普段であれば子供たちの剣戟の音が辺りを賑わしている時間。でも今日に限っては、貧民区はひっそりと静まり返っている。
中央でじっと立ったまま動かないバーバ。その姿を、息をひそめて皆が見つめている。
周囲を見回してみると良く分かる。大人しくバーバの様子を見ているのが彼女の関係者。何が起こっているのかと落ちかない様子でまわりを見ている人、まったく気にする様子もなく普段通りに過ごしているのが新参と呼ばれる人たち。そして、そのいずれとも違う雰囲気の人々。
ギルドで受ける依頼のランクは抑え目にしていたつもりだった。だが年端もいかない子供たちがぞろぞろとギルドに出入りして、次々と依頼を達成していては人の気を引くのは避けられない。ましてそれが貧民区に生きる子供たちと分かれば尚更だ。
それがどこの手の者かまでは、その様子を眺めているナツには分からない。今はただ何事も起こらなければ良いと願うしかない。
始めのうちは何処とも言えず周りを見渡していたバーバ。今はじっと東の空を見つめている。見つめているという表現は適切ではないかもしれない。彼女の目は見えていないのだから。
その盲いた目でバーバは常人には見えない何かを見ている。このような様子はここに来て初めてのこと。預言者としての力はずっと使っていなかったのだ。
もっともそれは意識して使うものではなく、突然、呼び出されるように目覚めるもの。何かがバーバを呼び出したのだ。
「……ふむ、間違いない。思ったより早かったの」
バーバのつぶやき。その声に反応したかのようにじっと息をひそめていた人たちが動き出す。バーバもまた立っていた場所から歩き出した。
「いかがですか?」
近づいてきたそのバーバに問い掛けたのはギゼンだ。
「どうやら起きたようじゃ。まだ小さい光じゃが」
「……バーバさん」
小声でバーバに声をかけるナツ。
密偵と思われる人たちが聞き耳を立てている。何気ない仕草を装っているが、始めから特定できていれば、その様子を見抜くのは難しくない。
「何のことやら分かるはずがない」
「でも……」
抽象的な言い方。確かに何を話しているかなど分からないはずだ。それでもバーバが月の預言者と呼ばれた存在だと知っていれば、予言を行ったと受け取られるに違いない。それを知って相手が放っておいてくれるかがナツは心配だった。
「警戒しても仕方ないのじゃ。儂のような存在はそれを覚悟しておかねばならん」
「覚悟は覚悟。気を付けるのは悪いことではないわ」
「ふむ……そうじゃな。ギゼン、皆に伝えてくれ。最悪の事態に備えて準備をしておけと。ただいつかまでは見えん。長丁場になるやもしれんから張り切り過ぎて疲弊しないように」
「はっ」
ギゼンに指示を出すバーバ。
「そこまで?」
その指示の内容はナツが考えていた以上のものだった。
「良いこともあれば悪いこともある。しかし、この程度しか分からんとはな。昔は見たくないものまで見えてしまったものなのに、うまくいかないものじゃ」
良いことというのはヒューガについて。悪いことはこれから貧民区に起こるかもしれない何かだ。これくらいはナツにも分かる。
「あたしたちは?」
「変わらん。これまで通り。ただ目指すものを目指せばよい」
「それで良いの?」
自分たちにも何か出来ることがあるのではないか。そう思ってナツは尋ねたのだが、バーバの答えは軽い拒否だった。
「その為にお主らはここにおるのじゃろ? 時が来るその時までやるべきことをやるのじゃ」
「……分かったわ。それで光は何処に?」
そこがヒューガのいる場所。ただ起きたという意味はナツにはわからない。
「東の空」
「まさか?」
東にはクラウディアがいる。ヒューガはもうディアの下に現れたのかとナツは考えた。
「いや、金と銀は出会っておらん」
「そう……」
だがバーバはナツの考えを否定した。はっきりと会っていないと言い切ったのだから、それは見えているのだ。
「さて、師匠お願いします」
それを聞いたフユキはギゼンに鍛錬の開始を求めた。
「冬樹は気にならないの?」
「知りたいことは知った。分かったのは俺たちには時間がないということだ。思っていたよりずっとな」
冬樹は急に大人びてきている。抜けたところがすっかり消えて、すごく落ち着いた感じに。ナツはそれが寂しくもあり、うれしくもある。
