ヒューガは待ち合わせ場所で魔族、先生と合流した後、すぐに転移で鍛錬場とした場所に跳んだ。そこはかつてエルフの拠点だった場所。はじめにヒューガがイメージした通り、砦と呼ぶに相応しい造りをしている。
パルス王国との戦い以後、百年は放置されたままであったので、さすがに全体的に痛みは激しいが、生活する場所としては問題ない。
「こんな所があったのですね?」
想像していたのとは異なる周囲の様子に先生はやや驚いている。
「エルフが使っていた拠点らしい。戦場だったというから砦なのかもしれない」
「なるほど。それで周りを高い杭で囲まれているのですね。良い所を見つけましたね。結界のほうはもう?」
「まだ一部。戦場だったせいで色々とね」
「死体……といっても百年前ですから骸骨ですね。それの処理ですか?」
ヒューガから詳細を聞く前に先生は、遺骸の処理だと見抜いた。これにはヒューガも驚きだ。
「良くわかったね? 実際に骸骨自体は無害らしいけど、戦場の怨念って言って良いのかな? そういうのは精霊たちにとっては気持ちの良いものではないらしい。結界を張るのに、まずはそれを清める必要があった。そのせいで結界は一度では終わらないみたいだ」
「そうですか。まあ仕方ないですね。ちなみにどんな処理を?」
「知りたいの?」
「ただの好奇心ですね。魔族の中には死体や骸骨を操る者もいますからね。でも今の話だと精霊たちはそれを無力化できるのではないですか?」
処理方法によっては精霊、その力を使えるエルフは、アンデッドを操る魔族にとっての天敵と呼ばれる存在になるかもしれない。先生が方法を知りたがっているのは、その為だ。
「……それは気付かなかった。確かにそうかもしれないな。僕は詳しく知らないけど、土の精霊の力で骸骨を完全に土に帰してその後で何かやっていた。数はそんなに多くなかったけど、うすぼんやりした光が空を昇って行ったな。昇天って感じかな?」
「百年以上前ですからね。怨念もそれほど残っていませんか」
「そうなの? 長く根付いていると逆に強い力を持ちそうだけど」
「他の場所ではそうなる可能性もありますね。でもここは大森林ですから」
「……自然の浄化の力が強いってことかな?」
「まあ、そんな感じです。ふむ、良い所を見つけましたね」
当初、話をしていた時に比べれば遙かに恵まれた場所。先生は、野原に掘っ立て小屋が一つ建っている程度の場所になるだろうと考えていたのだ。
「ルナたちに教えてもらった。水は問題なし。食糧は昨日見てきた感じでは、まあまあ狩りを出来る感じだ。魔獣も出たけどね」
「戦ったのですか?」
「まさか。未知の魔獣といきなり戦うほど僕は自信家じゃない。見て感じただけでも、一対一では勝てないと思えるようなのがゴロゴロいたし」
拠点としては良い場所であるが、結界内を離れれば、それなりに厳しい場所。ただ、外縁部を除けば大森林はどこでもそうなので、悪条件とは言えない。
「正しい判断ですね。まずは生きること、それが何より大事です。勝負は最後に勝てば良いのですしね」
「それが魔族の考え方なの?」
「私の考え方です。魔族も色々です。命よりも勝負や誇りを大切に考える者もいますよ」
「へえ、そうなると僕の先生は先生で良かったな」
「ヒューガくんもそういう考えですか?」
「ああ、人は生き続ける努力をしなければならない。それをしないっていうのは……」
母親は自分を残して死んでしまった。残される自分の気持ちなど、考えることもしないで。ヒューガにはこういう思いがある。
「いいでしょう。それで結界の範囲はどこまでですか?」
「広さはこの前、話した通り。場所は今いる場所を中心にして水場とあの建物を含んでいる」
ルナたちに結界を張ってもらった場所。ヒューガは目印となるようなものを指差しながら先生に説明した。
「ほう。ちゃんと考えて張ったのですね」
「それはそうだ。水汲みに行くたびに魔獣に襲われたんじゃ、たまらない」
「それはそれで刺激的ですけどね?」
「刺激的って……」
生きることを重視していながら、戦いに対してもこのような発言をする。これが先生独自のものなのか、魔族に共通する性質であるのかはヒューガには分からない。
「まあ、いいでしょう。実際の戦いは基礎を終えてからです。期間内に終えられれば良いですけどね。最長で一年、私を満足させてくることを願っていますよ」
