月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #8 モブキャラの秘密

異世界ファンタジー小説「異伝ブルーメンリッター戦記」

 一、二年生が一緒に参加する学院行事である強化合宿。それが行われる山中の合宿所はジグルスが思っていたのとは違って、実に快適な場所だった。
 立ち並ぶ宿泊施設は王都の下手な住居より遙かに立派な建物。建物の中も綺麗に整えられている。詰め込まれて寝ることになると思っていたのだが、寝室は二人一部屋、ベッド付。上級貴族にとっては、それでも不満だろうが、下級貴族で元の世界での合宿のイメージを持つジグルスにとっては、すごく贅沢なことだった。
 しかも、一年に数回の合宿に使われるだけのその場所に、わざわざ常駐の管理人まで置いている。貴族からの寄付の賜物なのだろうと少し呆れたジグルスではあったが、半分は誤解だ。
 実際には合宿所は登山客に開放されている公共の山小屋なのだ。だがこの世界で登山を楽しむ人など、貴族の中では、さらに一握りの人たちしかいない。開放はしていても、使う人はほとんどいないのだ。
 そういう点で、残りの半分はジグルスが思っている通り、税金の無駄遣いということになる。だが使う立場としては、この場所は実にありがたい。温泉まで湧いているのだ。この世界に転生してからの初めての温泉。楽しみにしていたその温泉をジグルスは十分に堪能し、今は夕涼みといった感じで、外に出て夜空を眺めている。
 久しぶりにじっくりと眺める夜空。元の世界で見ていた夜空とは違って、満天に広がる星で白銀に輝いて見える。

(失敗した。この世界の温泉って水着で入るのだった。知っていたはずなのに……)

 元の世界でそうであったように素っ裸で温泉に入ったジグルスは、周りの男子生徒から爆笑された。ふざけていると思ってもらえたのは良かったのか、悪かったのか。真面目にやっているのだと思われても、まさか異世界の習慣だとは誰も思わないだろう。ただ一人を除けば。

(案外、あの女も間違っていたりして。いい気味だけど、それはそれで面倒だな)

 主人公が恥をかくことは良いが、その非常識さにリーゼロッテが怒りだすことをジグルスは恐れている。主人公に絡めば絡むほど、リーゼロッテは嫌な思いをし、その上、立場まで悪くなる。この先は一切関わり合わないほうが良いのだ。

(……どんな水着なんだろ? ビキニはないな、スク水かな。ああ、もっと露出は少ないか。手足は隠すだろう。そうなると今一か。リーゼロッテ様はスタイルが……止めておこう)

 リーゼロッテの水着姿を想像しそうになって、慌ててジグルスは思考を止めた。
 またぼんやりと夜空を見上げる。王都と言っても、元の世界のように空気が特別汚れているわけではない。せいぜい昼間に少し土埃が舞っているくらいだ。
 それでもこの場所は都とは違っていた。空気が綺麗とかそういうことではなく、なんとなく濃密な感じがするのだ。何がと考えてもジグルスには答えは出ない。ただ体にまとわりつくような何かが濃密な気がするだけ。それでいて不快な感じは一切ない。
 ジグルスは気が付いていない。自分の周りに漂っている幾つもの小さな、ぼんやりとした光を。
 今のジグルスには精霊が見えていないのだ。自分の中に流れるエルフの血、エルフの魔力に惹かれて集まってきている精霊たちが。

(……見てない)
(見えてないね)
(半分だから?)
(どうかな?)
(目隠し)
(目隠し?)
(見えなくされてる)
(どうして?)
(さあ?)
(彼、月だね)
(うん、月)
(初めて)
(月だからね)
(もったいない)
(でも半分)
(でも月だよ)

 ジグルスの周りを漂いながら、ひそひそと話し合う精霊たち。その声もジグルスには聞こえていない。ほんのかすかに、なんとなく気配らしきものを感じているだけ。
 声が聞こえていても、何を言っているか分からないだろう。ジグルスもジグルス自身のことを全て分かっているわけではないのだ。

(誰か来た!)

