月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第18話 物語の動き

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 王家主催のパーティー。定期的に開催されるものもあれば、何らかの理由から臨時で開かれるものもある。今回のパーティーは臨時のほうだ。正確には、そういうことにされた。
 この時期にパーティーが開かれるのは例年のこと。だが今回は特別に開催理由がつけられた。ローゼンバッツ王立学院で学んでいるカロリーネ王女。その学友たちを招くものという理由だ。
 これを鵜呑みにしている客は少ない。何故か呼ばれることになった公国の従属貴族の子弟たち。その何故かを隠す為のこじつけであることは明らかなのだ。
 では本当の理由は何か。リーゼロッテたちだけでなく、大人たちによってもそれについて様々な考察が為されたが、正解だと確信を持てる理由を得られた貴族家はいない。パーティーが始まり、ある出来事が起きるまでは。

「これはどうしたことだ? 公家の主が順番に挨拶に来るなど、私はいつの間に人気者になったのかな?」

 わざとらしく驚いてみせているのはリリエンベルグ公爵。リーゼロッテの祖父だ。

「……挨拶ではなく忠告に来たのです」

 それに不機嫌そうな声で返したのはラヴェンデル公爵。タバートの父親だ。

「忠告? 何かあったかな?」

「あったでしょう? さきほど陛下に呼ばれた生徒が何者か、私も知っています」

「クロニクス男爵の息子だな」

 ジグルスは国王に呼ばれて別室に向かった。男爵家の者が、それも本人は無位無冠である息子が国王に直々に呼ばれるなど普通ではあり得ないことだ。

「そのクロニクス男爵のことです」

「私に従ってくれている貴族の一人だ」

「それが通用すると思っているのですか?」

 ジグルスの父親が何者かは王家に知られている。これは以前からだが、こうして直接的な行動をとったことはリリエンベルク公爵にとって良いことではないとラヴェンデル公爵は考えている。

「通用するも何も事実だ」

「……仮にそうだとしても、疑われていることは間違いありません」

 この場でリリエンベルク公爵が真実を話すはずがない。ラヴェンデル公爵はジグルスの父親について追及することは止めにした。

「何を疑われているか知らないが、真実は一つ。いずれ晴れることになる」

「……合宿の話はご存じですか?」

 さらにラヴェンデル公爵は話題を変える。このままでは何も得られるものはないと考えた結果だ。

「もちろん」

「また同じことが起きると思いませんか?」

 魔物が現れた。それは過去に起きた事件の前触れではないかとラヴェンデル公爵は疑っている。

「……起きるかもしれない」

「そうであれば過去の事件を解決した人物の力が必要になります」

 その人物がジグルスの父親。ラヴェンデル公爵はそう考えている。

「彼は亡くなったと聞いている」

「生きていると考えている人もいます。そして、リリエンベルク公は自領を守る為にその力を独占しようとしていると考える者も」

「そうだな。キルシュバオム公がそのようなことを言っていた」

 エカードの祖父であるキルシュバオム公爵もすでに訪れている。ラヴェンデル公爵に比べると強い敵意を表に出して、語っていった。ラヴェンデル公爵とは異なり、年齢がそう変わらないということも態度の違いに影響を与えているが。

「そのおつもりですか?」

「だから言っている。彼は死んだ」

「……それでは我々は魔人からどうやって国を守れば良いのですか?」

「軽率ではないか?」

 ラヴェンデル公爵は魔人という言葉を公の場で口にした。これをリリエンベルク公爵は軽率だと注意している。魔人の存在は、前回の事件は機密扱いなのだ。

「……いずれ隠す必要がなくなります」

「そうだとしても今は口にして良い言葉ではない」

「……そうですね。でも、その日が来るまでただ待っている気にはなれません」

 魔人との戦いが起きる可能性がある。そうであれば、その日の為にすぐに動くべきだとラヴェンデル公爵は考えている。その一つが前回の戦いで活躍したジグルスの父親の復帰だと考えているのだ。