「それはやってみなと分からないな。まずは何から始めるんだ?」
「そうですね……今の実力を確かめたいのですけど。転移は一日何回でも出来るのですか?」
「距離にもよる」
「では今日待ち合わせした場所では?」
「一往復すればいいってこと?」
「それをして且つ結界を広げるのでしょう? 可能ですか?」
(大丈夫)
ヒューガが頼むまでもなく、即答でルナたちは返してきた。
「だって」
「……私には聞こえてませんよ。そういえば今日は顔を見せてくれないのですね?」
「実体化するにも魔力は必要だから。少しでも早く結界を広げるための節約だ」
「そうですか……では、戻りましょう。あの辺であれば魔獣に襲われても大丈夫でしょう」
結局、待ち合わせ場所で鍛錬を行うことになる。だからといって今の作業が不要になるわけではないが、予定外の展開はヒューガの望むところではない。
「……広い場所いらないって言わなかった?」
「そう思っていたのですが、やはり土台はきちんと作る必要があると思いましてね。技術を教える前に鍛錬に耐えられる体作りです。これは喜ぶところですよ。本気で教え込むってことですからね」
「それはうれしいけど……何で急に?」
「別に理由はありません」
理由がないはずがない。鍛錬に積極的になる理由が先生には出来たのだ。
「じゃあ、すぐに行く?」
「そうですね。始めましょう」
いよいよ魔族の先生による鍛錬が始まる。どのような鍛錬になるのか楽しみにしていたヒューガ、であったが。
「はぁ、はぁ、はぁ……死ぬ」
いざ鍛錬が始まると、泣き言が口から漏れてしまう。
「死にませんよ。これくらいでは」
「全力でこんな距離を走り続けたら死ぬかもしれないだろ?」
命じられた鍛錬は、とにかく全力で走るというもの。短い距離を何回もダッシュするのではない。全力で駆け続けろというものだ。当然、勢いは落ちる。それでもその時に出来る全力を出し続けるのだ。
「死にません。だらだらと長く走っても鍛錬にならないでしょう? 実際の戦争で、全力で走らなくて良いのは行軍の時くらいですからね。戦いの最中は常に全力です」
「……そんなはずないだろ?」
動き回っているかもしれないが、全力で走り続けているはずがない。戦場を知らないヒューガでも、これくらいは分かる。
「速く走れなくなった者は戦場で死ぬだけです。さっ、まだ終わりとは言っていませんよ。続けてください」
「……了解」
言われた通りに走り続けるヒューガ。だが、気持ちがどうであっても体には限界が来る。
「……これ、ハア、どれくらいに、ハア、なったら、ハア、合格、ハア、なんだ?」
「そうですね。最低でも時の鐘一回分くらいは走り続けて欲しいですね」
「……それって、ハア、二時間、ハア、だよな」
「二時間という単位が分かりませんが、そういうことなのでしょうね?」
百メートルを十秒台で走ったとしてフルマラソンではどれくらいの記録になるのか。ヒューガはそんなことを考えたが、頭がうまく回らない。
「地味ですけど、ちゃんとやってくださいね? 魔法で身体能力を強化しても心肺機能はそれほど強化されません。心肺機能はもともと持ってる能力が全てといって良いのです」
「……なるほどね。ハア、そういう、ハア、ことか」
魔力で強化出来ない部分は、地力をつけるしかない。これについては納得だが、その方法については再考をお願いしたいところだ。
「おっと魔獣の登場ですね」
見えたのは足が六本ある熊の姿をした魔獣。上あごから長い牙が伸びている。
「どうする、ハア」
「戦えますか?」
「強さが、ハア、わからない、ハア」
「ふむ……それほどでもないようですけどね」
「魔法は?」
「使って良いですよ」
「止まって良い?」
「良いでしょう」
「……ハア、ふうー」
足を止めたヒューガは軽く息を整えて、体内の魔力を活性化、循環させる。軽く手足を動かして、状況の確認。体の疲れは感じない。鍛錬の疲労による動きの劣化もないと判断した。
「……剣がないな」
「これを貸してあげます」
先生はどこからか取り出した細身の剣をヒューガに差し出した。刀身までも漆黒の剣だ。
「……きっと良い剣なんだろうな。なんだか手になじむ」
「準備は良いですか? 大分近づいていますよ」
魔獣はもう目の前に来ている。ここまで近づいてきたということは、魔獣に魔法はないと考えて良いか。武器は六本の足の爪と鋭く伸びた牙。
