演習での戦功評価は、ほぼグレンの言った通りになった。それを覆せば、名を挙げられた部隊長たちが不満を感じるだろうという配慮からだ。
そして健太郎が将として軍を率いることもなくなった。具体的に話があったわけではない。だが、新たに新設された部隊がそれを示していた。
勇者親衛隊。正式名称は王国騎士団勇者直率特別騎士隊だが、これでは長いので、通称として、そう呼ばれることになった部隊だ。
健太郎は自分の部隊が出来上がったと大喜びなのだが、それで割を食ったグレンは苦い顔だ。
不機嫌さを隠すことなく、調練場で整列した人々の前に立っている。
「どうしてお前が自分たちの束ね役なのだ?」
「知りません。理由を知りたければ勇者様に聞いてください。ああ、出来ればついでに自分を外すように言ってもらえると助かります」
「……それでは自分たちの面倒を見るのが嫌みたいではないか?」
「嫌です。当たり前ですよね? どうして軍籍もない自分が騎士の方たちの従卒の束ね役をしなければならないのですか?」
騎士には従卒と呼ばれる人たちが、必ずと言って良い程付いている。普段は騎士の身の回りの世話をし、戦場では槍などの荷物を持ったり、戦いから戻ってきた騎士に水を渡したりと、これも又、個々の騎士の世話をする人たちだ。
多くはまだ成人したばかりの騎士見習いの若者たち。騎士団に入ってから付くようになった人もいれば、騎士の実家から連れてこられた人も居る。
いずれにしろ身分としては見習いとはいえ騎士であり、準騎士であるグレンより上だ。
「……命令だから仕方がないだろ?」
「では文句を言わないでください。文句を言うのは構いませんが、それは勇者様に言ってもらえますか?」
「準騎士のくせに生意気だぞ」
「だから文句は勇者様にお願いします」
「……奴隷騎士のくせに」
グレンに侮蔑の目を向けるのは見習い騎士でも同じだった。ただ、グレンにはもう慣れっことなった態度だ。
「やっている仕事は変わらないと思いますけど? ああ、少なくとも自分は勇者様のお世話はしていませんね。侍女の方が居ますから」
「侮辱するのか!?」
グレンの言葉を聞いて、従卒は更に怒気を発している。
「……何か侮辱しましたか?」
「お世話などと。侮辱ではないか!?」
「あの、変な事を想像していませんか? お世話はそのままの意味、身の回りのお世話ですけど?」
「…………」
「まさか、そっちの気が」
これは本当の侮辱だ。
「決闘だ!」
「はあ?」
「騎士が侮辱を受けて黙っていられるか! 決闘を申し込む!」
「お断りします」
「逃げるのか!」
「どうとでも。そんな無駄なことに体力を使うつもりはありません」
「問答無用!」
いきなり従卒が剣を抜いて切りかかってくる。騎士に成りたての若者の剣などグレンに当たるはずがない。わずかに体をずらすだけで、グレンはそれを避けた。
「……貴様!」
それによって更に怒りをたぎらせた従卒は、しゃにむに剣を振りまわしてくる。さすがに面倒になったグレンは、一振りで従卒の剣を弾き飛ばすと、その胸を足で思いっきり蹴りつけた。
従卒は、そのまま後ろに跳ね飛んで地面を転がっていった。
「弱っ」
「……もう一度だ!」
苦しそうに胸を押さえながらも、その従卒は剣を取って、また立ち向かってきた。
それも又、グレンの一振りで軽く払われる。前に向かってきた勢いのまま、従卒は地面に倒れ込んだ。
「……もう良いかな?」
「ま、まだだ! もう一度!」
そして又、グレンに剣を持って切りかかってくる。何度繰り返してもグレンに敵うはずもなく、従卒はとうとう力尽きて、地面に仰向けに倒れたまま動かなくなった。
だが、事はこれで終わらない。
「よし! 次は俺だ!」
「はあ?」
「だから、次は俺だ!」
「だから何故? て言うかどうして並んでいる? おかしいだろ?」
剣を構えた従卒の後ろには他の者たちも大勢並んでいた。
「行くぞ!」
結局、次々と撃ちこんでくる従卒たちの相手をグレンはする羽目になった。嫌がっていた調練をしているのと同じことだ。
