月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第33話 モブキャラには気をつけろ

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 ローゼンガルテン王国は戦時体制に移行した。ただその事実は公にされていない。魔人との本格的な戦いが始まったわけではない。今はまだ情報を収集し、要所と思われる場所に軍を配置するなどの準備段階。この時点で国民の不安を煽る必要はないという判断からだ。
 だが公にされていなくても徐々に民衆の間に何かが起きていることは伝わっている。軍が盛んに移動している時点で戦争を疑われることになる。さらに徴兵準備を行うように各地の行政機関に通達したことで、噂が地方でも広まってしまったのだ。
 そんな中、学院の様子を大きく変わっていない。学生である彼等には徴兵は関係ないというだけでなく、戦争が全土に及ぶようなことになれば貴族の生徒たちは参戦することになる。今更、徴兵を恐れて慌てふためく生徒は、内心では拒否した気持ちはあっても、いない。
 平民の生徒たちもその多くは戦う力を認められて学院にいるのだ。戦争に出て活躍し、出世をして家族に楽をさせる。その機会が思っていたよりも早くやってくるくらいに思っているだけだ。
 学院の生徒たちはとっくに戦争に向けての心構えが出来ているのだ。

「魔人との戦いがどこで起きるか。まずこれを考えなくてはならない」

 エカードたちの部室では戦略会議、もどきが行われている。もどき、といっても当人たちは真剣だ。戦争が始まれば自分たちがすぐに主力になる。そういう思いを共有しているのだ。

「普通に考えれば北部だね。前回がそうだった」

 最初に発言したのはレオポルド。なんとなく出来上がっている序列においてナンバーツーである彼が最初に発言することは、これもまたなんとなく決められているのだ。

「北部に魔人の本拠地があると考えるべきだろうか?」

「そのあたりはリリエンベルク公爵家に聞きたいところだけど……僕はその可能性は高いと思っている」

「理由を聞かせてもらおうか」

「魔人が隠れ潜む場所。北部にはそれに適した場所がある」

 北部には大森林地帯があり、その奥には人間が足を踏み入れることなどまずない山脈地帯がある。人知れず暮らすには適した場所だ。

「他の地域にも森や山はある」

「広さが違う。それに他の地域はほとんど他国と隣接している。魔人にとっては前後を敵に挟まれている場所。そんなところに本拠地を置くかな?」

 魔人にとってはローゼンガルテン王国以外も敵。レオポルドの言う通り、本拠地を置く場所として最適なのは北部だ。

「そうなると主戦場は北部。リリエンベルク公国領か……」

 エカードにとっては、あまり望ましい戦場ではない。公国には強い自治が認められている。リリエンベルク公爵家がはたして自国軍以外を受け入れるか。同じ公爵家である自分の実家であればそれはないと思うのだ。

「魔人との戦いが本格化すれば意地を張ってなどいられないはずだ。すぐに救援要請が来て、僕たちの出番になるよ」

「……リーゼロッテたちの様子は?」

「戦術の研究を行っているのは聞いている。ただ彼女たちに有効な戦術が考えられるかな?」

「……彼等が主戦力になるわけでもないからな」

 リーゼロッテたちがリリエンベルク公爵家の主戦力になるわけではない。自分たちとは異なり、彼女たちにはそんな実力はない。心配すべきはリリエンベルク公国の正規軍だとエカードは考えた。なんとなく腑に落ちない気持ちは残っているが。

「北部に本拠地があるとして、問題はどう攻め込むかだよ」

「簡単ではない。だからこそ王国は手が出せなかったのかもしれないな」

 魔人の存在を知りながら戦うことをしなかったローゼンガルテン王国。エカードはその理由が分かったような気がした。

「実際に見たことはないけど、人が足を踏み入れる場所じゃないらしいからね。移動するだけでも厳しそうだ」

「そうなると大森林地帯の外に誘き出すしかない」

「何を餌にして? 僕はこの戦争のもっとも難しいところは、敵側に戦場を選ぶ自由があるということだと思っている」

 本拠地は容易に攻め込める場所ではない。下手に踏み込めば、甚大な被害を受ける可能性があるのだ。そうなると本拠地を襲われる心配のない魔人側は、自由に出撃してこられる。有利な戦場を魔人側が選べるのだ。

「大森林地帯との境界線に見張りを置くか……相当な数になるな」

 出撃場所を早期に把握し、戦場を想定する。エカードはそれを考えたのだが大森林地帯との境界線に見張りを置くというだけでも困難さを感じてしまう。境界は長大なのだ。

「見張りを置くだけじゃない。迅速に情報を伝達出来る仕組みが必要だ」

 見張りが発見しても、それを後方にいる部隊に伝えられなくては意味がない。そこから目的地を割り出し、軍を移動させる。どれだけ広大な範囲に、しかも密集した情報網を築けるか。部隊を配置出来るか。考えるだけで頭が痛くなってくる。

