月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #57 決断の時

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 手元にある資料にヒューガは何度も目を通す。それほど難しい内容が書かれているわけではない。数分で読み終えられるものだ。それでもヒューガは、その資料を何度も見返さざるを得なかった。
 そうしている間に、皆が会議室に集まってくる。エアル、カルポ、ハンゾウとコスケ、シエンも呼んでいる。そしてルナたちも。ルナたちの場合は、わざわざ呼ぶまでもなくいつでも側にいるのだが。

「……揃ったわよ?」

 中々口を開こうとしないヒューガに、エアルが声を掛けてきた。
 皆が緊張しているのがヒューガには感じられる。その原因はヒューガ自身だ。これから話すことを考えて、かなり緊張している様子のヒューガ。それが皆に伝わっているのだ。
 普段のままなのはルナくらい。これからヒューガが話そうとしていることを、ルナは当然知っているのだ。

「……じゃあ始めよう。大森林の外から来たエルフの状況は分かってるよな? ここに来たエルフの数は六十人。今のところ、今後それが大きく増える様子はない」

「はい。幸いにも、と言ってはなんですが、東の拠点だけで収容可能な状況です。正直、早い段階で三十人ものエルフが一度に現れた時はどうしようかと思いましたが、その後は一気に増える様子はなく、拠点の運営に問題はありません」

「カルポの言うとおり、拠点には問題ない」

「じゃあ、何が問題なの? 現れるエルフが少ないことかしら?」

「ああ、思っていた以上に少ない」

「それだけエルフは危機に瀕してるってことね?」

 エアルはエルフの数自体が少なくなってしまっていることが原因だと考えている。事実であるが、ヒューガが問題としているのは、それではない。

「それはある。でも、あえてこの場所に来ないエルフもいるのでは?」

「……そうね。エルフの故郷といっても大森林は厳しい場所。かつてここを出て行ったエルフたちであれば、そういう考えは当然あるわね」

 エルフたちは大森林では暮らせないと考えて、外に出て行ったのだ。戻ることに抵抗を覚える人はいる。

「それもあるだろう。でもどうやらそれだけが原因ではなさそうだ」

「じゃあ、何が原因なの?」

「外からきたエルフたちから一通り話を聞いた」

「いつの間に? 忙しいのによくそんな時間があったわね?」

 六十人ものエルフたちから話を聞くとなると、かなりの時間が必要になるはず。ヒューガの忙しさを知っているエアルは少し驚いている。

「時間は作った。大事なことだと思ったからな」

「……そう、そしてその結果がこの会議。良いわ、そろそろ本題を話して。なんか大変なことみたいだけど、私も覚悟を決めるわ」

 重苦しい話題になることは分かっている。だからといってそれを避けていては、いつまでたっても会議は終わらない。エアルはヒューガに核心を話すように求めた。

「覚悟を決めるのは僕の話を聞いてからだな。まずここに来るエルフの数が少ない理由。エアルの言う通り、来ようとしないエルフもいるだろう。でも、その数は全体から見ればそんなに多くないと僕は判断した」

「理由を聞いても?」

「もちろん、話す。来たくないんじゃなくて来れないんだ。エルフの集落は森の奥にある。これは僕が説明するまでもないよな?」

「ええ」

「じゃあ、その森はどこにある? この大陸の各地に点在している。その森から大森林に来るには、どこかで必ず森を出る必要がある。それがエルフたちには出来ない。エルフの集団が平地を移動する。何事もなくそれが出来るほど、この世界はエルフに優しくない。奴隷を求める貴族、奴隷商人、盗賊もかもしれない。そういった奴らに狙われることになる」

「「「…………」」」

 一度、話を止めるヒューガ。言葉を発する人は誰もいない。ヒューガの話した事実を知って悲痛な思いを顔に浮かべているのはカルポとシエン、ハンゾウとコスケは話を聞くまでもなく分かっていた様子だ。そしてエアルは、無表情。

「ここにたどり着いたエルフたちは、大森林から割と近くにある森にいたエルフたちだ。そのエルフたちでさえ、全員が無事に辿り着けなかった。これは実際に聞いた数字だ。十二人のエルフが人目につかないように少数に分かれて、ここに向かった。その結果、辿り着いたのは九人。残りは行方不明だ」

