グレンたちの仕事の期限が近づいて来ていた。
グレンとしてはいささか不本意な状況ではある。やはり期限までには全てをやりきる事は出来そうもないからだ。それでも、自分たちなりに見つけた問題点をあげて、それの改善案を策定し、それに基づく行軍計画を粗々ながら作り上げていっている。
細かな修正点までは直し切れない。行動計画案の、その又、不備として検討項目に挙げるのが精一杯の状況だ。
それでも、全くの素人である自分たちが、曲がりなりにも計画案を策定出来ている喜びに従卒たちは充実感を覚えていた。
そんなある日。またグレンが予想もしない来客が執務室を訪れた。
「ではグレン殿。今着ている騎士服を脱いでください」
「はい?」
数人の女性たちを引き連れてやってきたミス・コレットの第一声がそれだった。
「さあ、早く」
「いや、そう言われても。そもそもミス・コレット。今日は何の御用ですか?」
「新しい騎士服の仕上げに参りました」
「騎士服? あれ? でも……」
ミス・コレットが現れたとなれば、メアリー王女絡みだ。だが、メアリー王女からは鎧を贈るとグレンは聞いていた。
「鎧もその後で合せます。まずは騎士服から」
「……鎧は聞いております。でも騎士服までですか?」
「鎧兜の意匠に合わせた騎士服です。今の騎士服でも私は問題ないとは思いますが、王女殿下はそれでは片手落ちだと申しますので」
「そうですか……」
このミス・コレットの言葉で、グレンは楽しそうに贈り物について話していたメアリー王女の顔を思い出した。
あの日以来、メアリー王女のことを考えると、グレンは少し胸が痛くなってしまう。
「分かりましたか? では脱いでください」
「い、いや、だから、ここは執務室で」
「別に私は気になりません。彼女たちも、これが仕事ですから」
「他にも人がいるのですが?」
執務室は侍従たちの他にフローラもローズもいる。凝りもせずに健太郎と結衣も。
「……別に気にしません」
「いや、それは自分が判断する事ですから」
「では、どこで?」
「あっ、じゃあ、隣で。仮眠室になっているので、誰もいませんから」
「では、そちらへ参りましょう」
部屋を移ると言ってもすぐ隣。部屋に入ると、グレンは女性たちの目線を気にしながらも、服を脱ごうと手を掛けた。
「……あのな、皆が移動してきたら意味ないだろ?」
ローズたちまで移動してきている。これでは部屋を移った意味がない。
「何、今更照れているのよ。君の裸なんて見飽きたわよ」
「私も。お兄ちゃんの裸なんて何度も見ているもの」
「百歩譲って二人は許そう。別に素っ裸になるわけじゃないし。でも、貴女は?」
「……あっ、私?」
ついてきたのはローズとフローラだけではなかった。
「聖女様以外に誰が?」
「良いじゃない別に減るものじゃないし。それに下着姿くらいは私だって見ているじゃない」
「ああ、覗き見でね」
「……それ今言うかな?」
グレンの発言に周りの女性たちの結衣を見る眼つきが変わる。驚きの目で見ているのはミス・コレットと同行してきた女性たち。冷たい視線を向けているのはフローラとローズの二人だ。
「はい! さっさと脱いでください! 自分で脱がないなら脱がせますよ?!
