月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #38 求められるものが分からない

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

「「「うわぁああああっ!!」」」

 大森林に絶叫が響き渡る。叫び声の主はヒューガの拠点で一緒に生活することになった人族たち。今日もいつものように外縁までやって来て鍛錬を行っていたのだが、この有様だ。

「まったく情けないですね。あの程度の魔獣相手に逃げ惑うしか出来ないとは」

 それを見た先生はかなり呆れた様子だ。

「そんなことを言っている間に助けてやれば?」

「嫌ですよ。なんで私が教え子でもない者たちの為に」

 こういうところで先生は極めてドライだ。ただこれについてヒューガは文句を言うつもりはない。魔族が契約を重んじることは理解している。彼等は契約外の事項なのだ。

「……カルポ。あれならいけるだろ?」

 ヒューガはカルポに彼等の手助けを任せることにした。

「私ですか? まあヒューガ様の手を煩わせるわけにはいきませんか。ちょっと行ってきます」

 エルフであるカルポも先生に似た思考を持っている。それでもヒューガの命令ということで、渋々ながら彼等の救出に向かった。
 彼等が逃げ惑っているのは狼の姿をした魔獣の群れ。実際はそれほど強くない。ヒューガたちにとっては食料として狩る対象だ。
 カルポは走りながら弓を何射か放つ。その弓が的確に狼を射抜いていく。この辺りはさすがに弓を主要武器とするエルフだ。弓の腕ではヒューガはカルポに敵わない。年季が違うのだ。
 接近戦に入った時には既に狼の魔獣の群れは、片手で数えられるほどになっていた。鍛錬のつもりなのだろう。カルポは弓で倒すのを止めて、剣で襲いかかる群れを屠っていく。
 まったく危なげな様子はない。初めの頃に比べれば、カルポも確実に強くなっていると思った。

「ふむ。まあまあですね」

 ヒューガの考えを裏付ける先生の褒め言葉。

「そんなに?」

 さすがにこれにはヒューガも驚いた。戦線の褒め言葉を初めて聞いたのだ。

「ええ。相手が弱いですから、強く感じないかもしれませんが、教えを忠実に守っています。五匹程度が相手とはいえ、流れに無駄がありませんでした。まあ、最初に比べればですけどね」

「そうか。鍛錬の成果は出ているってことか」

「そうでなくては困ります」

「確かに……僕は?」

 ヒューガはまだ先生に褒められたことがない。剣においてはカルポより強くてもだ。

「気になりますか?」

「それはそうだ。強くなっているとは思う。でもそれを実感できる機会がないから」

「そうですね。でもまだです。もう少し我慢してください。土台はなによりも大事ですから」

「分かってる」

 まだまだ基礎鍛錬は続く。そうであってもヒューガに不満はない。体力にしても素振りにしても、まだまだ自分でも納得いくものになっていないのだ。

「終わりました」

「ああ、ご苦労」

「彼等……何とかならないでしょうか? はっきり言って鍛錬の邪魔です」

「……お前、きついこと言うなぁ?」

 大人しい性格のカルポの口から聞くと尚更、きつく感じる。

「私だって言いたくありません。でも私は強くなりたいんです。もっと鍛錬に集中したいんです」

「すまん」

 謝罪の言葉はカルポの後ろから聞こえてきた。

「……聞こえてましたか?」

 聞こえるに決まっている。すぐ後ろにいる気配に気付かないはずがない。カルポはわざと彼等に聞かせようとしたのだとヒューガは思っている。
 多くのエルフが持つ傲慢さが表れたのか、先生の影響か。両方だとヒューガは判断した。

「謝ることじゃない。でも、もう少し頑張ってもらいたいと思うのは僕も同じだな」

「邪魔をするつもりはないのだ。だがここの魔獣には全然通用しなくて……」

「何かしてたのか? そうは見えなかったけど……もしかしてこれまでも何かはしてたのか?」

 通用しないというのは、何かを行った結果であるはず。だがヒューガにはその何かが分からない。

「いや、それは……」

 ヒューガの問いに聞かれた男は落ち込んだ様子を見せている。

「魔法を使っていたのですよ」

「魔法? 何の?」

「種類としては隠匿の魔法ですかね」

「……あれで?」

 ヒューガには彼等の動きがはっきりと見えていた。気配が薄れていたという感覚もない。つまり、彼等の魔法はヒューガにも通用していなかった。それが分かって男は落ち込んだのだ。

