月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #28 勇者にも試験?

異世界ファンタジー小説 勇者の影で生まれた英雄

 以前であれば、任務終了後も数日は忙しい時を過ごしていたグレンであったが、軍籍にない今は特に何もすることはない。これは勇者である健太郎も同じだ。王都に帰還し、戦況報告会が終わった翌日には、日常に戻っていた。
 今は調練の時間。あいかわらず、健太郎とは少し離れた場所で、グレンは自身の鍛錬に勤しんでいる。

「お前、本当は戦えるのではないか?」

 そんなグレンに声を掛けてくるのは相変わらず一人しかいない。トルーマン元帥だ。

「どうして、そのような事を?」

 内心のわずかな動揺を隠したまま、グレンはトルーマン元帥の問いに答えた。

「利き腕と逆のくせに下手な国軍兵士よりも余程振れているように見える」

「そうですか? そうであれば良いのですが」

 トルーマン元帥のこの答えで、バレル千人将が約束を破ったのではないと分かったグレンは、ほっとしている。

「そろそろ立ち合いでも始めたらどうだ?」

「そうですね。今度、国軍に遊びに行った時に付き合ってもらうことにします」

「ここで、やれば良いだろうが?」

「相手をしてくれません」

 個人付き騎士は奴隷騎士とも呼ばれている。正規の騎士にとっては、侮蔑の対象だ。

「……まだ、そんな偏見があるのか?」

 これをトルーマン元帥が言うのは、グレンの能力を知っているからだ。多くの騎士はそうではない。

「まだって。消えませんよ、偏見なんて、ずっと」

 そして能力を知ったからといって、受け入れるわけではない。知ったからこそ、侮蔑の目を向ける者だっているのだ。

「そうか……そう言えば、勇者の戦いはどうだった?」

「報告を聞いていたはずではありませんか?」

 報告会には当然、トルーマン元帥も参加していた。そうであるのに、こんな質問をしてくるトルーマン元帥に、グレンはやや警戒心を抱いている。

「あれだけで、どこまで分かる? 分かったのは倒したであろう敵の数だけだ」

「それで十分ではないですか?」

「……三桁の敵を一人でか。敵はどうだったのだ?」

 この問いでグレンの警戒心は緩んだ。トルーマン元帥の知りたいことが勇者の戦い様だと分かったからだ。

「自分が見た限りは、正直、国軍の平兵士のほうが強かったと思います」

「そうか」

「それでも勇者は強い。更に強くなったと言えます」

「実戦経験は大きかったか?」

「少なくとも戦いの最中に人殺しを躊躇うことはなくなったのではないかと思います」

「なるほどな……そうだな。確かに強くなったようだ」

 トルーマン元帥の視線は、少し離れた所で、騎士たちと立ち合いを行っている健太郎に向けられている。相手をしている騎士たちを圧倒している健太郎を見て、グレンの言ったことが事実だと認識したようだ。

「自分のことよりも勇者の鍛錬を考えられてはいかがですか?」

「何をだ?」

「もっと強い騎士の方はいらっしゃらないのですか? あれでは鍛錬になりません」

「……エリックでも相手にならんか?」

 トルーマン元帥の知る強者はハーリー千人将くらいしかいない。

「どうやら負ける相手とは戦いたくないようです」

「どちらがだ?」

「その質問は必要ですか?」

 分かっているくせに聞くな。グレンはこんな思いを隠さずに言葉を返した。

「……どうしようもない奴だな。それ程、自分の評価が大事か」

「それは自分に聞かれても。ただ自分が気になるのは、勇者がハーリー千人将と同じにならないかということです」

「どういうことだ?」

「勇者は怠け者で楽天家です。自分が強いと知ってしまえば、それで満足してしまうでしょう。今は自分が一段強くなったことが嬉しくて、熱心に鍛錬をしていますが、いつまで続くか」

 もともと鍛錬には熱心ではない健太郎だ。自分が一番だと思えば、すぐに鍛錬など止めてしまうとグレンは思っている。

「驕りが生まれるか」

「断言はしません。勇者も聖女も、どこか謙虚なところがありますから。ただ実際に謙虚なのではなく、そう周りに見せなければいけないという気持ちからきていると自分は感じています。異世界人の性質でしょうか?」

