ジグルスの周囲が騒がしい。実際に彼の周囲の人たちが騒いでいるのではなく、第三者といえる生徒たちが噂話で盛り上がっているのだ。
そうなった原因は王家主催のパーティーにある。無位無冠の男爵家の子が国王に呼ばれ、密談を行っていた。この事実が知られれば、様々な憶測を呼ぶに決まっている。
実家が男爵家というのは偽りで実は有力家の子弟だった、程度の話から始まり、国王の隠し子ではないかという不敬を問われかねない噂まで。そこから更に話は進み、リーゼロッテとの関係にはそういう裏があったのか、なんてことにもなっていたりする。ジグルスにとっては迷惑な話であり、不本意な状況だ。
もともとジグルスは学院生活を決して目立つことなく過ごそうと決めていた。リーゼロッテを守ると決めた時点で、それは無理だと分かっているが、それでも裏方でいるつもりだったのだ。
それが今、学院の話題に中心となっている。実際はこれ以前からそうだったりするのだが、その自覚はジグルスにはない。
(駄目だな……全然気配が消せていない)
気配を消す術、隠蔽はジグルスが母から授かった特別な能力。エルフの血がもたらす特殊能力だ。もちろん、その能力を使ったからといって噂が消えるわけではないことはジグルスも分かっている。体に流れる血の半分、エルフとしての自分は影で働くべきという思いを、こんな言い方で表現しただけだ。
(主人公はまったく話題に上っていない。なんか、まんまとしてやられた感じだ)
ユリアーナも何者かと密談していたはず。だがその件はまったく噂になっていない。自分は本命である主人公との密談を隠す為のカモフラージュに利用されたようだとジグルスは考えている。
では何故そんな必要があったのか。主人公は誰と何を話していたのか。ジグルスはそれを調べようと考えているのだが、簡単なことではない。ジグルスは城内で何があったかを調べる術を持っていないのだ。唯一、可能性があるのは。
「……こら? お主は自国の王女をほったらかしにして、何をぼーっと考え事をしているのだ?」
カロリーネ王女に尋ねるくらいしかない。
「あっ……申し訳ありません。考え事をしていました」
「だから、何を考えているのだと聞いている」
「それは……何故、俺と彼女が呼び出されたのかを」
ジグルスはまっすぐに聞きたいことを問いにした。カロリーネ王女相手に遠回しで探りを入れるのは得策ではないと考えてのことだ。
「何故? それは呼ばれたお主のほうが分かっているだろ?」
「俺の場合は陛下の勘違いです。父親を、良く知っている臣下と間違えているようでして」
「そうなのか?」
「はい。名前が違いましたから」
事実を交えながらジグルスは嘘をつく、といっても本人も真実を知らないので嘘をついているという思いはそれほど強いものではない。
「……その間違われた相手は何者なのだ?」
カロリーネ王女は勘違いだっただけで、話を終わらせなかった。実際に勘違いだったとしても男爵家の息子を呼び出すなど異例のこと。その理由は気になる。
「なんでも以前あった魔人との戦いで活躍した騎士だそうです」
「魔人との戦い? そんなものがあったのか?」
カロリーネ王女は魔人との戦いを知らなかった。彼女が生まれたばかりの頃の話であり、あまり話題となるようなものではないからだ。
「あったそうです。しかも……」
「しかも何だ?」
「いや、これは話しても良いのでしょうか?」
話すべき内容ではない。だがジグルスがこれを言い出した理由は別にある。
「それは……」
国王との会話内容は軽々しく口外して良いことではない。王女であるカロリーネも、無理矢理話させることには躊躇いを覚える。
「……俺が話したことは絶対に内緒にしていただけますか?」
「も、もちろん」
これでジグルスとカロリーネ王女は秘密を共有したことになる。ジグルスはそういう気持ちを彼女に持たせたかったのだ。
「分かりました……その魔人との戦いですが、また起きるようです」
「なんと!?」
「しーっ! 静かにお願いします」
さらに大袈裟に反応して、秘密であるという思いを強めてみる。
「……わ、分かった」
「しかも以前よりも大規模な戦いです。陛下はそれに備えて、魔人と戦う為の戦力を整えようと考えられているようです」
「……それで前回の戦いで活躍したその騎士か……お主に父親が人違いだとすると、その騎士はどこにいるのだ?」
「さあ? 俺には分かりません」