「……これは仮の話だが、もし彼が生きていたとしても国を守ることは恐らく出来ない」

「えっ……?」

「ラヴェンデル公はひとつ勘違いをしている。合宿の事件が前触れなのではない。前回が前触れに過ぎないのだ」

「……それは……前回よりも?」

 前回の戦いが前触れであるなら、次の戦いは前回を超えるものになる。王国騎士に多くの犠牲を出した前回の戦いよりも激しい戦いに。

「私はその可能性を考えている」

「そうであれば尚更ではありませんか?」

「新しい力が必要なのだ」

「新しい力?」

「幸いにもその力は育っていると私は考えている。ラヴェンデル公の息子もその一人ではないかな?」

 その代には優秀な人材が集まっている。リリエンベルク公爵は次の戦いにはその力が必要だと考えている。

「タバートですか……しかし、彼等はまだ若い」

「その通り。彼等はまだ強くなる。その手助けを我々は行うべきだ。それと……」

「他に何が?」

「……その力を王国に独占させてはならない」

 これまでよりも声のトーンを落として、リリエンベルク公爵はこれを口にした。ジグルスの父親を独占しようとしていると疑われているリリエンベルク公爵は、王国こそが魔人に抗える力を独占しようとしていると考えているのだ。

「……まさか……いや、それは……」

 そこまでのことはしないだろうと否定しようとしたラヴェンデル公爵だったが、途中で考えを改めた。四公爵の一人であるラヴェンデル公爵だ。謀略の類いを否定するような甘い考えは持っていない。

「案外、彼こそが真意を隠す為の囮ではないのかな?」

「……なるほど」

 ジグルスに接触するにしても、こんな目立つ方法をとる必要はない。王家はジグルスに注目を集めることで他の何かを隠そうとしている。リリエンベルク公爵はそう疑い、その説明にラヴェンデル公爵も納得した。

「それと、そちらにその気があるのであれば、こちらも前向きに考える用意がある」

「それは……息子と?」

「その件だ」

「……分かりました。正式なお話は改めてさせてもらいますが、こちらにその気があることは先に伝えておきます」

「分かった」

「ではまた」

 満足げな様子でラヴェンデル公爵はこの場を去って行く。ジグルスの父親については十分な情報を得られたわけではないが、彼にとっては満足出来る内容だ。それよりも息子のタバートの話がまとまる可能性が生まれたことのほうが重要。タバートとリーゼロッテの婚約話が。

「……よろしいのですか?」

 ラヴェンデル公爵が離れたところでリリエンベルク公爵に声を掛けたのは息子。リーゼロッテの父親だ、

「それはどれについて言っている?」

「婚約の件です」

「まだ正式に決まったわけではない。だが敵意剥き出しの家とそれなりに丁重な態度を見せる家のどちらが良い?」

 既定路線ではリーゼロッテの嫁ぎ先はエカード、キルシュバオム公爵家だ。だがリリエンベルク公爵はそれを改めようと考えている。リーゼロッテが嫁いだからといってたちまち敵意が好意に変わるわけではない。マイナスから始まるキルシュバオム公爵家より、ゼロもしくはわずかでもプラスなラヴェンデル公爵家のほうが、意味があると考え始めたのだ。

「……そうですか」

「不満か?」

「いえ、リーゼロッテにとってもそのほうが良いでしょう」

 それ以上にリーゼロッテにとって良い嫁ぎ先がある。それを父親は知っているのだ。もちろん、次期当主として娘の気持ちだけを優先するつもりはない。

「これが終わったらお前はすぐに公国に戻れ」

「備えですか?」

「そうだ。私が思っているよりも遙かに規模が大きいのかもしれない。そう思えてきた」

 次の魔人との戦いは自分が考えているよりも遙かに規模の大きなものになるのかもしれない。そしてそれを王国は分かっているではないか。リリエンベルク公爵はその可能性を考えている。