微妙になりかけた空気を討ち払うように、ミス・コレットが大きな声をあげた。
「……脱ぎますから」
ミス・コレットにせかされたグレンは着ている服を脱ぎ始める。下手にぐずぐずしていると恥ずかしいと思って、あっという間に下着一枚になった。
「……これは、意外に」
「はい?」
「グレン殿は着痩せするのですね?」
「前に採寸した時もいましたよね?」
「あの時は服の上からですから。素肌を見たのは初めてですね」
「はあ」
「細く見えるのに、しっかり筋肉が付いて……無駄な贅肉がなくて、しなやかな……」
「あの?」
ミス・コレットの意外な一面が垣間見えた瞬間だった。
「……何でもありません。さあ、始めましょう」
「「はい!」」
ミス・コレットの声に女性たちが、一斉にグレンに群がっていく。
「えっ、あの、自分で着られますけど?」
「大丈夫です。私達に任せてください」
「何を?」
「……大丈夫です。さあ、足を挙げてください」
「はあ」
その女性たちの様子を見て、フローラはすっかり膨れっ面だ。さすがのローズも女性たちの露骨なやり様に良い顔はしていない。
「もう! あんなにベタベタ触る必要ないのに!」
「そうよね」
「ああっ! ねえ、あれ必要? 背中から抱きついているよ」
「……わざとね」
「今度は前から!?」
「やりすぎ。私だって最近はご無沙汰なのに……」
「……私なんて」
二人の文句が続く中、ようやく服を着せられたグレンから女性たちは離れて行った。
「へえ」
「恰好良いね」
新しい騎士服に着替えさせられたグレンを見て、ローズとフローラが感嘆の声を上げた。
黒一色の上衣と下衣の上に、これも又、黒に染められた革製のダブレット。その上から更に漆黒に染め上げられた革製のロングコートを纏っている。
衣装の所々には銀糸を使って刺繍や縁取りが施されており、それがグレンの銀髪と相まって全体としては華やかな雰囲気を生み出している。
「動きはどうですか? 所々に伸縮性のある布を使っていますので、革製とはいえ、動きやすいと思うのですが?」
「あっ、そうですね。ちょっと動いてみます」
こう言って、始めたグレンの動きはちょっとどころではない。剣こそ実際には持たないが、立ち合いさながらの激しい動きを見せていた。
「……へえ」
「どうでしたか?」
「皮だから窮屈かと思いましたけど、全然そんな事ないですね。凄く柔らかいです。それに言われていた布の効果でしょうか? 関節の動きも全く邪魔される感じがしません」
「そうですか。それは良かったです。調整の必要はなさそうですか?」
「必要性は感じません」
「では、次は鎧ですね。彼等を呼んできてください」
「はい」
扉を開けて、廊下で待っていた者たちを部屋に招き入れる。入ってきた男は二人。それぞれ武具を手に持っている。
「服の方は終わりましたので、どうぞ」
「ああ」
ミス・コレットの言葉に無愛想に応じる男。職人気質なのが、それだけで分かるような態度だ。
「まずはこれを履け」
「防具まで真っ黒」
「そういう依頼だ」
差し出されたブーツをグレンは受け取って、両足に履いた。吐き終わると、ブーツに付けられている足甲を固定していく。
「では次。そのまま付けろ」
「はい」
今度は胸当てだ。コートの上から装着し、コートやダブレットに備えられた紐通しを使って、それを固定していく。さすがに背中には手が回らないので、それはもう一人の男が手伝ってくれた。それが終わるとガントレット。両手にそれを着けたところで、男が口を開いた。
「動きを確かめてくれ」
「はい」
今度は先ほどよりも、更に激しく動くグレン。
「ほう」
それを見て、男がわずかにため息を漏らした。
「……ん?」
「なるほど。王女殿下の直々のご依頼。その依頼が国軍兵士の軽鎧を参考にしろ、などと言うから何事かと思ったが」
「何か?」
「中々良い動きだ。とりあえず問題はなさそうだな」
「いえ」
「……何だ?」
「いくつか注文があります」
「何だと?」
「まずはガントレットの両手の感触が違います。指はまあ良いとして手の平の感覚は合わせて欲しいですね」
「そうか」
グレンの言葉を受けて、男はもう一人の男をギロリとにらんだ。
「それと足首と手首をもう少し曲げられるようにして欲しい。足首はまあ少しだけど、手首は駄目ですね。外側に直角に曲げられるようにする必要があります」