「……考えれば考えるほど難しい戦いになる。ユリアーナ、君はどう思う?」

「私? 私は……ごめんなさい。戦略的なことは苦手で」

 これは事実。個人としての戦闘力はズバ抜けているユリアーナであるが、軍を動かす力はない。その能力が必要だとこれまで思っていなかった。戦場は決まっていて、そこに進むだけ。それで戦闘が始まるゲームとは違うということを理解していなかったのだ。

「……人には得手不得手があるからな」

 これを言うエカードには不得手など認められない。将来、公爵家の当主となる者として欠点などあってはならないのだ。少なくとも周囲にする分かってしまう欠点は。

「その領域は僕とエカードの担当だ。ユリアーナには戦場での戦いを任せるよ」

「ええ、頑張るわ」

 レオポルドも戦場での戦いでは主戦力になるはず。結局、ユリアーナは甘やかされているだけだ。

「難しいな。我々はどう動くべきなのか?」

 決戦の舞台に運良く上がれれば、それに勝利して勝利を決定づけることは出来る。だがローゼンガルテン王国全体を戦場とするような状況になった時、一部隊でどのようにして戦いを味方の有利に導くというのか。それがエカードたち、特にユリアーナには分かっていない。

「勝ち続けるのよ。そうすれば魔人は私たちを倒す為に攻撃を集中させてくるわ。それに対して、さらに勝ち続ければ戦争は勝利で終わる。レオポルドは何を餌にして魔人を誘き出すと、さっき聞いたけど、答えは私たち自身よ」

「そうか……その答えは僕には思い付かなかったよ。さすがはユリアーナだね?」

「そんな……褒められるような答えではないわ」

 ユリアーナが語っているのはゲームシナリオ。英雄たちの成り上がりストーリーだ。その裏で何が起こっていたかなどユリアーナには興味がない。この世界において何が起こるかについても、まったく考えていない。
 主人公のいる場所にしかスポットライトは当たらない。暗闇で何が起きているかなど見えないのだ。特に強い光の中にいる人々には。

 

◆◆◆

 エカードたちとは異なり、リーゼロッテたちの議論はもっぱら戦術に終始している。戦術を考え、それを実現するに必要な個別鍛錬や集団訓練を考える。それの繰り返しだ。
 だが文字にすれば二行程度のことも、実際にそれを行うとなると膨大な時間と労力を使うことになる。まして考えた結果得られたものを実践するとなれば、とても放課後だけでは収まらない。
 リーゼロッテたちはかなり煮詰まっていた。

「お主らは欲張りなのだ。あれもこれもと考えても、全てが同時に得られるはずがない」

 そんなリーゼロッテたちに忠告を行っているのはカロリーネ王女。

「分かっていますわ。でも、私たちに残された時間は少ない。出来るだけのことをしておきたいと考えてしまいます」

「その結果、全てが中途半端になっては何も為したことにならない」

「……はい」

 カロリーネ王女の言う通りだとリーゼロッテも思う。だが、難しい状況になればそれだけ焦りが生まれ、その焦りが無理を呼び、さらに事態を悪化させてしまう。分かっていても止められないという状態なのだ。

「お主等の頑張りは妾も認めるところだ。だからこそ勿体ないと思う。もっと時間があればとも思う。だから……全てを自分たちだけで考えるのは諦めろ」

「……どういう意味でしょうか?」

「ヒントになりそうな意見をもらってきた。これを参考にして考えてみるがよい」

 カロリーネ王女は持ってきた紙の束をリーゼロッテに差し出した。

「それは……」

 考えることが成長に繋がる。リーゼロッテには、この考えへの拘りがある。

「一から考えることで学べることは多くある。だがすでにあるものに応用を加えることも、それと同じくらいに勉強になる」

 と「ある人が言っていた」までは言葉にしなかった。それを言ってもリーゼロッテに変化が起きるとは思えない。ある人というのが何者か追及されるだけで終わると考えて、止めておいた。

「応用もまた勉強ですか……」

「そもそもまったくのゼロから戦術なぞ考えられるはずがない。考えたつもりであっても同様なものが必ずあるはずだ。純粋な勉強としてではなく実戦に生かす為であれば、結果を出すことを優先すべきなのだ」

 これもまた「ある人」の言葉。

「……分かりましたわ。参考にさせて頂きます」

 差し出された紙をリーゼロッテは受け取った。そこにはかなり細かく、リーゼロッテたちが検討してきたことについての意見が書かれている。パッと見ただけで参考になると分かる内容だった。