「呼びかけるのを中止すべきよ。ルナ、すぐに止めさせて!」

 エルフたちは精霊による呼びかけで大森林に集まってきている。それをすぐに止めるようにエアルは訴えた。

「もう止めている。でもエアル、それでは問題は解決しない。この資料に書いてある数字は外から来たエルフに聞いた数字だ。数字の内容は、集落から攫われたと思われるエルフたちの数。行方不明も入ってるから全部がそうとは言い切れないが、ほぼ奴隷にされた数と同じと考えていいだろう。三十人だ。ここにたどり着いたエルフの数の半分が奴隷になっている」

「そんな……」

 自分が知る春の部族における状況よりも、遙かに深刻な数字。それにエアルは驚いている。

「今暮らしている場所に留まっていては、そういった犠牲は今後も増えていく。かといってここには来られない。外にいるエルフたちはどうしようもない状況に追い込まれている」

「……どうするつもり?」

「助ける。それも今までのような成り行きではなく、全てのエルフを助ける為に全力で動こうと思う」

 ついに口に出してしまった。それがどんなに困難なことかヒューガは分かっている。それに巻き込まれる人たちが、どれだけ大変な思いをするか、命を失う可能性だってあるのだ。

「全てって……」

「そう思っても全員を助けられるはずがない。でも、そう思って取り組まなくては、助けられるエルフの数はもっと少なくなるだろう」

「具体的な計画は決まっているのでござるか?」

 ハンゾウが計画の有無を尋ねてきた。といってもヒューガが何の考えもなしに話を始めるはずがないと、ハンゾウは分かっている。

「大枠は考えた。まだ甘い部分もあるからもっと内容を詰める必要はあるけどな。ただ、かなり無理な計画だ。内容を詰めることに意味があるかは分からない」

「お聞かせ願いたい」

「分かった。計画は大きく分けて二つ。大森林に向おうとするエルフたちの護送と奴隷にされているエルフの救出。これを並行で進める」

「並行でござるか?」

「全く同時というわけじゃない。まずは奴隷商人を襲う」

「襲う? いきなり力技でござるか……」

 強行策を採れば、味方に負傷者が出る可能性がある。任務の為であれば死を恐れるハンゾウではないが、それでヒューガの言うエルフ全員を救えるのかという点は疑問に感じた。

「ちょっと過激に言い過ぎたかな? 目的は顧客リストを手に入れることだ。それを手に入れることで奴隷の居場所が分かる。そしてエルフたちにとって危険な者が誰かも。それは大森林に向かう中で危険な場所はどこかの判断にも使える」

「そんなものがあると?」

「僕はあると思ってる。奴隷商人といっても商人には違いない。どこに何を売ったかは記録されているはずだ」

「納得でござる」

 最初に強行策を採るのは、その後の計画遂行に役立つ情報を入手する為。忍びを生業とするハンゾウにとっては納得の策だ。

「もちろん質の悪い奴隷商人には消えてもらう。ここの切り分けが難しい。奴隷商人が全て悪ではない。商売として、きちんとしている人もいるはずだ。どういう奴隷商人は消す対象なのか? これはきちんと決めなければならない」

「例えば?」

「積極的にエルフを襲っている者、これは消す対象だ。逆にあくまでも正規のルートで仕入れて、ちょっと抵抗あるだろうけど商売用語として我慢してくれ、販売している人は、あくまでも商人だ。その仕入れ先がどうなんだって話はあるけどな。仕入先のリストも出来れば手に入れたいところだな」

「分かり申した」

 自らエルフに害を及ぼしている者は敵。あくまでも商売として、奴隷を流通させている商人は酌量の余地がある。こういうことだとハンゾウは理解した。

「それが出来たあとが実際の護送だな。でもすぐには出来ない。移動経路をきちんと確保する」

「確保とは?」

「人目につかない道を見つけること。隠れ家であり休憩場でもある場所の確保、これにはエルフの集落も使わせてもらう。集落を線で結んで、それを基に移動経路を作り上げる。場合によっては本当に作るつもりだ。極端な話をすれば山を切り崩してでも」

