月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #26 謀略の気配

異世界ファンタジー小説 勇者の影で生まれた英雄

 健太郎たちの天幕にバレル千人将と各中隊長が集まっている。盗賊征伐についての打ち合わせを行う為だ。勇者付騎士であるグレンも当然、この場にいる。だからこそバレル千人将は打ち合わせ場所として選んだのだ。

「偵察隊からの報告ですと、アジトまでの道筋に見張りの姿はないようです」

「そうか。では苦労せずに近づけるな」

「はい。ただアジトの周囲はさすがにそれなりの警戒です。見張り台があって、そこには常に数人の盗賊が居るようです」

 盗賊の側は警戒を怠っていない。この事実が分かって、参加者の表情が引き締まった。少なくとも、盗賊の中でも手強い部類の相手だと分かったからだ。

「アジト周辺の地形は?」

「アジトの正面は開けています。その分、盗賊側の発見は早いかと。後背は崖になっております。そちらからの逃亡は出来ません。左側は崖。右側は森の奥へと続いております」

「右へ追い込むことになるか」

 今回の目的は殲滅ではなく解散だ。選択肢は右しかない。

「えっ、どうして!?」

 事情が分かっていない健太郎は、反応しなくても良いことに反応してしまう。

「……グレン」

 健太郎の問いを聞いたバレル千人将はグレンの名を呼んだ。お前が説明しろという意味だ。

「なぜ、自分が?」

「口が上手い」

「それを言ったら駄目ですよね?」

 小声でバレル千人将に文句を言うグレン。口が上手いから任せるでは騙そうとしているのが明らかだ。

「……頼む」

 それでもバレル千人将はグレンに振った。

「えっと……戦闘の時に全ての逃げ場を塞ぐことはあまりしません」

「……あっ、知っている。どこか一方をわざと空けておくんだね?」

 幸いにも健太郎は、口が上手い、の意味を理解していなかった。

「そうです。説明は以上です」

 説明はこれで終わり。口が上手いも何も関係ない。

「……俺でも出来たな。さて盗賊の人数は確認出来たか?」

「いえ。アジトは高い塀に囲まれていて、中の様子は全く見えません。中を確認しようと思えば、裏の崖の上まで行かなければいけないようです」

「……その塀は堅固なのか?」

 中の様子が伺えないほどの塀。それを建てるには結構な労力を必要とするはずだ。これを考えたバレル千人将の頭に疑念が浮かんだ。

「遠くから見た限りは割としっかりしているように見えたそうです」

「まるで砦のようだな」

「偵察の者もそう表現した方が相応しいと言っておりました」

「ふむ……」

 部下の報告にバレル千人将は眉根を寄せると、そのまま腕を組んで考え込んでしまった。周りの中隊長たちも、じっと黙って考えを巡らせている。

「どういう事?」

 その沈黙の間に耐えられなかったのか、健太郎はグレンに問い掛けてきた。

「アジトがしっかりし過ぎているのです」

「ああ、攻めづらいのか」

「それもありますが、今悩んでいるのはそのことではありません」

「じゃあ、何?」

「盗賊のアジトは通常、掘立小屋をいくつか建てた程度のものです」

 グレンがこれまで戦った盗賊のアジトはほとんどがこうだった。そして、そうである理由も知っている。

「そんなので守れるのか?」

「守る必要はありません。アジトを捨てて、逃げれば良いのです」

「……逃げる?」

 盗賊の事情など全く知らない健太郎には、グレンの説明は分かりづらい。

「ちゃんと説明しますと、盗賊の本拠地は人目に付かない山や森の奥にあります」

 それが分かったグレンは、一から説明することにした。

「ここも人目に付かないよ」

「…………」

「ごめん。続けて」

「説明を変えます。盗賊は普通、自分たちの本拠地周辺では活動はしません。それをすれば本拠地の場所を探し当てられてしまうからです」

「なるほどね」

 このグレンの説明は健太郎にも分かった。頭が悪いわけではないのだ。考えようとしないだけで。

「今回の盗賊団の本拠地も恐らくは右の森の先、近くても山一つ向こう。恐らくはもっと遠くでしょう。今回目指しているアジトはあくまでも活動拠点に過ぎません。それなのに盗賊団は、砦のような拠点を作っている」