「そうか……そうなると彼女との話もその件なのではないか?」
ここまでの話でカロリーネ王女は、ユリアーナが呼び出された理由を思い付いた。
「その件といいますと?」
「魔人との戦いだ。彼女は強い。戦力にしたいと考えるのは当然ではないか?」
「……確かにそうです。しかし、何故、その事実が隠されているのか。要は力を貸してくれって話です」
「それは……あれだ」
「あれ?」
「だから……何の為に、を知らせたくないのだ」
隠したいのは魔人との戦いがこの先、起こるという事実だとカロリーネ王女は考えている。つまり、今ジグルスと話している内容を王国は隠そうとしていることになる。
「ああ……なるほど。あれですか」
最初から分かっていたことを、カロリーネ王女に教えてもらったように振る舞うジグルス。
「しかし……本当にそんなことが起きるのか?」
「それは私にはまったく分かりません。私よりも王女殿下のほうが知る機会があるのではないですか?」
「それはそうだな……ふむ、調べてみるか」
カロリーネ王女は自らこの件について調べてみると言ってきた。ジグルスの求めていた展開だ。
「それでは、何か分かったら教えてください。新しい情報があれば、また検討も進むでしょう」
「ああ。分かった」
ジグルスは情報を共有することが当たり前のような言い方をした。それにまんまとカロリーネ王女は引っかかった。ジグルスは秘密を共有する相手、という思い込みがそうさせたのだ。
これでジグルスは自分では不可能な城の情報を入手する、実際にカロリーネ王女がどれだけの情報を手に入れられるかは不明だが、術を得た。この会談は成功だ。
これも含め何度か二人きりで話をすることで、ジグルスが国王と会ったのはカロリーネ王女との結婚話が進んでいるから、という噂まで流れることになったこと以外は。
◆◆◆
魔人との戦いは実際のところ、ジグルスにとっては他人事。国王との会談があり、父親が関わる可能性があるから調べているだけで、戦いそのものは主人公たちが何とかしてくれると思っているのだ。
ジグルスにとって大事なのは目の前の学院生活。リーゼロッテが穏やかな学院生活を送り、卒業後に実家に問題が起こらないようにすることだ。
その為に必要なのは主人公に関わらないこと。周囲に反感を持たれないこと。主人公のパーティー集めを邪魔しない範囲で、味方を増やすこと。だがそれが上手く行かない。その原因はジグルス本人にあったりするのだが。
「それで……話というのは?」
警戒心をこれ以上ないほど引き上げて、ジグルスは目の前に座る主人公に向かって用件を尋ねた。
「貴方が国王に呼び出されたという話を聞いて」
「ああ……何だか噂になっているようです」
「実は……私も呼び出されたの」
「えっ?」
驚きの声をあげるジグルス。半分演技で半分本気だ。まさか主人公が自らその事実を明かすとは思っていなかったのだ。
「貴方も私と同じだと聞いて、それで話をしたくて」
「そうですか……でも、話をして良いのでしょうか?」
話を聞きたいという思いはある。だが、主人公がわざわざ話をしに来たことにジグルスは疑いを持っている。その上で、魂胆を暴くよりも関わりを避けることを選ぼうとしているのだ。
「それは大丈夫よ。共通の話題なのよ?」
「そうとは決まっていないと思います」
「共通に決まっているわ」
「いや、でも……」
主人公はなんとかして話を続けようとしている。それをジグルスもなんとか躱そうとするのだが。
「平気だから。宰相の許しは得ているわ」
「宰相……えっ? 宰相?」
これも、やや大袈裟に反応してみせたが、実際に驚いている。主人公は宰相と話をしたのだ。それがこれで分かった。
「宰相が許しているのだから、咎められることはないわ。だから安心して」
「……そうですか」
本当に許可を得ているのだろうか。そう思わないでもないが、嘘だと追及しても主人公が認めるはずがない。それを嘘と暴く為の情報も持ち合わせていない。
「話は魔人の件。これは合っている?」
「……ええ、まあ」
「そう。どう思った?」
「……にわかには信じられない。魔人なんて存在は初めて聞きましたから」
漠然とした問いが一番答えるのに難しい。相手の意図が掴めないのだ。
「でも貴方は合宿で戦っているわ」
「あれは魔人ではないのでは?」
「どうしてそれが分かるの?」
「どうして……そう聞いたから」