思い付いたそれをヒューガはすぐに頭から振り払う。決めつけるのは危険だと考えたのだ。
「行く」
気持ちを集中させて一気に前にでる。
二本脚で立ち上がった魔獣が左右から四本の腕を振り回してきた。ヒューガはその腕を躱して懐に入る。足に傷をつけて相手の動きを鈍らせる、予定だったのだが。
「ぎやぁああああ」
「あれ?」
魔獣の足が剣を当てた箇所からきれいに切断されている。支えを失って後ろ向きに倒れる魔獣。残った四本の足で立ち上がろうとしているところに、ヒューガは首筋から剣を突き刺した。
「ぎっ……がっ……」
ほとんど手ごたえを感じなかったが、剣は魔獣に深く刺さり、剣先が頭から飛び出している。
あっけない終わり方。自分の実力ではなく、借りた剣のおかげ。ヒューガはこう判断した。
「ふむ。いきなり懐に入るのはちょっと軽率な感じもしますが、まあいいでしょう。別に鍛錬ではありませんからね」
「すごいな。この剣」
「……あげませんよ」
「……まだ、何も言ってないから」
「強くなるには二つの方法があります。一つは自分自身を鍛えること。もう一つは優れた武具を手に入れることです。使いこなせなければ意味はないので、自分自身を鍛えることのほうが重要なのは言うまでもありませんけどね」
「優れた武具か。僕の持ってるのは国軍の支給品と変わらないからな。良い武器は欲しいけどここじゃあな」
大森林に武具屋はない。ヒューガが知らないだけで、実際にはあるのかもしれないが、買う金を稼ぐ方法がない。
「ドワーフの優れた鍛冶師でもいればいいですけど、まあ無理ですね。とにかく自分自身を鍛えること。まずはそこからです。さぁ続けてください」
「あっ、やっぱり」
魔獣の出没はアクシデント。それが終われば、また全力疾走の再開だ。分かっていたことだが、魔獣との戦闘を終えたばかりのヒューガには、さきほどよりもさらに地味な鍛錬に思えてしまう。
「当然です。今日の予定はまだ半分も終わっていませんからね」
「あとはどんな鍛錬なんだ?」
「それは後のお楽しみ」
「……楽しくないな」
「さっ、無駄口を叩いている暇はありません。始めてください」
「了解」
◆◆◆
ゆっくりと、体の隅々の動きを確認しながら剣を振る。拠点に戻ってからの鍛錬は素振りだった。先生はとにかくゆっくりと振れとヒューガに告げた。虫が止まるくらいに。これが中々難しい。
「どうですか?」
「思ったより難しい」
「それが分かるだけマシです。ゆっくり振ると剣筋がぶれてしまうでしょう?」
「ああ」
ただ斜めに振り下ろす。簡単であるはずのそれが出来ない。
「体が無駄な動きをしている証拠です。この素振りの目的は正しい体の使い方を知ること。無駄な動きは剣筋を乱すだけでなく、剣の速さにも影響します。必要な体の部位だけを正しい方向に動かす。これを身につけるのです」
「それが分からない。どの動きが無駄なんだろう」
なぜ軌道がぶれるのかヒューガには分からない。分からなければ直せない。
「今はまだ、ここと特定出来ませんね。全体的にって感じですから。そうですね……最初は腕なら腕、足なら足と意識を向ける部分を限定したほうが良いかもしれません。ちなみに意識をするのは素振りの時だけではありませんよ。体を動かす全ての場合に有効です。例えば……」
「えっ!?」
少し離れた場所に立っていたはずの先生が、瞬きをする間に目と鼻の先に立っていた。
「どうですか? 見えてないですよね」
「……全然。すごく速かった」
「それは錯覚です。実際の速さはそんなでもないのですよ。ただ私が動くと予測が出来なかった。だから突然目の間に来たように感じるのです」
「……予備動作ってやつ?」
「ほぉ、よく知っていますね?」
「大隊長に教わった。相手の動きを読むには予備動作から判断することが大事だって」
理屈は人族も魔族も同じ。動くという点に違いはないのだから当然だ。
「それは正しいですね。ただ、それをどこまでも高める必要があります。今のように予備動作を最小限に抑えられたら予測できなかったでしょ?」
「その場合はどうやって相手の動きを読むんだ?」
「全く予備動作がないわけではありません。体というのはそういう風になってますからね。ただそれを最小限にしているだけですから、その方法を知っていれば同じことです。それが高めるということです」
