月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #43 光り立つ

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 廊下を走る足音が近づいてくる。それは部屋の扉の前で止まり、次の瞬間には勢いよく扉が開かれた。部屋の入口に立っているのはエアルが予想していた通り、ヒューガ。
 だが急いで来たはずのヒューガは、扉のところで立ち尽くしたまま、動かないでいた。

「……何、黙って突っ立っているの? 大丈夫とか何かあるでしょ? 抱きしめてくれても良いのよ?」

 きょとんとした顔で自分を見つめているヒューガ。それがもどかしくてエアルは、いつもの様に憎まれ口を叩いてしまった。

「エアルだよな?」

 返ってきたのは予想外の答え。

「何? たった二日会わないだけで顔を忘れたなんて言わないでよ」

「いや、何か雰囲気変わったなと思って」

「何、それ? 私は別にどこも変わっていないわ」

 これは嘘。精霊たちが戻ってきてくれた。離れてしまったと思っていた精霊たちはエアルのことをずっと遠くから見守っていてくれた。それを知ったエアルは以前とは少し変わっている。

「……綺麗になった」

「……いきなり変なこと言わないでよ」

 ヒューガの真っ直ぐな表現に思わず顔が赤くなる。ヒューガの前ではエアルは子供と同じ。言葉のひとつひとつに感情が反応してしまう。これは以前と変わっていない。

「とりあえず無事で良かった」

「それはこっちの台詞。どうしてあんな無茶な真似したのよ?」

「どうしてって……エアルが大切だからに決まってるだろ」

 顔を横に向けて、ぶっきらぼうに告げるヒューガ。その横顔はさきほどのエアルと同じ。恥ずかしさで赤く染まっている。

「何かラブラブ」

「えっ?」

 ルナが意味の分からない、エアルにはだが、台詞を突然口にした。

「だからルナはどこでそんな言葉覚えてくるんだ?」

「内緒」

「内緒にしたって分かる。僕の記憶からだろ? 勝手に覗くなよ」

「へへ」

 ヒューガに笑顔を向けるルナ。そのルナを見るヒューガも嬉しそうだ。エアルにとっては少し疎外感を感じる状況。

「ねえ、どういうこと?」

「ルナが口にした言葉は……」

 エアルの問いに答えようとしたヒューガの口が止まる。

「口にした言葉は?」

「……僕の世界の言葉。ちゃんと説明してなかったよな。実は僕、元々は違う世界にいた人間だ」

 ラブラブの意味を説明することよりも、異世界人であるという事実を明かすことをヒューガは選んだ。

「……それって?」

「勇者って知ってる? 僕はその勇者と同じ世界にいた人間だ。パルス王国が勇者を召喚した時に巻き込まれてこの世界に来てしまった。簡単に言うとこういうこと」

「そうなの……ヒューガは元の世界に帰るの?」

「戻れないと思う。積極的に戻る方法を探す気もない」

「そう。良かった」

 ヒューガの答えに安堵の表情を見せるエアル。

「あのさ。こういう場合は、それで良いの、とか言うんじゃないの?」

「それは偽善よ。私は素直に自分の気持ちを伝えているの。その世界にいるヒューガの家族が心配していようが、そんなことは私には関係ないわ。私はヒューガにこの世界にいて欲しいの」

