エルフの都での騒動から一ヶ月は過ぎているが、特に何事もなく毎日が過ぎている。
カルポは結局ここに残ることになった。しかも僕を正式な主として仕えるとまで言ってきて。
ゲノムスと相談して決めたと言われたので、この場所に残ることについては文句はない。ただ仕えるという点については保留にした。僕は部下を持つような身分じゃない。兄弟弟子。これまで通り、それが僕とカルポの関係だ。
カルポはやはり心残りがあるのだろう。まるで何かに取りつかれたかのように鍛錬にいそしんでいる。
最初の頃に比べれば、だいぶ鍛錬に耐えられるようになったけど、それでもまだまだ僕のほうが上だ。かといって安心してはいられない。カルポに負けないように頑張らないと追い越されてしまう。そう思わせるくらいにカルポは鬼気迫る雰囲気だ。
無理をしていなければ良いが。こんな思いが心に浮かんでくるけど、今は放っておくことにした。もう少し時が経ち、気持ちが落ち着いてから話し合うべきだと考えたからだ。
今日もいつもと変わらぬ鍛錬の日々。そう思っていたけど、それを許さない情報をルナが告げてきた。
「侵入者?」
「そう」
「侵入者ってのは、大森林に誰かが入ってきたってこと?」
「そう」
「侵入者って……それはちょっと大げさだ。流刑者か冒険者のどちらかじゃないのか?」
大森林に人が入ってくることはないわけではない。それをいちいち侵入者として考えるのはどうかと思う。
「違う。エルフがいる」
「エルフ? それって……」
都のエルフがここを嗅ぎ付けてきたってことか。そうだとすると確かに侵入者と呼んでも良いかもしれない。
「違うよ」
「違う? 都のエルフじゃないのか? じゃあ、何者だ?」
「わからない。ここのエルフじゃないのは確か」
「戻ってきたってことかな?」
大森林のエルフでなければ、外で暮らしていたエルフだ。里帰りということなのかと思ったが。
「エルフは一人。それ以外は人族」
「……人族がエルフと一緒に。それはちょっと怪しいな。それで、その人族は何をしてる様子だ?」
人族が一緒となると話が違ってくる。少しきな臭い感じがしてきた。
「探してる」
「何を?」
僕の問いかけにルナはちらっと先生のほうを向いた。先生には聞かれたくない話なのだろうか。
「……席を外したほうが良いようですね?」
ルナの視線に気づいた先生が自らこう言ってきた。
「そうしてもらったほうが良いかな?」
「いいでしょう」
先生はすぐに席を外す。先生に聞かれたくない話。ルナはいつの間にか、そういうことも考えるようになったんだな。
「さあ、教えて。人族は何を探してるんだ?」
「結界」
「……それは」
正しくは一緒にいるエルフに探させているということだ。結果の場所はエルフが知っている。そして結界の中であれば、人族であっても保護される。それを実際にセレに連れられて大森林を移動した僕は知っている。
その事実を知っている人族が他にもいる。人族に知られるはずのない情報なのに。
でも、実際に人族が現れた。これは問題だな。はたして人族にどこまで大森林についての情報を知られているのか。これを確かめなくてはならない。
「どうしますか?」
カルポも問題の大きさに気づいたようだ。真剣な表情で聞いてきた。
「確かめるしかない。最悪の場合、大森林の外にいるエルフが裏切ったということだ」
「エルフが……そんなことがあり得るのでしょうか? 私が言うのもなんですが、エルフは誇り高い。良くも悪くもです。人族に一族の秘密を漏らすとは考えられません」
「でも実際に案内しているエルフがいる。一人というのがわずかな救いかな? そのエルフだけの問題であって欲しいな」
「最悪の場合は……」
「エルフの掟は? 同族を裏切ったエルフにはどんな処遇が相応しいんだ?」
かなり厳しいものであるのは間違いない。
「……死刑です」
「そうか……じゃあ、それは僕がやる」
エルフの掟に僕が準ずるというのも変だけど、ここにいる限り無視するわけにはいかない。エルフの掟は大森林を守る為のもの、そう考えるべきだから。
「嫌がってるよ」
急にルナが新しい情報を伝えてきた。
「嫌がってる? そのエルフは無理やり言うことを聞かされてるの?」
「そう。ゲノムスがそう言ってる」
「ゲノムスが? そう言えばゲノムスは?」
「見張っている」
ルナはゲノムスからの情報を伝えてきたのだ。おそらくは、ほぼリアルタイムの情報を。
「無理矢理……人質でもとられたのかな?」