冬樹の言うとおり。ヒューガに何かの兆しがあったのであれば二人がヒューガの下に向かうのもそう遠くない時期かもしれない。うかうかしていられない。ナツもいつもの鍛錬を始めることにした。
◆◆◆
ギルドの賑わいはいつもと変わらない。クラウディアはいつも通り。食堂の端の席に座って依頼が来るのを待っている。
ヒューガと別れてから自分が何をするべきかを考えていた。だが未だに答えは見つからない。分かっているのは、今の自分ではヒューガの足手まといであるってこと。とりあえず力をつける為に鍛錬を繰り返し、実戦を数多く経験する為にギルドの仕事を幾つもこなした。
だがクラウディアは納得出来ないでいる。剣ではヒューガに追いつけない。そうであれば魔法、そう思ったのだがそれも思ったようにはいかなかった。
ナツが試みていた魔法。属性の融合とクラウディアは聞いている。火と風を組み合わせることで、魔法の威力をあげるのだ。クラウディアでは思い付かない発想。異世界からきたナツだからこそだと思っている。
それを知ったクラウディアが試みたのは火と水の組み合わせ。ナツはそれで氷魔法を発生させたいと言っていた。
氷結の王女と呼ばれていたクラウディア。由来はまったく関係ないのだが、自分にぴったりの魔法と考えて、その実現を試みたのだが。
考えの甘さを反省することになった。まったく思ったようにはいかないのだ。諦めるつもりはないが、何の進歩もないのが問題だと考えて、治癒魔法も鍛えることにした。
クラウディアがこうして依頼を待っているのはその為だ。治癒魔法を使うには怪我人が必要。他の傭兵に誘われるのを待っているのだ。
最初の頃は自分から声を駆けていたのだが今は。
「ディアちゃん。今日の依頼なんだけどさ」
「いやいや。そんな依頼でディアちゃんの力を借りようなんて甘いんだよ。ディアちゃん見て。俺たちの依頼。絶対に怪我すると思うんだ。だから今日は俺たちと一緒に」
「待った! 今日こそは俺たちがディアちゃんと一緒に依頼を行う番だろ!」
という感じで色々な人が誘ってくる。その人たちの依頼内容を見て、一番怪我人が出そうな人たちをクラウディアは選ぶ。実験台にしているようで申し訳ないという思いも少しあるが、相手も喜んでいるのだからと気にしないようにしている。
「じゃあ、今日はこの依頼で」
「「「えぇー!?」」」「今日こそはと思ったのに」「また駄目か」
「ごめんね。また誘ってください」
「「「はいー!」」」
――ということで今回の依頼は街の東にある森に住みついたオーク退治。数が多いとのことで同行するパーティーの人数も多い。クラウディアを含めて全部で十人。パーティーメンバーの平均は四人なので複数が参加しているということだ。それはそれだけ困難な依頼という証。
同行するパーティーにはクラウディアが初めて一緒になるパーティーの人たちもいる。人見知りの彼女にはそれはちょっと苦痛だ。
しばらくは会話もなく目的地に進んでいたが、現場にかなり近づいたと思われる場所で一人の男が口を開いた。
「情報の確認をもう一度させてもらいたい」
クラウディアは話を切り出した人とは何回か一緒に依頼を受けている。実力がある安心できる傭兵だ。
「分かった。住み着いたオークの数は三十体ということだ」
問いに答えた相手はクラウディアの知らない人。この人のパーティーが最初に依頼を受けたのだ。
「それは知っている。それ以上増えている可能性はないんだな?」
「その情報はない。それに少しくらい増えていても大丈夫だろう? 問題のない人数が揃っている。ひとり三体。難しい数じゃない」
「そうかもしれないが、俺はこれだけの人数での依頼を受けたことがない。連携は大丈夫か?」
気心が知れたメンバー四人で十二体のオークを相手にするのであれば、相手の言う通り、何とかなる任務だ。だが勝手の違う相手と組んで、倍以上を相手にするとなると不安は残ってしまう。
「それについてはこちらの指示に従ってもらうということで良いか?」
「ああ、構わない。慣れている者に任せたほうが安心だ」
指揮を統一して戦う。それについてはまったく文句がない。相手が指揮を採ることもそう。最初に依頼を受けたパーティーが指揮権を持つのは当たり前のことだ。