「そうか……」

「昼間っからイチャイチャ」

「……ルナ」

「だって話が長い」

 いつまでも二人の話が終わらないので、ルナは機嫌が悪くなっている。

「別に良いだろ? 心配して見に来ただけなんだから」

「エアルはヒューガに用がある」

「そうなの?」

 ルナが会話に割って入ったのはこの為。ヒューガが来る前にエアルが約束したことを守らせようとしているのだ。

「……そうね。お願いがあるの」

 ルナに促されたエアルは、もう一度覚悟を定めて、ヒューガに話を切り出す。

「お願い?」

「私の精霊が戻ってきてくれた」

「ああ、分かってた。今ははっきりと周りにいるのが見える」

 エアルの精霊たちは自分たちの存在をアピールしている。精霊たちも戻ってこられたのが嬉しいのだ。

「その精霊たちに名前を付けて欲しいの」

「……本気か?」

 エアルの申し出に驚くヒューガ。

「本気よ」

「失敗したらどうなるか知ってるよな?」

「当たり前でしょ? 私、エルフよ」

 名付けを行えば、その変化に耐えられない精霊は、その精霊と結んでいるエルフも、精神的におかしくなる。これはエルフであれば誰もが知っていることだ。

「どうして? 精霊が戻ってきただけで十分だろ?」

「私の精霊たちは大森林で生まれた精霊たちじゃないわ。ここで生きるにはちょっと辛いの」

「別に今までと変わらないだろ? 精霊たちが側にいる分、ずっとましだ」

「私に部屋にじっと閉じ籠ってろってヒューガは言うの? そんなの生きているって言わないわ」

(OK)

 ルナの言葉がエアルの頭に響く。OKの意味はエアルには分からないが。ただ伝えたいことは分かる。ここを突けばヒューガは絶対に認める。エアルはルナからこう聞いているのだ。

「……分かった」

「ありがと」

 ルナの言う通り、ヒューガは認めた。ルナの策がまんまと成功したのだ。策士の精霊などエアルは聞いたことがない。やはり、ルナは特別な存在なのだと思う。

「……色からして火の精霊だよな」

「ええ、そうよ」

「どんな感じ?」

「どういう意味?」

「男、女。攻撃的、守備的。あっ、これ自体に意味はないから。ただイメージを持つために、どういう精霊なのかなと思って」

「そんなこと言われても……でもそうね、剣になりたいわ。ヒューガの剣」

 ヒューガを守る盾という選択肢もあったが、エアルの精霊たちは火の精霊。その本質は攻撃にある。

「それ、自分がなりたいんだろ? 剣か……なるほどね。でも不安。大丈夫か?」

「何か思い付いたの?」

「ああ、一つだけ」

「じゃあ、それで良い。ヒューガが決めてくれたものなら私は良いわ」

「じゃあ……イフリートで」

 少し躊躇いを見せたが、ヒューガはエアルに思い付いた名を告げた。

「イフリート?」

「そう」

「聞いた? 貴方たちの名前は今からイフリートよ」

 精霊たちに名を教えるエアル。

(イフリート、それが私たちの名前)

(そう。貴方たちはイフリート)

(わかった)

 精霊たちが名を受け入れた途端に、エアルの体からごっそりと魔力が抜けていった。それに驚くエアルだが、どうしようもない。。

「あっ、エアル。名前を付けた後、しばらく気を失うから」

「早く……言ってよ……」

 そのままエアルはベッドに倒れていった。

 

◆◆◆

 誰も使っていない小さな部屋。ここが私たちの会議室。新しい仲間が増えたから会議をすることにした。

「じゃあ、始めるね」

「ん」

 ゲノムスはいつもの一字。

「何を?」

 イフリートは何も分かっていない様子。

「第一回精霊会議」

「何だ、それ?」

「もう。イフリートたちは新入り。大人しく聞いてて」

「おっ、おう」

「じゃあ自己紹介から」

「「…………」」

「イフリートたちでしょ!」

「俺? ああ、イフリートだ。よろしく」

「ん」

 イフリートたちは赤い髪を逆立てて精悍な顔つき。さっきまで小っちゃくて弱っちかったのに。恰好だけは一人前。
ゲノムスたちは黄色い髪をおかっぱにして、可愛い男の子みたいな感じ。でも今はゲノムスたちのほうがイフリートたちよりずっと強い。私はもっと強いけどね。

