重用される、とはアルウィンは考えない。他者に利用されないように、奪われないように、贅沢は許されても自由は奪われ、酷使されることになると考えている。過度な力は人を不幸にすると。

「ということで残りの学院生活は大人しくして、領地に戻ってからのことを考えて勉強に専念することにした」

「そうか。でもそれで……そうか。もう卒業だからな」

 リーゼロッテとの関係はそれで良いのか、と言おうと思ったアルウィンだが、関係を取り戻してもそれは学院を卒業するまでのこと。このままでいるほうが良いのかもしれないと思った。

「別れが少し早くなっただけだ。リーゼロッテ様は別れがあったことも知らない。その方が良い」

「でもお前は知っている」

「それは……それは悪くなったわけじゃない。前から分かっていたことだ」

 別れの日が来ることは前から分かっていた。その日を迎える覚悟もしていた。リーゼロッテにとって良いこと、ジグルスはそう思っている、が起きただけで、ジグルスは何も変わらない。

 

 

「……色々、話が聞けて良かった。俺の用はまた今度にする」

「話があるなら今聞く。お前との時間だって限られているからな」

 卒業すれば会えなくなるのはアルウィンも同じなのだ。

「……そうだな。商売の話をしたかった。戦争が始まるだろ? お前ならどうする?」

「お前……それ丸投げしすぎだろ? せめて自分はこう考えているけど、どう思うくらいにしろ」

「ああ、話を省き過ぎたな。卒業すれば俺も、見習いとはいえ商人だ。自分の商売というものを作りたい。戦争は俺にとってはチャンスだけど、軍の調達などは実家の商売。俺が割り込めるものじゃない」

 卒業後は実家の仕事を手伝うことになる。だが、ただ手伝うだけでアルウィンは終わりたくない。実家とは関係なく、まったく力を借りずというのは無理にしても、自分で仕事を作りたいのだ。

「卒業してすぐは、さすがに急ぎすぎじゃないか?」

「そうだけど戦争はすぐに終わるか?」

「……終わるとは言えない。長期化する可能性は高いな」

 何年を長期化というかジグルスには分からないが、一年二年で終わるものではないのは知っている。あくまでもゲームでは、だが。

「終わるまで待っていたら、早いどころか遅すぎる始まりだ。今、動くしかない」

「……実家とは違う商売か……軍関係に割り込む隙間はない?」

「俺の実家もそうだが、大商家が新規参入など許すはずがない」

 軍事に限らず、王国関係の商売は小数の大商家による寡占状態。利益を分け合っている状態だ。その秩序を崩す存在の参入は許すはずがない。

「……普通に商売するのは?」

「はっ?」

「大商家は軍関係に目が向いている。そのせいで疎かになる商売はあるだろ?」

「……あるだろうな」

 軍事関係の商売は莫大な利益をもたらす。関わることが出来る商家は、それに集中するはずだ。その分、その他の商売に手が回らなくなる可能性は高い。

「問題は売る物が集まるか……不足する物を売るのが一番だけど、それだけ仕入れも困難か……いや、待てよ……」

 ジグルスが考えに集中し始めた。アルウィンとしては相談を持ち込んで良かった、のだが、ただ喜ぶだけでは終わらない。相談相手として信頼出来るからこそ超えたい、超えなければならないと思う。友として対等にいるには、それが必要だと思う。

「飛竜って手に入るか?」

「入るわけないだろ? 戦争が始まるって言っているんだ」

 ジグルスから飛び出してきたのは、アルウィンにとっては突飛な問い。戦争となれば飛竜は戦闘時の利用が優先される。ただでさえ貴重な飛竜が、民間で手に入れられるはずがない。

「そうだよな。そうなると無理か」

「……何を考えた?」

 実現は無理だとしても、何故ジグルスが飛竜を必要としたのかは知っておきたいと想った。

「前に、需要をどこよりも早く知り、どこよりも速くそこに供給出来れば最高だって話をしただろ?」

「ああ、それに飛竜を使う? でも、それもう行われているだろ?」

 情報伝達に飛竜を使うという案を二人で考えた。だが、それはすでに実用化されていた。考えに間違いはなかったと分かったことは良かったが、他者に抜きん出るアイディアではないとも分かってしまった。

