出陣式当日。騎士団は慌ただしく準備に追われていた。
国王を筆頭に王族が一同に会する式である。晴れ姿を披露しようと、騎士たちは自慢の鎧兜をピカピカに磨き上げて式に臨むのだ。
式が終われば直ぐに出陣となる。戦争に臨む前の最後の華やかな式典。戦争の不安を一時忘れられる最後の時と言っても良い。
そんな中でグレンたちはというと、早々に準備を終えていた。
部隊を持たないグレン、そして見習いである従卒たちは、参列はしても閲兵の対象ではない。それにグレンも、そして戦争が初めてである従卒たちの鎧も磨く必要もない新品なのだ。
出陣式の会場となる騎士団調練場の片隅で、グレンたちは暇を持て余していた。
「出陣式ってどれくらいかかるか知っている人?」
「…………」
グレンの問いに答えられる者は従卒たちの中にはいなかった。
「あっ、そう。誰も知らないか」
「出陣する全騎士団といっても、四大隊です。それ程かからないのではないでしょうか?」
「偉い人の挨拶とかは?」
「ああ。それはありますか」
「長そうだな。何人が挨拶するのだろう?」
「さあ?」
「多いと嫌だな」
「そうですね」
出陣式への緊張感など欠片もないグレンたちだった。ダラダラと意味のない会話を続けて時間を潰しているグレンたちだったが、そのうちに他の従卒たちも集まってきた。まだ勇者親衛隊の従卒の仕事を続けている者達だ。
「準備終わったのか?」
「はい。ようやく」
「さすがに気合が入っているわけだ」
「勇者が気合入っているようですので。鎧を身に付けたあとは、何度も敬礼の練習をしていました」
「今更、練習?」
「滅多にないことですから。練習しているのは勇者親衛隊だけではなかったです」
「そうか。そうだよな。小競合い程度ではこんな式はやらないか」
「そういうことだと」
「これからの段取り聞いている人?」
「あっ、自分が少し聞きました。勇者に説明しているのを横で聞いていただけですけど」
「どういう感じ?」
「入り口から大隊毎に入場してくるそうです。そこから大きく回るようにして正面の謁見席まで行進。謁見席の前で整列して敬礼。それが終わると、その場を退いて、整列して他の大隊の入場を待つ。そんな感じのようです」
「そういえば敬礼って?」
「隊列を整えて、気を付け、抜剣、捧げ剣。こんな感じです」
その従者は言葉で説明しながら実際にやってみせた。姿勢を正して、剣を抜いて一気に右斜め上に掲げると、それを顔の正面に引き寄せて垂直に立ててみせる。
「……なるほど。恰好良くはある」
「剣を抜く間、方向や角度などが揃えばです。動きがバラバラだと見ていて恰好悪かったです」
「それで練習か」
「はい。乱れていると統率がとれていないと思われるようです」
「だよな。もう始まるのかな?」
「始まる前に声が掛かるようです。我々は最初から脇で整列して待っていなければならないようで」
「まさか、気を付けの姿勢で?」
「どうやら」
「……見ている方が辛そうだ。じゃあ、呼びに来るまで休んでいるか」
休んでいるといっても、その場に座り込むわけにもいかない。纏まりもなく、適当にくつろいでいるだけだ。その内に従卒たちの一部が、緊張感がないのか、それとも高揚しているのか、とにかくじっとしていられないようで敬礼の練習を始めた。
始めは数人でやっていたそれが、徐々に大きくなっていく。
「……ずれているぞ」
「そうですか?」
「剣の角度決めておいた方が良いな。斜め四十五度とか分かり易いかも」
「ああ、そうですね。じゃあ、剣は斜め四十五度な!」
「おお」
グレンも退屈なので、従卒たちのその様子を一緒になって楽しみ始めた。
「間がずれている。気を付け、パッ。抜刀、パッ、捧げ剣、パッ。こんな感じは?」
「じゃあ、それで」
一人の掛け声に合わせて、動作を合わせていく。
「おおっ、やっぱり、揃うと恰好良いな」