「イフリートたちはここのこと知らないでしょ?」

「おお。俺、ここの生まれじゃないからな」

「だから、まずは仲間を増やすこと。ここの火の精霊を仲間にすれば色々と分かるから。仲間が増えれば強くなれるしね」

 イフリートには仲間を増やしてもらわなければいけない。その為に名前をつけてもらったの。

「いいのか? 勝手にそんなことして」

「いいの。イフリートたちが強くなればエアルも強くなるでしょ?」

「ああ」

「エアルの為と思って頑張る」

「おお。でもどうやって?」

「知らないの?」

 イフリートは何にも知らないみたい。まるで生まれたばかりの子供。

「やっつければいいのか?」

「いじめたら仲間になってくれないよ」

「火の精霊は力。強いものがえらいぞ」

「……そっか。そうだね。精霊によって違うんだね?」

「ああ」

 私のやり方ともゲノムスのやり方とも違う。でもそれが火の精霊のやり方なら、イフリートの好きにすれば良い。

「じゃあやり方は任せる。でも負けちゃ駄目だよ?」

「おお」

「大丈夫かな? 最初から無理しないでね?」

「でも強くなったぞ」

「まだまだだよ。分かるでしょ? 思い上がっちゃ駄目」

 ちょっと強くなったからってイフリートたちは勘違いしてる。この大森林にはたくさんの精霊たちがいるんだから。まとまってかかってこられたら負けちゃうんだから。

「でも」

「エアルの力もまだまだ必要でしょ」

 イフリートたちは生まれたばかり。力だってまだまだ足りない。私も経験したから分かってる。

「……大丈夫か? エアル」

「大丈夫だよ。ヒューガもカルポも平気だった。エアルは今寝てるだけだから、その間にイフリートたちが頑張るの」

「いつ目を覚ます?」

「会いたい?」

「おお」

「イフリートたちはまだ小っちゃいから五つの日が昇る間くらいかな?」

 ヒューガの最初の時ときっと同じ。

「そんなに?」

「だってお腹空いているでしょ?」

「……すいてる」

「その間はまだエアルの力を必要としてるってこと」

「おお」

「それとイフリートたちはやっつけるって言ったけど、敵じゃないんだからやり過ぎちゃ駄目だよ? 仲間になってもらうんだから」

「皆、仲間だぞ」

「そうだけど、エアルの為に頑張ってくれる仲間を増やすの。分かってる?」

「なんとなく」

「もう、心配。それに火の精霊は面倒そう。私たちとは違う」

 イフリートはなんだかいい加減。それがすごく不安。

「二人はどうやった?」

「ルナたちは何もしなくても仲間にしてってお願いされた。ゲノムスたちは?」

「お願いした。仲間になってって」

「だって」

「俺もそっちの方が良かった」

「自分で言ったんでしょ? 火の精霊は力だって」

「そうだけど……」

 やっぱり不安だな。でもイフリートも力は普通よりあるはず。無理しなければ大丈夫なはず。

「焦らなくていいから、ゆっくりね。喧嘩しなくても仲間になってくれるなら、その方がいいよ。それも忘れないで」

「おお」

「じゃあ、次の議題ね」

「ん」

「ギダイって?」

 またイフリートが質問してきた。

「もう、イフリートたちうるさい!」

「だって意味分からないと困るだろ?」

「……話し合うことって意味」

「分かった」

 本当に分かっているのかな。不安だけど、まあいいや。

「次は結界についてね。ゲノムスたちお願い」

「ん。ルナたちに言われた通り、外縁の近くに広げた」

「どれくらい?」

「まだまだ。十分の一くらい」

「広いものね。大森林は」

 大森林は広い。だから結界を張るのは大変。

「パルスとの接点が半分。その東は三分の一。南と西は何もしてない」

「そのなんとかぶんって何だ?」

「…………」

「だって、分からないと困るだろ?」

「例えばここからここが全部とすると、これを三つに分けるとどれくらい?」

 テーブルのふちに両方の手を置いて、イフリートたちに示す。

「これくらいかな」