どうして主人公がこんな質問をしてくるのかが分からない。合宿でジグルスたちが戦った相手が魔物であること主人公は分かっているはずなのだ。
「聞いたって、誰から?」
主人公はこの件について深く追及しようとしている。この事実が主人公の意図を示すもの。それは何かをジグルスは考え始めた。
「陛下から。陛下からも合宿の一件を聞かれた。それで怪我人もなく倒せるような相手だと説明したら、魔人はそんなものではないと」
「……そうね。合宿で戦った魔物を従える存在が魔人ですもの」
「魔人について詳しいのですか?」
そんな話し方を主人公はしている。それはおかしなことだ。一学生である主人公が本来持っている知識ではない。それを疑われるような話し方を何故、主人公は行ったのか。
「……詳しく聞いたの。魔人は魔物をたくさん従えていて、その魔人も一人二人ではないって」
「俺もそう聞きました。その魔人がまた暴れ出すかもしれないとも」
「それで?」
「それで、とは?」
「それからなんと言われたの?」
主人公はジグルスから話の内容を聞き出そうとしている。それに何の意味があるのか。
「それについては特に」
「……そんなはずないわ」
ここで主人公が考えていることとジグルスの答えにズレが出た。
「ないと言われても……魔人はそういうものだと言われただけです」
それについてジグルスに動揺はない。事実を述べているだけなのだ。
「……陛下とはどういう話をしたの?」
「貴女はどんな話をしたのですか? 同じだから大丈夫と言ったのは貴女です。この場合は貴女が話すべきではないですか?」
ようやくジグルスは聞き役に回れた。
「私は……魔人との戦いが大変なものになるから、王国の為に力を貸してくれって」
ジグルスが考えていた通りの答え。これでは得るものはない。
「俺はそんなことは言われていません。どうやら話の内容が違うようです」
「違うって……じゃあ、貴方は何で呼ばれたの?」
「貴女とは別の用件であるのは確かです」
「……ねえ、本当のことを言ってよ。貴方と私は一緒に戦うことになるかもしれないのよ?」
主人公はジグルスの説明は嘘だと考えている。そう思われても仕方のない関係ではあるが、疑いをもつ相手と何を話したいのかと言われたジグルスは思ってしまう。
「それはないと思います。俺は魔人と戦うようにとは言われていませんから」
「……本当に?」
「考えてみてください。仮に貴女が考えている通りだとして、俺が嘘をつく理由がありますか?」
王国の命令で一緒に戦うことになるのであれば、ここで嘘をついても意味はない。いずれ分かることなのだ。
「……まさか断ったの?」
「陛下のご命令を?」
「……そうね」
国王の命令を断れるはずがない。ユリアーナはそう考える。
「しかし、魔人と戦うのですか……まあ、貴女は強い。きっと大丈夫なのでしょう」
「一人では無理だわ」
「それはそうですね。でもその仲間もすでにいる。同世代ではこれ以上ないという仲間が貴女の周りには揃っています」
正確にはカロリーネ王女は仲間と呼べる状態にはない。だが王国の命令で戦うということであれば、いずれカロリーネ王女も仲間に加わるはずだ。ジグルスが知るタバート中心ルートと同じ。国王からの命令という形で。
「……貴方も仲間にならない?」
「俺? 勘弁してください。俺は貴女たちのように強くない。すぐに殺されてしまいます」
ジグルスも仲間にならないか主人公は誘ってきた。やはり、これが目的なのかという思いがジグルスの頭に浮かんだ。
「支え合えば大丈夫よ……といっても今の貴方が受け入れるはずがないわね?」
「そうですね。俺が貴女と共に戦うとすればそれはリーゼロッテ様の為。リーゼロッテ様が貴女と共に戦うことになった時です」
「……それも無理よ。彼女は受け入れてくれないわ」
「可能性はなくはない、ですが、まあ高くもありませんか」
主人公の為ではなく、他に大切なものを守る為であればリーゼロッテは共闘を受け入れるとジグルスは思う。だが、その可能性は低い。そもそもリーゼロッテは主人公のパーティー候補ではない。
「……魔人について知っていることがあれば教えて欲しいの」
「さきほど話した以上のことは知りません」
「今はそうでもこの先、情報を入手出来るかもしれない。その時は私にも教えてくれると約束してくれないかしら?」
「……それもまた可能性は低いですけど」