「分かりました。出来るだけの備えを進めておきます」

 リリエンベルク公爵の考えは正しい。それは近い将来に明らかになる。だからといって全てが上手く行くとは限らないが。

 

◆◆◆

 目の前にはジグルスが学院で使っているものの十倍はあるのではないかという大きな机。その机の椅子、逆に座りづらいのではないかと思うほど高い背もたれの椅子に腰掛けているのはローゼンガルテン王国の国王だ。
 その国王に呼び出しを受けて、ジグルスはこの部屋にやってきた。エカードの話を聞いていたので、何かあるかもしれないと身構えていたが、まさかこんな形で自国の王に会うことになるとは思っていなかった。

「ジグルス、クロードの息子だな?」

「……私の名はそうですが、父の名は違います」

「クロードの息子ではない?」

「はい。私の父はハワードという名です。どうやら人違いでしたか。では私はこれで――」

 引き上げようとしたが、それは後ろに立っていた近衛騎士が許さなかった。ジグルスの行く手を阻んで、戻るように促してきた。

「……人違いのようです」

 それでも人違いで押し通そうとしたジグルスであったが。

「人違いではない。今の名はハワード・クロニクス。そうだな?」

 国王自らそれを否定してきた。

「今の名は、という言葉の意味は分かりませんが、私の父の名はハワード・クロニクスです」

「……父親のことを何も知らないのか?」

 望むような答えを返さないジグルス。それに国王は少し焦れてきた。

「知っているつもりですが……私は何を知らないのでしょう?」

 ジグルスは国王の言葉を完全には肯定しない。父親が何者か、それも国王の言うそれだけを、知らないと言い張る。

「……お前の父親はかつて魔人との戦いで活躍した王国の騎士だ」

「魔人、ですか?」

 さらにジグルスは魔人の存在も知らない振りをする。これは父親が何者かは関係ない。父親から実際に何も聞かされていないのだ。

「学院の合宿で戦ったのではないのか?」

「ああ、あれが……あれは魔人と呼ばれる存在なのですか?」

 戦ったのは魔人ではなく魔物だ。完全に否定することなく、ジグルスはこういう言い方を選んだ。もし生徒たちの証言を得ていれば、ジグルスが敵を魔物だと認識していたことを知られているはずなのだ。

「そうだった。戦ったのは魔物であったな」

「そうでしたか」

 魔物だと分かっていたとも今初めて知ったともとれる曖昧な返事。これはわざとだ。

「また魔人との戦いが始まるかもしれない。それに勝つ為にはお前の父親の力が必要だ」

「そうですか……」

 なんとも答えようがない。国王が求めているのであれば、戦いに参加する義務が生まれる。否定は出来ない。だからといって肯定しても意味はない。参加するかどうかは父親が決めることなのだ。

