月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #50 複雑な思い

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 セレネ様たちを迎えにいったエルフ。結果はヒューガの予想通り。あのエルフはヒューガを害しようと考えていた集団の一員だった。きっと仲間を集めて、扉を使ってここに攻め込むつもりだったのでしょうね。ただこれは想像。実際のところは分からない。
 何故なら、彼らはここに現れることはなかったから。
 本当に馬鹿。この扉はルナがヒューガの為に開けたもの。ヒューガに危害を加えようと考えている者が無事に通れるはずがないじゃない。
 ルナはヒューガに危害を加える者に容赦などしない。そういう意味では私と一緒だけど、ルナのほうが恐らくその点は徹底しているわ。エルフに対する情など、ルナにはないから。
 ルナを見ていると精霊というものがエルフにとってどういう存在なのか分からなくなる。分かるのは、精霊が大人しくエルフの命令を聞くだけの存在ではないということ。
 エルフの多くは精霊を自分たちの為にあるものだと思っている。でもそれは大間違い。精霊は決してエルフだけのものではない。もっと大きな何かに基づいて動いているのね。
 それを理解出来ない馬鹿なエルフたちが死んだ。実際は死んだかも分からないけど、彼らが二度とここにも都にも現れることが出来なくなったのは確かね。まあ、他の場所で彼らが生きていけるとは思えない。死んだと思って間違いないわ。
 本当に許しようのない馬鹿な人たち。なによりも許せないのはその馬鹿たちの行動によってヒューガが傷ついていること。素直にヒューガに助けを求めれば良かったのよ。そうすればヒューガは、文句を言いながらも彼らのことも受け入れたはず。でも彼らはそれをしようとしなかった。
 その結果として百人ものエルフが命を失った。そのことにヒューガは心を痛めている。自分の決断で百人のエルフを殺したのだから、そう感じるのは仕方がないことだと思う。それは分かっているけど、やっぱりヒューガが傷つくのは許せない。
 その結果をルナに告げられた時、ヒューガは一言、「そうか」とだけ言って、後は何の反応も示さなかった。すぐにセレネ様と長老を迎える為に都に向かい、たんたんと事情を説明するとセレネ様たちを含め、都に残っていたエルフたちに決断を迫った。都に残るか、拠点に移るかの決断を。
 セレネ様はヒューガに都に移ることを勧めていたけど、ヒューガはそれを承知しなかった。エルフの都が廃墟になる。セレネ様はそうも言った。それに対するヒューガの答えは……。

「廃墟にしたくなければここに住めば良い。住むのが嫌なら手入れを怠らなければ良い。聖地にでも何にでもすれば良い。多くのエルフが眠るこの場所はそれに相応しい場所だろう」

 どこか突き放すような冷たい言葉。その言葉を聞いた時、ヒューガの強い怒りと深い悲しみを感じた。ヒューガは聖地と言ったが、本当は墓地と言いたかったのかもしれない。
 ヒューガのその気持ちが分かったのだろう。セレネ様もそれ以上、何も言わなかった。
 結局、セレネ様や長老たちの説得もあって、ほぼ全てのエルフがここへ移ることになった。都に残ったのは説得にあたっていた長老二人。

「聖地であれば、それの面倒を見る者が必要だろう」

 それが二人の言葉。その言葉を聞いた時、ヒューガは何とも言えない顔をしていたが、それも一瞬、すぐに無表情に戻るとエルフたちに拠点への移動の準備を指示し、ある程度それが進んだのを確認すると自室に引き籠った。
 当然、私はそんなヒューガを放っておくつもりはない。ヒューガの自室にすぐに向かって、ひと時でも良い、全てを忘れさせようとしたのだけど……ちょっと激しすぎたわね。体のあちこちが擦りむけたみたいに痛いわ。
 私、途中で何をされてたのかしら?
 ヒューガがあんな風に感情をぶつけるように私を抱いたのは初めて。愛されているというよりは蹂躙されたって感じだった。
 元気になって初めてがこれ。なんだか感情のはけ口にされたような気がした。もしかして、もう優しくはしてもらえないのかな。そんなことが心によぎると、無性にそれが悲しくなって、ヒューガが眠ったのを確認して部屋を出てきてしまった。