「でも、こうして攻められるわけだから。守りが固いのは悪いことじゃない」

「効率が悪い。採算が悪いと言った方が分かりますか?」

 健太郎に分かるようにと気を遣ったグレンだったが。

「どちらも分からないな」

「…………」

 健太郎には通じなかった。

「だから、続けてって」

「報告書によれば盗賊の数は百。それなりの規模です。その数を養うには、旅人や行商人を襲っていては稼ぎが足りません。村を襲わないと。実際に盗賊団はこの近辺の村を二か所襲っています。それで今回の討伐命令です」

「それで?」

「ですが、もうこの近辺には襲える村がありません。二か所の村を襲う為だけに、それも、最初の村が襲われてから、まだ四か月。その短い期間の活動拠点の為に、数か月かかるような砦を作ると思いますか?」

 採算が悪いとグレンが言った意味はこれだ。堅牢な砦を作っても、ずっと使えるわけではない。襲える村がなくなれば放棄することになる。砦を築くコストと略奪で得られる収入のバランスが合っていないのだ。

「……やっと分かった」

「盗賊団としてはやる事が変です。もしかしたら、普通の盗賊団ではない可能性があります。皆はそれを……何ですか?」

 気が付くと周囲の視線はグレン一人に集まっていた。皆がグレンの説明に耳を傾けていたのだ。

「いや、おかげで考えが纏まった。やはりそうだな。不自然だ。そうなると何だ?」

 バレル千人将がグレンに先の説明を求めてくる。

「それは分かりません。ただ気になる点はもう一つあります」

「何だ?」

「アジトの大きさはどの程度でしたか?」

「……まさか」

 グレンに問い掛けられた中隊長がその意味に気付いて驚いている。この反応はグレンの予想通りだった。

「大きかったのですね? 百人という数の割には」

「そういう報告だ」

「百という数も怪しくなってきました。同数か下手すれば盗賊の方が多いかもしれません。こうなると盗賊と呼ぶのも怪しいですか」

「そうだな」

 グレンの推測にバレル千人将は同意を示した。

「盗賊ではないとしたら、何でしょう? バレル千人将に心当たりはありますか?」

「あり得ない話だが一つ」

「あるのですか?」

 バレル千人将には心当たりがある。あるから、グレンの推測に同意を示したのだ。

「叛乱軍。軍と呼ぶのは大げさだな」

「えっ!? そんなのが居るの?」

 真っ先に驚きの声をあげたのは又、健太郎だ。グレンに視線を向けて問いを投げてきた。

「これは説明出来ません。自分も初めて聞きました」

 第三軍の末尾中隊にいたグレンでは、叛乱の話など入ってこない。叛乱勢力がいるなど、国として広く知らせることではない。

「だろうな。大きな活動はこの数年起こっていない。グレンが国軍に入る数年前の事だ。知らないのも当然だな。それにあまり存在を公に出来るものでもない」

「……そうですか。結構な規模なのですか?」

 バレル千人将の説明を聞いて、グレンの心の中に不安が広がる。どこかで聞いたような話なのだ。

「あまり詳しくは知らん。ただ良くも悪くも数は多いようだ」

「それは?」

「纏まっていないようだ。いくつもの叛乱組織があって、それぞれが別々に動いている。だから、事は数多く起こるが規模は小さい。良くも悪くもは、こういうことだ」

「仮に今回の盗賊団が実は叛乱組織だとしても、どれかは分からない訳ですか……色々あるのでしょうけど、強いのですか?」

「盗賊と変わらない……」

「そうですか」

 ここで少しグレンの不安が薄まったのだが。