ヒューガが予測出来る動き、大きさではないので見えなかっただけ。それを見れるようになるのも鍛錬なのだ。
「自分自身が出来る様になれば相手の動きも分かるってこと?」
「そういうことです」
「それが技術……」
「はい。物事は単純であることのほうが優れている場合が多いのです。剣術には色々な型がありますけどね。そんなものは私に言わせれば余計な装飾です。相手に避けられたくなければ相手より速く動けば良い。相手の攻撃を防ぐのも一緒です。ただ速く。簡単でしょ?」
相手が動くよりも速く動き、相手が避ける前に、防ぐ体勢をとる前に斬る。それに余計なフェイントは要らない。相手に時間を与える必要はないのだ。
「言葉にすれば。それが出来ないからこうして鍛錬してるんだ」
「まあそうです」
「魔族って皆こんなことが出来るの?」
「全員ではありませんよ。これでも一応、私はそれなりの位置にいますから」
「それなり……魔将ってこと?」
「ええ、そうです」
「……僕が言うのも変だけど、魔将がこんな所でこんなことしてて良いの?」
これからパルス王国との戦いが待っているのに、こんなことをしていて良いのか。自分がお願いしたことではあるが、ヒューガは心配になった。
「今はまだ大丈夫です」
「勇者は魔族との戦いに出たはずだけど?」
「私たちの領土に攻め込んでくるまでにはまだまだ時間がありますよ。年単位にね」
「魔族から攻めるって選択肢はないのか? 僕が知る限りでも勇者はまだ発展途上だろ? 今なら先生でも倒せるんじゃないのか?」
以前にも聞いたこと。特別、魔族を応援しているつもりはなく、勇者に恨みを抱いているわけでもないが、ヒューガには理解出来ないのだ。
「そうかもしれませんが、こちらにも事情がありましてね」
「どんな?」
「さすがにそれは教えられませんね」
「それはそうか」
魔族の戦略に関わること。部外者に話せる内容でないのは、ヒューガにも理解出来る。
「はい。手が止まっていますよ。続けてください」
「あっ、分かった」
また剣を上段に構えてからゆっくりと振り下ろす。先ほど言われた通りに、まずは腕を意識して。剣先がぶれているのが分かる。今、自分の腕はどのような動きを行ったのか。入れなくて良い力を入れてしまった。ヒューガはこう判断した。
「力の加減って? どこまで力を抜いて、どこで力を入れればいいんだ?」
「頭で考えてはいけません。感じるのです」
「先生はヨーダか?」
「なんですか、それは?」
「元の世界にあった物語の登場人物。弟子に教えるときに言った台詞だ」
「ほお、それはどんな場面で?」
ヒューガはちょっと軽口を言っただけのつもりなのだが、先生は思いの外、食いついてきた。
「興味あるの?」
「異世界の知識に興味があるのは当然でしょ?」
「この世界の魔法のような力を教える場面だったと思う。『考えるな。感じろ』って台詞」
「なるほど。どこの世界でも同じですね。その人の言うとおりです。考えて理解するのではなく感じるのです。まあちょっと違いますけどね。この場合は体で覚えるです」
「かなり違うと思うけど……そう言う意味ではこの世界の魔法は物語のとは違うよな」
「そうですか?」
「この世界の魔法はイメージが大切。頭の中で考えるものだ。それを魔力が具現化してくれる」
この世界の魔法は考えることが必要。というのはヒューガの思い違い。イメージが具現化するなんて考えは、ヒューガが異世界人であるからなのだが、それが分かっていない。
「……そうですね。だから異世界人は特別な力を持てるのです」
「ん? どうして?」
「異世界人には私たちが知らない優れた知識があります。つまりイメージする元となる情報の絶対量が違うのです。私たちが絶対に無理だと思っていることが当たり前に出来るものだと知っている。その差は大きいですよ」
「なるほどね……そうか」
「どうしました?」
「……いや、ちょっと危険なことを思い付いた」
「なんですか、それは?」
「言いたくない」
固定観念があるせいで魔法の力が制限されてしまうのであれば、何も知らない子供に教えればどうなるか。この世界の常識を超える魔法が使えるようになるかもしれない、なんてことを思い付いたのだが、これは人体実験のようなもの。もしくは人間兵器の製造だ。どちらにしても気分の良いものではない。
