大森林の草原は一面の雪景色。積もった雪で真っ白に染まっている。昨晩から降り続いていた雪も今は止み、空には青空が広がっている。その空にぽっかりと浮かぶ雪と同じように真っ白な雲。
青い空と白い雪の美しいコントラスト。その光景を眺めていると、草原を流れる冷たい風も心地よく感じられる。こんな風に感じているのは自分だけではない。エアルはそう思っている。
実際に膝の高さまで積もった雪の中を大人たちが楽しそうに駆け回っている、ようにエアルには見えている。
「「「うおぉぉぉぉー!」」」
「静かに! どこに叫び声をあげながら走る忍がいますか!?」
「でも! 気合を入れないと苦しくて!」
「苦しいのは当たり前です! これは鍛錬ですよ!」
先生の叱責を受けて、ハンゾウたちは静かに駆け始めた。
「あれ、鍛錬だったの?」
エアルの目には楽しそうに遊んでいると映ったのだが、ハンゾウたちが雪の中を駆けているのは鍛錬だ。それはそうだ。彼等には遊んでいる時間の余裕はない。
「どう見ても鍛錬だろ? この雪の中を走るのがどれだけきついか。雪のない時の何倍も苦しかった」
ヒューガはすでに雪の中を走り終えている。ハンゾウたちとは鍛錬メニューが違っているのだ。
「雪の中を走るのは体力使うものね。でも、あんな紐をつけて走ってるから、てっきり遊んでいるのかと思ってた」
ハンゾウたちが走る後ろには、それぞれの腰に結ばれた長い紐が伸びている。
「いい大人があんなもので遊ぶか。あれは後ろに靡く紐を地面につけないように走る鍛錬だ」
「どうして、そんなことを?」
「あの紐を少しずつ伸ばしていくんだ。長ければ長いほど、速く走らないと地面に落ちるだろ? そうやって鍛えていくんだ」
長くなれば紐はその分だけ重くなる。短い時よりも速く走らなければ地面についてしまうのだ。
「……紐をつけたら速くなるわけじゃないのよね?」
「ああ」
「だったら、いらなくない? どうせ全力で毎日走るんでしょ?」
常に全力で走ることを強いられているハンゾウたちには、紐があろうとなかろうと関係ない。エアルはそう思った。
「達成感の為だろ? 自分はここまで出来た。よし、もっと頑張ろうって思うように」
「そんなの必要? なんだか怠け者の考えることみたい」
「はぁ……じゃあ、エアルはどうして強くなりたいんだ?」
そんな言われ様ではハンゾウたちが可哀想だ。ヒューガはエアルにも紐をつける意味を理解させようと考えた。
「そんなの決まっているじゃない。ヒューガの為よ。嫌だ。ヒューガったら、そうやって私の気持ちを確かめようとするのね?」
「いや、そういうつもりじゃないから」
今はイチャイチャする時間ではない。そもそもエアルの気持ちを確かめたいなんて欲求はヒューガにはない。確かめなくても分かっているし、それを改めて確認したところで胸が痛くなるだけだ。
「じゃあ、どういうつもり?」
「エアルは僕に強くなったって言われたら、どういう気持ちになる?」
「嬉しい」
「それだけ?」
「う~ん……もっと頑張ろうって思うわ。ああ、なるほどね」
「分かった?」
やっと分かってもらえた。そう考えてヒューガは、ホッと息を吐く。
「ええ、分かったわ。あれは褒めてくれる相手がいない寂しい人たちの為に、せめてもの慰めとして考えられたものなのね?」
「……そういうことじゃないと思う」
「ん?」
だがエアルの理解はヒューガが思うものと少し違っていた。
「エアルもやってみたらどうだ? 体力は戻ったんだろ? そろそろリハビリから、鍛える方に移っても良い頃だ」
「リハビリ?」
「えっと……病気や怪我で落ちた能力とかを元に戻す訓練のこと」
「そうね。でも、あれよりも今はこっちの方が楽しいわ」
ヒューガにそう告げて、エアルはすぐ近くにいたホーホーに飛び乗った。正式名はホーンホース。額に角をもつ馬のような魔獣。ヒューガはこのホーホーの群れのボスと仲が良いのだ。
それをヒューガから聞いたエアルは、自分も乗れないかとヒューガにお願いした。その時はまだ体調が本調子ではなく、走り込みの鍛錬に付いていけなかった。だがホーホーに乗れれば、横で走ることが出来る。そんな単純な思いつきからだ。