「大規模ね。でも何だか出来そうな気がしてきたわ」

 おぼろげながらエアルにも計画の方向性が見えてきた。実行は簡単ではないが、きちんと考えられている。何よりも救出するエルフの安全を重視しているのが分かる。

「残念ながら、この計画には致命的な問題がある」

「何?」

「人出が足りない」

「それはそうね……でも、全員で協力すれば」

 大規模な計画で、人がどれだけいても足りないのは分かる。だからといって諦めることは出来ない。仲間の為なのだ。ただエアルは大事なことを見落としている。

「それが出来ない。これは大森林の外での活動だ。大勢のエルフで出来る活動じゃない。助けに行く人が、逆に助けられる立場になる可能性が高いだろ?」

「それって人族だけで……それは無理よ。ハンゾウさんたちは十人しかいないのよ?」

「ハンゾウさんたちが全員協力してくれればだな」

「その心配は無用でござる。主はただ一言、やれと言えば良いのでござる。それに従うのが忍びの者の役目。たとえ死ねという命令でも我等はヒューガ様に従います」

 ハンゾウには初めから分かっていたことだ。出来る出来ないを考える必要はない。主であるヒューガが命じるのであれば、実行するのみ。それに。

「……ありがとう。では僕を入れて十一人だ」

 ヒューガは自ら動く。それに付いて行かないなんて選択はハンゾウにはない。

「ヒューガ!?」

「駄目なんて言うなよ。これは絶対、僕が参加しなければならない。ハンゾウさんたちだけに命を賭けさせるわけにはいかない」

「…………」

「あとは分かるよな? 顧客リストを基に奴隷にされたエルフたちを助け出す。逃走経路にはエルフたちが大森林に移動する為に確保した道がそのまま使える。問題はどれだけの数になるかは分からないことだな」

「下手すれば大陸全土ってことになるわよ?」

「たとえそうだとしてもだ。何年かかっても最後までやり通さなければならない」

 始めるからには中途半端に終わらせるわけにはいかないとヒューガは考えている。どれだけ密かに行動していても、ヒューガたちの行動は徐々にエルフたちに知られていくはずだ。期待を持たせて、それを裏切るような真似はしたくない。

「……私も」

「エアルはここに残ってくれ。カルポと二人、シエンさんもだな。エルフの取りまとめを頼む。僕たちが上手くやればそれだけ多くのエルフがここに来ることになる。その受入体勢も整えなければならない」

「でも!」

「これはお願いだ。エアルたちだから後を任せられるんだ」

「…………」

 そんな言い方をされては、エアルは何も言えなくなる。納得したわけではないが、言葉が見つからないのだ。

「計画の開始はいつの予定でござるか?」

「出来るだけ早くとは考えてるけど、さっきも言った通り、計画をもっと練る必要がある。その期間は必要だ」

「……半年、いえ、三か月の時を我等に頂けませんか?」

「三か月? 何かあるのか?」

「仲間を集めまする。少々無理をしてでも」

 人出不足。ハンゾウはそれを少しでも解決させようと考えている。その為に必要な期間が三ヶ月だ。

「……そんなことして集めた人が役に立つのか?」

「役に立たせまする。腕が未熟であれば命を捨てさせまする」

「僕が言っているのは気持ちの問題もあるけど?」

 短期間のうちに強引な方法で集めた人たちが、はたして信用出来るのか。ヒューガは難しいと考えている。

「今回についてそれは諦めてくだされ。志を同じくする者たちで、事を起こすのが本来あるべき姿でござるが、事が大きうござる。少しくらい問題があっても人手を増やさねば、ヒューガ様を犬死させるだけ。我等はそれを許すわけにはまいりませぬ」

「……心当たりは?」

 ハンゾウは分かった上で、仲間を集めようとしている。そうであればヒューガも無下には出来ない。

「祖国に仕えていた者たち」

「ハンゾウさんたちの仲間だった人たちだな。どれくらいの数を見込んでる?」

「最大で二百」

「誰でも良いってものじゃない」

 思っていたよりも遙かに多い数。手当たり次第、かき集めての数字だとヒューガは受け取ったのだが。

「全て忍び、と呼んでは先生に怒られますな、元間者でござる」

「そんなにいたのか? いや、普通どれくらいの人数なのか知らないけど」

「他国と比べても多いはずでござる。同じ数を持つのはパルス王国くらいですな」

「なんでそんな数の間者を?」

 ハンゾウたちの祖国は、大国であるパルス王国と同数の間者を抱えていた。その理由がヒューガは気になった。

「少々話が長くなりますがよろしいでござるか?」

「かまわない」

 ハンゾウたちの事情について、ヒューガは詳しいことを聞いていない。亡国の経緯が含まれる内容。聞かれて嬉しいことではないと考えたからだ。

 