「はあー」

 思わずため息が出る。こんな事で傷ついてどうする。私は見返りなんて考えずにヒューガを愛すると決めたはずなのに。

「まったく健気ですね」

「先生? ……まさか見てたわけじゃないわよね?」

「まさか。でもなんとなく分かりますよ。女が一人、男の部屋から出てきてため息をつく。それでも気持ちを入れ替えるように気合を入れて部屋に戻ろうとしている。それを健気と表現して間違いであるはずはないでしょう」

「……まあ、そうかもね」

「しかしヒューガくんの相手が姫じゃなければ、私も無条件で貴女を応援するのですけどね」

「あら、随分なほめ言葉ね。それは私がヒューガの相手として相応しいものを持っていると思ってくれてるってことでしょ」

「そうきましたか……ふむ、まあそれ位は認めてあげましょう」

「へえ、同情でも嬉しいわ」

「あくまでも姫を除けばですよ」

「それはわかってるわよ……ねえ、ヒューガにとってディアさんってどんな存在なのかしら?」

「少なくとも欲望のはけ口にするような存在ではありませんね」

「……そう」

 先生から見て、私はヒューガのそういう存在ってことね。

「冗談ですよ。いつものようにああ言えばこう言うで返してもらえませんかね。自分がすごくひどい人みたいじゃないですか」

「今はそんな気分になれないわ」

「じゃあ言いたくありませんが、教えてあげましょう。私が見ていた限り、ヒューガくんが姫に対して傷つけるような真似をする事はなかったですね」

「そう。大切にしていたのね」

「そうでしょうけどね。私に言わせればそれこそが問題です」

「何で?」

「良いですか? そう言うことが一切ないというのは、ヒューガくんは姫に本当の顔を見せていないとも言えるのですよ」

「だから?」

「貴女にはそれを見せている。それだけ心を許していると考えられませんか?」

「……だと良いけど」

 ヒューガがディアさんに見せない顔を私には見せている。本当にそうであれば嬉しいけど……でも、私に見せている顔はヒューガの本当の顔なんだろうか。そう言いきれるほど、私は自分に自信が持てない。

「もう少し喜んで欲しいものです。めずらしく私が貴女の為を思って話しているのですからね」

「そうね。ありがとう」

 先生の気持ちはありがたい。私に気を遣ってこんな事を話してくるのだから。まったくここにいる人たちはヒューガの影響か本当にお人好しばかり。そういう人たちに出会えた事を感謝するべきね。
 ようやく、ちょっと前向きな気持ちになれたところで扉がすごい勢いで開いた。そこに立っていたのはヒューガ。

「あれ? 先生もいたのか」

「ええ、少しエアルくんと話をしていました。何か用ですか?」

「先生じゃなくてエアルに」

「ほう、ではどうぞ」

「……話しづらいんだけどな」

「私の事は気にせずにどうぞ」

 先生がこう言うときは梃でも動く気がないって事。席を外すつもりなら自分から言いだすからね。

「分かったよ。えっと、エアル、ごめん」

「えっ? 何が?」

「俺、ちょっと自分勝手で。なんかエアルの事を何も考えないで……あれだったから。やっぱ先生、席を外してくれないかな?」

「いえいえ。生徒の心配をするのは先生として当然の事です。私のことは気にせずにどうぞ」

「俺は……やっぱ無理だろ。人前で口に出来る事じゃない」

「別に恥ずかしがる事はありません。ヒューガくんが言いたいことはこういう事でしょ? ヒューガくんはエアルくんを欲望のはけ口として凌辱の限りを尽くした。さすがにちょっとやり過ぎたから謝りたい」