だが今はエアルも純粋にホーホーに乗って草原を駆けることを楽しんでいる。彼女の相棒はヒューガの友達であるコクオウ、とヒューガが名付けた、に比べると劣るがそれでも全体の中では大柄で足の速いほう。そういうホーホーをヒューガは選んだのだ。
「……ヒューガ、きっと私の体は貴方たちみたいに強くならないわ」
心地良い風を身に受けながらエアルは呟きを漏らす。彼女はとっくに体を鍛えようとしてる。だが足が思うように動いてくれないのだ。
奴隷にされている時、エアルは何度も逃げようとした。その度に立ち上がれなくなるくらい痛めつけられた。その時の後遺症だ。
「ねえ、私の足になってくれない? 貴女の助けがあれば、私はヒューガの剣になれるの」
ホーホーの耳元に顔を寄せて、お願いする。何を馬鹿なことをと思っているが、エアルはこう言わないではいられない。ホーホーに不自由な足の代わりをして欲しいのだ。
「えっ?」
ホーホーがぐんと加速した。これまでも十分な速さで駆けていたと思っていたのだがまだ加速する余力があったのだ。
「もしかしてお願いを聞いてくれたの?」
答えなどない。それでも、何となくホーホーが自分の気持ちに応えてくれたような気がした。
――目の前を走るハンゾウたちの背中が見えてくる。その距離は見る見る縮まっていく。
「「「うぉっと!」」
エアルを乗せたホーホーは、ハンゾウたちを一気に抜き去る。
「私の勝ち! そんなんじゃあ、先生に怒られるわよ!」
エアルは後ろを振り返って、ハンゾウたちを挑発する。風を切って走るのが、楽しくて仕方がないのだ。
「そんなこと言われても!」
「悔しかったら、私を捕まえてみなさい!」
「無理でござる!」
「始めから諦めてどうするの!? じゃあ、私を捕まえた人にはキスしてあげる!」
「「「おおぉぉぉー!」」」
ハンゾウたちからどよめき声があがる。その反応に笑みを浮かべながら、エアルは前に向き直る。変わらずホーホーは、草原に積もった雪をものともせず、すごい速さで駆けている。
「サスケ、行けー!」「任せた!」「頑張れー!」
「えっ?」
後ろから聞こえた声に驚いてエアルが振り向くと、すぐ後ろにサスケさんが迫っていた。
「嘘でしょ!? 追いつかれる! 急いで!」
エアルの声に応えて、ホーホーはこれまで以上の加速をみせた。だが急過ぎる加速にエアルのほうが反応出来ない。バランスを崩して後ろに倒れ込むと、そのまま積もった雪の上に背中から落ちていった。
雪に埋もれたエアルを覗き込むようにして見るサスケ。その顔がにっこりと笑う。
「獲ったどぉー!」
サスケの声が辺りに響き渡る。
「「「おおおぉぉぉ!」」」
「嫌だ、捕まっちゃった」
「さあ、エアル殿。約束を」
「あの……」
まさか捕まるとは思っていなかったエアル。約束のキスを求められて、戸惑ってしまっている。
「さあ」
「あの」
「さあ、さあ」
「でも……」
「「「「さあ、さあ、さあ!」」」」」
追いついてきたハンゾウたちまで周りで囃し立てている。それを受けて、エアルの顔は真っ赤。恥ずかしくて顔をあげれなくなっている。
「「「可愛いいなぁー!」」」
「何してんだ?」
「「「王?!」」」
ヒューガの出現に焦るハンゾウたち。
「えっと……これはですね」
サスケもヒューガに向かって、エアルに約束のキスを求めているとは言いづらそうだ。
「約束ってなんのこと?」
ヒューガが分かっていないのは約束の中身。それは離れた場所にいたヒューガには聞こえていなかったのだ。
「えっと……それについてはエアル殿から」
「私?」
サスケはエアルに話を振った。エアルの口から言う方がヒューガは怒らないと判断した結果、という口実で自分を納得させて逃げただけだ。
「何?」
「あのね。ちょっと競争していたのよ」
「ああ、それは見てて分かった」
「悔しかったら捕まえてみなさいって言った」
「それは無理じゃないか? でもサスケさんは追いつきそうだったか。あれは凄かった。サスケさんって足速いんだな?」
「はい。少し自信があります」
これは謙遜。馬よりもずっと足の速いホーホーに負けないくらいに走れるのだ。特別な才能といえるものだ。
「それで約束ってのはどこに出てくるんだ?」
「捕まえた人には……って言った」
「えっと、ちょっと聞こえなかった。もう一度言って」
