月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #52 生まれた格差

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 東の拠点見学会が開催された。ヒューガが想像していた以上に見学会は盛況。多くの西の拠点のエルフが参加している。それだけ東の拠点が気になっていたということだ。
 まずは拠点内の見学。想像していたのとは違う荒れた建物を見て、見学者たちはかなり驚いていた。西の拠点は内装はもちろん、外装にも手を入れ始めていたところだった。それに比べれば東の拠点の建物は手をつけ始めたばかり。パッと見は荒れ放題という感じだ。
 実際には建物の中はそれほど酷くないのだが、わざわざそれを見学者たちに知らせる必要はないとヒューガは考えている。この見学会の目的は、東の拠点がどんなに厳しい場所か分からせる為にあるのだ。
 拠点内の見学だけで目的は達した感じだったのだが、予定通り鍛錬の様子も見学させることになった。そうなった原因はセレネにある。

「東の拠点の様子は、彼等にも十分伝わっただろ?」

「そうだけど、貴方たちがどんな鍛錬をしているのか気になるのよ」

「それはセレの個人的な興味。他のエルフたちには関係ない」

「そうでもないわよ。西の拠点のエルフだってちゃんと考えている者はいるわ。そのエルフたちが、拠点の周りの魔獣をどんなに脅威に思っているか。もっと強くなりたい。そう思っている彼等にとって、元々そこで暮らしていた貴方たちの鍛錬は気になるでしょ?」

 ヒューガたちは西の拠点で生活していた。そこで狩りが出来ていたはずだと考えているのだが、これは間違い。ルナたちのおかげでヒューガたちの生活圏はそれなりの広さがある。わざわざ危険な場所を選んで狩りを行う必要はないのだ。

「真似するつもりか?」

「いいじゃない、それくらい。ケチケチしないでよ」

 セレネはヒューガの問いの意味を理解していない。真似しようと思っても、簡単に出来る内容ではないと言いたいのだ。ただこれは実際に鍛錬の様子を見れば、すぐに分かることだ。
 それにそれを見ても真似出来ると思える実力者がいるのであれば、それは良いことだ。こうした面倒事が減るかもしれない。
 少し離れた位置に秋の部族とシエンたちが並んでいる。鍛錬について男女の区別はなし。もともとエルフには、戦闘において女性だからという考えはないのだ。

「よし! じゃあ、始めるよ! 今日の鍛錬は基礎の基礎! 本当の鍛錬の前段階だ! 頼むからこれくらい軽くこなして見せてね!」

「「「おう!」」」

 カルポの言葉は見学しているエルフたちを意識してのもの。鍛錬の厳しさを知らしめようという思いからの言葉だ。

「じゃあ、僕に遅れないよう付いてきて!」

 まだ雪の残る草原を全速力で駆けだすカルポ。それの後をエルフたちが追いかける。ここから、実に地味な鍛錬が始まるのだ。
 百メートル、二百メートル、四百メートルとなってもカルポは走る速度を変えない。八百メートルを超えるくらいになったところで、徐々に苦しそうなエルフが出てきた。それでもカルポは速度を落とさない。
 千四百メートルを超える。カルポは変わらず。後を追うエルフたちに付いていけない人が出てきた。ただ走るだけの鍛錬に、退屈そうにしていた西のエルフたちの顔色も変わっている。
 二千メートルを超えたところ。もう誰もカルポに付いて行けていない。かろうじて走り続けているのはエアルくらいだ。