「それだけ彼等が未熟だってことです。よくまあ、この程度の技量で間者として働いていましたね? それとも修行中の身ですか?」

「間者? 彼らは間者なのか?」

 間者という言葉にヒューガは反応する。

「ええ、恐らくですけどね。もっとも私に言わせれば間者と呼ばれるにはおこがましい、拙い技量ですけど」

「そうなのか?」

 先生の判断に間違いはないとヒューガは思っているが、一応は彼等にも聞いてみた。その答えは。

「……その通りだ。我等はさる国で間者として働いていた」

「それにしては弱く……あっ……」

「気を使わなくて良い。ヒューガ殿が思っている通りだ。この体たらくではとてもいっぱしの間者であったなどとは言えん」

「間者ってことは先生と同業か。それで知ってたのか?」

「顔見知りってわけではありませんよ。彼らの所作は訓練を受けた間者のもの、そう見えたから分かっただけです。その所作にしても……」

 厳しい視線を男たちに向ける先生。同じ間者として、彼等の拙さが許せないのだ。同じ間者と言われることに怒っているのもある。

「……面目ない。しかし、貴方も間者だったのか?」

「貴方も? 貴方がた程度と一緒にされたくありませんね」

「……すまん」

 先生にきつく言われて、男はますます落ち込んでしまう。

「まあ、それくらいで良いだろ? それで、隠匿の魔法を使ってたんだっけ?」

「ああ、そうだ。ここの魔獣でも勝てるとは思えない。そうであるならばせめて身を隠してと思ったのが……」

「全然通用しなかったと……良かったな、その術で大森林を渡ろうなんてしないで」

「魔法を使える時間は限られているからな」

「時間なんて関係ないでしょ? そもそも魔法にもなっていないのですからね」

 また厳しい言葉を彼等に投げつける先生。ここまでになると、ただ怒っているだけではないのではないかとヒューガは思った。

「……そんなに気になるなら教えてあげたら?」

「はあ? 私が彼等にですか? 私の技術をこんな未熟者たちにですか?」

「でも許せないんだよね? 間者として生きている人が、こんな未熟だってことが」

「それは……そうですね」

「だったら教えてあげれば? そのほうがイライラが少なくて済むかもしれない」

「……そうですかね?」

「そうだと思うな」

「ふむ」

 考える素振りを見せる先生。これはもう一押しだとヒューガは判断した。その気がなければ考える必要なのないのだから。では、その「もう一押し」はどのようなものか。

「我等からもお願いします。このままではとても鍛錬どころではありません。なんとか先生のように……いえ、先生に追いつこうなんておこがましいですね。せめて先生の爪の先程の力を身につけられるだけでも我らには光栄なことです」

 ヒューガが何かを行う前に、男が先生に教えを受けたいと申し出てきた。中々良いお願いの仕方だとヒューガは思う。

「……仕方ないですね」

 案の定、先生はその願いを受け入れた。何気に先生はおだてに弱い。この考えは正しかったとヒューガは思った。

「ただし、教えるからには半端は許しません。死んだ方がまし。鍛錬はそれくらい厳しいものになりますよ?」

「望むところです。良いな、皆!」

「「「おう!」」

 一斉に声をあげる男たち。その様子に、ヒューガは元の世界で見た時代劇を思い出した。彼等が間者だと知っているから、そう感じるだけかもしれないとも思いながら。

「それと」

「まだ何か?」

「貴方たちやはりヒューガくんに仕えなさい」

「それは……」

 先生の言葉に躊躇いを見せる男。

「もちろん、無条件ではありません。仕えるべき主が生きているのであれば無理強いをする気はありませんからね。どうなのですか?」

「仕えるべき主はすでに……」

 彼等の主はいない。そうだから、彼等は他国に逃げようとしていたのだ。

「やはりそうですか。そうですよね。使えるべき主が生きているならば、何よりもそこに駆けつける事を優先するはずです。でも貴方たちは自分たちが生きるための逃げ場を探していた」

「その通りです」

「いいでしょう。合格です。もし仕えるべき主が生きているのに、自分たちが生き延びる事を優先しているのであれば、ただでは済まさないところでした」

 同じ間者として、そう思われたくはないが、主を見捨てるような真似を許すわけにはいかない。

「では、仕えろというのは我等らの心根を知る為ですか?」

「いえ、半分は本気ですよ。間者というものは仕えるべき主を持って初めて活きるもの。それなくして間者は間者としていられない。私はそう思っています」

「……間者が間者として」

「分かりませんか?」

「……いえ、分かります。先生から見れば拙い技量ですが、それがある故に何度、道を踏み外しそうになったか」

 この言葉に後ろに控えていた男達もうなずいている。間者の技量で道を踏み外す。盗賊の類いだろうとヒューガは考えた。稼ぐには手っ取り早い手段。だからこそ誘惑が強くなる。