 イフリートたちは指でテーブルのふちを差した。

「なんだ、分かってるじゃない。それが三分の一。それが二つだと三分の二。分かった?」

「なんだ、簡単」

「じゃあ、最初から分かって……」

「ルナたち、俺にきつい」

「新入りは最初に厳しくしないといけないの。躾けよ」

 最初が肝心だからね。甘い顔は見せてあげないの。

「躾って何?」

「…………」

 もう、イフリートは面倒くさい。

「……わるい」

「あとで教える」

 黙った私の代わりにゲノムスが口を開いた。

「ゲノムスたちは優しいな」

「ん」

 そう。ゲノムスは優しいの。

「でも何で外縁に結界? 皆はここにいるだろ?」

「…………」

「……わるい」

「違う。ちゃんとした質問だから驚いただけ」

「なんだよ。紛らわしい」

「拠点の周りで活動することはないの。皆まだ強くないから」

 周りの魔獣は強いからね。でもきっといつか倒せるようになる。ヒューガは頑張ってるし、私も頑張るから。

「だから活動する外縁か。分かった」

「それだけじゃないけどね」

「何だよ。それ?」

「まだ教えない。イフリートたちが強くなったら教えてあげる」

「ちぇっ」

「ルナたちは?」

 話が進まないのを気にしたのかゲノムスたちが珍しく自分から聞いてきた。ゲノムスたちは真面目だから早く仕事に戻りたいのね。

「扉ね。扉は半分くらい開いたよ」

「早いね」

「うん。コツを掴んだ」

「じゃあ使う?」

「まだ。まだヒューガは必要としてないよ」

「……そうだね」

「なあ、扉って?」

「転移できる?」

 これを聞くのは当たり前。イフリートたちは大森林のこと知らないから。

「苦手」

「覚えて」

「おお……」

「扉は私たちが力を使わなくても転移できるの」

「じゃあ覚えなくていい?」

「だーめ。扉は決まった所しか行けないから」

 それじゃあ不便だからね。大森林をヒューガにとって暮らしやすい場所にするには、色々とやらなきゃ。

「ちぇっ。でもそんなものがあるんだ?」

「そう。大森林は故郷だからね。秘密が一杯」

「……お前たち凄いな」

「何が?」

「俺にそんな力はない」

「今はね。でも頑張ればイフリートたちも力を持てるよ」

 イフリートたちはまだ小さい。でも仲間を増やせば大きくなる。今よりもずっと強くなる。

「でも……大森林全体に結界なんて」

「全部じゃない。それに普通の結界じゃない」

「ん? そうなのか?」

「魔獣防げない。誰か来ればわかるだけ」

 強い結界を張ろうとすれば、狭くなる。色々と考えてこうしたの。

「それ何の意味があるんだ?」

「あるよ。エアルを見つけられた。イフリートたちも」

「……礼がまだだった。ありがとう。おかげでエアルを見つけられた」

「お礼はいい。あくまでもヒューガの為。ヒューガが一番。ディアが二番。エアルはその次」

 エアルは昇格してあげた。ヒューガはエアルのことが大切。エアルはもっとヒューガが大切だから。

「……ディアって?」

「ヒューガの大切な人」

「……エアルよりもか?」

「怒らないの。エアルもそれは認めてるよ」

「そうだけど……」

「ディア見つかった?」

 ディアの話になったところでゲノムスが問い掛けてきた。

「まだ。でも見つける」

「ん」

「今回はこれで終わりね。イフリートも早く強くなってね。やって欲しいこと一杯だから」

「おお」

 イフリートたちには少し冷たくしたけど仲間が増えたのはうれしい。もっともっと仲間が増えればいいのにな。

◆◆◆

 まったく騒がしいことじゃ。突然、人の住処にずけずけとやってきたと思えば、精霊会議じゃと。何を今更、そんなものを。百年以上前に開いたきりじゃろ。
 そもそも月の者がいなくて、まとまるはずなどないじゃろ。そのことはこの者たちも分かっているはずじゃ……それでも、じっとしてられんか。
 大森林が変わろうとしている。そういうことじゃからな。