「揃っていましたか!?」
「完全とは言わないけど、まあまあだな。確かに大変そうだ。千人で、それも騎乗で合せるのだよな?」
「そうなりますね」
「千人は厳しいな。号令への反応だって位置によってずれそうだ」
「それもありますか」
「出来るのかな?」
「さすがに出来るのではないですか? 出陣式で全部隊がボロボロでは恰好がつきません」
「それもそうか……順番に上げていくのも恰好良いかもな」
「それってどういうことですか?」
「端から順番に剣を抜剣していくと、綺麗に見えないかな?」
「……面白そうですね。やってみましょう」
さすがに二百人が横一列に並ぶわけにもいかず、四列に並んで従卒たちは敬礼を始めた。
「……悪くないけど、恰好がな」
「恰好ですか?」
「横見ていたら駄目だろ」
「でも、見ないと」
「鞘から抜く音に耳を澄ませば? 抜く方もわざと音が大きくなるようにして」
「なるほど。じゃあ、もう一回」
そしてもう一度。正面を向いたままで、端から次々と剣を抜いて行く従卒たち。剣を抜く音が左端か流れていく。
「おおっ! 恰好良くないか?」
「そうでしたか!?」
「良い感じだな。あとは、捧げ剣は最後に抜いた人間が言うことにしよう。そうすれば、全員が正面を向いたままでいける」
「……なるほど。じゃあ、もう一度」
そして又、号令役だけを代えて行う。
「良いね。かなり恰好が良い」
「そうですか。あっ、じゃあ順番に見ても」
「どうぞ。俺はもう満足だから」
「はい」
四列に並んでいた従卒たちは二組に分かれて敬礼を始めた。剣が次々に立ちあがっていく様子を見て、従卒たちからどよめきが起こった。そして組を交替してもう一度。
他人を見ると、おかしなところにも気が付くのだろう。何度か繰り返すうちに、剣の動きはどんどん滑らかになっていった。
「こういう時にも役立つのか」
それを見てグレンは呟く。向かい合って他人の素振りの動きを確認する鍛錬が、従卒たちの身になっている事をグレンは嬉しく思った。
「……何をやっているのですか?」
そんなグレンに文官が話しかけてきた。
「あっ、ちょっと暇つぶしを」
「……もうすぐ始まります。位置に付いてください」
「場所は?」
「正面左。一番前に四列で並んでください。細かい場所は担当の指示に」
「一番前?」
「勇者親衛隊は最後の登場。立ち位置は一番前になります。その横という事です」
「分かりました。おい! 時間だ! 移動するぞ!」
「「「はっ!!」」」
グレンを先頭に参列場所に向かう従卒たち。その場につくと、素早く四列横隊で整列した。
「えっと」
「ずれていますか?」
「もう少し詰めて頂けますか? 他の従卒たちもいますので」
「ああ、分かりました。整列密集!」
グレンの掛け声で隊列全体の距離が縮まる。
「こんな感じで?」
「……はい。それで結構です。ではこのままで」
「はい」
他の従卒たちも次々とグレンたちの横に並んでいく。反対側にも人の動きが見える。
「あれは?」
グレンは隣に立つジャスティンに問い掛けた。
「来賓ではないですか?」
「そんな人たちまで?」
「見る者がいなければ盛り上がらないと思います」
「そうだな。良いな。向こうには椅子があるぞ」
「来賓ですから」
「そうだな」
やがて調練場に高らかなラッパの音が響き渡る。それを合図に反対側の来賓たちが一斉に席を立つ。
「始まり?」
「王族のご来場ではないでしょうか?」
「……よく分かるな?」
「どうして分からないのですか? 他の事は分かり過ぎる程、分かるのに」
「興味ないから」
「でしょうね」
ラッパの音が止むと同時に閲覧席に王族の姿が現れた。国王陛下、その後には王妃が続いている。更にその後にも何人かの姿が見える。
グレンはそれに視線を向けようとしなかった。ただ、先頭を歩く国王だけを見ている。
「陛下を見るのは初めてだ」