「止まるな! まだ終わっていないよ! とにかく最後まで全力で走って!」

 カルポの檄に応えて、そこかしこで座り込んでいたエルフたちがなんとか立ち上がって走り始めた。といってもその速さは、すぐに歩いているのとほとんど変わらなくなる。

「いいかい! とにかく全力! 今走れる全力で走り続けて!」

 速さなど関係ない。今この瞬間出せる全力を出し切ることが大切なのだ。

「……ねえ、あれって?」

 じっと黙って鍛錬の様子を見ていたセレネが、ヒューガに問い掛けてきた。

「何?」

「いつもあんな地味なことをやっているの?」

「そう。あの鍛錬はとにかく全力で走り続けること。余力を残すことなく走り続ける鍛錬だ」

「それに何の意味があるのよ?」

 ヒューガの説明を聞いてもセレネは納得していない様子だ。魔族が教えているのだから、もっと特殊なことを行っていると期待していたのだ。

「意味って……基礎体力作り。鍛錬の土台を作る為だ」

「基礎ね……ちなみにどれくらい続くのかしら?」

「その時によって違う。鐘の四半刻の時もあれば半刻の時もある。最長は一刻だったかな。それが先生の言う合格ライン」

 走る時間はその時々で変わってくる。これはあくまでも基礎。本格的な鍛錬に耐えられる体作りが目的であるので、その日のメニューによって変わってくるのだ。

「貴方はそんなに長く走れるの?」

「僕もまだ基礎鍛錬中。一刻を本当に全力で走れるかと言われれば無理。せいぜい半刻だな」

「……そう」

 それでも半刻。セレネはそれだけの時間を走り続けられる自信がない。そんなに長く走ったことがないのだ。

「カルポには四半刻で止めておけって言ってある。それまでは退屈な時間だから適当に過ごしていてくれ」

「適当にって、どういうこと?」

「ちょっと用が出来たから」

 セレネにそう告げてヒューガはその場を離れる。向かった先は足を引きずりながら走っているエアルのところだ。

「……意地っ張り」

「何?、ハア、邪魔、ハア、しない、ハア、もう、この足! ちゃんと動いてよ!」

 思うように動かない足に苛立っているエアルは、その場に立ち止まって、思いっきり叩いている。泣いてるようにみえるのはヒューガが彼女の思いを知っているからだ。

「叩いても治らない。ちょっと見せてみろ」

「ちょっと! 痛い!」

 エアルの返事を聞く前に、ヒューガは無理やり足を掴んで引き寄せる。バランスを崩したエアルはそのまま雪の上に倒れ込んだ。

「雪の上なんだから痛いわけないだろ?」

 ヒューガは魔力を手の平に集中させて、エアルの足に当てる。そのままゆっくりと自分の魔力をエアルの足に流し込むように意識していく。クラウディアに教わった回復魔法、の真似事だ。

「温かい。でも、なんかズルしてるみたいじゃない?」

「この鍛錬は心肺機能の強化が主目的。それは果たしてる」

「そうは言ってもね。ああ、駄目ね。この足、ちょっと無理するとこの様よ」

 心肺機能を鍛えられても足が付いてこなければ意味はない。それ以前に足の痛みで走れなければ、心肺機能を鍛えようにもすぐに限界が来てしまう。

「怪我してるのだから仕方がない。本当はこれで直せれば良いんだけどな」

「さすがのヒューガでも無理?」

「回復魔法が得意なわけじゃないから。今のも見よう見まねでやっているだけで、きちんと訓練したものじゃない」

「そう……」

 きちんとした回復魔法であれば治せるのか。期待してはいけないと分かっていても、気持ちが抑えられない。

「何とかしてやりたいけど、今はここまでだ。ほら、終わった」

「うん。軽くなった」

「これで最後まで持たせろよ」

「ん?」

「続けるんだろ? 何度も回復させてやってたら贔屓してるみたいだ」

「ありがとう」

 ヒューガに御礼の言葉を残してエアルはまた全力で走り始めた。
 本気で何とかしてあげたいと思っているがヒューガには医学知識はない。どこかに異常があるはずで、それが分かれば治す方法が見つかるかもしれないと考えているが、それを調べる術も持たないのだ。
 こんなことを考えながら、セレネがいる場所に戻ると、その彼女は何とも言えない顔でヒューガを見ていた。

「何?」

「優しいわね?」

「足が悪いからな。激しい運動をするとしびれて動かなくなるらしい。普段も時々違和感があるみたいだ」

「だったら鍛錬なんてさせなければいいじゃない?」

「本人がやりたがってる」

 ヒューガも無理をさせたくないという気持ちはある。だが鍛錬への参加はエアルが強く望んでいること。その気持ちを無視する気にはなれないのだ。

「甘いわよ。特別な存在だからって、そんな我が儘を許していたら、周りに示しがつかないわよ?」

「特別? ああ、エアルが僕の剣ってことか」

「剣?」

「そう。カルポは僕の盾になるって言ってる。そしてエアルは僕の剣になるって」

 セレネが言う特別な関係はこういうことではないのだが、これもまた二人を特別な立場に置いていること。

「……本人がそう言ってても、足が悪いんじゃ無理でしょ?」

「何か勘違いしてないか? エアルは足が悪いけどそれなりに強い。盾になるって言っているカルポの守りを打ち破るくらいに。まあカルポも負けてないな。今のところ五分五分ってとこだな」

「そうなの?」

「ああ、もっとも戦い方は滅茶苦茶だ。攻撃しか考えてない。少々自分が傷ついても相手を倒す。そんな戦い方をする。直せって言ってるんだけど、自分は剣だって譲らないんだ」