「どうする?」

「もっと具体的に聞け。それでは何のことか分からんぞ」

「これからのこと。火も他人事じゃないでしょ? 新しい者が生まれたのよ」

「ふん。生まれたばかりの赤子など、気にしてない」

「今は、でしょ? 土の若者を見てれば分かるじゃない。あれも直ぐに力ある存在になるわよ」

 水の言う通りじゃ。生まれたばかりの赤子、などと思っていた彼等は儂等が考えていた以上に大きくなった。

「その時はその時だ」

「火は良いわね。単純で」

「馬鹿にしているのか?」

 火が不機嫌になった。相性の悪い二人だからな。喧嘩にならなければ良いが。

「羨ましいのよ。私は色々と考えるわ。自分のこと」

「考えてもムダなの~。なるようにしかならないわぁ~」

「……風もね。火は単細胞、風は何にも考えてない。ほんと羨ましいわ」

「馬鹿にしてるじゃないか!」

「……怒らないでよ。冗談よ。ちょっと土。貴方も何か言ってよ。一番の長老でしょ」

 場を荒らしておいて儂に振るか。水も勝手じゃな。

「何を勝手なことを。人の住処にずかずかと上がり込みおって」

「こうでもしないと貴方と話せないでしょ? 引きこもりもいい加減にして欲しいわ」

「ちゃんと仕事はしておる。地の上に住むお主らに見えないだけじゃ」

 儂の働きは表には見えないだけ。引きこもっているわけじゃないのだ。

「……冗談よ。それで? どうするの?」

「儂は隠居じゃ。やっと代わりをしてくれるものが現れたのだからな。これからは大好きな土いじりをして、余生を過ごすつもりじゃ」

 ゲノムスという若者は確実に力をつけてきておる。いずれは儂を超えるであろう。もう儂が出しゃばる時ではないのだ。

「冗談でしょ?」

「本気じゃが」

「あの男につくの?」

「何を聞いておるのじゃ? 儂は隠居すると言っているのじゃ。どっちにつくとかそういう話ではない」

「そう……つまり土は代替わりするわけね?」

「分かり切ったことを聞くな」

 最初からそう言っておる。まあ、認めたくないのだろうな。

「では土の小僧を呼べ。話はそれからだ」

「……来るかしら?」

 ほう。水も少しは事態を分かっておるようじゃの。だからこその会議か。

「代表者であれば来ざるをえんだろ?」

 一方で火は何も分かっておらん。じっくりと物事を考えないのは、火の悪いところだ。

「分かっておらんの」

「……何をだ?」

「そもそも精霊会議を名乗るに足りない者がおるじゃろ」

「…………」

「そしてその者はどこにおる。呼び出されるのはどっちが正しいのじゃ」

 この場には月の精霊がおらん。今、大森林の月の精霊を束ねられる存在はあの娘しかおらんのだ。

「……土はあんな小娘に従えと言うつもりか? あの程度の力で我等をまとめられるはずがないだろ!」

 火にとっては力が全て。水の言うとおり単純で良いの。じゃが、その力も。

「それが分かっておらんというのじゃ」

「……どういう意味だ?」

「水の。知っておるのだろ? 答えてやれ。儂は今、忙しいのじゃ」

 今は大事なところじゃ。邪魔をせんでもらいたいの。若者たちのお蔭で、大森林は活気を帯びてきた。広がった外縁部を元に戻すのは今じゃ。
 土の力で草木に栄養を与え、育てていく。広がってしまった荒地を戻すことのほうが儂には大事なのじゃよ。

「ちょっと……もう、勝手ね。説明すればいいんでしょ? 月の娘は見た目通りじゃないわ。そうね、せいぜい半分ってところかしら。もしかしたらもっとかも。なんか色々と同時にやっているからね」

「……分からん。もっと簡単に言え」

「多くの月の精霊が大森林を出たわ。これで分かる?」

「逃げ出したのか?」

「……馬鹿」

「なんだと!」

「出て行ったのは月の娘たち本人よ。彼女たちはね、少なくとも二手に分かれてるの。なんの目的かは知らないわ。つまり今の彼女たちは全部の彼女たちじゃない。私が言ったのはそういう意味よ」

「つまり今の倍の力か……それでもまだ我の方が強い」

 まだ分かっておらん。こういう火の相手をするのは疲れる。水に代わってもらって正解だったな。

「少なくともって言ったでしょ? 扉も同時に開いてるのよ。もう半分くらいは開いたわね」

「いつの間に?」

「もっと大森林に関心を持ちなさいよ」

「しかしな。関心を持ったとしても、我が働いては草木には害になるだけだぞ」

「……まあ、そうね。草木たちも燃やされてはたまらないわ」

 水もまた分かっておらん。いや、呆けてしまったのか。儂等にはそれぞれ役割がある。それを忘れて精霊としての使命を果たせるか。

「何を言っておる? 草木に寿命を与えるのが火の仕事じゃろが。それがあって初めて、大森林は再生し続けるのじゃ」

「土はそういうことには口を出すね?」

「大事な仕事じゃからな」

「大丈夫なのか? 我が何もしなくても草木は死んでいった。我の出番はないと思っていたぞ」

「それこそ大森林に関心を持てじゃ。大森林は蘇ってきておる。往年に比べればまだまだじゃがな。故に儂はエルフや精霊たちの勢力争いに関わっている暇などないのじゃ。草木を育てる。それが儂の使命じゃ」