勇者親衛隊の数は二百。従卒の数はそれと同じだ。全員が向かってきたわけではないが、それでも百人以上を相手にすることになったグレン。
それなりに大変だと思っていたのだが。
「……弱すぎ。どういうこと? 成り立てとはいえ、騎士は騎士だよね?」
「そんな……馬鹿な……」
「聞いて良い?」
「あっ、はい」
あまりの従卒たちの弱さを不思議に感じて、向かって来ることなく周りで見ていた従卒の一人にグレンは問い掛けた。
「ちゃんと鍛えているのですか? はっきり言って、これでは国軍兵士の方が強い」
「……そうですか。正直あまり鍛錬の方は」
兵士よりも弱いと言われて、その従卒は落ち込みを見せている。
「どうして? 見習い騎士調練って確かあったはずでは? それが終わったら新騎士調練でしたっけ?」
「ここにいる者たちは多分、ほとんどが参加していません」
「何故?」
「暇がなくて」
「はい?」
「騎士の方のお世話に忙しくて」
「そんなはずないですよね? 騎士は騎士で調練の時間があって、その間に見習い騎士調練を」
そういう制度なのだ。もっと言えば、騎士には自分の従卒を一人前の騎士に育てる責任がある。規則上は。
「それが……」
「まさかと思いますが聞いても良いですか? かなり答えにくいかと思いますが」
「……なんとなく、もう質問が分かりました」
「親衛隊の騎士たちは、もしかして落ちこぼれですか? もしくは調練に出ない怠け者たち」
「……はい」
従卒は少し躊躇いながらも、グレンの問いを肯定した。
「でた。二百もの騎士を引き抜くなんておかしいと思っていたら、こういう理由か」
「要らないから出されたわけで」
「……ああ、分かった。あれだな。演習のことを気にしているのか。勇者が敵に突っ込んでいくような事態になっても、そこで死んで良い人を選んだわけだ」
「そんな……」
さすがにこれは従卒の想定外だったようで、動揺を見せている。その死んでいく騎士に従っているのは自分たちなのだ。
「さて、それでどうするつもりですか? このまま碌に鍛錬もせずに騎士を続けるのですか?」
「それは……」
「戦場に出たら間違いなく死にますけど?」
「ですよね? ……自分はちゃんと鍛えたいと思っています」
「そう。他には?」
話を聞いていた他の従卒も恐る恐る手を挙げている。地面に倒れている従卒たちも同じだ。手だけは真っ直ぐに上に伸ばしていた。
「意欲はあるわけか。ただ、これがどこまでかだな?」
「自分は真剣に強くなりたいと思っています!」
「口だけでは……とりあえずやる気のある人たちは立って並んでください。無理する必要はありません。強制する権限は自分にはないので」
グレンはこう言ったが、従卒は全員グレンの前に並ぶことになった。それを見て、ため息をつくグレン。
「はあ。無理しなくて良いって言ったのに」
「お前! 教える気があるのか!?」
そんなグレンの態度に文句を言ってきたのは、最初に絡んできた従卒だ。
「それを聞く前に自分に教わる気はあるのですか?」
「……ある。お前強いし」
「そうですか……だったら、その口の利き方を今すぐ改めろ。それが人に物を教わる者の態度か?」
「えっ?」
急に態度を豹変させたグレンに、従卒は驚きを見せている。
「騎士であるからには軍の規律は守らなければならない。上下関係は絶対だ。軍の上下関係とは何だ?」
「……役職です」
「そうだ。爵位ではない。あくまでも役職だ。では聞く。お前たちは自分を上職と認めるのか?」
「認めます」
「お前一人か?」
「いえ」
「もう一度聞く。お前たちは自分を上職者として認めるのか?」
「「「認めます!!」」」
声を揃えて従卒たちはグレンの問いに応えた。
「分かった。だが、これだけでは不十分だ。今のお前たちは弱い。国軍の一般兵よりも。それを認めなければいけない。それを認めたうえで、騎士としての誇りを捨てて、地を這って鍛錬をしなければならない。それが出来るか?」
「騎士の誇りを捨ててですか?」
