ヒューガの目の前に東の拠点で暮らす全員が並んでいる。その中にはブロンテースと無名の人族の顔も見える。そして南の拠点で療養していた三人のエルフたちの姿まで。
人々が集まっているのはヒューガたちの出立を見送る為だ。
こういった大袈裟なことは不要だとヒューガは言っていたのだが、それはエアルが、そしてカルポたちが許さなかった。王の出立に相応しい儀式を、ということで、こうして勢揃いすることになった。
見送られる立場にあるのはヒューガとサスケ。ハンゾウたちはすでに各地に散っている。ヒューガの隣に立つサスケも少し照れた様子だ。
「ヒューガ様、お言葉を」
正面に並ぶエルフたちの中から一歩前に出たエアルが、普段とは違う畏まった様子でヒューガに挨拶を促してきた。
「エアル?」
「これは公式の場ですので」
「そう……でも言葉って言われてもな」
「何でも良いのです。王の思うままに、好きにお話し下さい」
「……分かった」
挨拶を求められても、こういう場面で何を話せば良いかなどヒューガには分からない。エアルの言う通り、何も考えずに頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出そうと決めた。
「……まずは皆に礼を言う! 僕の我が儘に付き合ってくれてありがとう! そして皆にお詫びを言おう! 僕の我が儘で皆に苦労をかけさせてすまない! 今日、僕はこの大森林を出る! 目的は既に皆が知っている通り、この世界の全てのエルフを救うためだ! そんな考えは僕の思い上がりかもしれない! もしかしたら道半ばで終わってしまうかもしれない! それでも僕は始めることを決めた!」
改めてヒューガはこの世界に生きるエルフを救うと宣言した。全員が揃ったこの場で、言っておかなければならないと思ったのだ。
「たとえ、この命を失くすことになったとしてもだ! 僕は異世界から偶然この世界に来た! 自分の意思ではない、無理やりと言っていいだろう! でも僕は……今は感謝している! 僕はこの世界でこうして命を懸けてでもやるべきことを見つけられた! 僕はこの世界で、こんな僕を王として仕えてくれる人たちに巡り合えた! 僕はこの世界で、元の世界では得られなかった信頼できる仲間に出会えた!」
今、目の前に並ぶ人々が、すでに大森林の外で、命懸けで働いている人々がそうだ。元の世界で、以前のまま生きていては決して出会えることのなかった人々。
「僕は運命という言葉は嫌いだ! でも今はあえて言う! 皆に会わせてくれた運命に僕は感謝している! 皆がいるこの世界に僕は感謝している! 僕はこの世界に来ることが出来て良かった……」
初めて口にする言葉。ヒューガはこの世界に来られたことを喜んでいる。元の世界でのよどんだ生き方に比べれば、たとえ短命に終わったとしても人生を生ききったと思えると確信している。
「私の王! 私こそ感謝します! 貴方が私の前に現れてくれた幸運に! 貴方は私の全て! 私の全ては貴方の物! 貴方のお帰りをいつまでも待っています! 私は、貴方を愛しています!」
「「「「おお!?」」」」
「ち、ちょっと、エアル? 公式の場って言わなかったか?」
「いいじゃない」
「僕の王! 僕こそ感謝いたします! 王が僕の前に現れてくれた幸運に! 王によって僕は僕でいられる! 王がいてこその僕です! 僕は王の帰りをいつまでも待っています! どうかご無事のお帰りを!」
「カルポ……」
「我等が王よ! 我等こそ感謝いたします! 王は我等に光を与えてくれました! 王は我等に生きる道を示してくれました! 王こそ我らの導き! 王の導きなくしてどうして我等は生きられましょう! 我らの忠誠の全ては!」
「「「ヒューガ王の下にある! 我等が王に月の女神の祝福を!!」」」
「……皆」
エルフたちが一斉にヒューガに向けて、忠誠を誓う。この為に彼等はこの場を作ったのだ。これは見送りの儀式ではない。国王の即位式だ。
「ヒューガ! 我等、精霊たちの友! 全ての精霊たちに愛を与える者! 我等、精霊たちはヒューガの愛に感謝します! ヒューガが我等を愛するように我等もヒューガを愛します! 愛するヒューガに月の女神の祝福を! 王に与える祝福を!」
突然、ヒューガの目の前にルナが姿を現した。ルナだけではない。ゲノムスもイフリートもウィンディーネもシルフもいる。
ルナは普段のルナとは異なり、どこか威厳に満ちている。そのルナの一歩後ろに並ぶエレメンタルの面々。
「「「おおぉぉぉぉ!」」」
勢揃いした精霊たちを見て、エルフたちからどよめきの声があがる。その意味を彼等は分かっているのだ。
(大森林の精霊たちに認められし王よ。貴方に祝福を授けましょう。少し早いですがね)
頭の中に響く声。間違えることはない。月の女神の声だ。
(少し早い?)