「……そうだな」
「一応、戦力の確認をしておかないか?」
「ああ、そうしよう」
「俺たちのパーティーは俺とこいつが前衛。後ろの二人が後衛だ。それぞれ火と風の魔法が使える」
「そうか」
一般的なパーティー構成。攻撃に偏っているが、それを補うのがクラウディアのような支援系の魔法を使える傭兵。クラウディアが引っ張りだこなのは外見によってではなく、きちんとその能力を買われてのことだ。
「お前たちは? それを教えてくれよ」
「ああ、俺は前衛。後の3人は後衛だ」
「前衛が一人?」
一人で戦っていては、隙を見せた時にそれをカバーしてくれる相手がいない。よほど腕に自信がなければそんな編成では戦えない。
「……後衛の一人は支援魔法が得意だ」
「じゃあ中盤じゃないのか?」
魔法で前衛の防御力を高め、いざという時だけ支援に入る。もしくは前衛が後退するときの盾となる。支援魔法系が使える人がよく担う役割だ。
「剣のほうが少しな……」
「……そうか。お前たちは?」
クラウディアの顔見知りの男は、もう一つのパーティーにも編成を尋ねた。
「私たちは前衛、後衛どちらでも。この場合は中盤を任せてもらいましょう。攻撃魔法より補助魔法のほうが得意です」
「前衛が三人、中盤が二人、後衛が五人か。なんだ、うまくバランスが取れたな」
結果、三パーティーを合わせると理想的な編成になった。きちんと考えられているのだと思って、ホッとした顔を見せている。
「その娘は?」
「お前、ディアちゃんを知らないのか?」
「いや、俺たちはこの街に来て間もないから」
「……大丈夫か?」
相手の話を聞いて、途端に表情が不安そうなものに変わる。
「何が?」
「ここらの魔獣は一味違うぞ」
「オークとは何度も戦ったことがある」
「同じオークでも強いと言っているんだ」
「……キングがいるという情報はないが」
オークにもランクがある。だがそういうことではないのだ。
「ちょっと心配になってきたぞ。この辺の魔獣は大森林が近くにあるせいか、余所の魔獣より強いんだ。それを理解していないととんでもない目に会うぞ?」
「近いといっても接しているわけじゃないだろ? それなりに離れているはずだ」
「そういう問題じゃないんだがな……」
相手の話はこの辺りの事情をまったく理解していないことを示すもの。さらに不安が増すばかりだ。
「大丈夫だ。この街に来てから既に魔獣討伐は経験してる。その辺のことは分かってる」
「だといいが……」
集団全体がなんとなく気まずくなる。クラウディアも不安になってきた。
「……それで結局、その娘は?」
「ディアちゃんは回復魔法の使い手だ。腕は保証する……誘っておいて良かった」
これは怪我人が出る覚悟を示している。それを理解して、クラウディアは気持ちを引き締めた。
「近いぞ」
クラウディアの気持ちに合わせたかのように、現場が近いことを告げる声。
木々の間から少し開けた場所が見えてきた。恐らくその先が戦場になる、と皆が思ったのだが。
「もう来てるよ!」
クラウディアの探知に魔獣の存在が引っかかった。これは彼女としては油断だ。仲間たちの雰囲気を気にして、臨戦態勢に入るのが遅れていた。
「待ち伏せだと!? そんな馬鹿な?!」
「文句を言ってる暇があれば指示を出せ!」
「そんなことを言われても、オークは何処だ!?」
指揮役はまだ敵の所在を掴めていた。
「左右! 両方から来てるよ!」
それと知ったクラウディアが大声で敵の居場所を告げる。
「ディアちゃん、ありがと!」
「じゃあ、俺が左。お前たちは右だ!」
「おい!? 一人で行けるのか!?」
「じゃあ、もう一人来てくれ!」
すぐに命令を改める指揮役。これは仲間の不安を煽るだけだ。
「落ち着け! ちゃんと考えて指示を出せ!」
「この娘が急に言うから!」
「何を言ってんだ、お前は! もう良い! 俺が指示を出す! 中盤の二人、補助魔法を――」
「「プロテス!」」
最後まで言い切る前に支援魔法が発せられる。中盤役の二人は冷静だ。
「早いな!」
「準備は出来ていました!」
「助かる。よし、ディアちゃん、距離は?」
「左右ともにあと三十カウント! 数はそれぞれ十五!」
敵は綺麗に二つに分かれて、襲ってきている。これについて疑問に思う人はいなかった。