魔人については主人公が誰よりも知っているはずだ。もちろんジグルスにも知識はある。だが自分の知識が主人公のそれを超えるとはジグルスは思っていない。だからこそ主人公はあり得ない早さで仲間を増やせているはずなのだ。
「とにかく、お願い」
「はあ」
「じゃあ、今日はこれで失礼するわ」
「そうですか。では」
主人公の「今日は」という言葉は気になるが、とにかくこれで話は終わり。「また」という言葉をわざと省いて、ジグルスは言葉を返す。
席を立ち、出口の扉に向かって歩き出した主人公。
「……あっ、そうだ」
だが何かを思い付いて足を止めた。
「何かありましたか?」
まだ何かあるのか、というウンザリした気持ちは隠して、ジグルスは問い掛ける。
「薔薇と百合の騎士団って知っている?」
「薔薇と百合……いえ、知りません。何ですかそれ? そんな騎士団が王国にあるのですか?」
そんな騎士団の名前をジグルスは聞いたことがない。似ているといえばいえなくもない名前は知っているが。
「…………」
「……あの、その騎士団が何か?」
沈黙のまま、じっと自分を見つめている主人公。それに戸惑いを覚えながら、ジグルスは騎士団の意味を尋ねた。
「薔薇と百合の意味も知らないの?」
「馬鹿にしているのですか? 花の名前くらい知っています」
「そう……分かったわ」
ジグルスから視線を外して、主人公はまた出口に向かう。今度は立ち止まることなく、そのまま部屋を出て行った。その場に残ったジグルスのほうは。
(……薔薇と百合の騎士団……ブルーメンリッターは花の騎士団だから……そういう騎士団が出来るってことか?)
ゲームの題名に使われているブルーメンリッターの意味は花の騎士団。主人公たちは花の騎士団、ブルーメンリッターと呼ばれることになるのだ。そうなると薔薇と百合の騎士団はその一部か、別の騎士団。そう考えたジグルスであるが、
(待てよ……何故、俺にその騎士団の名を聞いた?)
何故、主人公はゲームに関係する騎士団のことを自分に聞いたのか。その意味をジグルスは考えた。
(俺が知っていると考えていたから……それはつまり……)
主人公に自分が転生者であることが気付かれたのかもしれない。その可能性をジグルスは考えた。可能性はなくはない。自分でも反省するほどジグルスは目立ちすぎた。ゲームには名前の出てこない無名の存在が、これほど目立っているのだ。ジグルスが主人公の立場でも怪しいと思う。
そこにさらに国王との謁見。主人公とジグルスだけが選ばれた。この事実から共通点があると考えてもおかしくない。
(……確信は持っていないはずだ。だから、あんな不意打ちのような聞き方をした。俺の反応はどうだった? 実際にピンと来なかったから大丈夫なはず……ただ主人公にそれが見抜けるか……)
主人公の不意の問いにジグルスは動揺しなかった。薔薇と百合の騎士団とゲームの騎士団がすぐに結びつかなかったからだ。これがもしブルーメンリッターを知っているかと聞かれていれば、どうだったか。
(……どうしてそう聞かなかった? 何故、わかりにくい質問を選んだ?)
何故、わざわざ反応しづらい質問にしたのか。主人公自身が異世界人であることを隠す為、ではない。それではジグルスが異世界人か探ることは出来ない。知られても良いという覚悟をもって、今回の話し合いを持ったはずだとジグルスは考えた。
(……彼女は俺に何を聞いた? 何かヒントになるような……あれか……)
彼女がジグルスに向けた問いの中で、真意を探れるような何かはなかったか。それを考えたジグルスの頭の中に一つの問いが浮かんだ。
(……俺はとんでもない勘違いしていたのか……いや、勘違いしているのは向こうの可能性もある……どっちだ? この世界はブルーメンリッター戦記なのか、それとも……)
主人公は正しくゲームの題名をジグルスにぶつけてきていた。主人公にとってこの世界は【ブルーメンリッター戦記】ではなく、【薔薇と百合の騎士団戦記】なのではないか。ジグルスはこの可能性を思い付いた。この考えは正しいのか、正しいとすれば、この世界はどちらのゲーム世界なのか。薔薇と百合騎士団戦記、実際にこの題名とは決まっていないが、とはどういうゲームなのか。
最後の問いのヒントは主人公が与えてくれていた。主人公が最後に尋ねた「薔薇と百合の意味」。これが花を指しているのでなければ、どういう意味があるのか。
(まさか……リーゼロッテ様は……女性のほうが……そんな……)
ジグルス、ショックを受けるのはそこじゃない。