 だがこの機会に聞くことにした。ハンゾウが話そうとしていることが大きいが、もっと彼等のことを、過去も含めて知るべきだと考えたのだ。

「我が祖国がリバティー王国であったことはすでにお話しした通りです。リバティー王国はとても強国と呼べる国ではござらん。兵の数も質も周辺国に比べて一段も二段も劣っておりました。そんな王国を支えていたのは、経済と外交でござる。戦争になれば負ける。では戦争にならないようにすれば良い。そういう考えでござる」

「そして経済と外交を支えていたのが間者ってことか」

「さすがヒューガ様。理解が早いでござるな」

「出来たら私も分かるように説明してよ」

 ヒューガには理解出来てもエアルはそうはいかない。これはエアルだけではない。カルポもシエンも分かっていない様子だ。

「間者、すなわち情報だよ。外交については相手のことを知り、動きの先を読んで先手を打つ。攻め込もうと考えている国があれば先に他国と結んでそれを防ぐとか、結ぶにしても相手が何を欲しがっているか知った上であれば交渉も進めやすいだろ?」

「そうね。でも経済は?」

「説明が難しいな……商売で儲けるにはどうすれば良い?」

「分からない」

「少しは考えろよ。安く仕入れて高く売るんだよ」

「それくらいは分かるわよ。もっと難しいことかと思ってた」

「言うだけなら簡単だけどやるのは難しい。たとえばエアルは今パルスの王都で何が人気か知ってるか?」

「知るわけないじゃない」

「それを知ることが必要なんだ。たとえば……麦。ある国では麦が豊作だった。物が豊富にあればそれは安くなる。でもある国では同じ麦が不作だった。当然その国では麦が高くなる。儲けるには安い国で仕入れて高い国で売ればいい」

 さらに不作になる国、なった国を知っていて、豊作になる国、なった国を知っていれば儲けることが出来る。ただしそういった情報はどの商人も求めている。先に情報を手に入れられて、商売をされてはもう価値はなくなる。
 情報をいかに早く正確に、そして多く集めるか。リバティー王国はそれに間者を使ったのだ。

「さすがはヒューガ様ですな。お話しされた通りでござる。単純な商売だけでなく、交渉相手や友好国が欲しがっている物を提供する。外交としても使っておりました。その為にリバティー王国は他国より多くの間者を抱えていたのでござる。ただリバティー王国はやり過ぎました」

「そうなのか?」

「周辺状況もあったでござる。北に国境を接するレンベルクは帝国としてまとまり、他国への不干渉を宣言しました。それによってリバティー王国は攻め込まれる心配は少なくなり申した。西は東方連盟が固まったことにより、これもまた脅威ではなくなった。その状況が長く続いたことで、国を守る為の経済はただの金儲けになってしまったのでござる」

 結果、間者の役割は商売の為の情報収集だけに傾き、他のことがおろそかになった。本来の在り方から外れていった。

「確かにやり過ぎだな」

「とどめが王自らが商売に熱中したことです。馬鹿な話です。どこに自ら商売を行う王がいるでしょう? 当時はそれがしも若く、詳細は存じておりませんが、恐らく遊び感覚だったのござろう。一時、王国は確かに豊かになったようでござる。しかし王はその金を国に使うどころか放蕩三昧。いくら使っても簡単に金は増えるとでも思っていたのでしょう。結局、そのせいで他国の顰蹙を買い、東方連盟の中でも反感を買うようになったようでござる」

「そこを傭兵王に突かれたのか? それにしても……」

 隙はありすぎるくらいにあったようだが、そうだとしても国を奪われるなど普通ではない。傭兵王はリバティー王国に何の縁もない人物であるはずなのだ。

「最初は傭兵として雇ったのでござる。どういう経緯かは存じませぬ。正規兵を減らし、傭兵の数が増えてきました。商売に金をつぎ込む為と聞いております」

「なんで? 傭兵なんて雇ったら高いでしょ?」

 傭兵を雇うことと、商売に金を回す為という理由がどう結びつくのか、エアルには分からない。

「雇う金だけを見ればな」

「ヒューガ様はその理由が分かるのでござるか?」

 ハンゾウも理由は分かっていなかった。それを考える立場になかったというのもある。

「正規兵に支給する賃金は傭兵よりも安い。でも軍を維持する金はそれだけじゃない。武具も、その整備も国の負担。訓練をするにも消耗品を消費するから金がかかる。これはあるか知らないけど、死んだり怪我した兵の為の恩給ってやつ? これも準備しなければならない。その点、傭兵は全部自己責任。金は賃金だけでいい」