 謙虚というよりは謙遜のほうが近い。それも自分の能力に本心では自信を持ちながら、言葉だけでへりくだっているので、本当の謙遜でもない。

「……それは分からん。異世界人も人それぞれではないのかな」

「それはそうですね。まあ、それでも強いのですから、実際はどうでも良いのですが」

「おい。お前は割と熱心に勇者のことを考えているのではなかったのか?」

「えっ? 誰がそのようなことを?」

 グレン本人には全くそんなつもりはない。

「誰と限った話ではない。お前の言動を聞いた者がそう言っておる」

「そうですか。何だか勘違いされているみたいです」

「勘違いだと?」

「自分の何を見てそう感じたのかは知りません。ですが自分は別に勇者の為を思って、何かをしているわけではありません。そう見えたとしても、それはあまりに情けないと一緒にいる自分にも害が及ぶという気持ちからです」

「お前な」

 グレンが考えているのは自分のことだけ。トルーマン元帥も、そのほうがグレンらしいとは思うのだが、それでも呆れ顔を見せている。

「無理やり自分を個人付騎士にしておいて、更に忠誠心まで求められても。悪意を持って接しないだけで感謝して欲しいくらいです」

「それはそうかもしれんが……」

「自分を気にされる前に、実際に勇者に悪意を向けているからもしれない方をどうにかされてはいかがですか?」

「……今回の件は悪意か」

 トルーマン元帥の表情が一気に厳しくなる。今回の任務における敵情報の齟齬。これに人為的なものをトルーマン元帥も感じていた。

「結果だけを見れば、勇者は名声を得ました。だからと言って、それが好意から生まれたとは限らないのではありませんか?」

「そうだな。だが、いずれにしろ証拠はあがらないだろう」

 トルーマン元帥は、真相究明は無理だと断言した。それは策を弄した者を、少なくともすぐには止められないということだ。

「……そうですか。ひとつお聞きしてもよろしいですか?」

「何だ?」

「何故、勇者を召還したのですか? 悪意を向けるくらいであれば、最初から召還などしなければ良かったのではと思います」

「……それが必要だった。だが、情勢の変化がその必要性を大きく低下させた。儂が言えるのは、これだけだ」

「そんな曖昧な状況で」

 勇者召喚というものが、トルーマン元帥のいうような状況で軽々しく行われるものとはグレンは思っていなかった。

「勇者はいつでも召還できるわけではない。儂も詳しくは知らんが、星の巡りや何だと、色々な条件が必要になるそうだ。今回を逃したら、いつそれが出来るか分からん。だから取り敢えず、それをした」

「その取り敢えず、で見知らぬ世界に召喚されたわけですか。さすがに、少し同情します」

「それなりの待遇を用意しておる」

「それは当然では?」

「……まあ、そうだな」

 強弁しようにも、トルーマン元帥も勇者召喚が、どうしても必要だと思えていない。

「もう一つ、お聞きしたいことがあります」

「……言ってみろ」

「叛乱勢力というものが存在するのですね?」

「そんな話を誰から聞いた?」

 それを聞いた途端にトルーマン元帥の目の色が変わった。それをわずかに疑問に思ったグレンであったが、それよりも聞きたいことは叛乱勢力そのものについてだ。

「その聞き方では誰とは言えません。でも居るのですね? 何故、そのような勢力が?」

「……理由は色々だな。我が国に滅ぼされた小国の遺臣。国に虐げられ、追い詰められたと思っている者たち。国に不満を持ち、それを変えたいと思う者たち。ウェヌス王国は大国だ。大国故に不満を持つ者は多い」