「自分もです」
「ちょっと遠いな。顔がはっきりと見えない」
「そうですね」
「まあ、良いか。別に興味ないから」
「それは、さすがにどうでしょう?」
王族が席についたところで、またラッパの音が響く。先ほどとはまた、違った音だ。
「今度こそ?」
「はい。先頭が見えました」
調練場の入り口に見える二列縦隊の騎馬の影。それが馬の足並みを揃えってゆっくりと進み出てきた。先頭の騎士が持つ騎士団大隊旗が風にたなびいている。
「第一大隊か」
「そうなのですか? ああ、順番ですか」
「自分の騎士団の大隊旗くらい覚えておけ。旗に描かれている剣の数。それを数えれば分かる。ちなみに槍は五だから」
「それは」
「槍一本に剣が二本重ねて描かれていたら、第七大隊だ」
「そういう事ですか」
「まあ旗を見なくても順番に出てくるだろうけどな。しかし、何故、四列縦隊にしない」
「二列縦隊だと問題がありますか?」
「立っている時間が倍になる」
「そうですね……」
調練場を大きく回って、謁見席の正面につくと、そこで騎馬は足を止めて正面に向き直る。二百騎が並んだところで、後続はその後ろに並んでいく。そして又、二百騎が並ぶと。
百騎ごとに縦に十列並ぶことになった。
「気を付けえ! 抜剣!」
第一大隊を率いるハーリー千人将の号令に合わせて一斉に剣が上に掲げられた。
「捧げぇえええっ! 剣!!」
右にあげられた剣が顔の前で真っ直ぐに立てられる。
「……さすが第一大隊ってところだな。ほとんど乱れが見えなかった」
「そうですね」
「千騎の敬礼。さすがにちょっと高揚するな」
「はい」
国王の答礼を受けたところで、剣は鞘におさめられる。そして又、前の列から順番に騎馬は行軍を始めて、後ろに回っていく。
「あれを戦場でもやれば良いのに」
「敬礼をですか?」
「馬鹿か? あの行軍だ。一糸乱れないって感じだろ?」
「そうですね」
「あれと同じだけの動きで戦えば良いのに」
「さすがにそれは無理ではないですか?」
「やってみないと分からない。一騎ずつバラバラに来るのと、十騎が固まって攻めてくるのと、どちらが怖い?」
「それは十騎です」
「そう。誰でもそう思う。そして国軍歩兵にはそれを求めるくせに、騎馬部隊にはそれをさせない。おかしいと思わないか?」
「……それは」
「おっ、ちゃんと分別がある。今の反応は正しい。口にして不味い事は、そうやって言葉を濁す事だな」
「では教官も」
「今は別に聞かれて困る相手はいない」
「そうですね」
次に現れたのは第三大隊。同じ様な動きで謁見席の前に整列する。
そして又、敬礼。
二回目になると、グレンはもう興味を失ったようで、何も口にしなかった。ただ真っ直ぐに前を見つめているだけだ。
騎士団の敬礼が次々と行われていく。そしていよいよ、最後。勇者親衛隊の登場だ。
その瞬間に参列者からどよめきが起こった。
白馬に乗った勇者。健太郎が身につけているのは、真っ白なフルプレートの鎧兜。変わっているのは色だけではない。兜はまるで炎が流れるような装飾が施されており、それは鎧も同じ。肩当てが炎を象ったような形をしていた。
胸当てには真っ赤な日輪が描かれていて、とにかく目立つことこの上ない。鎧の上から纏った裏地が赤の白いマントをなびかせて、騎馬を進める健太郎。
その横には、白地に日輪を描いた旗を掲げ持った騎士が並んでいる。
「あれは討たれたいのかな?」
「討たれたいかどうかは別にして、目立つのは間違いないですね」
「格好良いのかな?」
「さあ? 自分には異世界の趣味は分かりません」
「俺も」
周りの評価は別にして、健太郎は誇らしげに騎馬を進めている。どよめきを起こさせた事で満足なのか、鎧兜を自慢に思っているのかは、グレンには分からない。
謁見席の前に整列する勇者親衛隊。
「気を付けえ! 抜剣!」
健太郎の少し甲高い声が調練場に響いた。