「……剣を振るのにそこまでの動きは必要ない」
「自分は必要とします。それが出来ないなら無い方がましです」
「……そこまで拘るだけのものがあるのだろうな?」
「じゃあ、実際に剣を振って見て良いですか? 自分でもそれで試してみたいので」
「良いだろう」
「じゃあ、ちょっと部屋を出るか、壁に張り付いていてもらえますか?」
グレンのその言葉で、女性陣が一斉に壁に張り付いた。部屋を出るという選択肢は持っていない様だ。それにわずかに苦笑いを浮かべながら、グレンは剣を抜いた。
興味本位で見る事を選んだ女性陣だったが、それは全く無駄に終わった。
大きくその場を動く事なく、それでいて縦横無尽という表現がぴったりな動きで、あらゆる方向に剣を振っていくグレン。グレンの体はともかく、腕、剣の振りはほとんど見えていない。
「やっぱり駄目だな。もう一つ追加です。肩も窮屈ですね」
「……肩はどれくらいだ?」
「真上に挙げた状態から一周出来るくらい」
「……当たるのは構わないのか?」
「それを拒否したら肩当てを失くすという事になるのでは?」
「そうだ」
「無理なら外してもらっても構いません」
「いや、やる。やって見せる」
「そうですか。ではお願いします」
「最後に兜だ。恐らく駄目だろうが」
兜を取り出しながらも男はそう言った。男が取り出したのはフルフェイスの兜。それを一目見てグレンも答える。
「駄目ですね。視界が悪すぎます」
「やはりな。確認するとお前の守りは、防具で守る事ではなく、躱す事なのだな」
「躱す……まあ、それが理想です。でも、実際には剣が半分は防具代わりですね」
「理想は防具なしか」
「攻撃を考えると軽いに越したことはありませんから」
「それでは我等の居る意味がない。良いだろう、お前の望みを全て叶えてみせる」
「……無理はしなくても」
「それが出来なくて王国一の武具職人を名乗れるか」
「王国一!?」
「王女殿下のご依頼だぞ? 当たり前ではないか」
「……それはそうか」
「その意地で一つ聞く」
「何ですか?」
「剣はそれで合っているのか?」
「……どういうのが合っていると思いますか?」
「もっと重い剣。それでいて幅が狭い剣」
「さすが、という言い方は、失礼ですか?」
「いや。当たって良かった。では、それも作ろう」
「えっ?」
「俺の意地だ。剣も防具も何でも良い。そんな剣士を認めるわけにはいかんからな。自分に合った武具がどれほど素晴らしいものかを教えてやる」
「それは……ありがとうございます」
「一、二度は工房に出向いてくれ。その場で調整した方が早いからな」
「分かりました。ご連絡いただければすぐに伺います」
「頼む。では引き上げる。おい、引き上げだ」
「はい!」
グレンから防具を次々と外していくと、それを抱えて男達は部屋から出て行った。しばらく徹夜だという男の言葉に、もう一人が泣きそうになりながら。
「貴方という人は」
二人が出て行った後で、呆れた様子でミス・コレットがグレンに話しかけてきた。
「何ですか?」
「あの職人は気難しくて有名なのです。今は弟子の指導だけで自分で依頼を受ける事も滅多にありません」
「でも今回は受けたのではないですか?」
「王女殿下のご依頼という事で形だけそうしているのでしょう。実際には弟子が作った物だと思いますよ。それでも工房そのものの評判は高いので、それなりの物なのでしょうけど」
「はあ」
「次は間違いなく本人が作りますね。久しぶりの本気の作品かも知れません。私は武具の類は良く分かりませんが、それでも貴重な物である事は間違いないですね」
「道具は道具です。使う人次第ですよ」
「全く……でも、その気持ちがあの男を意地にさせたのかも知れませんね。まあ、その辺は私には分かりません。さて、私達の用件も終わりました……終わったのですよね?」
「騎士服に細かい事は言いません。それに皮ですから、使っていくうちに、もっと馴染んでいくと思います」
「そうね。ではこれで失礼しますね」
「はい……あの」
「何ですか?」
「王女殿下に御礼を伝えて頂けますか?」
「……そうですね。伝えておきます。喜んでいた、そう言ってよろしいのね?」
「はい。もちろんです」
「分かりました。では、騎士服は縫いをもっと補強しますので、一旦、返してください」