「……そこまでは思ってない」

「ほぉ、あの程度ではまだまだ満足しませんか」

「見てたみたいに言うな……まさか見てたのか?」

「まさか」

「本当か?」

「本当ですよ。それとも私の言葉に心当たりが?」

「……そこまで言われることはやってないはずだ」

「では私は見ていた訳ではありません」

「何か誤魔化されているみたいだけど。まあいいか。えっと、先生が言う程の事をしたつもりはない。そもそも欲望なんて考えてない。ただちょっと、胸の中でもやもやしているものをぶつけてしまったっていうか……」

「胸の中でもやもや、それを欲望と……」

「先生黙ってくれないかな」

「はい」

「とにかくエアルを傷つけるような真似をしてすまなかった。それを謝りたくて」

「別に気にしてない」

「本当か?」

「ええ。全然平気よ」

 先生が色々と考えて口に出してくれた慰めの言葉よりも、ヒューガの「ごめん」の一言が私を温かくしてくれる。ヒューガは優しい。それが分かるだけで、私の不安は消し飛んでしまう。
 馬鹿な女ね。私って。好きな男のちょっとしたことで一喜一憂するなんて。もっと心が強くならなきゃ。ヒューガの気持ちなんて関係ない。本当にそうでいられるように。

「はあ、心配ですね」

「何が?」

「私がいなくなった後のヒューガくんの気持ちですよ。ヒューガくんに釘を差す人間がいなくなっては、一気にエアルくんに気持ちが傾いてしまいそうです」

「……そうか。でも、もう少し時間はあるだろ」

「もう少しです。年が明ければ約束の期日ですよ」

「そうなの?」

 今の二人の会話は先生がここを離れる事を意味している。それもすでに時期も決まっている感じ。そんなこと聞いていなかった。

「ああ、エアルくんは私が来た時にはいませんでしたね。ヒューガくんとの約束は最長で一年。冬が終われば、もうすぐに約束の時期です」

「……でも、それって何かあるわけじゃないんでしょ。先生が良ければもっと長く」

「その何かがある訳ですよ。魔族はパルスとの戦いの最中。それに少々想定外の事態が起こっているようです」

「想定外? 何かあったのか?」

「それはヒューガくんたちに教えられる事では……まあ教えてもいいのですが、情報が固まっていません。間者としていい加減な情報を教えるわけにはいきませんからね」

「そうか。先生がここを離れる時期が早まる事は?」

「……それも分かりません。追加の情報がこない事にはね」

「……わかった。あとハンゾウさんたちは知ってるのか?」

「いえ、彼らにはまだ」

「……何で?」

「どうやら私にも少しは情というものがあるようでしてね。彼等には中々言いづらいのですよ」

「先生に情があるのはディアの事を聞いてれば分かる。普通の人よりも情が強いくらいだろ」

「姫に限っての事です」

「まあ、そういう事にしておいてやる。時期が来たら皆に話をしてくれ。こういう事は自分の口で言うほうが良いと俺は思う」

「そうなのですか?」

「俺はそう思う。間違ってもある日突然消えるってのなしな。先生ならやりかねないから先に言っておく」

「……わかりました」

 もしかして先生ってヒューガに少し似てるのかしら? 自分の立場をきっちりと明確にしているのは、そうしないと色々な人に情が移ってしまう。それを嫌がっているのかもしれないわね。先生とヒューガは似てる。だから先生はヒューガを気にかけてしまうのかしれない。
 私はまだ先生に何も教わっていない。こうなると残りの時間を無駄には出来ないわね。

 

◆◆◆

 一夜明けた次の日の朝。
 セレと話し合いの場を持つことになった。正直、移転の準備で俺も忙しいんだけど、セレの頼みじゃあ仕方がない。
昨日に比べれば気持ちは大分軽くなった。これはエアルのお蔭だろうな。
 忘れるつもりはない。百人のエルフの命を奪ったことは忘れてしまうにはあまりに罪深いことだからな。それでもそれを悔やんでうじうじしている訳にはいかないのも事実だ。