「これをお前の父親に伝えておけ」

「はい。では早速、実家に戻って父に話すことに致します」

「何?」

「ですから陛下のお言葉を父に伝えます」

「その為に実家に戻るつもりか?」

 国王はそんなことをさせるつもりで言ったのではない。観念して王国に戻れ。こういう意味の軽い脅しだったのだ。

「戻りませんと父に伝えられません」

 ジグルスも分かっていてこれを言っている。分かっていて国王がどう返してくるか試しているのだ。

「……文を送れば良いのではないか?」

「それでよろしいのですか? 陛下のお言葉を伝えるわけですから万一があってはいけません。私が向かう方が確実だと思いました」

「そこまでしなくとも良い。文で十分だ」

 国王はジグルスを王都から出したくない。そう考えている可能性があるとジグルスは理解した。

「承知致しました」

「そうだな。魔物との戦いについても聞いておきたい。戦ってみてどうだった?」

「それほど強い敵ではありませんでした。数は敵百に対して、こちらは三十。三分の一でしたが、誰一人として大怪我をすることなく倒せています」

「そうか……」

 すでに国王は知っている情報だ。もともと問いも会話を途切れさせない為に発したものに過ぎない。

「魔人と呼ばれる敵はそういうわけにはいかないのでしょうか?」

「そうだな。その魔物を何百、何千と従えるのが魔人だ。魔人そのものの強さもかなりのものだ」

「それでも王国騎士団の力があれば倒せるのですよね?」

 何も知らない振りをしてジグルスは国王に尋ねる。なんとかならないから主人公たちが活躍するのだ。

「……数による」

「それほどの数がいるのですか……」

 驚きの表情を見せているジグルス。これは演技ではない。ただ驚いているのは魔人の数が多いからではなく、それを国王が知っていることに対してだ。王国は魔人の出現を知っている。ではそれにどう対処しようとしているのかがジグルスは気になる。

「戦力は少しでも多いほうが良い」

「まさか……私は無理です」

「……お前に期待しているのではない。お前の父の力を求めているのだ」

「ああ、そうでした。でも……」

「でも、何だ?」

 ようやくジグルスは何かを話そうとしている。それに期待した国王だったが。

「父よりも学院の生徒のほうが強いと思います」

「そこまでの力ではない」

「……やはり陛下がお考えになられている人物と私の父は別人だと思います。私の父は弱いとは申しませんが、学院の生徒全てより上とは思えません」

 国王が学院の生徒の能力をある程度把握している。この言葉はそういうことだとジグルスは理解した。

「それはお前の父親に会えば分かる」

「仰るとおりです。男爵の身分で陛下に拝謁する機会を得られると知れば、父も喜ぶでしょう。その前に私がこうしてお会いしていることを知って驚くでしょう」

「そうか……」

 では実際に会う機会は生まれるのか。そうはならないと国王は考えている。

「陛下の貴重なお時間を私のような者の為にお使い頂き、誠にありがとうございます。この栄誉は一生の誉れとなります」

「……大袈裟な。また話す機会はある」

「その日が訪れることを楽しみにしております」

「……ああ。ではまた」

 ジグルスは話を終わらせようとしている。国王にはそれが分かっているが、この流れは止められない。強引に止めても良いが、それを行っても何も得られないと考えて、ジグルスが望む通りに謁見を終わらせることにした。それに「また話す機会はある」は本気なのだ。
 国王に向かって、深々と頭を下げてジグルスは扉に向かう。近衛騎士もそれを遮ることはしない。国王が許したのだ。その必要はない。
 扉のところでもう一度頭を下げて、ジグルスは廊下に出る。あとは近衛騎士の案内でパーティー会場に戻るだけ、と思っていたのだが、その前にもう一つ用事が出来た。

「……王女殿下。どうされました?」

「い、いや、父上に呼び出されたと聞いたので、何かあったのかと思って」

「ああ、ご心配をお掛けしてしまいましたか。大丈夫です。陛下とは父について少し話しただけです」

「父……クロニクス男爵が何か?」

「王女殿下といえどお話しすることは出来ないかと」

 国王との会話の内容は、相手が王女であっても話すべきではない。ただジグルスは本気でこう思っているのではなく、口実として使っているだけだ。

「そうだな……まあ、問題がなかったのであればそれで良い」

 これはつまり、何か問題が起きる可能性をカロリーネ王女が知っていたことを意味する。それが何かジグルスは気になるが、近衛騎士がいるこの場で聞くのは控えておいた。その代わりに。

「私の他には誰がパーティー会場以外に呼び出されたのですか?」

「それは……」

 これは他にもいることを意味する。これも追及はしない。近衛騎士がいるからではなく、誰であるか分かっているからだ。
 王国が動きだしている。しかもその動きには魔人が関係している。思っていたよりもシナリオの進みが早いのかもしれないとジグルスは思った。それは学院パートにおける攻略が完了しているせいか、それとも別に理由があるのか。もしくは今の状況がシナリオ通りであるのか。いずれにしても確実に物語は進んでいる。残された時間は多くはない。