「だからこそです。すぐに結論を出せとは言いません。ただそういう対象としてヒューガくんを見てみるのですね。間者には主が必要と言いましたが、その主が間者を活かすだけの器量を持った人であってこそです」

「ヒューガ殿はそれに相応しいと先生はおっしゃるのですか?」

「それを自分たちの目で見て、判断しなさいと言っているのです」

「……分かりました。先生のご助言、胸に刻んでおきます」

 判断を任された。それはそうしても問題ないと先生が考えている証と、男は受け取った。

「それで結構。さて今日はここまでにしましょう」

「よろしいのですか? 我等は今からでも鍛錬が可能ですが」

「それはそうでしょ。貴方たちは何もしてないのですから。私に時間が必要なのです。貴方たちの鍛錬を考える時間がね。普通の鍛錬をしてしまっては、貴方たち、数日と持たずに全滅ですから」

「「「…………」」」

 全滅という言葉を先生は使った。それが決して誇張でないことを男たちは感じている。それを横で聞いているヒューガも。それを恐れる気持ちはヒューガにはない。先生がそこまで言う鍛錬がどのようなものか、興味を引かれているくらいだ。

「言っておきますがヒューガくんは参加できませんよ。間者の鍛錬は別物です」

「やっぱり……でも強くなれるんだろ?」

「強さの質が違います。ヒューガくんが目指すのは日向の道です。それを私が教えるのも変な話ですけどね」

「そうなると……」

「当然、彼らが進むのは日陰の道」

「日陰……」

「それに同情はいりません。主が考えるべきことは彼等の犠牲を無駄にしないことです」

「……犠牲が前提なんだ」

 ヒューガも相手が何であれ戦いに向かうのであるから死は無縁ではない。だが自分のそれと彼等のそれは違う。ヒューガは先生の言い方はそういうことだと理解した。

「ええ、間者の命よりも得られる情報の方が大切ですからね。要はその情報が活かされてこそ、彼らは活きる。そのことを決して忘れない事です」

「分かった……あれっ? それって僕が主であることを前提にしてない?」

「ばれましたか」

「…………」

 外堀を埋められているかのように感じる。それはヒューガにとって気分の良いものではない。

「いい加減に覚悟を決めてもらえませんかね? いつまでも逃げていても仕方ありませんよ?」

「逃げてるって……」

「姫のことを考えてください。なぜ姫がヒューガくんの元を離れたのか」

「……そうだな」

 覚悟を決めろ。この世界に来て、ヒューガが何度か言われている言葉だ。皆が求める覚悟というものはどういったものなのか。それが未だに分からない。

「腑に落ちないって顔ですね?」

「正直に言うと、何に対する覚悟なのか分かってない」

「……流れに逆らうなってことです。ヒューガくんが行く道はすで示されている。私はそう思います。そしてヒューガくんはそれに懸命に抗おうとしている。見えているのに見えない振りをしているのです。まだ良いでしょう。やり直しがききます。でも逆らい続けているといつか歪んでしまいますよ?」

「僕には既に見えている?」

 その自覚はヒューガにはない。だから悩んでいるのだ。

「認めるだけです。自分自身を。自分という存在を」

「先生は予言も出来るのか?」

 バーバにも同じ事を言われた。月の預言者といわれたバーバと同じ言葉を告げる先生もまた預言が出来るのかとヒューガは思った。

「これは予言じゃなくて常識です。ヒューガくんに関わる全ての人にとってのね。もう一度言います。ヒューガくんに関わる全ての人にとってのです。それを歪めてしまうってことは、その人たちの運命も歪めてしまうことになる。あとは自分で考えなさい。自分がなすべきことを」

「……考えてみる」

 この世界で人に巡り合うたびに求められる決断。自分の覚悟。自分が自分である事を認めろ。周りの人には見えていて、自分には見えていない。
 自分は何から逃げているのか。何度言われてもヒューガにはそれが見えてこない。自分で思うほど頭が良くない。そんな風に思うこともあったが、そういう問題ではないことも分かっている。
 いっそのこと、はっきりと周りが口にしてくれれば良いのに、なんて思いながらも自分の覚悟は自分自身が定めるものという思いもある。ヒューガはまだ迷いの中にあるのだ。