「情報だけでなく物を運ぶ。どこの商家も戦争で一儲けしようと必死に仕入れている。でも、どこかで需要と供給が狂ったら? 物資を抱えすぎた商家はそれを放出せざるを得なくなる」

「それを仕入れる。でも売れないから……売れる場所に運ぶのか。それに飛竜を?」

 在庫を抱えた商家から安く仕入れるなんてことは普通に行われている。だがその多くは安売りするか、需要が出てくるまで倉庫に寝かせることになる。
 売れる場所に運ぶにしてもその経費がかかる。採算が合う消費地はそうない、正確には見つからないのだ。

「普段であれば輸送コストが高すぎる。でも戦争中であれば、それを上乗せしても売れるくらいの価格差が出そうだ」

「……荷馬車では駄目なのか?」

「運んでいる間に需要が落ちるかもしれない。他のもっと近い場所にいる商家が売ってしまうかもしれない」

 この世界の物流は、異世界とは違う。飛行機で翌日には目的地に運べる、なんてことは出来ない。ジグルスは、そこまでは無理にしても、この世界でもっとも速い移動手段である飛竜を使おうと考えた。

「それは分かるけど飛竜は高い。それに手に入らない」

「分かっている。だからこれは無理。他を考えるしかない……軍の購買って一本化されているのかな?」

「されている。そこを大商家が押さえている」

「本当に? 現地調達とかありそうだけど……これは聞いてみるか」

「誰に?」

「軍の関係者」

 具体的にはワルター王国騎士団副団長だ。二人の関係はまだ続いている。ワルター副団長はジグルスの父親だけでなく、ジグルス本人にも期待するようになっているのだ。

「……お前の人脈を俺にくれ」

 関係の良し悪しはあるにしても、さらに今は関係も希薄になっているが公爵家の三人、そしてカロリーネ王女、さらに軍の関係者。商人となるアルウィンにとっては喉から手が出るほど欲しい人脈だ。

「ああ、商売のネタがあるようなら紹介する」

「持つべきは気前の良い友だな」

 だがアルウィンはその人脈を持つジグルスとの関係が深い。それで十分なのだ。

「本当は現場指揮官と繋がれれば良いのだろうけどな。さすがにそれはお願い出来ないな。真面目な人だから」

「それを言うお前は、さっきの高額輸送費の上乗せの話といい、悪徳商人だな」

「正義の味方を名乗った覚えはない。なるつもりもない」

「どうだかな」

 正義の味方になるつもりはない、はジグルスの本心だ。だがそれを言うジグルスが義を大切することをアルウィンは知っている。本人にその気はなくても、正義の味方だと思う人はいる。

「正義の味方を目指すなら、普通の人相手の商売を頑張れ。軍に物が集まることで、一般には物が回らなくなる。物価も高騰するだろうから苦しむ人は大勢いるはずだ」

「……利益を得られるか?」

「金以外の利益は得られるかもな」

「考えておこう」

 単純に考えれば人気取り。それが必要な時が来るのか。もしジグルスがそれを必要とする時が来るとしたら、それはどういう時なのか。自分が考える時であるのなら、それを行う価値はあるとアルウィンは思う。

「案を考えるには情報が少なすぎるな。まずは情報収集。それが出来たら、また相談しよう」

「ああ。俺も実家で情報を仕入れてみる。常識的な話しか得られないだろうけどな」

「常識を知ってこそ、奇策が生み出せる。常識があってこそ、奇策は成り立つ」

「おお、格言みたいだな。メモしておこう」

「馬鹿か」

 何故、アルウィンは記憶を阻害されていないのか。その理由はジグルスには分からない。まずあり得ないが、母親の好意なのかもしれないという考えが浮かんだ。
 人を知り、その人たちと過ごす時間の楽しさを知ってしまったジグルス。それを失った現状は、ジグルスにとって寂しいものだ。
 そんな中で、カロリーネ王女とは別に、まったく気を使う必要のないアルウィンが、以前と変わらないままにいてくれた。久しぶりに過ごした二人の時間が、とても楽しかった。
 この楽しい時間をより充実させる為にジグルスは、商売について深く検討を始めることになる。さらに忙しい毎日だ。