「信じられないわ。そもそもカルポと互角って言われてもね」

 セレネのカルポに対する評価は高くない。彼女の言葉を聞いて、ヒューガはそれを知った。一度張られたレッテルはそう簡単には外れない。そういうことだと思うが、仲間が軽く見られるのはあんまり気分が良いものではない。

「じゃあ、見てみる? 今の鍛錬はもうすぐ終わる。いつもなら基礎鍛錬がまだまだ続くけど、今日は特別に早めに立ち合いを始めることにしよう」

 少し大人げない気もしているが、ヒューガはカルポの実力を見せつけることにした。

「立ち合い! ねえ、それ私も参加していい? ていうか希望者参加型ってやつでどう?」

 ヒューガの内心の思いを知らないセレネは、立ち合いと聞いて喜んでいる。事情があって傭兵ギルドに加入していたとはいえ、実際に傭兵として働いていたセレネだ。腕には自信がある。

「良いけど。あとで文句言うなよ?」

「言わないわよ。立ち合いなんて久しぶり。楽しみだわ」

 嬉しそうなセレネを横目で見ながら、ヒューガは小さくため息をついた。先生の指導の下で行われる立ち合いは、楽しみだなんて言えるものではない。浮かれているセレネを見て、心配になっているのだ。

 

◆◆◆

 多くのギャラリーが見守る中、立ち合いが始まろうとしている。立ち合いとなると当然、その監督は先生の役目。ギリギリの攻防が求められる立ち合いにおいては、いざという時に対処出来るのは先生しかいない。それだけ本気の戦いが行われるのだ。

「まったく……ヒューガくんが我が儘を言うから、今日の鍛錬の予定が無茶苦茶になってしまいましたよ」

「悪い。まあ今日は特別だから」

「はあ……じゃあ、初戦はカルポくんとエアルくんですね。二人とも、いつも通り全力でやってください。死んでも恨みっこなしですよ!」

「「はい!」」

 距離を取って向かい合うエアルとカルポ。二人の武器は精霊魔法と剣。エアルは細剣を両手に持っている。カルポは剣だけでなく盾も装備している。エルフらしくない戦い方なのだが、元々守勢が得意なカルポは、訓練を重ねて盾をかなり使いこなせるようになっている。
 先手を取ったのは攻め中心のエアル。間合いを詰める為に一直線にカルポに向かって駆けて行く。それとともに空に現れる炎の剣はイフリートの力を借りた精霊魔法だ。イフリートはこの炎の剣が気に入っていて、一対一での戦いではこれしかないっていう感じで使ってくる。
 その炎の剣がまっすぐにカルポに狙いを定めて飛んでいく。それに対するカルポの打ち手は当然、防御魔法。地面から土の壁が次々と立ち上がる。
 二段目までを突き抜け、三段目の壁のところで炎の剣は止めら、跡形もなく消えていった。その間にエアルは、カルポとの間合いをかなり詰めていた。
 エアルの接近を防ごうと更なる土の壁が立ち上がる。それを軽くステップを踏むように躱していくエアル。その動きだけを見ていると、とても足が悪いようには見えない。
 それでもカルポは土の壁を立ち上げ続ける。それしか手がないわけではない。エアルの損耗を狙っているのだ。戦いにおいては相手の弱点を突くこと。エアルの場合は足だ。足に負担を掛け続けると、やがてエアルの動きは鈍くなってしまう。
 カルポは忠実に先生の教えを守って戦っていた。

「ふむ。あいかわらずカルポくんは粘っこい攻撃を仕掛けますね」

 その戦いの様子を見ている先生も満足げだ。

「あれを続けられるとエアルは辛いからな」

「そうですね。このままではエアルくんはじり貧です。何か仕掛けてきますかね?」

「まず間違いなく」

 先生とヒューガがそんな話をしている間に、カルポの目の前に炎の壁が立ち上がる。

「ほう、そう来ましたか」

「また無茶を考える」

 エアルの考えはカルポの目を塞ぐこと。炎の壁でカルポの視界を塞ぎ、不意を突く作戦だと先生とヒューガは読み取った。それにはカルポも気付いたようで、土の壁で自身の周りを固める手に出た。エアルの攻撃口を完全に塞ぐつもりなのであろうが。

「守りすぎ」

「そうですね。カルポくんの悪い部分が出ました」

 カルポを囲む土の壁が立ったと同時に炎の壁が消え去り、代わって炎の剣が現れた。剣というには少し太いそれは、カルポを囲む土の壁で唯一空いている上空からカルポに向かっていく。
 それに気付いて慌てて壁を消し、その場を離れるカルポ。