「組織もあれば、とてつもなく強い組織もある」

「……今、わざと勿体付けましたね?」

「その方が緊迫感が増すだろ?」

「……まあ」

 グレンの中では緊迫感というより不安が増した。一度、ホッとした分、その反動で強くなった感じだ。

「ただ強い組織である可能性は限りなく低いな」

「何故ですか?」

「そんな組織が村を襲うか?」

「……確かに」

 同意を示したが、内心ではグレンはあり得る話だと思っている。策を成功させる為であれば手段は選ばず。グレンだったら、そうする。

「せいぜい叛乱組織のなれの果ての盗賊団というところだ。だが、そう言い切れないのが」

「こちらを迎え撃つ気が満々だということです」

「そうだ。さてどうする?」

 盗賊行為は国軍を引き寄せる罠である可能性がある。そうなると、このまま先に進むのはかなり危険だ。

「まあ、普段であれば、とっとと王都に戻って失敗しました、ごめんなさい、ですが……」

 その場に居る全員の目が健太郎に集まった。

「えっと、何かな?」

「勇者様が任務に同行して失敗というわけにはいきませんよね?」

「あっ……そうか」

 失敗は許されない。許されないから、簡単な任務が選ばれたはずなのだ。

「そして、罰せられるのは勇者様ではなく、大隊の人たち。特にバレル千人将は。槍兵の件で恨まれましたか?」

 グレンは罠である前提で話をしている。何者かに嵌められたと考えているのだ。

「……それはないと思うが。元々、俺は上層部からは軽視されている。その俺が、少々、跳ねた提案を上げたからといって、そこまでの事をするか。どちらかと言えば……」

 バレル千人将もグレンの考えは否定しない。だが、そうだとしても標的は自分ではないと考えている。

「自分ですか……まあ、少々、目立ち過ぎている自覚はあります。ですが、やっぱり可能性が高いのは……」

「だろうな」

 そしてもう一度、全員の視線は健太郎に向けられることになる。

「僕? どうして?」

「グレン」

 健太郎の問いにバレル千人将は又、グレンの名を呼んだ。

「……では、説明します。まず、バレル千人将を嵌めようとした。この可能性は限りなく低いです。任務を失敗させるだけであれば、勇者様を同行させる必要がありません」

 バレル千人将を陥れるのであれば、別の機会がいくらでもある。そして、それは、もっと確実な機会だ。

「確かに」

「では勇者様を同行させる理由はとなると、一つは自分を同行させる為」

「あっ、ほらやっぱり!」

 健太郎は自分が原因だと認めたくない。健太郎でなくてもそう思うだろう。原因である人は、三百人の兵士を巻き込んで、危険に晒していることになるのだ。

「最後まで聞いて頂けますか?」

「あっ、ごめん」

「ですが自分が同行して任務が失敗したからといって、罪にはなりません。自分は軍籍にありませんから。それなりの策を弄して、それでは何の意味もありません。敢えてあるとすれば、任務の最中に自分を殺すことですが、戦場では確実ではありませんし、殺すなら任務に出さなくても、いくらでも機会はあるはずです」

 理路整然と自分が原因ではない理由をグレンは説明してみせる。

「……そうか」

 健太郎にとっては残念なことだ。

「これで自分の線もほぼ消えます。残るは勇者様。任務が失敗すれば、罪には問われなくても勇者様の名声は地に落ちます。何もしてないから名声は早いですね。勇者様への期待は一気に萎むことになるでしょう。勇者様を疎ましく思っている者にとっては、それで十分です」