 一人?の精霊の声に一斉に精霊たちが散らばっていく。

「ん? ああ、リーゼロッテ様」

「あら、もう気付かれてしまったわ」

「なんとなく。ざわざわとした気配を感じていて」

 実際にはその気配は精霊のものなのだが、それはジグルスには分かっていない。

「……嫌な表現だわ。ざわざわなんて」

「嫌な感じではないですよ。なんとなく懐かしいような感じでした」

「懐かしいって……まだ出会ってから二年と少しよ。ちゃんと話すようになってからだと一年くらい」

「そうですね。まだ一年ですか」

 たった一年なのに、随分と長くリーゼロッテと一緒にいるように感じる。

「色々とあったわね? 私もずいぶんと長く感じるわ」

「眠らないのですか?」

「あら、私はお邪魔かしら?」

「いえ、疲れているだろうと思いまして。それに明日からが本番ですからね」

「そうね。でも、少し……隣に座っても良いかしら?」

「もちろんですよ」

 ジグルスが自分の隣に置いたハンカチの上に、リーゼロッテは座った。

「ジークって、こういうところ本当に紳士ね?」

「母親に厳しくしつけられました」

「そう。素敵な方なのね?」

 息子に女性への礼儀を厳しく躾ける母親。リーゼロッテの頭の中にあるのは貴族家の妻そして母に相応しい淑女だ。

「……多分、リーゼロッテ様が今想像されている感じではないですよ」

 だがジグルスの母はそういう女性ではない。

「そうなの?」

「かなりいい加減です。礼儀知らずと言っても良いですね。あくまでも貴族としての礼儀ですけど」

「お母様は、その……エルフなのよね?」

 リーゼロッテは躊躇いながらもジグルスの母の種族を尋ねた。彼女が知る限り、エルフを母に持つ生徒は他にいない。どういう事情でそうなったのか分からないので、聞いて良いものか不安だったのだ。

「……やっぱり知っていましたか。そうです。おかげで貴族どころか人族の常識もないですね。だからかえって俺の躾けには厳しくて」

「そう……お会いしてみたいわ」

 返答するジグルスの表情が明るいものであったので、リーゼロッテはホッとした。

「驚きますよ。あっ、でも難しいか。両親が王都に来ることはありません」

「そうね、なかなか来る機会はないわね」

 有力貴族であれば王都に来る機会は多い。王家との交流を深める為、不穏なことを考えていないか監視する為など理由は様々だが王国側がその機会を作るのだ。リーゼロッテの父親など、ほとんど王都で過ごしている。だがジグルスの実家のような小貴族にはそれはない。王国が気にする相手ではないのだ。