(夏と冬が現れていません。でも貴方はそれ無しに精霊たちに直接認められた。それだけ精霊たちに愛されている貴方を王として認めないわけにはまいりません)
四季の部族を通しての忠誠ではない。ヒューガは直接、精霊たちに王として認められた。
(ありがとう)
(認めたのですね? 自分が王であることを)
(前から認めてる。仲間の期待に背くわけにはいかないから)
(つまり、エルフの王ではなく、彼らの王としての祝福を望むのですね?)
(そうして欲しい)
(では王に祝福を。アイントラハト、この言葉を貴方に贈ります)
(アイントラハト?)
(融和という意味です)
(融和……なるほどな。僕の国に相応しい言葉だ。国名ということで良いのかな?)
(私は言葉を贈っただけ。それをどう使おうと王の自由ですよ)
(じゃあ国名にする。アイントラハト王国。これがこの国の名前だ)
(どうぞ。ではアイントラハト王国の王よ。貴方の統べる国が良い国になることを願っています)
(ありがとう。頑張る)
月の女神の気配が、ヒューガの頭の中から消える。
「「「…………」」」
目の前にはじっと黙ったまま、真剣な目でヒューガを見つめている人々の姿があった。
「……国名が決まった。アイントラハト王国。月の女神の祝福によって授けられた言葉だ。意味は融和。種族、生まれ、境遇、全てのものに関係なく、皆が一つになって国を造っていく。それが僕が治める国だ!」
「「「「「「うおぉおおおおっ!!」」」」」」
皆の歓喜の声が自分の喜びになる。その感情を知って、自分は王になったのだとヒューガは実感した。
命を懸けてエルフたちを救う。この気持ちに変わりはないが、もう一度この場所に、ドゥンケルハイト大森林に戻ってきたい。心からそう思った。
「じゃあ、僕は行く!」
(王よ!)
頭に響いた声はブロンテースのものだ。ブロンテースは人々の前に出てきていた。
「どうした?」
(我からも王に祝福を。神ならざる我の祝福は王に喜んでもらえるかわからないが)
「いや、そんなことはない。でも祝福って?」
(これだ。これを我から王に贈る)
ブロンテースがヒューガに向けて差し出したのは、飾り気のない銀色の剣。それだけではない、小手やすね当てなどもある。
渡された剣を受け取って、ヒューガは鞘から抜いてみる。鞘と同じ銀色ではあるが、その輝きは雲泥の差。白銀の剣は陽の光を浴びて輝いている。
「……軽い。それにすごく手になじむ。良い剣だ」
先生が持っていた剣に感覚が似ているとヒューガは思った。
(我に今出来る最高のものだ。どうだろう?)
「ありがとう。すごく良い剣だ。こんなのを持ったのは初めてだ」
(それは良かった。サスケにもこれを)
「俺? いや、拙者にも?」
(サスケだけではなく皆の分を用意した)
ブロンテースは更に十本の剣と小手を差し出す。やや短めのそれはヒューガの剣とは違って、黒光りしている。
「すげえ」
(王のものに少し劣るのは許して欲しい。材料がなかった)
「いや、全然かまわねぇ。今使ってるのに比べたら天と地だ。すまねえ。感謝する」
(次に会うまでにはもっと良い物を作っておく。当然、王の分も)
「ああ、次に会う時を楽しみにしている」
(我もだ)
もう一つ、この場所に戻ってこなければならない理由が出来た。プロンテースがわざとそういう風に話を持って行ったのだ。たとえ、ほんのわずかであっても、王の心の支えになるならと。
「よし。今度こそ出立だ。行くぞ!」
「はっ!」(うん)
ご無事で、と皆が叫ぶ声を聞きながら、ヒューガは東の拠点から消えた。
最後に見えたのはエアルの顔。今にも泣き出しそうなその顔がヒューガは愛おしかった。必ず帰ってくる、聞こえないはずのヒューガのつぶやきに、エアルはしっかりとうなづいていた。
◆◆◆
西の拠点はあの日からどこか落ち着かない雰囲気が漂っている。ヒューガとセレネのやり取りが人々の間に広まってしまったのだ。詳しい話の中身までは分からなくても、エアルを怒らせてしまったことは遠目でも分かる。エアルの怒鳴り声は離れていても聞こえた。
ヒューガの側近の一人、その中でももっとも近い関係にあると思われているエアルを怒らせた。それが良くないことであるのは誰だって分かる。ましてエアルが怒った理由は、エルフであれば誰もが納得してしまうものだった。