「捧げ! 剣!」
親衛隊二百騎の敬礼。それにしては少しお粗末だった。
「練習不足だな」
「まあ、仕方がないでしょう。あの方たちですから」
「まあ。あそこまで出来れば合格か」
「そう思います」
ジャスティンには仕える騎士への尊敬の気持ちなど全くなかった。元々、そうであったところに、グレンを知ってしまった。親衛隊の騎士を敬うなどもう出来るわけがない。
敬礼が終わっても勇者親衛隊は、その場に立ち止まったままだ。これで閲兵そのものは終わった事になる。
「我が誇るウェヌス王国の勇者たちよ! その勇姿は我の心を踊らせた!」
国王が騎士団に語りかけ始めた。グレンにとっては、当然、声を聞くのも初めての事だ。
だからといって何を思うこともない。ただ早く終われと心の中で念じているだけだ。
「――最後に軍を率いるドミニク・ハドスン将軍に総帥杖を貸し与える。ハドスン将軍、前へ」
「はっ!!」
あらかじめ決められていたのだろう。最後尾の第四、第五大隊を率いて入場していたハドスン将軍が、国王の声が掛かった時には、勇者親衛隊の横に並んでいた。
隣の騎士に轡を預けると、国王の前に進み出ていく。
「この総帥杖に誓え! 必ずや、我が王国に勝利をもたらさんことを!」
「はっ! この命に掛けて誓います!」
総帥杖を高々と掲げて、ハドスン将軍は宣言した。それに合せて、一斉に騎士たちから雄叫びがあがる。その歓声を聞きながら国王は謁見席に下がっていった。
「……終わったのか?」
「どうでしょう? 王族が退席なされませんから、まだ何かあるのではないでしょうか?」
「そうか……」
ジャスティンの予想通り、出陣式はまだ終わりではなかった。居並ぶ騎士団の前にランス・トルーマン元帥が進み出てきた。騎士たちのざわめきが収まり、調練場を静寂が包む。
「勝て。それが騎士である貴様たちの使命だ。生きて帰れ。それがこの国の臣民である貴様たちの義務だ」
決して声を張り上げている訳ではないのに、調練場に朗々とトルーマン元帥の声が流れた。
「健闘を祈る」
たったこれだけ。それでトルーマン元帥は引き下がっていった。
「……ウェヌス王国騎士団! 出陣!」
ハドスン将軍の号令が響き渡った。それを合図に騎士たちが雄叫びを上げながら、駆け足で調練場を出て行く。
「終わりだな」
「そうですね」
「思ったより短かった。良い事だ」
「閣下が短すぎます。もう少しお話になられれば良いのに」
「そうか? 俺はちょっと震えたけどな」
「教官はそうでしょうね」
「騎士じゃないからな」
生きて帰れ。それがまるで自分に言われたようにグレンは感じていた。
国王はすでに席を立って、引き上げている。騎士たちも同じだ。入場した時とは異なり、あっという間に引き上げていった。
対面の来賓たちも、騎士団とは異なる出口に向かっている。従卒たちもだ。出口に近い場所から順番に退席していっている。そうなると最後に出るのはグレンたちという事になる。それでなくても、グレンは最後まで残るだろうが。
全員が退席したはずの謁見席に残る人影。その人影からの視線をずっとグレンは感じていた。
思い切って視線を向けてみれば、思った通り、メアリー王女がその顔を真っ直ぐに向けていた。
少し悩んだグレンだったが、謁見席に向って足を踏み出した。
「教官?」
「ああ、先に戻ってくれ。遅れて行く」
「……そういう事ですか」
ジャスティンも又、謁見席に一人残るメアリー王女に気がついた。
謁見席の正面に向かうグレン。つい先程、総帥杖が授与されていた場所に立つと、メアリー王女の顔がはっきりと見えた。笑っているような、それでいて今にも泣き出しそうに見える表情が。
交差する視線と視線。
いつまでも向けられると思われたメアリー王女の視線がふいに逸らされる。その表情が少し驚いたようなものに変わった。
「気をつけ!」