「そうだ。騎士に騎士の誇りを捨てろというのは無茶なことだとは分かっている。だが、騎士の誇りとはそもそも何だ?」
「それは……」
いきなり騎士の誇りは何を言われても、直ぐには頭に思い浮かばない。
「兵よりも偉くあることが騎士の誇りか?」
「……違うと思います」
「では、常に華麗で、綺麗で居続けることか?」
「違います」
「では何だ?」
「国の為に、王家の為に命を捧げて尽くすことです」
ようやく頭に浮かんだ答えを従卒を口にしたのだが。
「違うな」
「えっ? しかし」
グレンにあっさりと否定された。
「命を捨てれば必ず戦争に勝てるのか? 命を捨てれば国を、守りたい人を必ず守れるのか?」
「……いえ、絶対とは言えません」
「そうだ。騎士の誇りとは強くあることだ。強くなる為であれば、恥らう気持ちは捨てろ。強くなれるのであれば、誰であっても教えを乞え。強くなれるのであれば、泥にまみれようとも耐えて見せろ。恥辱に耐えてでも守るべき者を守る。それも騎士の誇りだと自分は思う」
「…………」
グレンの言葉は、グレンが考えたものであって、騎士の誇りとしてどこにも記されていない。それでも従卒は、この言葉を正しいと思った。
「今の話を聞いて付いてこられる者だけ付いて来い。もう一度言う。これは強制ではない。強制されて付いてこられる鍛錬ではないからな」
「付いて行きます。それで強くなれるのであれば」
「他の者は!?」
「「「付いて行きます!!」」」
「……分かった。では、少し待て」
「鍛錬は?」
「それに専念できるように頼んでみる。約束は出来ないけど」
「……はい」
従卒たちから離れてグレンが向かった先は、調練の様子を眺めていたトルーマン元帥の所だ。グレンたちの様子を見ていたのだろう。近づいてくるグレンを意味ありげな笑みを浮かべて見つめていた。
「何か始めるのか?」
「ちょっと従卒たちの鍛錬をしようかと思いまして」
「ほう。自分から言い出すなど、珍しいな」
「役立たずと一緒に戦場には立ちたくありませんので」
「そうか。役立たずか」
グレンが従卒たちを役立たず呼ばわりしても、トルーマン元帥は特に反応を示さない。まんまと嵌められたかという思いもグレンの頭の中に浮かんだが、やっぱり止めますとも言えない。
「従卒たちの話を聞く限り、騎士も相当に酷そうですが?」
「すまんな。しかし、あんな命知らずな戦い方をする勇者に付けられる者は限られている」
「では最初から付けなければ良いのです」
例えどれほど駄目な騎士であろうと、死を前提としたやり方はグレンには納得出来ない。
「お前があんな戦い方を見せつけるからだ。自業自得だな」
「何の話でしょうか?」
「……惚けるとなると徹底しておるな。それで何の用だ?」
「従卒たちに暇を与えてやりたいと思います」
「鍛えるのではないのか?」
正反対のグレンの言葉にトルーマン元帥は戸惑いを見せている。
「その為です。本気で鍛錬をすれば、騎士の面倒を見る余力など残らないでしょうから」
そうなるだけの厳しい鍛錬をグレンは行うつもりでいる。やると決めたからには徹底的にやる。従卒たちに、最初に覚悟を求めたのはこの為だ。
「なるほど。他の従卒との兼ね合いもある。期限は切らせてもらう」
「ひと月。ひと月鍛えた後に余力が残らない様では、その先は付いてこられません」
つまり鍛錬はその先も続けるつもりだ。グレンがこれだけのやる気を見せたとなれば、トルーマン元帥に否応はない。ひと月がふた月でも了承しただろう。
「良いだろう。儂から通知しておく。だが、そんな特権をもらっては従卒たちが妬まれるぞ」
「強くなれば良いのです。仕える騎士たちよりも」
更にトルーマン元帥は驚くことになった。グレンのここまで強気な発言をトルーマン元帥は初めて聞いた。
「……出来るのか?」
「そのつもりでやります」
「そうか」
やや勢いは弱まったが、それでもグレンはやると言った。かなりの勝算があるのだとトルーマン元帥は判断した。
