「不自由な思いをさせるけど、それに文句は言うなよ。お前たちを全面的に信用しているわけじゃない」
「はい。それは仕方がないことです」
ヒューガの目の前にいるのは草原にいたエルフの代表者一人。他のエルフは何部屋かに分散させて、閉じ込めている。ハンゾウたちはその見張りで、今この部屋にいるのはヒューガとエルフの代表者のほかはエアルとカルポの二人だけ。先生は自分には関係ないことだと席を外している。
「とりあえず最初から説明してくれ。なんであんな所であんな真似をした?」
「はい。まず今回の件はセレネ様と長老たちの指示によるものです」
「…………」
「あの?」
「先を続けてもらえるか?」
セレネと長老の指示と口で言われても、それをそのまま信じる気にはヒューガはなれない。だが相手はそれに意味があると思っている。当たり前だが、ヒューガのことを理解していない証拠だ。
「……はい。まずエルフの都で起こった出来事です。都の結界がその範囲を大幅に縮めました」
「結界が? それはどの程度なんだ?」
「半分ほどです」
「……半分と言われてもちょっと分からないな。その影響は?」
「かなりの建物が結界から外れることになりました。幸いにもそこで生活している者はいませんでしたので、直接的な被害はありません。ただ、もう一度同じようなことが起こった場合、都で生活するのは……」
わざわざ危険な結界の外に近い場所に住むエルフたちはいない。それが今回は幸いしたが、さらに範囲が狭まるようなことになれば、生活圏が失われることになる。今の時点ですでに食料調達の問題は出ているのだ。
「なんでそんなことに?」
「わかりません」
「見当もつかないのか?」
「……ヒューガ殿がやったという話が出ています」
「はっ?」
エルフの代表者は少し言いづらそうに都での噂を口にした。ヒューガにはまったく身に覚えがない。どうしてそんな噂が流れるのか不思議に思うくらいだ。
「そんなことやった覚えはない。そもそも、何をどうしたらそんなことが出来る?」
「本当に……いえ、すみません」
噂を信じているのはヒューガに悪意を持つ人々だけではない。ヒューガに頼ろうとしているこのエルフも、彼にはそれだけの力があると考えている。だからこそ、頼ろうとしているのだ。
「……なるほどね。だから僕に止めてくれって言いに来たのか? 無駄足だったな。僕には全く心当たりはない」
「そうですか……」
「だいたい何でそんなことを言うためだけにあんな危険を冒したんだ?」
エルフたちにとっては切実な問題であっても、身に覚えのないヒューガにはそんな下らないことの為に、となってしまう。
「ヒューガ殿の居場所が分からなかったので。会うためにはあの方法しかないと長老に言われました」
「居場所がわからないのはちゃんと探さないからだろ?」
「いえ、探しておりました。しかし全く手がかりが掴めなくて……」
「本当に?」
「はい」
「エルフってのんびりしてるんだな」
エルフの話を聞いたヒューガはこんな風に思ってしまう。ルナたちの力をヒューガが過小評価している面もあるが、それだけが理由ではない。
「のんびりですか? そんなことはありません。都にいるエルフの総力を挙げて探していたと言って良いくらいです」
「それで見つけられない?」
「大森林はヒューガ殿が思っている以上に広いのです。都にいるエルフの数では簡単に見つけられるはずがありません」
さらに探索に協力するはずの精霊が、ルナたちに脅されてヒューガたちの拠点に近づけないでいる。エルフにとってはこれが大きいのだが、それは精霊に頼るばかりのエルフの愚かさが原因。
ヒューガは一度、扉を使って都に行っている。それは彼のいる場所には扉が繋がっているということ。エルフの拠点であった場所のどれかであることは、それで分かるはずなのだ。
もちろん、結界のない大森林内を移動するにはかなりの危険が伴い、捜索は簡単ではない。だが、どこにいるか見当もつかないなんてことにはならないはずだ。
「話は分かった。でも僕は何もしてあげられない。結界が狭くなった原因を考えるくらいはしても良いけど、今すぐには分からない。仮に分かっても解決出来るとは思えない」
「……はい」
「ということで、都に戻る為の扉の使用は許可しよう。それで良いか?」
「いえ、出来ましたらこのままこの場所に置いて欲しいのです」
話は終わり、さようなら、では困ってしまう。この場所にいられれば助かる可能性は高いのだ。
「ここに? そういえばそういう話だった。でも何で?」
「結界がこれ以上狭まれば、我等は生きていけません」
「だから僕に助けろと?」