「いや、来る気がないのですね。王都には近づきたくないそうです」

 だがジグルスの両親が王都に来ないのはそれとは別の理由だ。

「どうして?」

「さあ? 理由は教えてもらえませんでした。俺の入学前にそんな話を少し聞いただけです」

「そう。どうしてかしらね?」

「あっ、流しましたね」

「えっ、何を?」

「そんな両親で俺がどうやって王都まで来たと思います?」

「……まさか?」

 ジグルスが学院に入学する為に王都に上ってきた時も両親は同行しなかった。そうなると、まさか、のことになる。

「そのまさかです。一人ですよ? 領地から王都まで子供が一人旅。王都の城門を見た時は、自分で自分を褒めましたよ。よくぞ無事に辿り着けたなって」

 珍しく思いっきり感情を表しながら話すジグルス。それだけ大変な思いをしたということなのだが、リーゼロッテにはそのジグルスの様子がどうにも面白くて仕方なかった。

「ふっ、ふふふ」

「笑い事じゃないですよ?」

「ごめんなさい。でも、なんだかおかしくて。ジークは逞しいわね? 私では絶対に無理だわ」

「それが普通です。俺が無事だったのは、たまたまです」

 実際にはほとんど問題が起きなかった理由がある。だがその事実をジグルスは知らないのだ。

「じゃあ、帰りも?」

「その予定です。でも来る時よりは気が楽です。少しは世間も知りましたから」

「学院を卒業したら……帰るのよね?」

 リーゼロッテがジグルスにこれを聞くのは初めてだが、彼が上の学校に行かないことはもう分かっている。ジグルスに兄弟がいないことは分かっているのだ。

「ええ。俺は一人っ子。騎士になるわけにはいきません。それ以前に、なれるのかって問題もありますけどね?」

「領地を継ぐのね」

「……そのつもりではいますけど、どうなるかは分かりません」

 これはリーゼロッテにとっては意外な返事。

「そうなの? でも一人っ子だって」

「両親がですね。いや、これを言うとリーゼロッテ様は怒りますね」

「怒らないわ。だから教えて」

「そうですか……両親は貴族へのこだわりがないのです。母親は当然ですが父親も」

 継ぐ爵位がなくなる可能性があるのだ。それもリーゼロッテに話すくらいであるから、かなり高い確率で。

「……だから領地経営がおろそかに。あっ、ごめんなさい」

「いえ。うまくいっていないのは確かです。でも父親の名誉の為に言っておきますと、疎かにしているわけではないのです。父親はですね、すぐに体を動かすほうに逃げてしまうのです。橋や道路の補修なんて大喜びでやっていますよ」

「それは自分でという意味かしら?」

 体を動かすということはそういうことだ。だがリーゼロッテの常識では貴族が自ら土木工事を行うというのが信じられない。

「そうです。領民と一緒になって汗を流しています。働く量でいえば領民以上ですね」

「それは悪いことではないわ」

「そうなのですが、困っているという話を聞くとすぐに飛び出して行ってしまって。俺としては、もう少し計画的にやったほうが効率的だと思うのです。でも嬉しそうな父親や領民の顔を見ると、ここは後回しにしたほうがなんて言えなくなります。今よりも子供でしたし」

「それは……困った御父様ね? 諌める人はいないのかしら?」

 家臣は何をしているのか、とリーゼロッテは少し怒っているのだが。

「仕える人はいません。家には家族三人、今は二人ですね」

 そもそも家臣がいないのだ。

「そう……それは大変ね?」

 それがジグルスの実家特有のものなのか、男爵家というのはそういうものかリーゼロッテには分からない。

「リーゼロッテ様のご実家は、やはり多くの家臣がいるのですよね?」

「そうね。それぞれの専門家がいて、その者たちに任せているわ。ほとんど王都にいて領地には滅多に戻らないもの。お父様の仕事といえば決断するだけだわ」

「でも案件は多いでしょうから楽ではないでしょうね? それに決断するのは大変そうです。大きな領地を持っていればそれだけ、お父上の決断の影響は大きいでしょう」

「そうなの。いつも苦い顔ばかりだわ」

「何か大変そうな案件があるのですか?」

 リーゼロッテの実家の話を聞く思わぬチャンス。ジグルスとしてはこれを逃がすわけにはいかない。

「特にこれというものは聞いていないわ。教えても、もらえないわね。家族で仕事の内容を詳しく知っているのはお兄様くらいよ」

「そうですよね」

 残念ながらリーゼロッテからは何の情報も得られない。今の話では、今後も無理そうだとジグルスは思った。

「私の実家はいいわ。別の話をしましょう」

「良いですけど……何の話をしましょうか?」

「そうね。ジークは……どういう女の子が好み?」

 この質問はリーゼロッテとしてはかなり思い切った質問だ。女性がこのような質問をするのは、はしたないという思いがあるのだが、リーゼロッテもまた、この機会を逃したくないと考えていた。

「そういう話ですか?」

「たまにはいいでしょう? 教えて」

「好みと言われても……これ、というのはないですね」

 あえていえば二次元の時の主人公、ユリアーナだが、これは口が裂けてもリーゼロッテには話せない。

「でもやっぱり綺麗な女の子が良いわよね?」

「どちらと言えばそうですけど……微妙です」

「そうなの?」

 外見にはそれなりに自信を持っていたリーゼロッテには、ジグルスの言葉は少しショックだった。

「外見だけだと俺の母親はかなりのものですから。そういう母親を小さい頃から見ているので、外見はそれほど重視していなくて」

「ああ、そうよね。お母様は、そうか、エルフですものね。エルフの方々は男性も女性も美形ばかりと聞きますわ」

 エルフ族は男性も女性も驚くほどの美形。ほとんどエルフを見かけることのなくなった、この世界でも、これは常識として昔から伝わっている。

「俺も母親しか知らないので、何とも言えませんけど」

「どんな雰囲気なのかしら?」

「うーん。澄ましている時は冷たい感じです。子供心にも近寄りがたかったですね。でも表情が崩れると一気に花が咲いたように……あれ?」

 母親のことを語るジグルスだが、何かに気付いて話を止めた。

「どうしたの?」

「そうか。俺の母親はリーゼロッテ様と同じ雰囲気です」

「えっ!? 私?」

 まさかの言葉にリーゼロッテの胸が大きく高鳴った。そのあとも、ジグルスにも音が聞こえてしまうのではないかと錯覚してしまうくらいに、ドキドキと胸が脈打っている。それが恥ずかしくてリーゼロッテは両手を胸に当てて俯いてしまった。

「リーゼロッテ様も澄ましていると、ちょっときつそうな感じです。でも笑うとパアッと……どうしました?!