「国軍の調練場も使います。自分一人では二百人は見きれませんので」
「かまわん。好きにやれ」
「ありがとうございます。では、調練に戻ります」
去って行くグレンの背中を嬉しそうに見つめるトルーマン元帥。そのトルーマン元帥に将軍の一人が遠慮がちに声を掛けた。
「よろしいのですか?」
「かまわん。強くなるのであればな」
「それはそうですが。そうなるのでしょうか?」
軍籍にもない、元国軍のグレンが従卒を鍛えられるのか。この将軍はこう思っている。
「知らんのか? 三一○大隊の調練はグレンが考えたものだ。演習を見ていれば分かったであろう? 末尾大隊であった三一○大隊は、今では国軍の中でも精鋭と言っても良い力を付けておる」
「……知りませんでした」
当然、演習で三一○大隊の活躍は見ている。その活躍がグレンの調練のおかげと聞いて驚いている。
「楽しみだな。三一○大隊は徹底した統一行動、集団戦闘を身に付ける調練のようだ。それが騎士に対してだと、どんな調練になるのであろうな?」
「……参考にしますか?」
「成功すればな。ただ、どうであろうな」
「何か問題が?」
「従卒は鍛えるが、騎士は無視するようだ。出来ない事はしない。あれはそういう男だ」
グレンがその気になった理由。それは相手が従卒だからというのもあるとトルーマン元帥は考えている。まだ見習いであるからこそ、受け入れられる鍛錬をグレンは行うつもりではないかと。
「従卒だから出来る?」
「分からん。だがその可能性はあるな」
「それを踏まえて調練の様子を確認します」
「ああ。そうしろ」
◆◆◆
国軍の調練場にグレンの声が響き渡っている。
「走れ! もうへばったのか!? それでもお前ら騎士か!?」
従卒たち二百人。最初の頃こそ、それなりに整列して走っていたのだが、今はもう調練場の外周全体にバラバラに散らばっている。走っている者はまだマシだ。多くはもう歩いているのと変わらない速さになっていた。
グレンが課した調練は徹底した体力向上訓練。午前中の調練は全てそれに費やしていた。
「国軍兵士に付いて行けないのか! 騎士の意地を見せてみろ!」
怒声が響き渡るが、調練後半ともなれば、それに応えられる者はいない。意地で動き続けているだけだ。
「もう良いですかね?」
従卒たちと一緒に走っていたカルロが声を掛けてきた。まだ余力十分といった様子だ。
「ああ、もう終わりだ。ありがとう」
「しかし、騎士様がこんなのに耐えられますか? 自分たちでもあまりの地味さに最初はへこたれていたのに」
「これに耐えられない様じゃあ。基礎体力がなければ先には進めないからな」
「まあ、それはそうですね。しばらくはこれを?」
「一月ほどは」
「……賭けても良いですか?」
「何人最後まで付いてこられるかだな?」
「そうです」
「好きにどうぞ」
「中隊長は賭けないのですか?」
「元中隊長。自分の立場では全員残るに賭けないと。そして、それに勝ち目はない」
「ですね。じゃあ、勝手にやっています」
カルロが離れたところで、グレンは目の前に来た従卒に声を掛けた。
「もう良い。休め」
「はっ……は、い」
「座って良い。休んで体力を回復させるのも大切な事だ」
「……は、はい」
次々とグレンの前にやってくる従卒たち。その多くがそのまま地面に倒れ込んでいった。
しばらくして、ようやく全員が揃ったところで、グレンは口を開いた。
「さて、これを一月続ける」
「…………」
声にならないうめき声が辺りに広がっていく。
「何度でも言う。これは強制ではない。嫌になった者はいつでも止めて良い。そうじゃなくても一月続けて付いてこられない者は、そこで終わりだ。その先には進めない。まあ、走り続けるのは勝手だが」
「…………」
「国軍兵士がどれだけのものか分かったな。同じだけ走っても、あの通りピンピンしている。お前たちは騎士である以上、あの者たちを越えなければならない。それが出来て初めて、騎士として彼等の上に立てるのだ。それを忘れるな」
「「はい!」」