「はい」
「なんで僕が助けなければならない?」
ヒューガに受け入れの意思がまったくないわけではない。それを想定した上で、この場所に連れてきているのだ。ただ相手の言い分は虫が良すぎる。少しくらい文句を言いたくもなる。
「それは……」
「ここに住みたいと言うのは他にもいるんだよな? もしかして全員?」
「はい。あっ、いえ、都にいる全員というわけではありません。私が把握している限りでは五十人を少し超える程度でしょうか」
「他のエルフはどうするつもり?」
「それは……ヒューガ殿のお好きなように」
どうすると聞かれても代表者の側に選択権はない。ヒューガに任せるしかないのだ。
「……仲間がどうなっても知らないってこと?」
仲間意識が強いはずのエルフが口にするとは思えない驚くべき発言。エアルとカルポの反応も同じ、どころかヒューガ以上。驚きに目を見張っている。
「……そう受け取られても仕方がないと思います」
この言い方から望んでそうしたいわけではないと分かる。では何故、仲間を見捨てることを良しとしているのか。その理由がヒューガは気になる。
「理由を教えてもらえる? 仲間を見捨ててもかまわないなんてエルフらしくない考え方だ。何か理由があるんだろ?」
「長老に言われました。ヒューガ殿の助けを求める資格がある者だけで十分と。いえ、正しくはヒューガ殿の怒りを買うような者は決して加えるな、です」
「僕の怒り……それはどんなエルフなんだ?」
長老が非情になってまで引き離さなければならないと思う相手。ろくでもない相手であることは聞かなくても分かる。
「ヒューガ殿に危害を加えようと考えている者たちです。ヒューガ殿だけでなくセレネ様や長老たちにも」
「……僕はともかく、セレたちにも? そんなエルフがいるのか?」
セレネは王家の血を引いている、長老たちはそのまま、尊敬されるべき重鎮のはず。その彼等を害しようと考えるエルフがいるのは、ヒューガには意外だった。
「私は詳しいことまでは……しかし、長老たちはそう言ってました。その時が来たら、無理をしてでもヒューガ殿に会いに行けと」
「つまり、セレと長老はすでに?」
「いえ、幸いまだそれはないはずです。今回の件は我らが相談して決めました。冬の間であれば魔獣の数も少ない。危険も少ないと判断したのです」
長老に指示されたことを無事に果たす為、自分たちが生き残る為にこの時期を選んだのだ。
「そうか……でもセレたちの身に危険が迫ってるのは確かだな。間に合うかな?」
「えっ? それはどういう意味でしょうか?」
「……お前たちが都を脱け出したことがいつまでもそいつらに気付かれないと思ってるのか?」
「それは!?」
気付かれないはずがない。ヒューガを害しようとしているエルフたちも都で共に暮らしてきた人たちだ。全員が顔見知り。狭くなった都で見かけなくなれば何かあったとすぐに気付く。
「まだ気付かれていないとしてもいずれは気づく、ちょっと考えればそれがセレたちの指示であることも。そうなれば無事じゃいられないだろ?」
「…………」
「五十人と言ったな。そのエルフは都にいるんだな?」
「いえ、必ずしもそうとは言えません。我等が戻らなければ次の者たちが同じ行動に出る予定でした」
「それは何日後だ?」
「特に決めておりません」
計画性のなさに呆れたヒューガだが、今それを責めても何も変わらない。出来るだけ早く行動を起こさなければいけない時だ。
「僕に危害を加えようとしているエルフの数は?」
「正確には分かりません。しかし、百人以上が同じような主張でまとまっていたと思います」
「それで都にいるエルフは全員? その百人とお前たちと行動を共にする五十人」
「それ以外に、どちらとも言えない者が五十人ほど……」
ヒューガに助けを求める計画に加えるには不安が残った人たちだ。長老は完璧を求めた。そうなるとどうしてもグレーの数が増えてしまう。
「……お前、仲間の為に命を掛けられるか?」
「どういうことでしょう?」
「今すぐ都に戻って、その五十人とセレたちを連れてくる。その役目を担う覚悟はあるか?」
すでに事が露呈していればただでは済まない。危険な任務であるので、ヒューガはこういう聞き方をしている。
「……私一人ですか?」
「何人も送るわけにはいかないだろ? 一人とは言わない。でも目立つほどの人数を送ることは出来ない」
「……覚悟はあります」
ここで自分の命を惜しんで断れば、セレネたちを見捨てることになる。それを決断する勇気はなかった。
「そうか。じゃあ、人選は任せる。せいぜい二、三人だ。それを選んだらまたここに来い。カルポ、部屋までついて行ってくれ」