 ヒューガは王として軍事について考えている。元の世界で得た知識もあるが、実務の中で色々と経費が必要なことを、大森林では多くが自給自足だとしても、知ったのだ。

「なんとなく分かった気がする。でも他の国がそれをしない理由は?」

「傭兵なんて金で雇われた者、信用できないだろ? 雇われた国よりも自分のほうが大事だ。負けると分かれば逃げるだろうし、もっと良い条件を提示されれば敵に寝返るかもしれない。全ての傭兵がそうだと限らないけど、そういう傭兵が少しでもいれば、やっぱり傭兵全部がいつ裏切るか分からないってことになる」

「うん。よく分かった」

「実際その通りに傭兵王は裏切ったのでござる。敵に寝返るどころか雇われた国を乗っ取ったわけですから、更に悪質でござるな」

「おかげで良く分かった。何で乗っ取りなんてのが出来たのか不思議だったんだ。いくらSランクといっても一人の傭兵だからな。正規軍が減る中で自分の息のかかった傭兵を増やした。力が完全に逆転したところで事を起こしたわけだ。結構頭良いんだな? でも、そうなると必ずしも完全に憎まれてるってわけじゃないな。前の王がそんなじゃあ、王が変わって喜んだ人もいるだろ?」

 前王の政治が最悪であれば、新たな王の出現を喜ぶ人もいたはず。実際にはそんな単純なものではないのだが、その辺りは、この世界で生まれ育ったわけではなく、まして貴族のことなど良く知らないヒューガには分からない。

「そうでござるな。しかし、傭兵王とその取り巻きは所詮、傭兵からの成りあがり。好き放題やっているようでござる。拙者が知る限り不満の声は徐々に高まっておりました。それを好機と思ったのですが、傭兵王が強いことは周知の事実。賛同するものはほとんどおりませんでした」

 成り上がりの王が受け入れられるのは、よほどその人物が出来た人物でない限り、簡単ではない。傭兵として見下されていた身であった上に、王になってからも傲慢な振る舞いをしている傭兵王は、力での支配しか出来ていないのだ。

「その状況で仲間を増やせるか?」

「無理をしてでも、と申し上げたでござる」

「その無理って?」

「例えば盗賊に身を落とした者を無理やり間者の道に戻す等でござるな」

「盗賊?」

「拙者はこう考えたでござる。確かに道を踏み外した者がほとんどでござるが、盗賊になったということは国に逆らうということにもなりまする。傭兵王に大人しく従うつもりはない。そういう気概のある者も中にはいるのではないかと」

「いるかもしれないな」

「以前であればこんなことは考えなかったでござる。盗賊になった者など落ちぶれ者。相手にする気にはなれなかったのでござるが……人にはそれぞれ事情というものがござる。盗賊というだけでそれを見ようとしないのは、王が嫌う偏見、差別というものだと気付いたでござる」

 魔族である先生に出会い、ヒューガに仕え、エルフたちの悲惨な状況を思い知って、ハンゾウも学んだ。その結果、生まれた考えだ。

「そうか……分かった。三か月の期間を許す。その間に僕はもっと計画の詳細を考えておく。そうだな、二百は無理でも……百だ。最低でも百人が増員される前提で計画を考える。良いな?」

「はっ! 主命なれば、必ず果たしまする」

 ハンゾウの進言はヒューガに受け入れられ、正式な命令となった。これによって計画は見直されることになる。

「よし。じゃあ、ルナ、三か月でどこまでいける?」

(はっ!)

「だから、ハンゾウさんの真似はいいから」

(ちぇっ……半分なのです)

「半分か……魔族の領土、ドワーフの国を外していい」

(……四分の三)

「パルスのイーストエンド、ノースエンド領を外して」

(もう外してる)

「……レンベルク帝国も外せ」

(もう少し)

「これは賭けだけど、ウエストエンド領、サウスエンド領を後回しに」

(コンプリートなのです)