ようやく何人かがグレンの言葉に返事が出来るようになった。
「午後の鍛錬は剣だ。参加は自由。では、解散!」
「「「はい!」」」
そして午後の調練に移る。剣と言いながらも又、午後も地味な鍛錬だった。
「ちゃんと相手の振りを見ろ。おかしな所があれば指摘してやれ」
二百人が向かい合っての素振り。それをいつまでも続けさせていた。
「ちゃんと振れ! お前は疲れたら戦うことを止めるのか?」
「い、いえ!」
「じゃあ、振れ! そうだ! 無駄な力は抜け! 無駄な力は無駄な動きにつながる! これは全員だ!」
「「「はい!」」」
グレンの檄が演習場に響き渡る。それに応える従卒たちは半分自棄になって声を出している。だが、それで良いのだ。自棄であろうとなんであろうと続けることに意味がある。
「しっかりと足を踏み込め! 体重を乗せて! 腕じゃない、体で剣を振れ!」
「「「はい!」」」
「一振り一振り、気を抜くな! 惰性の素振りでは鍛錬にならない!」
「「「はい!」」」
「……はい。一旦止め」
「「「はい!」」」
「えっと……君、それと君。それから……ああ、君ね。それと……」
二百人の従卒の中から次々と何人かを指名していくグレン。それが終わると又、全員の前で話を始めた。
「今、指された者は前に出て。別の鍛錬を行う」
「「「えっ?」」」
「これも初めに言っておく。お前たちに課す鍛錬は国軍でやっていたそれとは違う。国軍兵士は部隊で戦う。小隊に一人弱い兵士がいれば小隊全体が弱くなる、中隊に一つ弱い小隊がいれば、中隊全体が弱くなる。言っている意味分かる?」
「…………」
「まあ良いか。そういうものだと知っていてくれれば。国軍の調練は簡単に言えば落ちこぼれを出さない調練。一番出来ない者に全体を合わせていく。だが、お前たちは騎士だ。そしてまだ見習い。集団戦は先の話で今は個人が強くなれば良い。だから強い者はどんどん先に進んでいく。そういう事だ」
「厳しいですね」
一人の従卒がグレンの話を聞いて、ぽつりと呟いた。
「まあ。でも今の話は自分が教える間の話だ。遅れる者は、その間に追いつけなくても、その先で追いつけば良い。半年先が駄目なら一年先。それが駄目なら三年先。生きてさえいれば、追い付く機会はある」
厳しさの中に、時折、こういう優しさをグレンは見せる。これが従卒たちをその気にさせるのだ。
「……はい。分かりました」
「では残りの者は素振りを続けて。前に出た者は立ち合いだ。二人一組になって戦え」
「「「はい!」」」
抜けた者の分を新たに組み合わせて従卒たちは向かい合って、素振りを再開した。前に出たものは早速立ち合いだ。二人一組になって戦い始めた。
「待った!」
「「はっ?」」
「まだ始めたばかりですけど?」
「それは分かっている。組み合わせを変えてくれ。君は彼と。君もだ。相手は彼。残った君と君が組。残ったものもその組み合わせで、しばらく立ち合いだ」
「あの?」
「実力が近い同士の方が良いだろ?」
「あっ、なるほど。分かりました……あれだけで?」
わずかな立ち合いで組み合わせを変えたグレンを不思議に思いながら、従卒たちは、又、立ち合いを始めた。だが、すぐにグレンの制止が入る。
「君!」
「はい? 私ですか?」
「そう。あっ、ちょっと待って。そこ! 誰が手を抜いて良いと言った! やる気がないなら抜けろ!」
「はっ、はい! 申し訳ありません!」
グレンに怒鳴られた従卒は慌てて謝罪を口にして、気合いを入れて素振りを始めた。
「二百を見るのは無理だな」
「いや、見ていますけど……」
「さて……あっ、そうだ。剣を振る時に少し上にというか後ろに動かすみたいだけど?」
「あっ、私の癖です」
「素振りの時はそんな癖は見えなかった」
「気を付けていましたので。でも立ち合いになると、つい癖が出てしまいまして」
「一拍遅れる。直さないと」
「はい。分かっているのですが、どうしても。いえ、言い訳になりますか」
「……もう一度、素振りしてみて」
「はい」