「はい」
カルポと共にエルフの代表者が部屋を出て行く。
「良いの?」
その姿が完全に消えるのを待って、エアルが口を開いた。
「子供がいるからな。見捨てる気にはなれない」
「そうでしょうね。でも大丈夫かしら?」
「どうかな? じっくりと考えたわけじゃない。上手くいくかどうかは、彼等次第だ」
「それは彼らの勝手よ。私が言っているのは、そんな大勢を一度に引き受けて大丈夫かってこと」
今いる人たちの何倍ものエルフたちがやってくることになる。はたしてそれだけの数を受け入れて、上手くやっていけるのか。エアルは不安に思っている。
「……それもエルフらしくない考えだ」
「私が大切なのは見も知らない同族よりもヒューガたちよ」
「僕と同じか。まあ覚悟はしておいたほうが良いな」
ヒューガはもうその覚悟を決めている。だから人数など関係なく、受け入れることを決めたのだ。
「どんな覚悟?」
「ここを捨てる覚悟。それなりに愛着が湧いてきてるけど、別に此処に拘る必要はない。ここを彼らに譲って別の拠点に移っても構わないだろ?」
「ええ、私はヒューガがいてくれればどこでもいいわ」
「……また、そういうことを言う……どこが良いかな?」
「聞く相手を間違えているわよ。それを聞くならルナにでしょ。ルナのことだから、もうあるよ、って言われても私は驚かないけどね」
「確かに。っで、ルナ、どうなんだ?」
(あるよ)
エアルの予想通りの答えをルナは返してきた。今回の事態を想定してのことではない。拠点の拡張、どころか大森林全体をヒューガの拠点にすることがルナたちの計画なのだ。
「ほらね」
「じゃあ、そこだな……怒られるかな?」
「誰によ? ヒューガの決めたことなら皆、文句を言わないと思うわよ?」
「ブロンテース。鍛冶場が出来上がったばかりなのに……」
拠点を移すことになれば、プロンテースが時間を掛けて作った、今も作っている最中だが、鍛冶場を放棄することになる。それについてはヒューガも申し訳ないと思う。
「怒るかどうかは微妙だけど、可哀そうであるのは確かね」
「ちょっと話してこようかな? こういうことは先に話しておいたほうが良さそうだ」
「今? そんな時間あるかしら?」
「普通に考えるとないけど、なんかあのエルフたちを考えるとありそうじゃないか?」
人を選んで戻ってくるだけ。普通に考えればあっという間だ。だが、その決める事にすごく時間がかかるのではないかとヒューガは思っている。
「……自分がエルフであることが少し恥ずかしくなったわ」
「エルフってあんな感じなのか? のんびりしているというか」
「全員が全員そうではないわ。でも、長命であることが影響しているのは確かね。人族の何倍も長く生きるエルフは、その辺の感覚が違うのよ。私のように人族の中で生きていれば違うと思うけど、ここではね」
多種族と接することなどまずない大森林。ほぼ孤立した環境で、自分たちの価値観の中だけで暮らしているエルフたち。異世界で生まれ育ったヒューガの感覚とズレがあるのは当然だ。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。もしすぐに戻ってくるようなら呼んでくれ」
「分かったわ」
◆◆◆
結局、エルフの代表者が戻ってくるのに一時間の時が必要だった。その間にヒューガはプロンテースとの話を終えている。ヒューガが拠点を移す可能性があると話すとすぐにブロンテースは付いて行くと答えた。鍛冶場についても、置いてもらった上に好き勝手させてもらっている身で文句など言えない、という答え。一時間が三十分でも十分だった。
さらにハンゾウたちの意見も来たが、彼等も異存はなし。拠点移転に反対する人は誰もいない。代表者と代表者が選んだ二人を、扉を使って都に送り込んだ後は早速、次の拠点についての確認を行うことにした。
「それで新しい拠点の場所は?」
「東のほう」
「東……ちょっと漠然としてるな。ルナ、もう少し詳しく説明してくれ」
「エルフの砦は、ここの他に二カ所あるの。ここが西で、あとは東と南」
「北はないんだ」
東西南北の北だけがない。三方向にあって北だけがないことをヒューガは疑問に思った。
「北にあるのは拠点じゃない」
「じゃあ、何?」
「う~ん……上手く説明出来ない。でも暮らせる場所じゃない」
「そうか……じゃあ、今は良い」
どうやら北にも謎らしきものがある。大森林には他にも色々と秘密があるのだろうと思ったが、それは今考えるべきことではない。移転先である東の拠点について確認する時間だ。