「…………」

 グレンの説明に納得してしまった健太郎。まさかの状況に言葉を失っていた。

「以上の理由で。今回の策は勇者様を陥れる為のもの。自分はそう考えます」

「その通りだな」

 バレル千人将がすかさず同意の言葉を発してくる。

「……本当に同じことを考えていました?」

「……当然だ。さて、策であることは分かったとして、どうする?」

「逃げ帰っても失敗。負けても失敗。相手の思うとおりの結果です。それが嫌なら、残る方法は一つ」

「任務を成功させれば良い。その通りだ。よし、では戦術の練り直しだ」

「「「はっ!」」」

 バレル千人将の言葉に中隊長たちが一斉に声をあげた。までは良いのだが。

「……グレン」

「はい?」

「早く進行しろ」

 バレル千人将はグレンに進行役を求めてきた。本来はバレル千人将の役目だ。

「何故、自分が?」

「出来る者に任せる。それが俺の方針だ」

「……人はそれを丸投げと言います」

「人に何といわれても俺は気にしない。さあ、進めろ」

 何と言われようと、バレル千人将の気持ちが変わることはない。ある意味で、信念を持ってグレンに丸投げしているのだ。

「少しは気にしてください……では、前提は最悪を想定します。敵は盗賊ではなく、それなりに戦い方を知っている組織。数は同数か上。そしてすでに迎撃の準備を整えている。これでよろしいですか?」

 グレンの言葉に異論を唱える者は誰もいない。生き残る為に、最悪を考えるのは当然のことだ。

「では、この前提で。アジトまでに見張りが見当たらないというのは確かですか?」

 グレンは問いを、偵察を送り込んだ中隊長に向けた。

「見落としてはいないはずだ。それに見落としていたとしても」

「同じ事ですね。では、すでに敵はこちらの接近に気が付いていると考えます。そうなると敵の選択肢が増える可能性があります」

「選択肢とは?」

「意見を聞きたいと思っています。じっとアジトで待っているだけが戦争を知る者の戦い方ですか?」

 グレンは盗賊との戦いしか経験したことがない。その為、断言することは避けている。

「……こちらの野営地への襲撃」

 グレンがあえて戦争という言葉を使ったことで、バレル千人将は、最悪の状況を想定していたはずが、まだ甘かったのだと認識した。

「そうなりますか。では、まずは兵に通達をお願いします。三交替での厳戒態勢を取ります。いつでも戦える準備をしておくようにと」

 今この瞬間にも攻めて来るかもしれない。こう考えての用心だ。

「分かった。おい! 今の指示を大至急、各小隊長に伝えろ! 三一○○八中隊から、順番に。交替は二刻ごとの三交替だ!」

「はっ!」

「あっと。これもお願いします。水の用意を」

 伝令に出ようとした兵に、グレンは追加で頼みごとをした。

「火攻めの用心ですか?」

 兵士にはすぐに意味が分かったようだ。

「念のためです」

「……そうだな。今の指示も。三一○○九中隊をその作業に」

 バレル千人将もグレンの話に納得して、正式に命令を発した。

「はっ!」

 控えていた伝令が天幕を飛び出して行く。やがて野営地が一気に騒がしくなっていった。

「さて、とりあえずはこれで。この先ですが、どうされますか?」

「まずは選択肢を提示しろ」

「一つは警戒を厳重にして、敵に襲撃をさせない。もう一つは、敵を誘い込んで返り討ちにするです」

「後者だ」

 間髪入れずにバレル千人将は答えを返した。

「理由をお聞かせください」

 性格が慎重なグレンは、後者の選択はギャンブルのように思える。

「襲撃をさせないは何日それをしていれば良いのだ? 野営地は守れても行軍中は? そういうことだ」

 バレル千人将からはグレンが納得するに十分以上の説明がなされた。

「……分かりました。では今晩の夜襲を前提に備えをしましょう。三交替はそのまま。ただ目につく兵の数を減らしてください。通常の警戒程度に」

「……天幕に潜ませるか。配置を考えねばならんな」

「お任せします。篝火の数も減らします」

「おい?」

 暗くしては敵の接近に気づけない。これをバレル千人将は恐れている。

「敵が松明を持ってきてくれるなら良いのですが、夜襲にそれはないかと。であれば、暗闇に目を慣らしておいた方が良いと自分は思います」

 グレンは戦闘に入った後のことを考えていた。

「……二刻の緊張状態は無理だな。交替時間を二刻から一刻に。いや、表に出る兵と天幕に潜む兵での交代にするか。良い方法を考えてくれ」

「はっ」

 暗くする分を、見張りの頑張りで補う。バレル千人将の選択はこれだ。ただ頑張れではなく、集中が必要な時間を短くする配慮を見せているところが、バレル千人将が無能な将ではないことを示している。