「分からない」
「そうだよな。となると……まずはそのエルフの確保が優先だ。事情を聞いたほうが良い。その上で人族を捕えてだけど」
「そんなに上手くいきますか?」
カルポは不安そうだ。それは僕も同じ。こんなことは初めて。どう対処すれば良いのかなんて分からない。それでもやるしかないのだけど。
「上手くいかせるしかない。ルナ、そのエルフのすぐそばに僕を転移させられる?」
「……ゲノムスがいるから大丈夫」
「そうか。じゃあ、すぐ後ろに僕を転移させてくれ」
「私はどうすれば良いですか?」
「人族の強さがどれくらいか分からないな。強ければエルフを確保してすぐに逃げる」
カルポと二人がかりで立ち向かうか。でも無理をする必要はない。結界を見つけられなければ、その人族たちはいずれ死ぬのだから。
「弱ければ?」
「そのまま倒す。出来れば生きたまま捕えたいな。この情報をどうやって知ったのか? どこまで知られているのか確認したい」
同行しているエルフに聞いても分かるかもしれないけど、念のためだ。エルフが知らないところで情報が伝えられている可能性はないわけじゃない。
「生きたままですか……」
「何か良い魔法ある?」
「そうですね……ないことはないですが……」
「時間がかかるってこと?」
「そうですね。少し」
発動までに時間がかかるのは精霊魔法の弱点だ。
「少しってどれくらいだ? そういえばエルフの時間の単位を聞いてなかった」
「単位ですか……単位と言われても」
エルフにも時間の単位がないのか。だとすると色々と面倒だ。
「……細かい連携は無理。失敗した。カルポともその辺を確認しておけば良かった」
「すみません」
「謝る必要はない。こんなことが必要になるなんて持ってなかったから。じゃあ、ルナ。とりあえず僕だけをそのエルフの近くに転移させてくれ」
連携が難しいのであれば、一人で行くほうが良い。
「大丈夫?」
「エルフを確保しらたすぐに魔法を撃つ。それでダメならすぐにここに戻る。それでいいだろ? 帰りはエルフと僕の二人だけど大丈夫?」
「余裕」
「よし。じゃあそれでいこう。準備はいい?」
「ちょっと待って…………大丈夫。行くよ」
「ああ」
ゲノムスと相談でもしたのかな。一瞬で辺りが闇に包まれる。遠くに見える光。そこに向かって体が、もの凄い勢いで移動していく。転移にも大分慣れた。もう出口だ――
◆◆◆
ドュンケルハイト大森林。全てのエルフの故郷。まさかこんな形で戻る事になるなんて……思わず首に手が伸びる。手に触れるのは屈辱の印。この首輪がなければ、今すぐに死ぬことができるのに。
死にたい……奴隷としての屈辱の日々が、私の心を切り裂く。
薄汚れた私の体。エルフの誇りなんてものはとうに失われているはずなのに。それでもまだ傷つく心が残っている。いっそのこと気が狂ってしまえば良いのに。
「早くしろ!」
新しい契約者が私をせかす。そんなことを言われてもどうにも出来ないのに。
「無理よ! 私には結界の場所なんて分からないわ!」
「嘘を言うな! お前たちエルフが結界の場所を見つけられることを知っているんだ。そこを通れば、俺たちでも大森林を移動できることもな」
「そんなこと言われたって……」
私に結界の場所なんて分からない。ここに入ってから何度もそう言っているのに、この人たちは分かってくれない。
初めてこの男達が現れた時、救われた、そう思った。でも違った。ただ契約者が変わっただけだった。諦めていた。ただ死ぬときを待っていた。それなのに……この男たちは希望を与え、そして、それを奪った……それがどんなに残酷な事か……この男たちは分かっていない。
死にたい……もう生きているのは嫌なの。
「……命じるぞ」
「命じられても無理なものは無理なの! さっきから何度も試しているわ! 本当よ!」
「頭、早くしないと。いつ魔獣が現れるか分かりませんよ」
「……仕方ない。結界を探せ。これは……命令だ」
男がそう言った途端に、頭の中にどす黒い何かが流れ込んでくる。なんども経験した感覚。それが頭の中に広がると、私は言いなりになるしかない。それがどんなに恥辱に満ちたことであっても……。
いっその事、意識も奪ってくれれば良いのに。この首輪が残酷なのは、意識がそのままであること。自分が相手の言いなりになっている時も意識は残っている。その間の記憶は、解放された後も残っている。
嫌だ……思い出したくない……何度も味わった屈辱の記憶が頭によみがえる。