「よし。まだ平気だ。二手に分かれて迎え撃つ! 中盤の」
「二つに!」
全体を二つの集団に分けて、左右から来る敵を迎え撃つ。そういう作戦だ。
「ああ、そうだ! 後衛、姿が見えたらすぐに撃て!」
「まだ準備が!」
「何してる!?」
「五、四、三……見えるよ!」
「ファイアアロー」「ウィンドアロー」
こちらに向かってきた先頭の魔獣に向かって、火と風の魔法が放たれた。二人からの魔法だ。残りの三人はまだ詠唱を始めたばかり。
「よし! 行くぞ!」
「「バースト!」」
前衛の三人が二手に分かれて左右に散る。その後を、攻撃強化魔法を唱えながら追う中盤の二人。
「ファイア!」「ウォーター!」「ウィンドウ!」
それを追い越すように飛んでいく魔法。ようやく遅れていた三人が魔法を放ったのだが。
「そんな魔法が効くか!」
文句を言われることになった。このあたりの魔獣は強い。初級魔法程度で倒せる相手ではないのだ。一撃で倒すつもりであれば、先の二人のように一体にアロー系かカッター系を全て当てるくらいでないと通用しない。
後衛のうち三人は使えない。これで敵を倒せるのかクラウディアは不安になる。回復魔法に徹するか、それとも。
クラウディアが躊躇っているのは、彼女の魔法はほぼ無詠唱であるからだ。それを人前で使うことに抵抗を覚えている。
だが今は緊急事態。それらしい詠唱で誤魔化そうと考えて、それを始めようとしたのだが。
「やられた! 正面からも来たよ! 数は……三十!?」
待ち伏せされた上に数は倍。
「前衛! 引けぇー!」
後衛が前衛に向かって叫ぶ。三方を囲まれている状態からまずは脱け出すこと。一旦後ろに下がって距離を取る。
その為に後衛は支援しなければならない。
「引け! 引くんだ!」
だがその常識を無視して下がろうとしている人がいる。
「後衛が先に引いちゃ駄目!」
それを止めようとクラウディアが叫ぶが、彼等の足は止まらない。
「クラウ様!」
中盤の二人が下がってきた。クラウディアの名を呼んで。
「下がるのが早すぎるよ! 前衛の人たちは?」
「しかしクラウ様が……」
二人はイーストエンデ公爵家の部下。クラウディアの護衛役なのだ。
「私は平気! 前衛が下がるまでここを死守するよ! 正面を押さえて!」
「はっ!」
クラウディアは体内の魔力をもう一度練り直す。こうなっては周りを気にしてはいられない。
「五、四、三、二、ファイア!」
「それじゃあ! 何!?」
クラウディアが初級魔法を放ったことで、後衛の二人が文句を言うとしたが、言い切る前に驚くことになった。クラウディアから放たれた炎の玉は木の間を縫うようにして、正面に現れた魔獣に向かう。
数は十。それがオークに着弾する、と思われた瞬間。
「バースト!」
「「「ぎややぁぁぁー」」」
クラウディアの声をともに一気に燃え上がるオーク。これはヒューガの得意技。着弾と同時に魔力を破裂させる魔法だ。見た目からは考えられない威力がある。
「次!」
更にクラウディアは魔法を放つ。正面のオークが十体。同じように燃え上がる。これで正面から残り十体。護衛役の二人でどうにか出来る数だ。
「前衛は?」
「来た!」
右から一人戻ってきた。だが左側には人影が見えない。
「もう、何してるの?」
戻ってこない左の前衛の様子を見る為に、クラウディアは走り出す。
「ディアちゃん! 戻れ!」
後ろから引き止める声が聞こえてくるが、クラウディアが足を止めることはない。反応は三体。なんとかなると考えているのだ。
「いた!」
立っているのは一人。もう一人は……足元に転がっている。
「大丈夫!?」
「ディアちゃん! 来るな!」
「もう一人は!?」
「動けない!」
「生きてるのね! じゃあ今、魔法を」
「いいから逃げろ! キングだ! しまった! 逃げろー!」
前衛の二人を無視して残っていたオークがクラウディアに向かってきた。一際大きな、そして真っ赤に染まった体。
顔の真ん中にある大きな一つ目がまっすぐにクラウディアを見つめている。
違う。クラウディアは目の前の存在はオークキングではないと知った。それよりも遙かに上位、伝説の存在であるサイクロプスだと。
「ウィンドウ!」