「なんか久しぶりだな」

「久しぶりじゃないわよ。貴方と連絡が取れなくてこっちがどんなに困ってたか」

「悪い。でも、エルフの都がこんな事になってるなんて分かるわけないだろ」

「それはそうだけど」

「それで? 話って何だ?」

「何、もう話を始めるの? 冷たいわね」

「時間がないんだよ。色々と準備があるし」

「その事よ。聞いたわよ。ここを出て行くんだって?」

「ああ、そのつもりだ。この拠点は自由に使っていい。外縁付近への転移網も使えるようにするから狩とかも問題ないはずだ。外縁にいる魔獣なら問題ないよな?」

「それはさすがに平気よ。外縁の魔獣に全く歯が立たないようなら、そもそも大森林で生きられないでしょ」

「それはそうだ。都との間も自由に行き来出来る。当面の問題はないはずだ」

「あるわよ」

「……何が? 食料の備蓄くらいあるだろ? それに都よりはせまいけど、百人くらいはここでも生活できるはずだ。まさか個室が必要なんて贅沢言わないでくれよ」

「そういう問題じゃないわよ。私たちは貴方の下で生きる為に来たの」

「だから拠点を渡しただろ」

「それのどこが貴方の下で生活する事になるのよ」

「おい、さすがにそれは我がまま過ぎるだろ。エルフ全員の面倒を見るつもりは俺にはないからな。まあ全く知らないって言うつもりはない。困った事があれば出来るだけの事はする」

「それじゃあ問題の解決になってないわ」

「……言っている意味が分からない」

「貴方は王になったんでしょ」

「……誰に聞いた? まあ大体想像つくけどな」

そんな事をセレに話すのはカルポくらいだ。そもそもカルポ以外はセレと面識なんてないからな。全く余計な事を話すなよな。

「まあ、想像通りよ。とにかく貴方は王になった。そうであるなら、ここに住む全てのエルフの事を考えるべきよ」

「何でそんな話になる? それはセレがやればいい。王って言っても俺はエルフの王になったつもりはないぞ」

「貴方にそのつもりがなくても、貴方はエルフの王なの」

「何で?」

「あのエアルって娘は春の部族のものよね」

「ああ」

「カルポは秋の部族の長。それも分かってるわね」

「ああ」

「じゃあ、エルフの王じゃない」

「だから何でそうなるんだよ。エアルもカルポも個人として俺に忠誠を誓った。部族を代表してって訳じゃない」

「そういう訳にはいかないの。少なくとも秋の部族は全員貴方に忠誠を誓う事になるわ」

「なんで?」

「部族ってのはそういうものなのよ。特に季節の部族は特別よ。長が忠誠を誓ったのであれば、その相手に部族全員が忠誠を誓う。それは絶対よ。それに逆らう事は部族から抜ける事になる。部族を抜けるって簡単な事じゃないからね。そのエルフは信用ならないもの。そういう風に周りに思われるのよ」

「……カルポの野郎。そんな事一言も言わなかったぞ」

「一応、カルポの為に言っておくけど、カルポはそんなつもりはなかったみたいよ」

「そうなのか? でも部族の長なら知っているのが普通だろ」

「長と言ってもね。あまり威厳がある方じゃなかったみたいだから」

「それって?」

「私も詳しくは知らない。ずっとここを離れてたからね。でも長老が言うにはカルポは人が良いと言うか、気が弱いと言うか、とにかくそんなだから、あまり重く用いられていなかったみたい。大森林に残った唯一の季節の部族の長なのにね」

「……なんだ、じゃあカルポの立場が強くなったから手の平を返したって事じゃないか。そんな奴らは仲間にしたくない。忠誠なんて冗談じゃないな」

「もう。ちゃんと最後まで話を聞いてよ。軽く見ていたのは他の部族よ。秋の部族は辛抱強く待っていたみたいよ。カルポが長に相応しい成長を遂げるのを」

「本当か?」

「ええ、貴方が王になった事を話したのも、別に口が軽いからって訳じゃないから。カルポなりに筋を通そうとしたみたい。自分は個人として貴方に忠誠を誓った。それに部族を巻き込むつもりはない。秋の部族の長の座は他のものに譲る。そうきっぱりと皆の前で言いきったわ。それが秋の部族には嬉しかったみたいよ。立派になった、そう言って喜んでたわ」