 胸に両手を当てて俯いているリーゼロッテにジグルスは気付いた。覗く首筋も真っ赤だ。

「ち、ちょっと胸が」

「えっ、大丈夫ですか? 痛いですか? 苦しい? ちょっと失礼しますよ?」

 リーゼロッテの背中を片手でさすりながら、もう片方で服の胸元を開こうとするジーク。

「えっ、あっ、ジーク、ちょっと」

 予想外の行動にリーゼロッテは焦ってしまっている。

「あっ、すみません。でも苦しくないですか? 恥ずかしいかもしれませんけど、少し胸元を広げたほうが楽になりますよ?」

 ジグルスとしては胸が苦しいというリーゼロッテを楽にさせてあげようという好意なのだが、彼女は苦しくて胸を押さえているわけではない。

「違うの。ちょっと嬉しくて」

 ジグルスに母親と同じと言われたことが嬉しくて、胸の動悸の高まりを押さえられなくなっただけだ。

「嬉しくて?」

「あっ、何でもないの。そう、あれよ、綺麗だというお母様と同じだなんてジークが言うから」

 そのままだ。ただリーゼロッテの心の中では意味合いは微妙に違うのだ。

「ああ、でも雰囲気が似ているのは確かですよ。性格は相当違いますけどね?」

「どうせ私は性格が悪いわ」

「そんなことないですよ。性格が悪いのは母親のほう。リーゼロッテ様はとても可愛い性格だと思います」

「……ジーク、私やっぱり休むことにするわ」

「あっ、そうですか。俺も、もう少ししたら寝ることにします」

「じゃあ、おやすみなさい」

「はい。おやすみなさい」

 立ち上がって宿舎に向かうリーゼロッテ。途中で立ち止まって振り返るとジグルスは仰向けになって、じっと夜空を見つめていた。

(鈍感……気障、女たらし。ジークはいつも私を困らせる。貴方の優しさを私だけの物にしたいなんて思いは我儘よね? ジーク……貴方が好き、私はジークが好き。はしたないと人に指差されても声に出して気持ちを伝えたい。でも、それは出来ない。してはいけない)

 言葉に出来ないリーゼロッテの想い。当然、それがジグルスに届くはずがない。変わらず夜空を見上げているジグルス。その彼への視線をなんとか外して、リーゼロッテは宿舎に帰って行った。

 

(むむ?)
(いけないんだ)

 リーゼロッテが去ったところで、散っていた精霊たちがまた集まってきた。

(泣かせた)
(女の子泣かせた)
(悪い奴)
(いけないね)
(おしおき)
(おしおきだ!)
(((おおっ!)))

 リーゼロッテを悲しませたジグルスに向かって、おしおきをしようと近づいて行く精霊たち。ぼんやりとした光から、さらに小さな小さな光が灯る。精霊たちが生み出した魔法だ。魔法といってもエルフとの契約を行っていない精霊たちの攻撃魔法では、当たっても虫にさされた程度の痛みしか感じない。彼等も別にジグルスを痛みつけようと思っているわけではない。精霊は自然を、命を育むもの。傷つける者たちではないのだ。
 小さな小さな光が背後からジグルスに向かって飛んでいく。

(おしおき)
(行けぇ!)

 だがその小さな光はジグルスに届くことはなかった。その手前で全て消滅してしまう。

(ん?)
(当たらない?)
(もう一度だ!)

 もう一度、小さな光がジグルスに向かって飛んでいく。だが結果は同じだった。

(むむ!?)
(よし、もう一度!)

『うるさい!』

(うわっ!)
(何?、何?)

 怒声に驚く精霊たち。怒鳴られたからというより、自分たちに届く声を持つ存在がいきなり現れたことにびっくりしているのだ。

『……お前たちうるさい』

(誰?)
(お前、誰?)

『ジークの邪魔する、許さない』

(精霊?)
(同じ?)
(何処? 何処にいる?)