風の刃がサイクロプスを襲う。クラウディアの狙いは目だったが、失敗。腕で塞がれた。
「ええい! 加減はいらない! ファイア!」
体から魔力がごっそり抜ける。中途半端は通用しないとみて、クラウディアは全力の魔法を放った。
「燃え上がれ! バースト!」
「んがぁぁぁぁー」
炎に包まれて叫び声をあげるサイクロプス、と思ったのは間違い。歩が消えたあとのサイクロプスの体がパチパチと音を立てて光っている。まるで小さな雷のように。
「……防御魔法まで使えるの?」
ゆっくりとクラウディアに向かってくるサイクロプス。それに抗う力はクラウディアにはない。もう魔力切れなのだ
。
サイクロプスの正面に黒い光の玉が現れる。何の魔法かは分からないが、どのようなものであっても防ぐ術はない。クラウディアは死を覚悟した。
(……ヒューガ、ごめんね。私、こんなところで死んじゃうんだ。もう一度、ヒューガに会いたかったな……)
その光の玉に吸い込まれるようにサイクロプスは入っていった。ゆっくりと小さくなる魔法の玉。
(…………)
沈黙が辺りを覆っている。
「……あれ?」
結局、サイクロプスと思われた魔獣はそれっきり二度と姿を見せなかった。
◆◆◆
「顔の真ん中に大きな一つ目ですか……体の色は知っているものと違いますね。ふむ。でも間違いないでしょう。いや、まさか伝説上の魔獣をこの目で見られるとは……ここは本当に退屈しない場所ですね?」
「先生! そんな冷静に話してないで何とかしてくれ!」
「ヒューガくん。人には出来ることと出来ないことがあります。いくら私でもあれは倒せませんよ」
「そんなこと言ってたら、僕たちの拠点が……ああっ!」
突然現れた魔獣。しかも拠点の中に。どうやって結界をすり抜けてきたのか先生にも分からない。とにかく魔獣が現れ、近くにある建物を手当たり次第という感じで破壊している。
「ルナ! 寝てないで手伝え!」
「んー。ルナたち無理。疲れちゃった」
「……お前だろ!? あれを連れてきたの!」
ヒューガには何故、魔獣がいきなり拠点内に現れたか分かっている。ルナが転移させてきたのだ。
「だって仕方ないんだもん」
「仕方ないじゃないだろ!?」
「意地悪言うヒューガは嫌い!」
ルナは拗ねた様子でそっぽを向いてしまった。
「意地悪って……じゃあカルポ!」
「無理ですよぉ。先生が倒せないのをどうして私が倒せるのですか?」
「それをなんとかするのが臣下の役目だろ!」
「無理です!」
いくらヒューガの命令でも素直に従う気にはなれない。まったく勝てる気がしないのだ。
「じゃあ」
「私の知っているヒューガは、女の子を危険な目に会わせるような真似はしないわ。もっと優しいの」
エアルまでヒューガの頼みを拒否してきた。そうなると残るは。
「…………」
ヒューガは無言で視線をハンゾウに向けた。
「無理でござるよ!」
「じゃあ、どうするんだよ!?」
全員が拒否。これは魔獣が建物を壊しているだけだから。自分たちに向かってこられたら、拒否することに意味はない。
「ヒューガくん。なんとかしなさい」
「僕?」
「一人でとは言っていませんよ。全員で頑張ればなんとかなります。多分……」
「多分って……」
「要は戦い方です。今はまだ考える時間があるでしょ?」
戦いを拒否していられる間は、考えることが許される時間でもある。先生はヒューガにそれを求めた。ただ闇雲に戦っても勝てないことが分かっているのだ。
「要は弱点をつけばいいんだな。あの魔獣……目だよな。一つ目だからその目を潰せば一気にこちらが有利になる」
冷静になって敵の弱点を考えるヒューガ。分かりやすい弱点だ。そうであるから守りも固いということは、この時点では分かっていない。
「あっ!」
「どうしました?」
「目があった……」
見ると魔獣はじっとヒューガを見つめている。存在を認識したのだ。
「「「来たー!」」」
ものすごい勢いで近づいてくる魔獣。とても逃げ切れる相手ではない。
「カルポ、足を止めろ!」
「どうやって!?」
「魔法に決まってるだろ! ゲノムスにお願いしろ! 防御魔法の応用だ! 土で足元を固めてもいい!」
「えっと……」
「早く!」
「わかりました! ゲノムス!」
「ん」
カルポがゲノムスを呼ぶと共に駆けてくる魔獣の目の前に高い壁が立った。