自分たちは何かをしなくて良いのか。このままヒューガに見放されたままで良いのか。そんな思いを抱く人は少なくない。だがヒューガに、その周囲にも接する機会のない人々には何も出来ない。何か出来るとすればそれは、エアルを怒らせてしまったセレネ本人だけなのだ。
「セレネ様」
「あら、どうしたの? こんな時間に現れるなんて珍しいじゃない」
現れたのは長老の二人。二人がこの時間に顔を出すのは珍しい。いつもはもっと遅い時間。それもつい先日、食料を取りに来たばかりなので、しばらく顔を出す予定はないはずだった。
「見送りに行ってきました。見送りと言っても我らの立場では陰に隠れてこっそりと見送ることしか出来ませんがね」
「見送り……もしかして今日だったの?」
「知らなかったのですか?」
「ええ。カルポは一言もそんなこと言ってなかったわ」
セレネはヒューガの出立が今日であることを知らなかった。知らされてなかった。
「なるほど……セレネ様の姿が見えないから、てっきり意地を張っているのかと思って心配して来てみたのですが」
「そんな子供じゃないわよ」
「子供であってくれたほうが、この場合は良かったですね」
見送りの、いや、建国の場にセレネもいるべきだった。長老はそう思っているのだ。
「何、それ?」
「カルポが教えてくれないのであれば、何故、自分から聞こうとしなかったのです?」
「でも……今まではカルポは大事な件は、ちゃんと話してくれたわ」
「それはそれがヒューガ殿の為になると思っていたからですよ。元々全てを話していたわけじゃないでしょう。今までも本当の大事は話さなかったはずで、王の出立の日なんてのはその大事です。カルポがセレネ様になど教えるはずがありません」
「おい? 言葉がきつすぎるじゃろ」
厳しい言い方を、もう一人の長老がたしなめる。
「かまわないでしょう? セレネ様には物事をはっきりとお伝えしたほうが良いと思う。あれを見て、私は自分がどんなに甘かったか思い知りました。セレネ様にもそのことを理解していただく必要があると私は考えます。そうではないですか?」
「……まあ。そうだが」
アイントラハト王国建国の場面を見て、考えることがあったのはもう一人の長老も同じ。セレネへの諫言そのものを止めるつもりはない。
「ねえ、あれって何?」
「その前に、エアル様は何故カルポが、いや、カルポ殿がヒューガ殿の出立の日を教えてくれると思っていたのですか?」
「さっきも言った通りよ。カルポはこれまでも東の拠点の様子や、あの子が何をしようとしているか毎回報告してくれたから」
「本当にそれだけですか?」
「どういう意味?」
「セレネ様はカルポ殿を自分の部下のように思っていませんか?」
「それは……前はそうだったかもしれないけど、今はそうじゃないと分かってるわ」
「前も違いますよ」
「えっ?」「おい!」
セレネの戸惑いの声と、もう一人の長老の言い方をたしなめる声が重なる。
「いいから黙っていてください。これは我等のせいでもあるのです。我等がセレネ様を甘やかしていたから」
「……もう少し分かり易く説明してくれない?」
今のところセレナは長老が何を言いたいのか分かっていない。分かっているのは厳しい意見を言おうとしていることくらいだ。
「これからお話します。カルポ殿はおろか西の拠点のエルフたちも厳密にはセレネ様の臣下というわけではありません。我等二人もそうです。エルフの王は血筋で決められるわけではない。あくまでもそれに相応しいと認められたものがなるものです」
「それは分かっているわよ」
セレネは親が前王であったからといって、彼女が後を継ぐわけではない。白銀の髪のエルフが、どの部族からも生まれるということもあり、王の選定において血筋は重視されないのだ。
「でもセレネ様は王族として皆に持ち上げられることを当然と思っています」
「……そんなことはないわ」
「本当にそう言い切れますか? セレネ様は長くここを離れていた。その間、大森林のエルフたちのことを放っておいて。それなのに戻ってきた途端に元王族としての待遇を普通に受けておられる。セレネ様はヒューガ殿に王の座を譲ろうとした。そもそもセレネ様にそんな権限があるのでしょうか? ヒューガ殿が受けなかった後は自らが王になろうとした。そもそもセレネ様に王になる資格はあるのでしょうか? これは我等の責任です。我等がそれを当然のこととしてセレネ様に接していたから。でもそれは間違いでした」