「……精霊たち。結界の場所を教えて」
自分の意思とは関係なく、口が勝手に動く。こんなことを言っても無駄。命令を拒否しているわけではないの。私には精霊の声を聞くことなど出来ないの。
「どうだ?」
「駄目よ……答えてくれないわ」
「そんな馬鹿な!? もう一度だ!」
「何度やっても無理よ! 私には精霊の加護はないの!」
「嘘を言うな!」
「嘘を言えないのは貴方が分かっているでしょ! 命令でもなんでもすればいいじゃない!」
「……ちくしょう!」
この男たちにどんな事情があるかは知らない。とにかく大森林を抜けるから結界の場所を教えろ。それだけを命令されてきた。
新しい契約者からの命令はそれだけ、それが救いと言えば救いだけど……私が奴隷であることに変わりはない。
「決断を」
頭と呼ばれている男に別の男が問いかけている。結界が見つからなければ、私たち全員がここで死ぬことになる。大森林という場所は、そう言う場所なの。
エルフにとっての故郷だから、そんなことで許される場所じゃない。そうであったなら、私たちの部族はとっくの昔にここに帰ってきていたはず。
それを教えてくれた母はもういない。母も恥辱の中で死んでいった。
「……戻るか」
「それしかありません」
「しかし戻ってどうする? 東方に我らの安息の場はない」
「それでもここにいるよりはマシです。パルスとの国境さえ突破できれば何とかなるのではないですか?」
「それが出来ないから、大森林を抜けようとしているのだろ?」
「しかし……」
「……すまん。そうだな。ここにじっとしていても魔獣に殺されるだけだ。戻ろう」
「このエルフは?」
私……出来ることならここに捨てていって欲しい。そうすれば私は解放される。それがたとえ死によるものであったとしても、奴隷で居続けるよりはずっとマシ。
「……連れて行く」
「そんな!」
「お前がいなければ大森林を出ることも出来ないだろ? それとも我等だけであの通路は抜けられるのか?」
「……無理よ」
嘘をつこうかと思ったが、どうせすぐにバレる。また、どす黒い何かに頭を支配されるだけ。何度経験してもあの感覚は耐えられない。
「そういうことだ。お前には悪いが、大森林を出るまでは一緒に来てもらう。その後は自由にしてやるから」
「…………」
大森林を出るまで。そうすれば私は自由になれる。自由になって何をするの?
……死ぬだけね。そうすれば全てを忘れられる。
「悪いけどそれを許すわけにはいかない」
急に背中から声が聞こえてきた。その声は息を感じるくらいすぐ後ろ。
いつの間に? 誰?
それを考える時間は与えられなかった。
「ちょっと寝てろ」
首筋に突然の衝撃。それを感じたのも一瞬。そのまま私は気を失った。
気を失う直前に見えたのは、黒髪の頭。四方に広がる光。いったい何が――
◆◆◆
体中を虫が這いずり回っているような感触。全身に鳥肌がたつ。その途端、力任せに頬を打たれる。
「あっ……」
「何だ、それは? 俺に触られのがそんなに気持ち悪いか?」
「…………」
「ふん。別にかまわん。どんなに嫌がろうとお前は俺には逆らえないのだからな。嫌がりたければ嫌がればいい。それもまた楽しみのひとつだ」
男の顔が醜くゆがむ。人と言うのはこんな顔が出来るものなのか……欲望に染められた顔。近くに寄られるのさえ、気分が悪い。
でも逃げることは出来ない。男の言うとおり、私は逆らうことができない。
「殺して……」
「その台詞はまだ早い。死にたくなるようなことはまだしていないぞ。高かったのだからな。元は取らないと。まずはゆっくりと楽しませてもらおう。いびり殺すのは十分に楽しんでからだ」
「嫌……」
「死にたくなければ俺を飽きさせないことだな。どれだけ持つか楽しみだ。お前の母親はろくな働きをしなかった、お前と二人、同時に楽しむ予定だったのにちょっといたぶっただけで死にやがって。お前は俺をがっかりさせるなよ」
母を殺した。この男が……許さない。この男を許さない……殺してやる。
「ふっ。良い顔だ。俺を恨んでいるのか? それはそうだろうな。お前の母親を殺したのは俺だ。憎いだろ? 殺したいだろ? だがな……お前はこれから母親を殺した相手に犯されるのだ。自分から望んでな」
「そんなこと!」
「望むさ。俺が命じればな。それを今から分からせてやろう」
「何?」
「言え! 私を犯してくださいと。これは命令だ」
男がそういった途端に頭の中に何かが入り込んできた。何? これは何が起こっているの?