その場でグレンに向って、素振りを行う従卒。それをじっとグレンは見つめている。
「もう一度。今度は意識しないで」
「はい」
又、言われた通り、従卒は素振りを行う。
「意識してるな。もう一度。余計な事は考えないで」
「……はい」
もう一度、従卒は剣を振った。それを見た後、今度はグレン自らが剣を振り始めた。
「あの?」
「肘かな? 肘が開いている」
「えっ?」
「ちょっと窮屈かもしれないけど、両肘をほんの少し内に絞るようにして振ってみて」
「……はい」
「肘だな。今の感じで連続十回。休み無しで」
「はい」
続けざまに剣を振る従卒。十回が終わった所で、呆然とグレンを見つめていた。
「二回ほど開いた。悪い。又、素振りに戻って。それは直した方が良い」
「あっ……はい、分かりました」
「……あれ? 直して良いのか?」
「えっ?」
「何か流儀を習ってる?」
「はい。王国の正統剣術ですが」
「自分がそれを勝手にイジったらまずいか」
「いえ。あの教官の剣も」
「教官?」
「あっ、どうお呼びすれば良いのかと思っていたのですが、指導を受ける訳ですから、やはり教官かと」
「……まあ、良いか。それで?」
「教官の剣も王国の正統剣術ではないのですか? 少し実戦向きに変えられているようですが」
「自分の剣が?」
「はい」
「そう……知らなかった。じゃあ良いか。では素振りに」
「あの?」
「不満?」
「いえ、どうして、ちょっと見ただけで分かるのかと。どうすれば教官の様に成れるのですか?」
「はい?」
「何かおかしな事を言いましたか?」
「だって、さっきまでそれをやっていたけど?」
「えっ?」
「もしかして意味も分からずにやっていた?」
「……どうやらそのようです」
「どうして聞かない? やっている事の意味を知らなければ身にならないだろ?」
「申し訳ありません。以後、気をつけます、が」
「何?」
「私だけではないような」
「えっ?」
グレンが周りを見渡してみれば、周囲の全員が素振りの手を止めて、じっと聞き耳を立てていた。
「まさか、全員が分かってないでやっているのか?」
「そう思います」
「……全く。集合!」
グレンの掛け声に従卒たちが周りに集まってきた。
「今やっている調練の意味を理解していない者?」
「あの、教官、逆の方が」
「……嘘? 理解している者?」
誰の手も上がらない。それを見て、グレンは頭を抱えてしまった。
「まず最初に言っておく。調練の意味が分からなければちゃんと聞きに来い。分からないでやる鍛錬に意味はない」
「「「はい!」」」
「返事ばっかり……向い合って素振りをする意味は二つ。一つは一人でやる素振りと同じだ。自分の体の動きを一つ一つ確かめながら素振りをする事。それによって、無駄な動き、無駄な力がないかを確かめる。それを排除していく事で正しい素振りの動きを体に染み込ませる」
グレンの説明に納得した様に頷く従卒たち。それも又、グレンを驚かせた。
「素振りの意味まで? ……続ける。向かい合う意味は相手の動きを確かめる為。自分の動きは目で見えない。だから相手の動きを見て、悪い所があればお互いに指摘し合う。それだけじゃない。逆に良い所があれば、それを真似る。そうして自分にあった素振りを見つけていく」
「教官! 自分に合った素振りとは何ですか?」
「……まあ、質問することは良いことだな。力、体格によって、正しい動きは変わってくる。力のない者が力のある者の真似をしてもそれは無理があるからな。だから、さっきの真似るは全てを真似るじゃない。自分に合っている所だけを真似るという事だ」
「分かりました!」
「だから向かい合う者は自分と力や体格が同じ者を選べ。そうじゃないと意味はない。分かったか!?」
「「「はい!!」」」
「……本当に返事だけは良いな。えっと、悪いけど、全員素振りに戻って。相手の動きを見る癖を身に付けないと立ち合いも意味のない事になる」
「「はい!」」
人に教える事の難しさをグレンが思い知った初日の調練はこうして進んでいった。