セレネは何らかの手段で選ばれて、西の拠点の代表者となったのではない。それ以前の都に住んでいた時も、長老たちが臣下のように振る舞い、住まう場所なども王族が暮らしていた部屋を与えるなどしたので、周りはそういうものかと受け取っただけだ。
「私には王になる資格はないと?」
「今の言葉はセレネ様がご自身に王になる資格があると考えていることを証明しています」
「それは……そう思っても仕方がないじゃない? 髪の色もあるし」
とうとうセレネは自分の気持ちを認めた。セレネの髪は白銀であり、親は前王。自分が次代の王候補の筆頭であると考えるのは、当然のことだ。
「そうですね。銀髪はエルフの王の証。でも銀髪であればだれでも王になれるのでしょうか?」
そう思ってしまうことは長老も否定しない。長老自身も同じ考えだったのだ。だが、その前提が間違っていたと考えるようになったのだ。
「違うと言うの? これは長くエルフに伝わっていることよ?」
「私もエルフの一員として否定することは出来ません。でも……ヒューガ殿はご自身の髪の色について何と言われましたか?」
「……髪が白銀だから王であるとは限らない」
「そう。それが正しいことだと思いませんか?」
髪の色が白銀だから王。これは相応しい者が王になるという、本来の実力主義にはそぐわないものだ。それに長老は気が付いた。
「でも、これはあの子が王であると認めたくないから言っているのよ。あの子は逃げてるの。自分自身を認めようとしていないわ」
「はたしてそうでしょうか?」
「私だけじゃない。他の人もあの子をそう評している。定まっていない、だったかしら? そんな言い方でね」
「でも今も同じとは限らない。その言葉を借りるなら、ヒューガ殿は既に定まっている。ご自身の立場もやるべきことも、それに向かう覚悟も。違いますか?」
「…………」
ヒューガは苦しむエルフを救う為に行動している。セレネには到底不可能だと思うことに、命がけで取り組んでいる。そのヒューガを「定まっていない」などと言えるはずがない。
「エアル殿はセレネ様が何故王になれないか分かったと言いました」
「……そうね」
「私はその意味をずっと考えていました。それでようやく少し分かったことがあります」
「分かったの? どうすれば王になれるか?」
「方法の問題ではない。あの言葉はそういうことを言っているのではないと思います」
「じゃあ何よ?」
「今回の件を聞いて、セレネ様はどうしようと思っていますか?」
「私? ……あの子に付いて行こうと思ってるわ。私は長く外の世界を旅してた。エルフだからって足手まといになることはないわ。自分の身くらい自分で守れるから」
セレネはずっと大森林の外で、傭兵として生きていた。危険な目に遭ったことは何度もあるが、それでもなんとかなってきた。足手まといにならない自信がある。
「それは何の為ですか?」
「あの子に認めさせる為よ。役に立つ、力が必要だと思えば、あの子も認めてくれるはずよ」
「セレネ様……それでは」
残念ながらセレネの答えは、長老が予想していた通りのもの。それでは駄目なのだ。
「……間違っているっていうの?」
「セレネ様個人としては良いでしょう。では西の拠点の他のエルフはどうすれば良いのですか? 仮にそれでセレネ様がヒューガ殿に認められたとして、他のエルフはどうなるのです?」
「それは……」
「自分たちで考えろと、そう言うのですか? もし今、そう考えていたのであれば、セレネ様はやはり王になる資格がありません。セレネ様はヒューガ殿が逃げていると言いました。確かに私もそういうところがあると思います。ヒューガ殿は何故か自分が特別であることを認めようとしない。でもそれだけです。ヒューガ殿はそれ以外で逃げることをしていません」
「…………」
長老の言葉にセレネは反論出来ない。以前のヒューガは自分のこと以外からも、本人は災いを避けているだけのつもりであったが、逃げていることはあった。だが今はそうではない。
「守るべき場所、自分を慕ってくれる者の為に、敵対する者を殺すことから逃げませんでした。それによって自身がどんなに傷ついても。そして今回の件です。ヒューガ殿は更に自分の大義の為に大切な仲間を犠牲にする覚悟まで定めました。守るべき領土、守るべき民、そして大義の為に自分を捨てて決断をし、実行する。王とはそういう存在なのではないしょうか? それが出来たヒューガ殿は、髪の色など関係ない。王になるべくしてなった王です」