「壁で防ごうとしないのは正解でしたね。そこで終わるところでした」

 壁一枚で防ぎ切れる攻撃ではない。自分に近い場所に防壁を立てたカルポのミスといえばミスだ。
 カルポがいた場所に巨大な炎の剣が落ちる。地面に衝突したその炎は周囲に広がっていった。

「ん?」

「ほう」

 煙が広がるように広がる炎。その炎の動きはヒューガも初めて見るものだ。炎の剣に似せたのはカムフラージュ。異なる目的の魔法だったのだと判断した。
 カルポは完全にエアルの姿を見失ってキョロキョロと回りを探している。そうしながらも土の壁を立ちあげて自分の周りを守っているのはさすがだが、それでは少し不完全だ。視界を塞がないように気をつけて低くしているのだが、それがエアルの狙いであることに気が付いていない。
 炎の下から飛び出してきたエアルは、軽くその壁を飛び越えると、カルポに向かって剣を振るった。

「そこまで!」

 初撃を盾で防いだまでは良かったが、エアルにはもう一方の剣がある。横に振るわれたそれは、カルポの首に届くギリギリのところで止められていた。

「先生、ちょっと掛け声が遅くないか? エアルが飛び出したところで決着だ。カルポは反応しきれてなかった」

「ギャラリーにはこの方がドキドキワクワクでしょ?」

「それでカルポの首が飛んだらどうすんだよ?」

「それもまたホラーな感じでドキドキワクワクです」

「……もう良い。とりあえず、久しぶりのエアルの勝ちだ」

「ええ、エアルくんの工夫勝ちですね」

 エアルの足の怪我に気付いてから、正確にはその弱点を攻めると決断してからはカルポの勝ちが続いていた。だが今回は、エアルの戦術勝ち。炎の下に隠れるなんて方法はヒューガとしては認めたくないが。

「久しぶりの勝ち!」

 エアルはとにかく勝てたことが嬉しくて、はしゃいだ様子だ。

「そうだけど、無茶し過ぎ。やけどしてないか?」

「大丈夫よ。熱かったけど、直接触れたわけじゃない。その辺はイフリートが上手くやってくれたわ」

 イフリートがいてこその戦術。精霊と協力し合うのがエルフの戦い方。間違ってはいない。

「はぁ、負けちゃいました」

「カルポは守りすぎだと思う」

「そうですか? エアルの消耗を狙ってたんですけど」

 カルポはまだ自分の敗因を理解出来ていない。

「その分、エアルくんに自由に動く余裕を与えてしまいましたね。エアルくんが攻めきったって感じです」

 そんなカルポに助言するのは、やはり先生の役目だ。
 
「……僕はどうすれば良かったですか?」

「今回については積極的な攻撃に転じるべきでしたね。エアルくんの攻撃手順を乱すことで、消耗を図るべきでした。まあ、いつもそれが正解とは言いませんがね」

 常に正しい戦い方などない。その時々、状況に応じて最適な戦い方を考えなければならないのだが、今回はエアルがそれに成功したということだ。

「そうですか。しかし難しいな」

「僕が思うにエアルが炎の壁を立てた時に気付くべきだったと思う。何か企んでるって。まあ、横で見ていたから気付いたんだろうけどな」

「ああ、あれですよね。エアルのことだから、炎を突き抜けてくるだろうってのは予想してたんです。でも、そうですね。守りすぎました。炎との距離はあったはず。リスクを負ってでもエアルの居場所をきちんと把握しておくべきでしたね。あれ以降はやられるまで完全にエアルを見失ってましたから」

「それも数ある中での一つの答えに過ぎません。でいつものようにおさらいをしておくのですね」

「「はい!」」

 立ち合いのあとは立ち合った者同士で、動きを確認することになっている。どういう意図でそれを行ったのか、それに対しどう考え、どう行動したのか。
 それを続けていると相手に手の内を全てさらけ出すことになるのだが、その上で次の戦いでは新しい工夫を考えるのも鍛錬の一つだ。