「さて、来ると思うか?」

「それは相手に聞いてみないと分かりません」

「お前なら?」

「やりません」

 これだけの備えをさせて、グレンは襲撃を否定した。

「……理由は?」

「バレル千人将が懸念した逆です。夜襲を掛けるなら、こちらが疲れてからやります。まだ初日ですから」

「そうだな。それでも備えを?」

「同じ考えを相手がするとは限りません。何も考えないような相手なら尚更です」

 わずかでも可能性があるなら、それに備える。それが生き残る為に必要なことだとグレンは考えている。それは他の者も同じだ。ただ、グレンは他の者より妥協というものを知らないだけだ。

「そうだな。そうなるとアジトでの戦いか」

「そうなります」

「それに対しては?」

「こちらが策に気が付いたことを知らなければ問題ないかと」

「……どう対応すると聞いているのだ」

 バレル千人将はこんな聞き方をしているが、内心ではアジトでの戦い方にまで考えが進んでいることを驚いている。

「敵がアジトから出てきたところで」

「おい、出てくるのか?」

 堅牢なアジトだ。敵は籠城策を取るとバレル千人将は考えていた。

「そうでないと人数を誤魔化した意味がありません。百人を前に出して、それで全部と思わせて森からの横撃。こんなところではないでしょうか?」

「なるほどな。それには?」

「初手で右の森に火を放ちます」

「過激な事を……」

 山中での戦いで火を使う。確かに有効かもしれないが、大火になった場合は、自軍も危険に晒すことになる。

「それで伏兵は伏兵でなくなります。あとは姿を現した敵と真っ向から戦えば良いかと」

「それで勝てるのか?」

「ご自身の大隊を信じてください。実力はかなりついていると思います」

「そうだな」

「それに何と言っても、こちらには勇者様が居るのです。正面からぶつかって負けるはずがありません」

「……なるほど。それはそうだ。ではもう、すり合わせる事はないか?」

「それよりも部隊への指示を優先すべきかと」

「分かった。では解散だ。各自、部隊に戻れ」

「「「はっ!」」」

 席を立って天幕を出て行くバレル千人将。その後を中隊長たちが続いて行く。
 天幕に残ったのは三人だけだ。

「グレン、僕は……」

「どうかされましたか?」

「人から恨まれているなんて知らなかった」

 戦いではなく、このことを健太郎はずっと悩んでいた。勇者である自分が恨まれている。ようやく、この実感が湧いたのだ。

「つい、この間、言いませんでしたか?」

「ごめん。本気で受け取ってなかった」

「そうですか。まあ、気にする事はありません。目立つ立場であれば、妬まれるのは宿命のようなものです」

 これはグレンも同じだ。グレンの場合は更に目立ちたくないはずなのに、目立ってしまうという不幸がプラスされている。

「そうかもしれないけど……」

「妬まれる程度なら平気です。そんなものは実力で跳ね返せばいいのです」

「僕に出来るかな?」

「出来るかな、ではなく、やるのです。勇者である貴方は成功し続けなければならないのです。これは分かっているのでは? だから悩んでしまう」

「……そうだね」

 勇者として。この思いが健太郎は強い。その中には勇者であるのだから勝って当たり前という考えもある。グレンの言う通りなのだ。

「勝ち続けましょう。今回はその始まりに過ぎません。ある意味、勇者としての貴方の第一歩です」

「分かった」

 