「そこまで?」

 たまに頼りない所を見せるけど、その程度で立派になったって言われる程かな。それなりに普段からちゃんとしていると思うけど。

「ええ、口調まで違ってたって」

「口調? 初めて会ったときからそんなに変わってないけどな」

「ああ、言葉遣いはそんなに変わらないけど、何て言うの、それを言う態度ね。僕なんて自分の事を呼んでいても前と違って恥じるような所がなくて、とにかく堂々としていたみたい」

「僕? カルポが自分の事を僕って言ったのか?」

「ええ。あれ? もしかして普段は違うの?」

「私って言ってるけどな。……もしかして、そっちが無理してたのかな?」

 カルポなりになめられないように気を付けていたって事かもしれない。それが一人称を変える事ってのは、ちょっと情けない気もするけど、それだけ苦労していたって考えてやろう。

「そうかもね。まあ、そんな事はどうでも良いわ。とにかくカルポは変わらず秋の部族の長として認められた。秋の部族は長の決定に従う。そう決めたと言われたわ」

「はあ、それで秋の部族って何人だ?」

「数はそれほど多い訳じゃない、それでも二十人かしら」

「そうか。じゃあ、その人たちは連れてく」

「……なんでそんな簡単に決めるのよ」

「だってカルポの仲間だろ。なんとか面倒みてあげないと……」

「ねえ、その優しさを他のエルフにも与えて欲しいんだけど……」

「だって秋の部族はカルポを通してとはいえ自分たちの意思で決めたんだろ。でも他のエルフは違う。それともそうしたいって言ってきてる者がいるのか?」

「それはまだ……」

「ほら」

「でも、そのほうが良いに決まってるじゃない」

「なんでそう思う?」

「なんでって……」

「普通に考えれば逆だろ。俺は仲間のエルフを100人以上殺した男だ。そんな男になんで忠誠を誓える? 死んだ百人の中には考え方は違っていても、親しい者がいたはずだ。生きるのに楽かもしれないからって仲間を殺した男の下で生活できるはずがないだろ」

「…………」

 つまりはそういう事。今回の件で俺は多くのエルフの恨みを買った。それが例え自分の身を守るためであったとしても、それは許される事ではない。
 だからといって一生を償いに費やすつもりも俺にはない。そんな事よりも大事な事が俺にはあるからな。俺の力は大事な仲間の為に何かする事で精一杯だ。それをするにしてもまだまだ力不足だな。

「とにかく、この拠点の事はセレに任せる。そうだな、連絡係として定期的にカルポをこさせよう。何かあったらカルポに伝えてくれ」

「貴方は来ないの?」

「刺激したくない」

「気にし過ぎよ……もし、自分から貴方の下に行きたいってエルフが出てきたら?」

「……何か企んでる?」

「別に何も企んでないわよ」

「面談してから決める。無理強いされてると思ったら認めない。騙されてると思ったら認めない。脅されていると分かっても認めない。後は……」

「ちょっと、私を何だと思っているのよ?」

「セレ」

「そうね。私だったらそれくらい……しないわよ!」

「おお、ノリツッコミ」

 わざとふざけてみる。意識しなければふざけられない心境ってことだ。親しいはずのセレに対しても、自分の中にわだかまりがあるのが分かる。それは罪の意識からだけのことなのか。エルフという存在を、共に過ごす人以外は信じられなくなっているからか。
 元々、無条件に人を信じることなど出来なかった。だが以前はそれを気にすることもなかった。自分は変わらないのか、変わったのか。今の自分にはこの問いへの答えは得られそうにない。