「東の拠点って、ここと同じ感じなのか?」
「ここよりも大きいよ」
「そうなのか? それは東のほうが脅威ってこと?」
都を中心に東西南に拠点がある。それは大森林に接する人族の国を警戒してのことだとヒューガは思っていた。東の拠点が今の場所より大きいのであれば、それだけ東の国が脅威なのだろうと考えた。
「それは恐らく、大森林に接している地形の問題です。東のほうには割と簡単に大森林に出入りできる場所がありますから」
ヒューガの疑問に答えたのはカルポだ。大森林に住むエルフが持つ知識は、ここではカルポしか持っていない。
「じゃあ、割と頻繁に人が出入りしてくる?」
「さすがにそれは分かりません」
東の拠点に関する知識は人から聞いたもの。カルポ自身は東の拠点に行ったことはない。大森林崩壊以降、誰も行ったことがない拠点なのだ。
「そうだよな……あとは魔獣の強さだな。ここと同じくらいと考えていいかな?」
「強いよ」
「……それはここよりも強いってこと?」
「そう」
「さあ、皆、頑張ろう」
「いや、いや、それ無理ですよ。ここの魔獣相手でも敵わないのですよ」
今の拠点周辺に出没する魔獣にも苦戦している状況。さらに強い魔獣に太刀打ち出来るはずがない。
東の拠点は生活拠点にするにはかなり厳しい場所。だからこそ大森林そのものへの侵入が容易な東方も守られてきたのだ。
「ふむ。良いことですね。鍛錬も大分進んできました。そろそろもう一段上を目指すべきです。そういう意味ではちょうど良いですね」
ただ一人、先生だけが魔獣の強さを喜んでいる。
「先生……本当にそう思ってるか?」
「いつかは辿り着かなければならない領域ですよ? それが少し早まっただけです」
「少しね……まあ、良い。そういうことにしておこう」
「「「ええっー!」」」
ヒューガがあっさりと納得してしまったことに、皆が一斉に驚きの声をあげる。
「あの……彼等をそこに送るというのは?」
ハンゾウが自分たちではなく、受け入れるエルフたちを東の拠点に行かせることを提案してきた。選択肢としてはあり得る。
「それじゃあ、助けたことにならないだろ? ここに置くことが助けたことになるかも微妙だけど」
「そうでござるな」
「まあ、良いだろ? 新しい所にいけばしばらく退屈しなくてすむ」
「退屈はしておりませぬ。それどころか……」
ハンゾウたちに退屈している余裕などない。先生がそれを許してくれない。ヒューガでも引くような厳しい鍛錬が一日中、それこそ深夜でも行われているのだ。
忍びに気の休まる時間などない。この先生の考えに基づき、行われていることだ。
「大変なのは分かっているつもりだけど、逆に言えばどこに行っても変わらないってことだ」
「はあ……その通りでござるな」
「とにかく。今回の件は決定事項だ。皆に苦労を掛けるのは申し訳ないと思うけど」
「あっ?」
ヒューガの言葉を遮って、ルナが声をあげた。
「何?」
「戻った」
「……そうか。じゃあ行きか」
話し合いは中段。戻ってきたエルフを迎えに移動することになった。
◆◆◆
扉から次々とエルフが出てくる。どのエルフも、物珍しそうに辺りを見渡しては、後ろからせっつかれて前に進む。それの繰り返しだ。
のんびりしていては望まない来訪者を迎えることになる。ヒューガはそう考えて、少しイライラしていたが、何事かが起こることなく。代表者が最後に姿を現して、これで全てだと告げた。
「セレたちは?」
代表者は全員だと行ったが、セレネと長老たちの姿がない。
「すみません。説得はしたのですが、自分たちはここに残ると」
「……理由は? 何か言っていたか?」
「自分たちには責任がある。そう言っていました。それでも何とか一緒にと説得を続けようと思ったのですが、さすがに気付かれてしまう可能性がありましたので」
「そうか……」
セレネたちが責任を感じるのことはヒューガにも理解出来る。まだ百五十人ものエルフが都に残っている。その人たちを残して自分たちは安全な場所に、とは思えなかったのだろうと。
だからといってセレネたちをそのままにして良いのか。セレネたちの思いを無視してでも助けるべきではないかとヒューガは悩む。
「もし良ければ私が連れてきましょうか?」
そんなヒューガに一人のエルフが声を掛けてきた。
「お前が? 出来るのか?」
セレネたちは迎えにいったエルフの説得を聞き入れなかった。そうであるのにこのエルフは自分が連れてくると行ってきた。その根拠がヒューガには分からない。
「はい。私はセレネ様とは親しくしております。その私の説得であれば、セレネ様も応じてくれるかと」