「キ……ス……してあげるって言った」
往生際悪く、途切れ途切れの言葉で答えるエアル。
「……今、キスって言ったんだよな?」
だが間を空けても意味はない。繋げればすぐに分かる。
「……そう」
「じゃあしてあげろよ」
「はあ? いいの?」
途端にエアルは不機嫌になる。キスを何とも思っていないヒューガに腹を立てているのだ。
「だって約束だろ?」
「そうだけど……でも……」
「頬にキスするくらいで、そんなに嫌がるくらいなら、初めから約束なんてしなければ良いのに」
キスはキスでもほっぺたへのキス。ヒューガはこう思っている。ゲームのご褒美はそういうものだと思い込んでいるのだ。
「……頬?」
「えっ? 違うの?」
「嫌だ、そんなわけないじゃない。ねえ、皆?」
「「「…………」」」
エアルの問いに沈黙を守るサスケたち。
「ねえ、み・ん・な!」
ヒューガに見えない角度で、鬼のような形相をみせて、サスケたちに同意を求めるエアル。
「「「「はい、そうです! 頬の約束でした!」」」
「よろしい」
それにはサスケたちも抵抗出来なかった。
「……何か無理やり言わせてないか?」
「そんなことないわよ。じゃあサスケさん、約束のキスね」
「はい!」
エアルは、サスケに横から近づいて、頬に顔を寄せる。
「「「…………」」」
ヒューガを除く全員が息を止めてエアルを見つめている。その視線が。
「あの、じっと見つめられていると恥ずかしいんだけど?」
「気になさらずに」
「でも」
「いや、いや」
「後ろ向け!」
「「「「はい!」」」」
「もう……」
エアルはもう一度、ゆっくりとサスケの頬に顔を寄せると、そっと口を当てる。
「いやったー!」
飛び上がって喜ぶサスケ。ここまで喜ばれるとエアルも、恥ずかしさを堪えて約束を守った甲斐があるというものだ。
「そんなに嬉しいか?」
「はい! あっいえ。あっでも……」
ヒューガの問いにサスケは答えに困ってる。嬉しいといえば王の愛人に対して変な気持ちを持っていると思われる、嬉しくないと言ってはエアルを貶めることになる、なんてことを考えているのだ。
「……特別な意味で聞いたわけじゃないんだけど。サスケさんも俺に比べればそれなりに大人だし頬へのキスくらいで嬉しいかなって、純粋に思っただけ」
「そうですか」
「あのさ、そんなに畏まられても困るんだけど」
ヒューガ自身は軽い気持ちで聞いているだけなのだが、それを受け取る相手が勝手に深く考えてしまう。このズレはヒューガには面倒なものだ。
「しかし、王に対して非礼があっては……」
「王っていっても十四、いや十六人しかいない中で、変に壁があるのもどうかと思う」
「私はヒューガくんの臣下になったつもりはありませんよ」
ここで先生が割り込んできた。こういうことには細かいのだ。
「そう言うと思って、最初から先生は入れてない」
「そうですか? ヒューガくん、エアルくん、カルポくん、十勇士で十三人。あとはルナちゃんとゲノムスくんでしょ?」
「ブロンテースが抜けてる。いつか出て行くことになると思うけど、今は仲間だ。仲間の数だと先生も入ると僕は思っているけどな」
「ああ、これは失礼しました。彼の存在を忘れていました」
先生はプロンテースとは滅多に会うことがない。といっても本当に存在を忘れていたのではなく、ヒューガが神のごとき存在を仲間と捉えていると考えていなかっただけだ。ただそれを否定するのもおかしな気がするので、こんな答え方をしただけだ。
「そういえばブロンテースは何してるの? 鍛錬にもまったく参加してないし」
「ブロンテースは元々戦うことが好きじゃないらしい。嫌なことをやらせるのはあれだし、今は鍛冶場の準備に忙しいみたいだ。そういえばそろそろエアルにも手伝って欲しいと言ってた」
「私は鍛冶なんて出来ないわよ?」
「火が必要だろ? 鍛冶場の完成にはもう少し時間がかかるみたいだけど、製鉄はそろそろ始められるそうだ。その手伝い。実際にはエアルじゃなくてイフリートに手伝ってもらうことになる」
「そんなことにイフリートを使うの?」
「結構良い組み合わせなんだ。ゲノムスが鉱石の探索と採取。ブロンテースはそれを使って鍛冶を行う。良い鍛冶を行うには高温の火力が必要。イフリートはその点で、うってつけだ」