「不満を持たないような国には出来ないのでしょうか?」

「万人が満足する国が出来ると思うか?」

「……難しいのですね」

 国政などグレンには分からない。だが国政でなくても、万人が満足するものがあるかと考えれば、それは難しいと分かる。

「難しいな。軍務一筋の儂でも、それは分かる」

「それでも行おうとしなければ、永遠に出来ることはないのではないですか?」

「やろうとしておる。その為に痛みが必要なのだ」

「……分かりません」

「我が国が領土を拡げれば、不満に思う国は間違いなく生まれる。さきほどの叛乱勢力はその一部だ。それを失くそうと思えば、全てを一つの国にするのも一つの方法だ」

「まさかと思いますが、大陸制覇ですか? それが出来ると?」

 トルーマン元帥の話を聞いて、グレンは驚きを示している。大陸制覇などグレンの思考の外にある内容だ。

「やろうとしなければ出来ないと言ったとのはお前だ」

「なるほど。自分の国がそこまでの野心を持っているとは、正直思っていませんでした」

「だろうな。今はまだ絵空事に過ぎん。だが、その一歩を記す時は近づいておる」

「いよいよですか?」

 戦争が始まる。こう思ったグレンだったが。

「いや、まだだ」

「はい?」

「近々、演習を行う」

「そうですか。軍を鍛えることは悪くはありません」

 悪くないどころか、戦争をするのであれば何年もかけて鍛えるべきだとグレンは思っている。それまで、この国にいるつもりはないが。

「勇者に一軍を率いてもらうことが決まった」

「……それは無駄です」

「分かっている」

「これも悪意ですか?」

「一応、それなりの理由はある」

「どんな理由でしょうか?」

「勇者は個人の武を示した。だが、それだけでは足りない。将としての力も確かめるべきだと」

「不要です。勇者は武器です。使うものではなく、使われるものでは?」

 これがグレンの勇者に対する考えだ。勇者はただ強いだけ。それ以上を求めるのは間違いだとグレンは思っている。

「はっきりと言う」

「事実ですから。そもそも軍を率いる調練など一度も行っていないのではないですか?」

「そのようだな」

「それで、いきなり演習ですか?」

「それで才を示せば、将として認めるべきだと。言っておくが、これは勇者を指示する者たちからの意見だ」

「それでも悪意を感じます。示せなければ勇者の地位は、ただ良い様に使われるだけの道具になります」

「それが本来の使い道と今、お前自身が言ったではないか」

「……そうでした。しかし、わざわざ将としての無能さを晒す必要はないと思います」

 勇者の使い道は個人の部だけでなく、士気の向上にもある。わざわざ士気を下げるようなことをする意味がグレンには分からない。

「それで驕りが消えるのであれば悪いことではない」

「なんだ、自分が心配する以前に国から見れば、すでに勇者は驕っているわけですか」

「驕りとは違うと儂は考えておる。しかし、周りへの態度、とくに王族へのそれが、少し目に余るのだ。勇者に悪意を持っていなくても、それは気に入らないという者は多い」

「教えもしないで」

 健太郎たちの無礼はグレンも知っている。だが、それを嗜める者がいないこともグレンは知っている。

「それはそうだが。とにかく成功すれば、新たな優秀な将の誕生だ。失敗すれば、相対的に騎士の立場があがり、軍の統制は守られる。軍としてはどちらも悪くない」

「だから反対しなかったのですか?」

「そうだ」

 反対しないどころかトルーマン元帥は賛成派だ。もともと勇者の必要性を感じていないトルーマン元帥にとっては軍の統制の方がより大事だった。

「成功する可能性は? 勇者にはそういう才もあるものなのですか?」

「この世界の戦争の在り方を変えてきたのは、勇者の功績だと言われておる。全てとは言わんがな」

「異世界の知識というものですね?」

「そうだ。まあ、はるか昔の話だ。今回の勇者にそれがあるかは分からん」

「あるとは思えませんね」

 少し話をすれば軍事に素人であることは分かる。軍部が分かっていないはずがない。

「儂もそう思う。だからと言って邪魔するなよ」

「はい?」

「演習の時に余計な口だしをするなと言っておるのだ」

「そんなことはしません。それに自分だって軍を率いた経験はありません。したくても出来ません」

「なら良いがな」

 経験がなくても才能はある。そして歴史の中で何度も、軍事の天才が生まれていることをトルーマン元帥は知っている。

「……ひとつ提案があります」

「何だ?」

「いっそのこと、勇者をきちんと軍籍に入れたらいかがですか? 平騎士から始めて、功績に応じて地位を上げていく。そうすれば上下関係も出来上がりますし、変なやっかみも消えるでしょう」