「さて……今日はこれくらいだ」

 今日の用件はこれだけ。カロリーネ王女は席を立って、部屋を出ようとする。

「……あっ、あの」

 そのカロリーネ王女を、少し躊躇いながらも、リーゼロッテは呼び止める。

「……何だ?」

「……王女殿下のご友人のことで」

「妾の友人? それは誰だ?」

 友人などと言われても、カロリーネ王女には誰のことか分からない。

「名前は存じ上げないのですが、銀色の髪の男子生徒ですわ」

「……あ、ああ。アレな……どうして妾の友人だと知っている?」

 銀髪の男子生徒となれば、ジグルス以外にない。ただ何故、リーゼロッテがジグルスを自分の友人だと言うのか。彼のことを思い出した様子はないのに、ジグルスのことを尋ねてくるのかがカロリーネ王女には分からない。

「先日、仲良さそうにお話をしているご様子を拝見しました。その直前に私は、その人に階段から転げ落ちそうになったところを助けられて……」

「ああ、あの時か……そんなことが?」

 ジグルスからは何も聞かされていない。あとで文句を言おうとカロリーネ王女は決めた。

「はい。もっときちんと御礼を言いたいと思っております。ですから出来たらここに連れてきて頂けないかと……もちろん、こちらから出向くのでも構いませんわ」

「……なるほどな。分かった。話しておく。ただ極端に人見知りな性格でな。必ず連れてこられると約束は出来んな」

「そうですか……」

 落ち込んだ様子のリーゼロッテ。その表情を見て、カロリーネ王女は確信した。御礼はまた会うための口実だと。そうなると、本当に思いだしていないのか疑わしく思う。

「ジークと会うのはそれが初めてか?」

「ジーク……ジークという名前なのですか……初めてのはずですけど……?」

 ジークという名は知っているように思う。初めて会った男子生徒に抱きしめられて、それを受け入れてしまった自分もリーゼロッテは不思議だ。だが以前に会った記憶は見つからない。

「そうか……病気がちで休むことの多い奴だからな。最近も長く休んでいた。まだ完全に復調したわけではないらしい」

「そんな……どこが悪いのですか?」

「今回はどこだったかな? これも聞いておく」

 カロリーネ王女はリーゼロッテの反応を探ってみたが、心配していることが分かるだけ。好意を持っているのであれば、思い出していなくても心配をするはずだ。引っかけにはならなかった。
 だが一度会っただけ、と思っている相手を、いくら怪我しそうなところを救われたとはいえ、ここまで想えるものなのか。思い出せないだけで心には残っているのだとカロリーネ王女は考えた。

「……あの、ハンカチも借りていて……お返しする為にも……」

「ああ……では妾が返しておこうか?」

「えっ……?」

 これはカロリーネ王女の小さな意地悪。ジグルスに関する記憶は失っているはずのリーゼロッテが、運命に結びつけられたかのように関係を取り戻そうとしている。それにちょっと嫉妬したのだ。