「あっ、分かりました」
そして又、グレンに群がる女性たち。なんとなく思わせぶりなメアリー王女の話もあって、フローラとローズは完全にご機嫌斜めになってしまっていた。
グレンに何か言おうと口を開きかけたローズ。その前に、結衣がグレンに話しかけた。
「ねえ、ちょっと変じゃない?」
「……何が?」
「気難しい凄い職人に気に入られて武器を作ってもらうって、普通は勇者のイベントよね?」
「イベント。また分からない言葉ですね」
「出来事ね」
「それでも意味が分かりません。王女殿下の依頼であの武具職人は防具を作ってくれているだけです」
「剣も作るって言ったじゃない」
「自分が防具に文句を言ったから、ムキになったのではないですか?」
「そうかもしれないけどさ」
「……勇者様は剣や鎧はどうされているのですか?」
「作ってもらった」
「誰にですか?」
「何だっけ」
「大陸一の剣鍛冶師と大陸一の防具職人にですね」
答えを返したのはミス・コレットだった。
「あっ、そうそう」
「大陸一。それって凄い事ではないですか?」
「……そうね。王国一よりは上ね」
「では何の問題もありませんね」
「……そうね」
「そろそろ、出て行ってもらえますか。それとも服を着るところまで見たいですか?」
「じゃあ、隣の部屋で待っているから」
「別に待たなくて結構です」
「……待っているから」
グレンの挑発に少し不機嫌になりながら結衣は部屋を出て行った。
「では、私達も引き上げます」
「あっ、はい」
騎士服を持って部屋を出て行く女性たち。最後に、それに続いて部屋を出ようとしたミス・コレットが扉の所で足を止めて振り返った。
「一応、王女殿下の名誉の為に一言申し上げておきます」
「はい」
「大陸一なんて、どこの誰が評価出来るのでしょう?」
「それって……」
「では、御機嫌よう」
最後に作法通りに優雅に一礼すると、ミス・コレットは部屋を出て行った。
ミス・コレットの最後の言葉に少し考えを巡らせたグレンであったが、いつまでも下着姿ではいられないと、畳まれていたはずの服を探した。
「あれ?」
あるはずの場所に服がないことに気が付いて、グレンが辺りを見渡すと、その服はフローラとローズの手の中にあった。
「……服着るから」
「着せてあげる」
「はっ? 良いよ」
「駄目。着せてあげる」
笑みを浮かべながらグレンに迫っていく二人。その様子にグレンはわずかに恐怖を感じた。
「もしかして怒っている?」
「別に怒ってないもの」「怒ってないわよ」
「……いや、でも」
「はい。腕を後ろに」
「ちょっと」
「後ろに」
ローズはグレンの腕を無理やり後ろに引っ張って上衣の袖に通していく。
「下。下が先だろ」
「じゃあ、足上げて」
パンツを持っているのはフローラだった。少し抵抗を感じながらも、グレンは片脚ずつあげていく。フローラもその足をバンツに通していく。
「……ローズ?」
「フローラちゃん、足の方はどう?」
「拘束完了!」
「ち、ちょっと。ちゃんと着させろよ」
上衣は腕の途中まで、パンツも膝の下までしか履かされていない。緩やかに手足を拘束されているのと同じ状態だ。
「さあ、白状しないさい。王女様と何があったのかな?」
「何もない」
「……嘘つきには罰を与える」
ローズの指がグレンの首筋から胸元へと、ゆっくりとなぞられていく。
「やっ、やめろ。今、そんな事をされたら」
グレンは泊まり込みで仕事をしている。ローズともずっとご無沙汰だ。
「じゃあ、白状しなさい」
「……何もない」
「嘘つきには罰を与える」
今度はフローラがローズと同じ台詞を口にする。
「えっ? いや、ちょっと待て。フローラ、お前はそんな事をしたら駄目だ」
「何よ。私は大丈夫で、フローラちゃんは駄目って」
グレンの言葉にローズは不満そうに文句を言って来た。だが、グレンの言いたいことは、こういうことではない。
「ち、違う! ローズ、フローラを止めろ! 下半身は駄目だ!」
「えっ?!」
「んっ? これって?」
グレンの下半身の変化をじっと見つめているフローラだった。
「……ちょっと! フローラちゃん、駄目よ! それは見ちゃ、駄目!」
「何か……」
「それ以上言うな!」
「ねえ、貴方たち何をしているの?」
いつのまにか部屋に戻っていた結衣が真っ赤な顔で三人を見詰めていた。