「親しく……」
セレネと親しいという、このエルフはどういう立場なのか。ヒューガには分からない。ヒューガは都にいた時に彼を見たことがないのだ。それとなくカルポに視線を向けてみるが、カルポは軽く頭を振るだけでそれに応えた。
カルポも知らない。それでも本当に親しいとなるとカルポが都を離れてからの関係ということになる。
「もう逃げ出したのがバレてるかもしれない」
「そうですね」
「待ち伏せされてた場合、お前は間違いなく捕まることになる。それでも良いのか?」
「はい。問題ありません」
「そうか……じゃあ、僕も覚悟を決めよう。お前が扉を通って都に行くことを許可する」
「ありがとうございます」
ヒューガの許可を得たエルフは嬉しそうに扉に入っていった。戻ってくるまでには、またそれなりの時間が必要なはずだ。それまでに済ませておくことは済ませておくことにした。
「カルポ、到着した全員に部屋を振り分けてやってくれ。少々窮屈になるかもしれないが、それは仕方がない。それが終わったら代表者を食堂に。この拠点について説明する。そうだな……最初に都に向かった三人で良い」
「はい。じゃあ皆、案内するからこっちに」
カルポの先導でエルフたちが建物に向かっていった。
「ハンゾウさんたちは面倒だけど荷造りの準備を。急ぎのものがあれば順次新しい拠点に運んでくれてもいい。ああ、ブロンテースにも伝えてくれ。彼の方が色々と準備が大変そうだ」
「そんなに急ぎでござるか?」
「ああ、どっちにしても、あまり長くはここにはいたくなくなるから」
「どっちにしても……承知しました」
やることが明確になった後の彼らの行動は早い。十人が集まって、あっという間に役割分担を決めると、拠点のかしこに散って行った。
「私は何かしなくて良いの?」
この場に残ったのはエアルだけになった。
「一人でその時を待っているのも、ちょっとな」
「……そういうことなのね?」
「そうじゃなければと思っているけど、あれは間違いなさそうだ。僕はああいう感情に敏感なんだよな。残念なことに」
「残念なの? 便利そうだけど」
「第一印象で人の悪意が分かったらどうしても偏見持ってしまう。それは人とのつきあいを狭めることになる。そう考えるとやっぱり残念だろ?」
良く知れば実は良い人だった。そういう経験が何度もあればヒューガも人との付き合い方が変わっていたかもしれない。だが残念ながらそうではなかったのだ。
「……でも貴方は機会を与えた。それを利用しようとする相手が悪いのよ」
「そうだとしても……この話は後にしよう。まだ結果が出たわけじゃない」
「そうね。それまではどうする? 頭をからっぽにする良い方法を知ってるけど?」
「……いや、さすがにそれは」
エアルが何を指しているのかヒューガにはすぐに分かった。ふざけているわけではないことも。
「良いじゃない。最近思うの。ヒューガにはそういう羽目を外すようなことも大事なんじゃないかって。ヒューガは真面目過ぎるのよ。他人の前では常に完璧でいようとする。そんなんじゃ、いつか心が保てなくなってしまうわ」
「平気。今に始まったことじゃないから」
「平気じゃない。ヒューガは心のどこかで人に嫌われるのを恐れている。ヒューガの人嫌いはそこからきてるのよ。嫌われたくないから近づけようとしない。傷つくのが嫌だから好きになろうとしない。最近、それが分かるようになってきたわ」
「…………」
自分でもある程度は分かっている。だが分かっているからといって直せるわけではない。直せないことがエアルの言う完璧でいようとする、自分を取り繕おうとする原因。直すには直さなければならない。理屈じゃない状態にヒューガはある。
「ヒューガ。私に気を使わないで。私のことを無理に好きになる必要もないの。私は貴方が好き。だから貴方がどうであろうと、どんな酷いことをされても受け入れる。ヒューガには私を自分の好きなようにすることが許されているの」
「エアル……僕はそんなことを望んでない」
「私が望んでいるの。私は貴方のもの。私に対しては貴方は気を使うことなく、自分勝手でいられる。そういう存在に私はなりたいの」
ヒューガが愛しているクラウディアとまた違う、特別な存在になること。それがエアルの望むこと。その気持ちをエアルはまっすぐにヒューガにぶつけた。
そんなエアルがヒューガは眩しかった。エアルは全てを失った。そこから自分を取り戻した人の強さというものをヒューガは感じている。
自分の過去の傷なんてたいしたものじゃないかもしれない。エアルを見ていて、ヒューガは近頃そう思うようになっていた。