「本人が直接返したほうが良いか。今はまだお主が持っていたほうが良いな」

「はい」

「では妾はこれで。邪魔をしたな」

「いえ、ありがとうございました」

 また席を立ち、今度はそのまま部屋を出るカロリーネ王女。廊下を歩く彼女を待っていたのは、ジグルスだった。約束していたのだ。

「思ったよりも時間がかかりましたね? 素直に受け取って貰えませんでしたか?」

「いや、そんなことはない。時間がかかったのはお主の話をしていたからだ」

「えっ?」

 リーゼロッテは自分のことを思い出せないはず。それでどうして自分の話になったのかが、ジグルスには分からない。

「記憶を取り戻したわけではない。お主、階段でリーゼロッテを助けただろう?」

「はい。怪我をするかと思いましたので」

「……多分、その時にお主に一目惚れしたのだな」

 やや不満そうな表情でカロリーネ王女はこれを告げた。何故隠していたと追及するつもりだったのだが、ジグルスはまた何故話す必要があると聞き返してくるに決まっている。

「嘘? それは……ちょっと……」

「一目惚れは冗談だ。でも会いたがっていた。どういうことなのだ? リーゼロッテは自分の立場をわきまえているはず。何故、一度会っただけのお主に好意を向けるのだ」

 一目惚れなど許される立場にリーゼロッテはない。恋愛そのものが自由に出来ず。それは本人も良く分かっているはずだ。

「何故……う~ん、王女殿下は王女殿下ですからね」

「当たり前のこと……ああ、そういうことか」

 王家には知られたくない情報。そういうことなのだとカロリーネ王女は途中で気が付いた。

「……でもまあ、友人と呼んでくれた王女殿下ですから、ここは俺も友人として話すことにします」

「そ、そうか」

 ジグルスに特別扱いされて、ちょっと嬉しいカロリーネ王女だった。

「これは分かっていると思いますけど、今の状況は母が作ったものです。母は他人の記憶を断ち切ることが出来る。そういう魔法が使えます」

「お主は使えないのか?」

「使えません。俺が出来るのは自分の気配を絶つまで。母の魔法は遙かに高度なものです」

「……隠蔽系の魔法と同じ系統ということか?」

 カロリーネ王女自身も優秀と言われる魔法の使い手。魔法については個人的に興味が引かれる。

「俺に対する意識を逸らすことで、目に見えていても俺を俺として認識させないというのが隠蔽の魔法。母のは一歩も二歩も上で、頭の中にある記憶を、その対象に対する意識を絶つことで思い出せなくするものです」

「……でもジークという名は何となく覚えている感じだった。魔法が解けてきているということか」

「ああ、多分ですが違うと思います。カロリーネは王女殿下のお名前ですが、世の中には他にもカロリーネという名前の人がいます。俺は王女殿下を知っているのでカロリーネと言われると王女殿下を指すものと認識しますが、仮に王女殿下を知らなくても、カロリーネという名が存在することは知っています」

 カロリーネ王女とカロリーネという名の結び付き。それを絶つことがジグルスの母親の魔法。ジグルス・クロニクスという存在をリーゼロッテは知っている。だが、自分を助けてくれた男子生徒の記憶とジグルス・クロニクスという索引が結びついていないのだ。

「……なるほどな。なんとなく分かった。つまりリーゼロッテの心の中にある誰に対するものと分かっていない恋愛感情が、初めて会ったお主と結びつこうとしているのだな」

「えっ……」

「そういうことではないのか?」

「……そうなのでしょうか? もしそうだとしたら……困ります」

「嬉しくないのか? それだけお主を愛しているということだ」

 リーゼロッテの恋愛感情は見失ったはずの対象をまた見つけ出した。それは凄いことだとカロリーネ王女は思う。

「……他に同じかそれ以上に愛してくれる人がいて」

「なんだと!?」

「怒らないで下さい。母親のことです」

「ああ……母親の愛情か……」

 それであれば納得だ。性質が異なるものなので比べるのはリーゼロッテに可哀想だが、気持ちの強さは母親のほうが上だとカロリーネ王女も思う。

「魔人の件はさすがに……生き延びられたのは奇跡のようなものですから。母親の涙を俺は生まれて初めて見ました」

「そうか……もう心配は掛けられないか」

 ジグルスの言う通り、死んでもおかしくない状態だった。カロリーネ王女が知るだけでも一週間以上、寝たきりで目を覚まさなかったのだから。

「やっぱり、友人ですね?」

「えっ?」

「魔人の話を聞こうとしない。陛下に言われているのではないですか?」

「な、何故それを?」

 カロリーネ王女にはリーゼロッテを探るだけでなく、ジグルスから情報を聞き出すという役目も与えられている。

「俺が元気になったと聞けば、普通は魔人の情報を聞きだそうとするはずです。でもいつまで経っても騎士団に呼び出されない。つまり、呼び出さなくても情報を得られると考えているのかなと」

「……すまん」

「謝る必要はありません。カロリーネ王女は自分から聞きだそうとしませんでした。今も魔人の話より、俺の母の気持ちを考えてくれました。それは俺にとって、とても嬉しいことです」

「…………」

「ずっと立ち話もあれですので、どこかで魔人のことを話しましょう」

「良いのか?」

「王女殿下にお話をしなければ、そのうち騎士団に呼び出されるでしょう。そうであれば今、話しておいたほうが良いです。騎士団相手では尋問のようなやりとりも、王女殿下だと楽しい会話になりますから」

「お、おう」

「どこが良いかな? 図書室……ではうるさいと思われるかな?」

 どこで話をしようかと考えるジグルス。カロリーネ王女は公爵家のリーゼロッテたちのように部屋を持たないので、適した場所を考えなければならないのだ。

「……な、なあ」

「はい?」

「妾もお主を……その、ジークと呼んで良いか?」

「……呼んでいませんでした? でも……そうですね。王女殿下であれば良いですよ」

「そうか。では、ジークと呼ぶ」

「はい」

 以前の記憶など関係なく、知り合いになればきっとリーゼロッテはジグルスを好きになる。ジグルスという男はそういう奴なのだとカロリーネ王女は思った。自分も惑わされないように気をつけなければと。