「さて、じゃあ始めるか?」

 エアルとカルポの立ち合いが終われば、次は西のエルフが参加する番。

「本当にやるのですか? 私としては部外者との戦いは認めたくないのですけどね」

「今回は大目にみて。セレ! 誰がやるんだ!?」

 ヒューガは対戦相手が誰かセレネに尋ねてみたが。

「……私しかいないみたいね?」

「そうなのか?」

「さすがにあれを見て、立ち合いに臨もうなんて者は出てこないわよ。何なのあれ?」

 立ち合いと言うには、あまりに激しすぎる戦い。それに向かう自信も勇気も西の拠点に住むエルフたちにはなかった。

「何なのって言われても。少し派手だっただけだ。セレが相手か……じゃあ、僕がやろうかな?」

「へえ、貴方と遣り合うのも初めてね。ここに初めて来た時はちょっと頼りなかったけど、少しは強くなったのかしら?」

 大森林に来た時、ヒューガはセレネに頼り切りだった。外縁部の魔獣と戦う力もなかったのだ。彼女にはその時の印象しかない。

「さあ? 鍛錬はしてきたけど正直自分がどの程度なのかは分からない。前よりは確実に強くなったとは思っているけどな」

「いいわ。どれほど強くなったか、私が確かめてあげる」

「ああ、頼む」

 ――という感じで、セレネとの立ち合いを始めたヒューガであったが。

「もう一度よ!」

「まだやるのか? というかやるならもっと真剣にやってくれる?」

 セレネはヒューガにまったく刃が立たなかった。

「……やってるわよ」

「じゃあ、精霊魔法くらい使えよ。セレはエルフだろ?」

「……使ってるわよ」

「そうなのか? でも何の攻撃も受けてないけど?」

(ふっふーん)

「……ルナか」

 セレネの精霊魔法が自分を攻撃してこない理由は、ルナの自慢気な鼻歌で分かった。ルナがセレネの精霊魔法をことごとく妨害していたのだ。

(えらい?)

「ああ、えらい」

(へへ)

 ヒューガに褒められて嬉しそうなルナ。こういったヒューガに見せる無邪気な雰囲気が、ルナの実力をヒューガに見誤らせている。ルナにしてみれば、このようにヒューガを驚かせて、褒めてもらえることが喜びなのだ。

「ちょっと、何を独り言呟いてんのよ? さあ、やるわよ!」

「ルナと話してただけだ。ちなみにセレの精霊魔法通じないみたいだ」

「……分かっているわよ、そんなこと! まったく、あの小娘は。じゃあ剣で勝負よ!」

「……さっきから剣で勝負してるけど?」

 ルナはセレネの精霊魔法を防いでいるだけで、攻撃はしていない。攻撃手段はずっと剣だけだ。

「いいから来なさい!」

「はい、はい」

 少し間合いを取って、セレネと向かい合うヒューガ。セレネの持つレイピアがゆらゆらと揺れている。その動きはさきほどまでとは明らかに違う。セレネもまだ余力があったということだ。
 ヒューガも油断を戒め、気合を入れ直して剣を構える。
 複雑な動きをみせるレイピアの切っ先。ヒュンという風切音とともにその切っ先がヒューガに向かってきた。かなりの速さだ。切っ先の動きだけであれば。
 ヒューガは自ら一歩踏み込み、レイピアを躱しながら持ち手に近いところを剣の柄ではじく、動きを止めないままにバランスを崩したセレネの足を蹴り払い、倒れた彼女に向かって剣を振り下ろす。

「そこまで!」

「いや、だから先生、遅いって。いま僕が先に止めた」

「別にそのエルフがどうなろうと知ったことじゃありませんからね」

「……先生はほんと他人に厳しいよな」

「ヒューガくんに言われたくありませんね」

 先生のほうがより非情、というより計算を働かせる部分はあるにしても、仲間とそれ以外に対する扱いに大きく差があるのはヒューガも同じ。

「とりあえず今回も僕の勝ち」

「……嘘でしょ?」

「嘘でしょって言われても。セレ、怠けすぎだろ? 前よりも弱くなってるんじゃないか?」

「……そうね。鍛錬なんて全然やってなかったし」

「色々と大変だったのは分かるけど、今は少し余裕出来たはずだ。これからは自分を鍛えることも忘れないように」

「ええ、そうするわ」

 セレネにはこんな言い方をしているが、ヒューガは自分の成長を実感している。セレネが弱くなったのではない。ヒューガが強くなったのだ。
 これはヒューガにとって驚きであり喜びだ。これまでは比較対象がいなかった。周りの皆も同じように鍛錬しているので、同じような早さで成長している。だが今回、セレネと戦ったことで自分たちの力が大きく上回っていることが分かった。
 先生が今回の件を嫌がっていたのはこれが理由だ。ヒューガたちの慢心を恐れていたのだ。
 だが先生のその心配は無用のものだ。この程度で慢心できるほど、大森林は甘くない。ヒューガたちはそれを理解している。