「我の仕事もあるか?」

「もう少しじゃ。儂が土に十分に力を与えた後、力を得る術のない草木には消えてもらわねばならん。そこから新しい芽が生まれる為にな。今はその下準備の最中じゃ」

 可哀想だが育つ力のない草木には寿命を迎えてもらわなければならない。それを与えてやるのは火の仕事。火によって燃やされた草木は土に帰り、次の世代が育つ為の支えとなるのじゃ。

「……そうか」

「何よ? 一気に風向きが変わったわね。さっきまでの強気の発言はどうしたのよ?」

「働き場がある。それは精霊にとって何よりの喜び。我は百以上、無為の時を過ごしてきた」

「「「…………」」」

 この百年、誰よりも辛い思いをしてきたのは火じゃ。儂らは大森林を維持する為にただ無我夢中で、たとえそれが徒労に終わったとしても打ち込むものがあったからの。
 じゃが火は、何も出来ずただ大森林が弱っていくのを見ているだけ。辛かったじゃろうな……。

「……もう良いわ。結論は出たわね。なんか立場が逆転ね。火は生き甲斐を見つけた。でも私は器もないまま、ただ見守るだけ……」

「お主にもやることはあるだろ?」

 草木が育つには水の力が必要。絶対に欠かせないものだ。

「分かっているわよ! 自分のやる事はちゃんとやるわ。でも語るべき相手もいない精霊は、どこに慰めを求めれば良いのよ?」

「大丈夫よぉ~」

「……力が抜けるわ。その語尾なんとかならないかしら? だいたい貴方も一緒でしょ? 風の器も失われて久しい」

「風が動いたわぁ~。まだ微風だけどねぇ~」

「……いつ?」

「今よぉ~。今、立ったわぁ~」

「ねえ、どういうことなの?」

「我には分かった。春がついた。正式にだ」

 そうか。火も気付いたか。それはそうだな。分からないはずがない。それは儂も。

「秋もじゃ」

 秋もついた。これで春と秋の二つが揃った。

「……あとは夏と冬」

「そうじゃ。それが揃えばこの大森林を統べる新たな王が誕生する」

「いるの? 夏の種族と冬の種族は滅びたのでしょ? 少なくとも直系はいないはずよ」

「……そのこだわりは無用じゃな。直系、いやそもそもエルフとも限らんかもしれん。何といってもエルフ以外の者が王として立とうとしておるのじゃ」

 夏と秋が必ずしもエルフである必要はない。それは新たな王が証明している。月の精霊の娘はエルフ以外の人物と結ばれているのだから。

「……そう。私は待っていれば良いのかしら?」

「そうねぇ~。まだ遠いわぁ~。でも……王の下に必ず現れる」

「ちょっと? 貴女、ちゃんと話せたの?」

「さすがに神託を受ける時ははちゃんとしないと。ちょっと待ってて」

 ほう。さすがの儂も初めて見るな。風は流れ、その流れを見抜く力は、時に時代の流れも見ると伝わっていたが……本当じゃったのだな。

「うん。間違いない。正確には夏と冬の忠誠はすでに新たな王の下にある。本人たちはいないけど。でもそんなことは関係ない。季節全ての忠誠が既に新たな王の物。王は誕生した」

「間違いないのね?」

「一応言っておくけど、風の流れが変わるように、時の流れも変わるわ。この先どうなるかは分からない。でも今、王が立ったのは確かよ」

「そう……楽しみね。どんな器かしら? 出来れば私好みの男がいいわね」

「私はどうでもいいわぁ~。流れに身を任せるだけよぉ~」

「……もう戻ったの?」

「そうとなれば我もすぐに動かねばならん」

「まだ準備は出来ておらんぞ」

「王の下にいる精霊があんな赤子では申し訳ない。我の持つ全てを伝えねばならん」

「……ほどほどにな」

「その言葉は我の辞書にはない。常に全力。それが我の信条」

「「「…………」」」

 火の跡継ぎは可哀そうに……しかし、王が立ったか。百年の衰退の時を経て、大森林は新たな時代を迎えた。
それはどんな時代になるのか。
 儂に出来ることはただそれを見守るだけ。あとのことは若い者に任せるとしよう。