「よし、そのまま囲め!」
「はい」
魔獣を囲むように立ち上がる土の壁。最初に立った壁が衝撃音とともに揺れている。魔獣が攻撃しているのだ。
やがて空いた壁の隙間から魔獣が顔を出した。
「エアル!」
「わかったわ! イフリート」
魔獣に襲い掛かる炎。
「ぐうぉぉぉん」
魔獣の咆哮が辺りに響く
「やった?」
「いえ、あれは叫び声ではありませんね。恐らくは……」
炎が消え去るとその中から無傷の魔獣が現れた。体からほとばしる光。
「あれは電撃? 雷魔法なんて使えるのか!?」
こう考えたのはヒューガだけだ。
「水は? だれか使える……わけないか。じゃあ僕が行く。でもどうするかな……」
敵は雷魔法を使える。ヒューガはそれを恐れるのではなく、利用しようとしている。
「よし、エアル、もう一度だ!」
「効かないわよ!?」
「効かなくても良い! 相手に魔法を使わせる為だ!」
「分かったわ!」
ヒューガの指示に従って魔法を放とうとするエアル。
「でもさっきのは駄目だ。あれじゃあ目標が見えない!」
だがその前にヒューガが、さらに魔法について要求してきた。
「じゃあどうするのよ?」
「炎を絞れ! 相手を貫くつもりで! それこそ剣のようにな!」
「剣? そんなのやったことないわ!」
「じゃあ、今やれ!」
「……まったく人使いの荒い王様ね。いいわよ、やってやろうじゃない! イフリート、分かった? 貴方は剣、炎の剣よ! 灼熱の炎の剣であいつを貫いて!」
「おお!」
燃え上がる炎が空に向かって噴きあがる。それはそのまま一筋の燃え盛る剣となって魔獣に向かっていく。ヒューガが要求した通り、炎の剣となって。
魔獣は両腕を交差させて顔を防ぐ。弱点である目を守ろうとしているのだ。だがこれこそがヒューガが求めていた行動。
「ぐうぁぁぁぁぁぁー!」
「Water!」
先程よりも更に大きく響き渡る咆哮。それにかき消されたヒューガの詠唱。
魔獣の体から幾筋もの小さな雷のような光が伸び、それが向かってくる炎の剣の前に編み込まれるように重なっていく。
「いけー!」
地面すれすれを飛んでいた水の玉。それが魔獣の足元で垂直に上昇した。細く伸びるように。それが魔獣の魔法と接触した瞬間。
「ぎいぁあああああっ!!」
バチバチという激しい音とともに、魔獣が光に包まれた。わずかに遅れて、光の中に飛び込む炎の剣。魔獣の体から小さな光が明滅している。それとは別に立ち上る煙。
炎の剣が交差された腕を貫き通して、その先は更に魔獣の目に届いているように見える。
「「「「…………」」」」
剣が消えると共に、ずしんという大きな音を立てて魔獣が倒れた。
「……ふう、やったかな?」
「私がね」
「……僕だろ?」
「私よ。剣が目を貫いていたの見たでしょ」
「魔獣の体から煙が上がってただろ。あれは僕の魔法のせいだ」
お互いに自分の魔法の効果を訴えるヒューガとエアル。
「煙じゃ魔獣は死なないわ」
「感電したんだよ!」
「感電って何よ? あの煙は……そうよ、燃えたからよ」
「違うよ!」
「違わないわよ!」
「戦いの最中でもイチャイチャ」
「「ルナ!」」
なんて戦いの緊張が解けた三人がじゃれあっている横で、先生は内心の驚きを表に出さないように抑え込んでいた。
(……倒しましたか。あれは魔獣というよりは神獣といっても良い存在なはずですけどね)
倒せる相手ではなかった。それでも戦えと命じたのは、あくまでも鍛錬として。いざとなれば逃げれば良い。そう考えていたのだ。
(彼らひとりひとりは間違いなく私より弱い。私が三人いればもっと楽に勝てた……勝てたでしょうね。でも、それは戦い方を知ったから言えること)
だがヒューガは見事に倒して見せた。先生には決して思い付かない戦術によって。これが意味することを先生は考えている。
「……ハンゾウくん」
「はっ」
「皆さんの鍛錬を更に厳しくします」
「…………」
すでに常に限界を感じる鍛錬を行っている。それをさらに厳しくすると聞いて、ハンゾウは言葉を失った。
「役立たずになりたくなければ、死ぬ気で付いてきなさい。いえ鍛錬の中で死になさい。貴方たちの王にはそれだけの価値があります」
「……は、はっ!」
「他の人たちも良いですね!」
「「「「おうっ!!」」」