◆◆◆

 結果としてグレンの予測は見事に外れた。

「来たではないか」

「申し訳ありません。でも、その程度の相手だと思えば良いではないですか」

「まあ、そうだな」

 夜陰に乗じて、野営地に近付いてくる者たち。それが立てる物音がはっきりと聞こえてきている。敵は初日から夜襲をかけてきた。

「しかも、夜襲になっていません。夜に攻めれば夜襲だとでも思っているのでしょうか?」

 不意を突かなければ夜襲の意味はない。派手に物音を立てて、近づいてきては夜襲の効果はないに等しくなる。

「楽をさせてもらえるのは良い事だ」

「問題は数ですね」

 奇襲を不要とするだけの圧倒的な数。グレンはこれを懸念している。

「音だけでは分からんな。とにかく迎撃に入る。お前は?」

「一応は勇者の側にいないと。それに足手まといが一人いるので」

「聖女か。戦いの後はともかく最中は確かにそうだな」

「では、少し下がります」

 バレル千人将の下を離れ、グレンは健太郎たちの所に向かった。周囲の様子に気が付いて、二人もすでに天幕の外に出ていた。

「来たのか?」

「ええ。もうすぐ戦いが始まります。そのつもりでいてください」

「分かった」

 腰に差していた剣を抜いて、健太郎はじっと前を見詰めている。

「さすがにそれは早いです。勇者様の出番はまだ。それまでは気楽に」

「……グレンは落ち着いているな」

「それは戦場には何度か立っていますから。こんなものは慣れです。勇者様もじきに慣れますよ」

「そっか」

 軽く言い放つグレンの言葉に健太郎の緊張も少しほぐれる。剣は握ったままだが、だらりと下に降ろして、戦う姿勢は解いている。

「気を付けることを言っておきます」

「ああ」

「野営地からはあまり離れない様に。どんな伏兵がいるか分かりません」

「分かった」

「まずいないとは思いますが、宙に浮かぶ魔導術式は見逃さないように」

「魔法か……そうだな」

「後は弓ですか。暗闇から飛んでくる矢は見えづらいですから」

「それはきついな」

 健太郎に一つ一つ心構えを説明しているが、グレンにも夜襲の経験などない。ないのだが、それを言えば健太郎が不安に感じると思って、経験があるように振る舞っているだけだ。

「周囲に気を配っていれば大丈夫です。弓を構えて放つにはそれなりの時間が必要ですから。離れた場所からは夜ではまず当たりません。当たったら運が悪いと諦めてください」

「諦めろって」

「運ですから」

「そう。まあ気を付けるよ」

「これくらいですか。さあ、始まります」

 周囲の静寂が一気に破られる。ときの声を上げて、攻め寄せてくる敵。それに対して、野営地からは一斉に矢が放たれた。
 わずかな明かりでは、はっきり見えないが、それでも敵が動揺しているのが感じられた。

「これは出番がないかもしれません」

「そうなのか?」

「敵の攻めが拙すぎます。さて、どうするか……念には念を入れましょうか」

「それって?」

「反対側に行きましょう。万一がないとも限りません。背後も確認しておかないと」

「でも……」

 グレンの説明を聞いた健太郎は、気が進まない様子を見せている。その理由をすぐにグレンは読み取った。

「戦いたいですか?」

「まあね」

 敵は正面から来ている。その敵を避けるような真似を健太郎はしたくなかった。

「……そうですね。夜の闇は丁度良いかもしれません」

 健太郎にはまだ人殺しのトラウマが残っている。暗い中であれば相手の死に様はよく見えない。もしかしたら、それを消し去る良い機会になるかとグレンはとっさに考えた。

「何が?」

「いえ。分かりました。勇者様は、敵が野営地に入り込んだら出てください。大丈夫だとは思いますが、くれぐれもお気をつけて。何もなければすぐに戻ってきます」

「分かった」

 健太郎から離れて、野営地の反対側に向かうグレン。その方向からかなり慌てた様子で駆けてくる兵とすれ違った。
 それに嫌な予感を覚えてグレンは全力で先に向かって走った。
 嫌な予感は的中。辿り着いた先には、暗闇に浮かぶ沢山の松明の火があった。