「ねえ、何の話をしてるの?」

 ヒューガとルナの会話は、エアルたちには何のことかまったく分からない。

「エルフの居場所を探すこと。精霊を通して外のエルフに伝えてるってことは、それを辿っていけばどこにエルフがいるかおおよそは分かるはずだ」

「よく思いつくわね?」

「どこにいるか分からなければ迎えにいけない。これが出来ることがこの計画の大前提だ。先にルナたちに相談してた。あとは奴隷商人か……どうするかな?」

「どうするの?」

「取引相手を探したほうが良いかな? 大きな街で一人ずつ探していくつもりだったけど、人数が増えるのなら開始の直前に一気にやりたい。余計な警戒はさせたくないからな」

 人手が増えれば、出来ることも増える。ハンゾウたちが必ず仲間を増やしてくれると信じて、ヒューガは計画の見直しを行っている。

「取引相手……もしかして盗賊?」

「そう。盗賊なら人知れずって感じで出来るだろ? そうか、そういう意味ではハンゾウさんにも頼んでおこう。もし奴隷商人を知っている盗賊がいたら、その情報を頼む」

「はっ。情報を入手した後は?」

「知ってるだけならいいけど、実際に取引したとなると、さすがに仲間には出来ないな」

「承知しました」

 エルフの敵を仲間には出来ない。それどころか消すべき相手だ。そういう命令だとハンゾウは受け取った。

「エアルとカルポは拠点の整備を進めてくれ。南もきちんと整備しておく必要がある。後は鍛錬を怠らないように」

「怠るつもりはないけど、計画に関係あるの?」

「ばれないようにやるつもりだけど、万が一ってのがあるだろ。もし大森林が計画の中心だってばれたら」

「攻めてくる……」

 多くの貴族が絡んでいる可能性は高い。その貴族たちから、相手から見ると、奴隷を奪っていくのだ。それを恨み、国を動かそうとする貴族が出ないとは限らない。

「その可能性は否定できない。かといって前回と同じ轍を踏むわけにはいかない。精霊の力だけに頼ることなく、撃退出来る様になってくれ。かなり無理を言ってるのは分かってるけど、頼む」

「分かったわ。任せなさい」「僕も頑張ります」

「あの私は?」

 今のところ何も命じられていないシエン。自ら自分の役割をヒューガに尋ねてきた。

「シエンさんは新しいエルフの受入準備。食糧の備蓄や日用品の準備。それ以外にも色々あると思う」

「わかりました」

「それと……」

「それと?」

「僕に何かがあったら、エアルとカルポの下に皆がまとまるように根回しを頼む」

「ちょっと!?」

 ヒューガの言葉に、エアルが声をあげた。

「セレでも良いけど、それは後の話。セレのところを始めから巻き込むつもりはないからな」

「話を聞きなさいよ!」

「エアルこそ話を聞けよ。いいか? 僕に何かあったからと言って計画を止めないで欲しい。僕がいなくなったら、ハンゾウさん、ハンゾウさんに何かあったら、また別の誰かが計画を引っ張る。そのつもりでいて欲しい」

「はっ!」

「ちょっと!? ハンゾウさんはそんなので良いの!?」

「主命でござる。それも死してなお有効な主命でござる。主の意思を貫き通すのが臣下の役目。そう思われぬか?」

 ハンゾウにはハンゾウなりに考える臣下の在り方がある。主の命は大切だが、その命を捨てる覚悟で主が動こうとしているのであれば、それを止めることは出来ない。国の為に、臣下を守る為に死を選ぶ。そんな王もいるのだ。

「……分かったわ。後を追うのはヒューガの計画を達成してからにする」

「馬鹿なことを言うな」

「ずっと前からそれは決めてるの。ヒューガは私より先に死ぬわ。エルフのほうが長命だからね。でもヒューガがいない人生は私には耐えられない」

 エアルにとってはヒューガが全て。そういう生き方をすると決めているのだ。

「僕はエアルに長生きして欲しい」

 だがそれはヒューガの望むものではない。

「嫌!」

「話を聞けよ!」

「今は嫌。この話はあとにしましょう」

「あとって?」

「ヒューガが計画を終えて帰ってきてから。だから必ず帰ってきなさい。そうじゃないと私、死んじゃうから」

「……自分が死ぬのを脅しに使うって……出会ったばかりの頃と同じじゃないか」

 エアルの言葉に、ヒューガの表情が緩む。

「そうね。でもヒューガは私を死なせなかった。今度もお願いね?」

「……分かったよ。生きて帰れば良いんだろ?」

「うん。お願い」

 ヒューガの約束を受けて、エアルも顔に笑みを浮かべた。無事に帰ってこなければ死ぬは冗談ではない。その覚悟は出来ている。だからこそヒューガが、それもエルフの為に決めたことを邪魔するつもりはない。

(むむ! またエアルが一歩前進なのです)

「何の話だ、ルナ?」

(内緒なのです)

「……よし、じゃあ始めるか。行動は三か月後だけど計画は今日から動き出す。皆、頼むぞ!」

「ええ」「はっ!」「「はい!」」(はっ!)(ん!)(おお!)