鍛冶を行うに必要な人材がここには揃っている。それも恐らくはこの世界でトップクラスの人材だ。
「ルナは何しているのよ?」
「ゲノムスが見つけた鉱脈の確保。結界を張ってる。あとはそこへの道の確保。ゲノムスが見つけたものを他人には渡せないって張り切ってる」
「あいかわらず、あの娘は……まあ、良いわ。大切な仕事なのは分かっているから、いつでも声を掛けてってブロンテースに伝えておいて」
「わかった。話を戻そう。ハンゾウさんたちももう少し普通に接してもらいたいんだ」
「しかし……」
改めてヒューガは態度を改めるように伝えるが、それを受けたハンゾウは戸惑うばかりだ。
「ヒューガくん、彼等には彼等の常識というか、慣習というか、そういうものがあると思いますよ。王に対するあり方をいきなり変えろと言われても彼らも困ってしまいます」
そんなハンゾウたちの心情を先生が伝えてきた。馴れ馴れしくすることには抵抗がある。かといって王の命令を拒否するわけにもいかない。そんな彼等を気遣ったのだ。
「そうなのか?」
「ええ。我等は祖国でもまだ軽輩ではありましたが、幼き頃より忠義を尽くす相手への接し方というものを叩きこまれております。それは中々に抜けるものではござらん」
「でもな……ハンゾウさんたちは間者として生きてきたんだろ? これからもその道を?」
「出来ますれば我らの得意の領分で王のお役に立ちたいと思っております」
「じゃあ、やっぱり変えてもらったほうが良いな。間者、忍び、草、陰、そういう存在は特別なものだから」
「まあ、そうでござるな」
「通常の臣下とは違う」
「……まあ。我等は所詮日陰者。将として仕える方々と同じような待遇を望むべくもございません」
彼等の成果は決して表には出ないもの。時には後ろ暗い仕事をこなさなければならない時もある。華々しい活躍を、実際にそうであるかは別にして、見せる騎士とは異なるのだ。
「ちょっと逆に考えてるみたい」
「逆ですか?」
「僕の元いた世界のある国主は忍びの人とトイレで会っていたらしい。まあ、常にってわけじゃないだろうけど」
「ヒューガ殿の世界でもやはり……」
普通の部屋での謁見も許されない。異世界における忍びの地位の低さをハンゾウは知った、気になった。
「あっ、違うから。別に忍びを軽視しているわけじゃない。逆だな。その国主は忍びの働きをすごく重視していた。ちなみにトイレといってもすごく広くて、本を読み、書状を読み書きし、とにかく執務が出来る様な広さだったらしい」
「……何故そのような所で?」
「トイレって普通一人で入るよな。多分、他人に邪魔されずにじっくりと自分の時間を過ごす為にそうしてたんじゃないかな?」
「なるほど」
「国主の個人的な空間。でもそこに忍びは出入りを許された。その意味は分かるだろ?」
「……未熟者ゆえ、分かりません」
「忍びの人を本当に信頼していなければそんなことは出来ない。裏切られても身を守るものは誰もいなからな。そして個人の思考に忍びの情報を必要としていた。特別扱いなんだよ。普通の臣下よりずっとな」
忍びは良い意味で特別扱いされていた。もちろん、全てがそうではないとヒューガも知っている。これはヒューガがそうでありたいと思っている主従の形を話しているのだ。
「ねえ、それじゃあ、忍び以外の臣下が不満に思わない?」
「思わないんじゃないか? 臣下の働きは恩賞以外にも功をあげたという名声によって報われる。周りから褒め称えられるわけだ。それに恩賞として地位があがれば名声もあがる。とにかく普通の臣下には報われる機会が多くある。でも忍びにはそれがない。忍びの働きは極々限られた者しか知らず、広く知られるものじゃない。功をあげたといって表だって地位があがるわけではなく、金銭で報われるのがせいぜい。その死でさえ多くの人に知られないまま」
「……それって」
「そんな忍びの人たちに主は何をしてあげられる? 陰で自分を支えてくれる者たちの為に何を……表に引き出してあげるのも手かもしれない。でもそれをしたら忍びはもう働けない。多くの人に知られた忍びが陰で働けるわけがない。だったら信頼を与える以外ないじゃないか?」
「でもそれとハンゾウさんの接し方に何の関係があるの?」