グレンのすぐ後ろからジャスティンの号令の声が響く。グレンも又、その号令に合せて姿勢を正した。
「抜剣っ!!」
真っ先に抜かれるグレンの剣。それに続いて二列に並んだ従卒たちの剣が次々と上に伸ばされていく。
「メアリー王女殿下に! 捧げぇえええっ! 剣っ!!」
一斉に目の前に立てられる剣。涙を堪え切れずにメアリー王女は両手で顔を覆ってしまっている。その様子をじっと見つめるグレン。やがて剣を鞘に収めると、その場に片膝を付いて真っ直ぐに腕を伸ばした。
ずっと先にいるメアリー王女には届くはずのない手。
それに応えるようにメアリー王女も腕を伸ばした。わずかに動いた口元。聞こえるはずもないその声がグレンの耳に届く。
無事に帰ってきて――
その言葉を受け止めるように手を握り締めると、グレンは立ちあがって、出口に向って歩き出す。
従卒たちも又、整列したまま、その後に続いた。
「……知っていたのか?」
後ろを振り返る事なく、グレンはジャスティンにこの問いを発した。
「自分の姉は城に勤める侍女なのです」
「そうか。知らなかった」
「教官は知っていますよ」
「……聞いた覚えがない」
「そうではなくて、自分の姉を教官は知っています」
「王女殿下の侍女か?」
「違います」
「あと顔見知りは……」
「一人いるはずです。メアリー王女よりはるかに関係の深い侍女が」
「嘘だろ!?」
頭に思い浮かんだ侍女。グレンは後ろを振り返らずにはいられなかった。複雑な笑みを浮かべているジャスティンの顔が目に入る。
「よくご存知ですよね? 女としての姉の事は」
「……どうして、そこまで知っている?」
女性としての、という言葉の意味はジャスティンが二人の深い関係を知っているということだ。
「教官との事はかなり詳しく姉に聞きました」
「……嘘?」
「いやあ、恨みましたよ。姉の方からとは聞いていますけど、それでも恨みました。教官には劣るかもしれませんが自分もシスコンなので」
「それで初日に喧嘩を売ってきのか?」
「はい。懲らしめてやろうと思ったのですが、返り討ちにあいました」
「悪かった」
「いえ。恨みは嘘です。悔しかっただけです」
「悔しかった?」
「これは言わないでおこうと思っていたのですが、こうなると黙ってはいられません」
「何?」
「教官からの伝言への姉の返事です。自分の事を忘れないでいてくれてありがとう。無理強いしていたのに、感謝の言葉をくれてありがとう。それと……貴方が思っているよりもずっと、私は貴方が好きでした」
「…………」
「こんな伝言を弟に託すってどうかと思いますよね? 自分もそう思います」
「まあ」
「姉はこうも言っていました。教官は特別な人だ。そんな人とたとえ一時でも二人だけの時間を過ごせて幸せだったと」
「そんなことは」
「姉は 自分なんかよりずっと頭の良い人なのです。でも姉は女性で、その力を活かす場なんてありません。城の侍女などでは満足出来なくて、それなのに周りは田舎騎士の娘がお城勤めなんて凄いと褒め称える。それが我慢ならなくてヤケになったのか、ちょっと奔放な性格になって」
「……そうか」
「でも教官を知って自分が凡人だと分かったと。今の自分は十分に幸せなのだと」
「…………」
「御礼を言います。姉を救ってくれてありがとうございます」
「礼を言われるような事はしていない。礼を言うのは俺の方だ。ありがとうと伝えてくれ」
「それは無理です」
「えっ?」
「先月嫁ぎました。自分は式には出られませんでしたが、幸せそうだったと聞いております」
「そうか。それは良かった」
「はい。姉は幸せでした。そして別の幸せを見つけました。教官が姉に引け目を感じることは何もありません」
「そうか」
一つの区切りがついた。なんとなくグレンはそう思った。
それが良いことなのか、悪いことなのかは分からない。だが、心が晴れたのは確かだった。