どす黒い何かはどんどんと頭の中に広がっていく。
「嫌……」
「ほう。なかなか頑張るな。だが無駄なあがきだ。言え!」
口が開く。一生懸命に閉じようとしても体が言うことを聞いてくれない。嫌だ。私の口は何をしようとしているの?
「私を……」
嫌だ。止めて。そんなことを言わないで。
「犯して……」
止まらない。こんな事言いたくないのに、体が言う事を聞いてくれない。ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた男が近づいてくる。
止めて、近づかないで。
「いやあぁぁぁぁっー」
口から出た絶叫に我に返る。
目に入ったのは、さっきまでとは違った風景。ベッドにいるのは同じだが、随分と質素な造り。
夢? いえ、違う。あれは過去の記憶。間違いなく私が経験した。
「ああ、びっくりした。気が付いたか?」
目の前にいたのは琥珀色の瞳をした人族。子供といって良いような年齢だろうか。でもこの声は……。
「貴方は?」
「ヒューガだ。悪かった。気を失わせるような真似をして。あの場合、仕方なかったんだ」
「……助けてくれたのかしら?」
「助けたことになるかはこれからだな」
助けたわけではない。そう言っているのね。
まただ。助かったと思わせて、また絶望がやってくる。どうして、どうしてこんな目に会わなければいけないの。
「……貴方が新しい契約者?」
「契約者? なんのことだ?」
「とぼけないで! あの男から契約を奪ったんでしょ!」
「あの男? どいつのことだ? 十人いるから分からない」
「そう……まだということね。でもそのつもりなんでしょ?」
「……さっきから言ってることが分からない。お前、何を言ってるんだ?」
「この首輪の話よ!」
首にはめられた首輪に手をやる。私を縛る屈辱の証……ない?
「首輪なら外した。窮屈そうだったからな。それと……悪いけど着替えも……」
男の言葉にとっさに自分の服を見る。言われて初めて自分の服が変わっている事に気が付いた。かなり大き目な服。でも、綺麗に洗われているであろうそれはとても着心地が良かった。でも悪い?
まさか……服の上からその下にあるはずの布地を探る。案の定、服の下は裸。この状態で着替えさせたということは……。
「いや、かなり汚れてたから……さすがに下着の代わりはなくて」
「……見たのね?」
「……仕方ないだろ? 着替えさせるってのはそういうことだ」
「貴方……」
見られた。そう思った途端に顔に血が上るのが分かった。恥かしい……そんな感覚が残っていたことに驚きながら。
「別に見たくて見たわけじゃない。仕方なくだ。ここには女性なんていないからな」
私の裸を見たはずの彼の方が、何故か恥ずかしそうにして、言い訳をしている。
「……別に良いわ。それで外した首輪は?」
「そこにある」
彼が指差す先には忌々しい首輪が置かれていた。こうしてみるとただの鉄の輪。でもその鉄の輪が私を苦しめている。外れた今も……やっぱり死にたい気持ちに変わりはない。
「とりあえず事情を聞くのは後にする。なんかひどい様子だし。まずは元気になることだ」
「…………」
「何か欲しいものはある? 何でも手に入るわけじゃないけど、一応聞いておく」
「……剣を」
「剣……剣を手に入れてどうするんだ?」
「…………」
「死ぬつもりか?」
「えっ?」
まさか彼がいきなり。その結論にたどり着くとは思わなかった。
「……お前のその目。前に見たことがある。世の中に絶望した人間の目だ。その時は気が付かなかったけど」
「そう。それでその人は?」
「聞かなくても分かるはず。死んだ。自ら命を絶ってね。だからそう思った。お前も死のうとしてるって」
「……死なせて」
「断る」
「私が生きようが死のうが貴方には関係ないでしょ!?」
「関係はない。でも関係があろうがなかろうが、人が自分で死ぬのを僕は認めるわけにはいかない。それだけは決して譲れない」
「……じゃあ、貴方が殺してよ!」
「なんでそんなに死にたいんだ?」
「私がどんな目にあったか知ったら、貴方にも分かるわよ」
「分かったとしても、死ぬことを許すつもりはない」
「何も聞かないうちにそんな事を言わないで。教えてあげるわ。私がどんな恥辱を受けたか」
――それから延々と私は、私が受けた恥辱の数々を彼に話して聞かせた。母親の敵に犯され続けたこと、男の命令によって自ら奉仕することを強いられた日々。その後、私に飽きた男によって何人もの男たちの相手をさせられたこと。それだけでなく、男が、その男たちがどんな手段で私を弄ったか。口にするにも汚らわしい、男たちの仕業をひとつひとつ話して聞かせた。
これでも私に死ぬなと言えるか? 分かっただろ、私の気持ちが?