今のヒューガの話はどちらかと言えば彼自身の心得。王として陰で働く者を大切にするという考えを話しているものだ。
「一方的な信頼じゃあ、うまくいかないだろ?」
「いえ、我等は信頼していないわけでは」
「言い方間違えたか。なんて言えば良いんだ? ハンゾウさんたちが僕の為に役に立ってくれるというなら、そうだな……僕になって欲しいんだ」
「はあっ?」
「なるほど、そういうことですか」
驚きの声をあげたハンゾウとは対照的に先生は納得顔。先生もまた間者の一人。それもハンゾウたちよりも遙かに優秀な間者だ。間者のあるべき姿として理解しているのだ。
「先生、どういうことでしょうか?」
「多くの場合、間者は主の下を離れて仕事をします。時には何年間も会うことなく。それは当然分かっていますよね?」
「はい」
「ではそんな状況で貴方たちはどうやって主の意向を知るのですか? まさかいちいちお伺いを立てるなんて言わないでくださいよ」
「それは……」
「ではどうするか。要は貴方たちが主の思考を辿れるようになれば良いのです」
「主の思考を辿る?」
「主が必要としている情報は何か? 主はその情報でどうするつもりか? 想定と異なった状況に変わった時、主ならどう動くか、その為に自分に何をさせようとするか? 簡単に言えば主と同じ考えが出来る様になれと言うことですよ。まるで鏡に写すように」
「そんなことを……先生は出来るのですか?」
簡単に出来ることではない。どうすればそうなれるかもハンゾウには想像すら出来ない。
「出来ているとは言い切れません。ヒューガくんの求めているのは忍びとしての理想像です。そしてその理想に貴方たちは辿り着けと言っているのです」
「いや、そんな大きな話はしてるつもりはないから」
自分が考えていたよりも話が大きくなっている。そう考えて否定の言葉を発したヒューガだが。
「ヒューガくんはそう思っていなくても、ヒューガくんの言っているのはそういうことなのですよ。さて主の求めに貴方たちはどう応えるのです?」
「……主がそれを求めるのであれば我等はそれに応えるのみ」
「それは私を超えると言っているのと同じかもしれませんよ?」
「いつかは越えねばならぬ壁です」
「良いでしょう。ひとつだけ言っておきます。これについて私は何も教えられません。これは貴方たちが自分自身で考えて考えて考え抜いて辿り着かなければなりませんよ?」
「「「はっ!」」」
先生の言葉に声を揃えて応えるハンゾウたち。それを見てエアルは少し羨ましくなった。彼等には明確な目標があり、それに向かって前に進んでいる。それはエアルにも必要なものなのだ。
「あれ? でも、それとハンゾウさんたちのヒューガへの接し方に何の関係があるのよ?」
「それくらい分かれよ。僕はもっと自分のことを良く知って欲しいって言ってるんだ。その為にはもっと近い位置で接しないと無理だろ?」
「そういうことだったのね。じゃあ私も協力しようかな」
「何を?」
「多分、この中でヒューガのことを一番知っているのは私でしょ? 私が知っているヒューガのことを彼等に教えてあげようと思って」
「……余計なこと言うなよ」
エアルの知っているヒューガには、他人に知られたくない部分もある。まさか情事のことを話すとは思えないが、エアルはそのまさかをやりかねないのだ。
「大丈夫よ。そういうことだから、いつでも私の所に聞きに来てね」
「いつでもエアル殿の下へ……それはいつ部屋に行っても……」
皆の反応はエアルが思っていたものとは違っている。さきほどまでの凛々しい表情が消え去り、何だか気持ちがどこかに飛んでしまっている様子だ。
「……では、早速今晩にでも」
ハンゾウだけが真面目な顔のままでエアルに話しかけてきた。
「……なんで夜なのよ?」
「どうせなら風呂上りのエアル殿をじっくりと、いや、ヒューガ様のことをじっくりとお聞きしたくて」
真剣な顔でこれを言うハンゾウ。だがこの真剣に見える表情の裏で何を考えているのかエアルにも分かった。分からないはずがない。
「……目、怖いから」
「それだけ真剣に考えているということでござる」
「何を? 真剣に何を考えているのよ、この変態!? さっきの話はなし! ヒューガのことは自分たちだけで理解しなさい!」
「「「えぇっ、そんなぁ!」」」