 

◆◆◆

「覚悟? 知らないわよ、そんなこと」

「そうだよな。お前に聞くだけ無駄か」

 エルフの女性の部屋。約束をしているので部屋に来てはみたものの、ヒューガは話題に困って、昼間の話をしてしまった。
 返ってきた答えはこの通り。当たり前だ。何も知らない彼女に聞いて、いきなり求める答えを得られるはずがない。

「無駄って何よ? 失礼ね。どうせ私は話相手になる価値もない女よ」

「お前……それかなり話の展開に無理があるから。そこで何でお前の価値が出てくるんだ?」

 無理矢理、彼女は自分を卑下している。自分を傷つけようとしている。それがヒューガには理解出来ない。

「無理じゃないわ。私に価値がないのは確かでしょ?」

「はあ、面倒くさい」

「……行っちゃうの?」

 幼い子供が親にすがるような顔でヒューガに問い掛ける女性。こういう変化にもヒューガは戸惑ってしまう。

「まだ来たばかりだ」

「そうよね。まだ十分に話していないのに帰れるわけないわね」

 また女性の態度が変わる。ある意味ツンデレと言えなくもないのだが、萌える感じは全くない。

「体調はどうなんだ? 飯、ちゃんと食べてる?」

「……食べてるわよ。少しずつだけど体力も戻ってる」

「そうか……でもまだガリガリだな」

「……女性に対してそれは失礼でしょ?」

「そうなのか? 痩せたいって女の永遠の課題じゃないのか?」

「何よそれ? そんなの聞いたことないわ」

 ヒューガの言っていることが女性には理解出来ない。ダイエットなんて考えはエルフにはないのだ。

「この世界ではそういうのないのか?」

「……今なんて言ったの?」

 怪訝そうな顔を向ける女性。自分のミスをヒューガは悟った。

「エルフの世界では痩せたいって願望はないのかって言ったんだよ」

「エルフが痩せる? 太ったエルフなんていないわよ」

 ヒューガの咄嗟の誤魔化しは女性に通用した。ヒューガが異世界人であることなど、すぐに思い付くことではないのだ。

「……なるほど確かにそんなイメージないな。そうだとしても、それはやせ過ぎだろ? 飯も与えられなかったのか?」

「…………」

「ごめん。嫌なこと思い出させた」

 捕らえられていた時のことを思い出させてしまった。女性の沈黙をヒューガはそう受け取ったのだが。

「違う」

「ん?」

「違うわ。痩せているのは食事のせいじゃない」

「じゃあ、何?」

「それを言わせるの?」

「……じゃあ、いい」

 無理に聞いて、機嫌が悪くなっては面倒。そう考えたヒューガだったが、これは意味がない。

「聞きなさいよ!」

 どちらにしても女性は怒るのだ。

「どっちだよ!?」

「察しなさいよ!」

「長年連れ添った夫婦じゃないんだから、そんなの無理だろ?」

「夫婦?」

「言葉のあやってやつだ。気にするな」

「……ええ、そうね」

「それで? 結局、痩せてる理由って何?」

「私は……精霊に見放されたの」

 少し躊躇いを見せたが、女性は理由を口にした。

「精霊に? それはないだろ?」

「貴方に何が分かるのよ!?」

 自分の言葉を否定されて、女性はまた大声をあげる。

「何がって……精霊は結んだ相手を見捨てるほど薄情じゃない。それどころかとんでもなく優しい存在だ」

「だから何で分かるのよ!?」

「僕にも結んでいる精霊がいる」

「嘘でしょ……? ああ、そうね。だから契約が出来たのね」

 落ち込んだ様子の女性。この理由はヒューガにも分かる。精霊に見放されたと考えているエルフが、人族が精霊と結んでいると知れば、こうなるだろう。

「まあ、たまたまだ」

「そう……愛されているのね?」

「ん? まあそうかな。大切にされているのは分かる」

 最近は少し不機嫌さも見せるようになったルナだが、それも自分のことを想ってくれている結果。

「良いわね。私の精霊は私を見放した」

「何度も言うけど、それはないと思う。なんだったらルナに聞いてみようか? もしかしたら分かるかもしれない」

「ルナって?」

「僕が結んだ精霊。ルナって名づけた」

「名づけた? 貴方、馬鹿なの?」

 セレと同じ反応。エルフにとって精霊に名をつけるということは非常識なこと。これは大森林にいようと外の世界で生きていようと変わらない。

「それ言わないでくれ。既に別の人に散々馬鹿だって言われた」