そんな想いを彼にぶつけるように。それを黙って聞いていた彼。その表情から感情は見えない。
「どう、分かったでしょ? 私がどんなに穢れた存在か。私に生きる価値なんてないのよ」
「ああ、お前の事情は分かった。それについては心から同情する。でもやっぱり自殺は許せない」
「なっ?」
「その代わり、僕がお前を死なせてやる。それでどうだ?」
「……良いわよ。別に死に方なんて何でもかまわないわ」
「じゃあ約束だ。いいな」
「ええ」
(契約は結ばれた)
「何?」
頭に響いた言葉。何のことかすぐに分からなかった。
「お前は自殺をしない。そういった契約が今結ばれたわけだ」
「……騙したのね?」
「騙してはいない。お前を死なせてやるって約束を破るつもりはないから。ちゃんと契約は守るつもりだ」
「じゃあ、殺してよ」
「今すぐ殺すとは契約してない」
「……卑怯者」
「なんとでも言え。どんな手段を使おうと僕は自殺を許すつもりはない。たとえ、その首輪でお前を縛ったとしてもだ」
「ひっ!」
首輪……また首輪をつけられと想像した途端に恐怖が私の心を覆う。体が震えるのが止められない。
「……やっぱり、その首輪はそういう存在なのか。知識としては知っていたはずなのにな。気が付かなかった。最後にひとつだけ。一緒にいた男たちはあれか? やっぱりお前にさっき聞いたようなことを強要したのか?」
「だとしたら?」
「それに応じた罰を受けてもらう」
「そう……そうよ。彼らも同じ。私の体を――」
「嘘つくな」
彼は最後まで私の言葉を聞くことなく、はっきりと否定してきた。
「……なんでそう思うの?」
「なんとなく。こう見えて人を見る目はある。人を騙そうとしている人の目は何となく分かる」
「……そうよ。彼らは私には何もしなかった。彼らが求めたのはただ結界の場所を教えること、それだけよ」
「そうか。分かった」
「ひどい女でしょ? 軽蔑していいのよ」
自分でも何をしたいのか分からなくなってきた。自分で自分を貶めている。それは自分でも分かっている。それなのに勝手に口がこんな事を言ってしまう。まるで今でも、首輪に支配されているみたいに……。
「軽蔑? いやそうは思わなかった。ただ憐れに感じただけだ」
「…………」
「今日のところはここまでだ。彼らにもこれから会わなければならないからな」
「偽善者」
「だからなんとでも言え。とりあえず大人しく寝てろ。時間が出来たらまた来る」
彼はそう言って部屋を出て行った。
……なんなのよ。あの人族の子供は。子供のくせに生意気に。憐れ……人の事を馬鹿にして。私は誇り高いエルフよ。人族になんか同情されたくないわ。見てなさい。貴方の化けの皮をはがしてあげる。人族なんてどいつもこいつも裏の顔は欲に凝り固まった化け物なのよ。
貴方もそう。綺麗ごとを言っていられるもの今だけよ。子供だから欲に鈍感なだけね。見ていなさい。私が貴方の欲を引き出してあげるわ。