「なるほど。うまい考えだ。そうすればお前は勇者付騎士から外れることが出来るな」

「……たまに鋭いですね」

 思いつきの策ではさすがに通用しなかった。

「たまには余計だ。全く、油断も隙もないな」

「あれ? もう反省は終わりですか? 自分が今の立場にある責任の一端は閣下にもあるはずですが?」

 トルーマン元帥にこれを忘れさせるわけにはいかない。トルーマン元帥はグレンに協力的な唯一の実力者なのだ。

「……分かっておる」

「分かっていて、どうして自分を縛り付けようとするのですか? 何だか納得いきません」

「では、勇者付を外れて、メアリー王女殿下の近衛騎士になるか?」

「……はい?」

 どうして、こういう話になるのかグレンには分からない。

「そういう話が出ておる。お前がそれを望むなら、儂も賛成してやっても良いが」

「望むはずがありません」

 グレンはこの国を離れたいのだ。王族の近衛騎士では正反対に進むようなものだ。

「だろうな。そういうことだ」

「……何だか納得いきません」

「世の中というのは納得いかないことばかりだ」

「…………」

 正規の手続きで、自由の身になるのはやはり厳しい。そう思い知らされたグレンだった。

 

◆◆◆

 そうだからと言って、大人しくしているグレンではない。
 調練を終えたいつもの歓談の席で、周りの会話をそっちのけで何か方法はないか考えをめぐらしていた。

「どうしよう。軍を率いるなんて僕に出来る訳がない」

 そんなグレンの隣では、演習の話しを聞かされた健太郎がひどく落ち込んでいた。

「そうね。でも、失敗して元々じゃない。気楽にやってみるしかないのではなくて?」

 そんな健太郎をメアリー王女が慰めているが、なかなか上手くはいかないようだ。

「そうだけど。どうして演習なんて」

「どうしてって、そこまで疑問に思うほうがおかしいわ」

「そうなのかい?」

「勇者が将として戦った事は、過去に何度もあったはずよ。同じ勇者であるケンにそれを望むのは当然のことよ」

 本来勇者というのは、こういう存在なのだ。個人の武だけでは、特に戦術というものが確立している今は、物足りないと思われても仕方がない。

「でも、僕は戦争なんて知らない世界で生きてきたから」

「まあね……やっぱり失敗して元々くらいで」

 成功が覚束ないとなれば、失敗した後を考えて慰めるしかない。

「せっかく、勇者としての自信が少しついたのに」

「あら、そうなの?」

「今日、自分が更に強くなったのがはっきりと分かった」

「そう。それは凄いわね」

「もう最強って感じだね。負ける気がしなかったよ。この調子だとエリックに勝つのも時間の問題」

 メアリー王女に褒められて、健太郎は少し気分が良くなってきた。

「戦ってないの?」

「今日は僕の戦っている様子はじっくり見たいと言っていた。エリックも僕が変わったのが分かったみたいだ」

 戦わない為の言い訳なのだが、健太郎には分かっていない。

「何が変わったのかしら?」

「さあ?」

「自分で分からないの?」

「心当たりがあるとすれば、この間の任務かな? あれで何か吹っ切れた気がする」

「そう」

「あれだけ殺したからね。さすがに慣れたかな」

「慣れた……ねえ、そういうものなの?」

 人殺しをさらりと慣れたという健太郎に、少し怖いものを感じて、メアリー王女はグレンに尋ねた。だが、質問を向けられたグレンの方は相変わらず、自分の思考に没頭していた。