長老の言葉が胸に痛い。王とは何か、元王族でありながら、セレネはそれをきちんと考えたことがなかった。エルフでありながら、ただ血筋だけで、自分が上に立つものだと思い上がっていた。
長老の言葉でそれが分かった。だが、まだ頭で分かっただけだ。
「……それに比べて私は?」
「それを言葉にしてよろしいのですか?」
「この際だからはっきりと教えて」
「では。セレネ様はご自身のことだけを考えています。全くとは言いません。都のエルフたちの為に何か出来ないか懸命に考えていたことを私は知っています。でも、そこまでです。少なくとも他のエルフを背負う覚悟からは逃げています。何かを守る為に何かを犠牲にする決断を出来ません。結局それをヒューガ殿に全て押し付けてしまいました。かつてこの大森林から飛び出した時と、なんら変わっていないのではないでしょうか?」
「そうね。私は責任を負おうとしていない。それは昔と変わらないわね」
セレネは大森林の現状を何とかする方法を探しに行くと言って、外の世界に出た。だがそれは言い訳に過ぎない。実際はどうにもならない出来事に、王族としてその責任を負わされるのが嫌だったから。
エルフの王として何も出来ない、その結果として自分には王の資格がないと明らかになるのが怖かった。だからセレネは逃げた。自分自身はそうであることに気が付かないまま。自分自身も騙していたのだ。
ヒューガを連れてきたのも同じ。自分が出来ないことを押し付ける為。そんな気持ちはなかったつもりなのだが、実際はそうなっている。
それを反省するどころか、どこか誇りに思っていた。ヒューガを見出したのは自分。大森林の状況が改善しているのは自分のおかけ。そうであるのに、肝心のヒューガが自分を認めてくれないことに苛立っていた。
「私は何をしてたのだろう? この先、どうすれば良いのかしら?」
「それはセレネ様ご自身でお考えください」
「冷たいわね」
「私は王ではありませんから。自分自身のことで精一杯です」
長老も自分自身を見つめ直そうと考えている。聖地で隠居生活なんてのは甘えだと考えるようになっている。
「どうするつもり?」
「一人のエルフとして小さなことでも良いので何かをしたいとは考えております。まだ具体的なことは思いつきません」
「私も一エルフとして、と考えるのは間違いよね?」
「ええ、セレネ様は自身がそれを望まなくても、この西の拠点の束ね役です。それを放棄しては、これまでと何ら変わりありません」
「私にここにいるエルフたちを背負えと?」
「カルポ殿もエアル殿も、シエン殿もすでにそれをしております。それぞれ集団の長として、下についたものたちを背負っている」
「そう。私は彼等にも劣っているのね」
そんなカルポを自分は下に見ていた。セレナはそれを、ひどく恥ずかしく感じている。
「まずはそれを認めることから始めたらいかがですか?」
「そうね。そうするわ。その上でまずは彼らに西の拠点を認めてもらう。彼等の王に認めてもらうのはその先ね。認めてくれるのであればだけど」
「……アイントラハト」
「アイントラハト? 何かしら、それ?」
「ヒューガ王の治める国の名前です。アイントラハトは融和という意味のようです。種族、生まれ、境遇、全てのものに関係なく、皆が一つになって国を造っていく、そういう国とヒューガ王は話しておりました」
「そう。偏見を嫌う彼らしいわね。でも生まれ境遇に関係なく、私がやり直すには良い国かもしれない。分かったわ。私は一からやり直す、いつか彼を王と呼ぶために。この拠点にいる全てのエルフたちを彼に認めてもらうために」
「その日が来るのを願っております」「私も」
言葉にするだけであれば簡単なことかもしれない。だがセレネはその言葉にすることも出来ていなかった。言葉にすることで責任を負わされるのが嫌だった。
他人を背負う、それがどんなに大変なことか分かるのは、実際に行動を起こしてからだ。それでもセレネはそれに向き合おうと考えるようになったのだ。スタート地点に立ったのだ。
アイントラハト王国。ドュンケルハイト大森林に起きた新たな国。その名の下に大森林に住む全ての者が集う日が来る。その日の為に始めようと決めたのだ。