「……でも狂っている様子はないわね? 狂っているのは……私のほうね」

「狂ってる人間は自分がそうだとは言わない、と聞いたことがある」

「別にどっちでも良いわ。狂ってしまった方がどんなに楽か。そう思ってたから、ずっとね」

「……話、戻さないか? せっかくの時間が暗くなる」

 雰囲気が悪くなるだけでなく、心の中に暗い影が広がってくる感じがして、とにかく不快なのだ。

「せっかくの? 相変わらず口が上手いわね? そんな風に思ってなんかいないくせに」

「別に意識して言ったつもりはない。そんなことはどうでもいい。聞いてみる?」

「……嫌」

「どうして? 見放されてないって分かったら嬉しいだろ?」

 ヒューガは精霊は女性を見放していないと考えている。それを確かめようとしない女性が不思議だった。

「……見放されたって分かったらどうするのよ」

 だが女性の考えはヒューガと逆なのだ。口では見放されたと言いながら、心の奥底ではそうでないことを願っている。儚い願いだと思いながら。

「うわ。すっごいネガティブ思考」

「何、その言葉?」

「後ろ向きな考えって意味」

「……仕方ないでしょ?」

「でも、そう思うってことはどこかで信じてるんだろ? 見放されてないって」

 ヒューガは女性の心を読み取った。

「そんなことない」

「でもそうじゃなかったら、確認することを恐れる必要ないはずだ」

「そうだけど……貴方って本当に無神経ね」

「なんで?」

 何故ここで無神経なんて言われなければならないのか、ヒューガには分からない。これは女性の感情が跳ねているのではない。実際に無神経なのだ。

「人の気持ちをそんな簡単に見抜かないでよ」

 知られたくない思いもある。それが知られてしまっても、知らない振りをして欲しい時もある。これはこの女性に限っての話ではない。
 
「……子供みたいだな」

「子供に言われたくない。私のほうがずっとずっと年上よ」

「精神年齢のことを言ってるんだよ」

「セイシンネンレイって何よ?」

「精神年齢も知らないのか? 実際の年令じゃなくて気持ちっていうか、考え方というか。そういうものの年齢だよ」

「言っていることが分からないわ」

 それはそうだ。この世界にはない言葉や考えを聞かされているのだから。

「簡単に言えば我が儘かな?」

「我が儘って何よ!?」

「えっ? 我が儘も知らないの? つまり――」

「意味は知っているわよ。私のどこが我が儘なのかって聞いているの」

「……全部?」

 どこがと聞かれて、無神経な男が正直に答えるとこうなる。

「何、それ? 頭にきた。何よ、子供のくせに」

「子供って言うな。さっきから僕が言っているのは精神の……ん、んん……ええっ!?」

 いきなり口をエルフに塞がれて驚くヒューガ。彼女の口で塞がれたのだ。驚きもする。

「ほら、やっぱり子供じゃない。キスくらいで驚いちゃって」

「お前、何してんだよ!?」

「貴方が子供だってことを教えてあげてるのよ。どう? 初めてのキスの味は?」

「……別に初めてじゃない」

 こういうことを言ってしまうのが子供なのだ。この手のことに関してはヒューガは年相応、もしくはもっと子供になってしまう。

「……嘘。強がっちゃって」

「嘘じゃない」

「嘘でしょ?」

「こんなことで嘘ついてどうする? 見栄張るほどの年じゃない」

 これを話していること自体が見栄であることに気が付いていない。

「……出てって」

「はっ? 何で?」

「いいから出てってよ!」

 また怒りだした女性。感情の起伏の激しさはいつものこと。そうであるからヒューガは何故、女性は怒ったのか深く考えようとしない。

「じゃあ戻る。また……」

「もう来ないで!」

「……そういうわけにはいかないだろ? 一応、心配だし」

「心配なんてしなく良いわよ。貴方なんかに心配されたくない」

「心配するかどうかは僕の勝手。とりあえず今日は戻る。あまり無理しないように」

「……偽善者」

 女性がヒューガに向かってこれを言うのは何度目か。これがヒューガの優しさを素直に受け入れられない時の言葉であることもヒューガは分かっていない。

「じゃあな」

 理解出来ない相手との時間は、気持ちが疲弊する。そう思いながら女性の部屋を出たヒューガ。そこにはルナが立っていた。

「ルナ。どうしたんだ?」

「ヒューガのエッチ」

「……だからそれ、どこで覚えてくるんだ?」