「……グレン? ……グレン!」

「あっ、はい?」

「もう、何をぼんやりしているのよ」

「ぼんやりではなく考え事です」

 これを自国の王女に向かって言うグレンも何気に無礼なのだが。

「人の話は聞きなさい」

「……はい。すみません」

 叱られて、すぐにしゅんとするグレンを見ると、メアリー王女は気にならなくなってしまう。

「それで何か?」

「ケンがこの間の任務で人を殺すことに慣れたなんて言うのよ。そういうものなの?」

「……まあ、人それぞれでしょうから」

 眉をしかめながらグレンは答える。人それぞれと言いながら、納得していない様子がありありと見えている。

「グレンはどうなの?」

 それを見て取ったメアリー王女はグレンの気持ちを聞いてきた。

「……慣れたとは言えません」

「そう。それは経験が違うから? 人数という意味よ。任務経験はグレンの方が多いのは分かっているわ」

「どうでしょう? でも、永遠に慣れたいとは思いません」

「えっ? どうして? 人を殺すのを躊躇うから動きが鈍いって言ったのはグレンじゃないか」

 グレンの言葉が自分に話したことと違うと思って、健太郎が慌てて口を挟んできた。

「それは戦っている最中の話です。自分も戦っている最中は、躊躇う気持ちはありません。そんな気持ちを持っていたら死ぬのは自分ですから」

「だったら」

「ですが、戦った後はやはり落ち込みます。戦場に残る多くの無残な死体。その中のどれかは自分がやったことだと思うと……今、考えただけで嫌な気持ちになりますね」

「そうなのか」

 戦場に残る多くの死体。実は健太郎はこの光景を見たことがない。戦場の後始末にかかわることなどなかったのだ。

「勇者様はそういうことを経験していないのですね? 実際には戦っている最中より、終わった後の方がよほど嫌になりますよ」

「どうして?」

「まだ息のある敵に止めをさしていくのです。抵抗出来なくて、呻いているだけの敵を」

 国軍の一兵士であったグレンは盗賊討伐で何度も経験している。それどころか罪もない攫われた女性も、本人たちの希望とはいえ自らの手で殺めているのだ。

「……それはちょっとだな」

「殺してやった方が楽になる。そう無理やり自分を納得させても実際のところは、まだ助かる人でも殺すわけですからね。あれは中々気持ちが沈みます」

「そうか……人を殺すことに慣れては駄目ってことだね?」

「それは何とも言えません。戦いに身を投じる以上は人を殺したことをずっと悔やんでいては自分が壊れてしまいます。でも、それを何とも思わなくなっては、それはそれで、人としての感情を捨て去ったような気もします」

 人を殺すということ自体が誤りなのだ。それを行った上で、正しいあり方など存在するはずがない。

「じゃあ、どうすればいい?」

「分かりません。だから人それぞれと言いました。ただ、一つ思うのは勇者様は急ぎ過ぎています。急がされ過ぎているですね」

「どういうこと?」

「自分は一兵士から入って、徐々に経験を積んできました。最初は任務に出ても後ろで見ているだけ。次は最後の方で、敵を殺すことを経験し、そしてその次は、最初から戦闘に参加し、その次は後始末まで経験させられた。そんな風に一つずつ経験してきました」

 最短最年少で小隊長になったグレンでも一応は、こういった形で徐々に慣らされて来ていた。これが健太郎にはない。

「ああ。僕は違うね」

「はい。だから急ぎ過ぎていると申し上げました。個人的には、そういう経験から始めた方が良いかと思います」

「どういう事?」

「まさか一兵士からとはいかないでしょうが、せめて平騎士からとか。下積みってやつですね。そういう事を経験した方が……」

「今更、下積み? それは嫌だな」

 下積みという言葉を聞いた途端に健太郎は、グレンの話を拒否してきた。

「今更って……」

「だって僕は、千人将より強いよ? そんな僕が平騎士からなんて」

「なるほど……駄目か……」

「駄目?」

「いえ、何でもありません」

 トルーマン元帥が言っていた通り、健太郎はすでに驕っている。これでは健太郎を軍籍に入れることで、個人付き騎士から外れようというグレンの思惑は全く成功の目はなさそうだ。

「そんなことよりさ、演習だよ。どうすれば良いと思う?」

「王女殿下が仰られた通り、やるだけやってみるしかないのでは?」

「それで失敗したら? 僕は勝ち続けなくてはいけないんだろ?」

「演習ですけど?」

 演習で失敗するのは当たり前のことだ。失敗を経験して、それを実戦に活かすのが目的なのだ。

「それでも戦いには違いない」

「……失敗した方が学ぶものは多いと思いますが?」

「僕は勇者だよ? 勇者が失敗するなんて聞いたことが無い」

「全てに成功するなんて話も聞いたことがありません」

 さっきまで失敗を恐れていて、どうして、こんな自信満々の言葉を発することが出来るのか。グレンはよく分からなくなってきた。

「そんなはずない。だって勇者だよ?」

「……意味が分からないのですが?」

「とにかく、失敗は出来ない。どうすれば良いか考えておいて」

「……はあ」

「さてと、今日も頑張ったから疲れたな。そろそろ解散しようか?」

「はあ」

 強引に会話を打ち切ると、健太郎は自分の部屋に戻っていった。結衣も慌てて、その後を追う。グレンはというと何だか良く分からなくて、すぐに席を立つことをしなかった。
 そんなグレンをメアリー王女は何とも言えない表情で見つめていた。