 声はしても存在を感じられない。それが精霊たちには不思議だった。同じ精霊であれば、そんなはずないのだ。

『ジークの指輪の中』

(どうして?)
(狭いよ?)
(閉じ込められた?)

『違う。ジークを守る為』

(……でも)
(そう、見えてない)
(何故?)

 ジークには精霊が見えていない。そんな相手を守ろうという声の主の気持ちが精霊たちには分からない。精霊が力を貸すのは誓約の相手。自分たちが見えない相手とは誓約など出来ない。

『見えないの理由ある』

(何?)
(理由って何?)

『教えられない』

(けち)
(そうだおしえろ!)
(そうだそうだ!)

『うるさい! 駄目なものは駄目』

(((……)))

 声の主に怒鳴られて黙り込む精霊たち。彼等は感じているのだ。声の主は自分たちよりも力ある存在だと。

『この世界、今、おかしい。だから守る。ジークは誓約者だから』

(……やっぱり仲間?)

 誓約を口にした声の主はやはり精霊。そう彼等は判断した。

『そう。君たちと同じ』

(あっ……?)
(何?)
(彼の髪……)
(えっ? まさか、月?)
(うそ!?)

『どうして、驚く?』

(月は王)
(精霊の王)
(えらい)

『それ違う。間違って伝わってる』

(そうなの?)
(でも)
(四精の頂点って)

『精霊に上下ない。みんな同じ』

(王は?)
(王いない?)
(そんな)

『王はいる。エルフの聖地に』

(王のル――)

『呼ぶなっ!』

(((ひっ!)))

 これまで以上に激しい叱責。その強さに精霊たちは怯えてしまう。

『王の名を呼ぶの無礼。それに消える』

(消える?)
(怖い)
(王、怖い)

『精霊にとって名は大切。それ忘れているのおかしい』

(……忘れてた)
(そう。忘れてた)
(危ない)

 精霊は、その誓約者となるエルフも名を大切にする。名を交わすことで誓約が為されるのだ。彼等にとって名は、人間でいう実印や署名と同じなのだ。誓約の重さは人のそれとは比べものにならないので、価値はそれ以上だ。

『やっぱり精霊もおかしい。何かがおかしい』

 精神的存在である精霊に物忘れなどない。ましてこの世界の契約に関わることとなれば、忘れるはずがないのだ。精霊の存在はこの世界との契約があってこそ。それが失われると精霊は消え去ってしまう。

「ん? 今何か?」

 さすがにここまで騒ぐとジグルスにも精霊の声が聞こえた。言葉とは認識していないが、なんとなく何かがざわついているのを感じたのだ。

「この感覚って……ああ、思い出した。これってアイツの気配に似てる。懐かしいな。アイツ元気かな?」

 幼い日に出会った精霊のことをジグルスは急に思い出した。兄弟や仲の良い友達のいなかったジグルスにとって唯一の遊び相手。それは前世の記憶が戻ってからも同じだ。さすがに子供の遊びは前世の記憶が戻ってからは行っていないが、ジグルスの相談相手になっていたのだ。
 だがいつの間にかジグルスの前に精霊は現れなくなった。母親の差し金なのだが、ジグルスはそれを知らされていない。

『覚えてた。ジーク、覚えてた』

(良かったね)
(うん)
(良かった)

『ジーク、解放されるかもしれない』

(そうなの?)
(どうして分かる?)
(うん、不思議)

『僕を思い出した。制約が緩んでいる証拠』

(制約)
(どうして?)
(それも不思議)

『いずれ分かる。その時は、きっと来る』

 ジグルスの誓約相手である精霊は、その時が来るのを彼の指環の中でずっと待っているのだ。彼を守りながら。

「さてと、もう寝るか。ちょっとすっきりした気がする。自然の中にいるからかな? 混血とはいえ、やっぱり俺もエルフだな」

 エルフの血が流れているジグルスにとって自然豊かな、精霊が多い、この場所は心地の良い場所。それだけでなく、エルフの血に宿る力が活性化する場所でもある。今のジグルスにはその影響は少ないが、それでも誓約を緩める結果になっている。かつての友を思い出したのは、精霊たちの刺激の助けもあったが、それが理由だ。
 ジグルスはただのモブキャラではない。本来のこの世界においては。