「……いいでしょう。私も教えないことがありますからね。それは良いですけど話しながらでは鍛錬の意味はないですよ。これは集中してやるべきことです」
「そうだね」
また体に意識を集中して鍛錬を続ける、つもりなのだが。
(……魔法のイメージね。どんなのがあったかな。魔法剣、これは武器か)
頭の中には雑念が浮かんでいる。
(良い武器欲しいな……炎の属性を持った武器とか。今持ってるのはただの鉄の剣。ちょっと寂しいな)
先生に借りた剣の手応えが忘れられない。優れた武器の威力を、ヒューガは初めて知ったのだ。
(そういえば属性付与とかあったか。この剣に火の属性をつければ炎の剣になるのかな? 属性付与。魔力を流せばいいのかな? 体の魔力を剣にまで広げて、属性を……)
「何をしてるのですか?」
「あっ!」
先生の声でヒューガが我に返った時には、手に持っていた鉄の剣がぐにゃりと曲がっていた。頭の中だけで考えていたつもりだったのに、実際に魔力を流してしまったのだ。
「……説明してもらえますか?」
「魔法剣のことを考えていて、つい……」
「集中しろと言ったはずですよ?」
「ごめん」
「剣に魔力を流してですか……これだから異世界人は」
こういう発想を思い付く。さらにそれを実現してしまう。多くの場合、敵となる魔族にとっては厄介な存在だ。
「いや、まさか実際に魔力が流れてるとは思わなくて」
「教えておきますけど、鉄の剣では無理ですよ。魔力に耐えられません。そうですね……最低でもミスリル製、頻繁に使うのであればオリハルコン製じゃなければね」
ミスリルもオリハルコンも貴重な素材。誰もが手に入れられる物ではない。特にオリハルコンの武具となれば、一国に一本もない特別な素材だ。
「手に入んないよね?」
「オリハルコンですからね。そんなものが手に入ったら一生遊んで暮らせますよ」
「……剣溶けちゃったな」
「はあ、じゃあ今日はこれまでにしましょう。剣はどうしますか? エルフの所に取りに行きますか?」
「予備は何本もある」
「……どうして?」
何故、予備の剣を沢山持っているのか。パルス王国にいた時からヒューガのことを知っている先生には、なおさらその理由が分からない。お金に余裕はなかったはずなのだ。
「ここを清めた時に見つけてもらった。すごく多いと言える数ではないけど」
「戦いの時の武器が残っていたということですか?」
「そうだと思う」
「……すぐ使える状態で、ですか?」
「錆びている感じはなかったな。多分大丈夫じゃないか?」
「百年以上前の物ですよ」
「……あれ?」
百年以上、地面に埋まっていたのに錆びることがなかった。これが異常なことだとヒューガにも分かった。
「良かったですね。オリハルコンは無理でもミスリル製くらいはありますよ。何といっても百年以上も朽ち果てずに残っていたのですから。ただの鉄のはずがありません」
「……ラッキーなのかな?」
「ラッキーなのでしょうね。剣だけですか?」
「鎧もあった。僕の好みじゃない重鎧だけど」
その鎧もまたミスリル製。残っていたということはそういうことだ。
「……やっぱりドワーフの鍛冶師が必要ですね」
「なんで?」
「鎧ならそれなりの材料を使っているでしょう。剣に変えてもらうも良し。軽鎧を作るも良しです」
ドワーフがいれば、使える物に作り替えられる。せっかくの手に入れられた素材を放置しておくのは勿体ないと考えている。
「……無理だ。ドワーフの王国はここから離れてるんだろ?」
「罪人でも待つんですね。まあ重罪人ですからどんなドワーフか保証は出来ませんけどね」
大森林は流刑の地。罪人が送られてくる可能性はゼロではない。ただ、その罪はかなり重いものだ。
「そうなの?」
「ドワーフの法に死刑はありません。流罪が一番重い罪なのです。そしてここは流刑地としては一番過酷な場所。実際は死刑と一緒ですからね」
流刑というのは建前。結界に守られることなく、この地で生き続けられる人はまずいない。どれだけ強者であっても二十四時間三百六十五日、隙を見せないでいられない。そうでなくてもこの地にはとんでもなく強い魔獣が生息しているのだ。
「大悪人だ」
「そういうことです」
「……仲良くできそうもない」
「その前にいつそんな罪人が現れるか……そんな重罪人が頻繁に発生するほどドワーフの国の治安は悪くありません」
「宝の持ち腐れってやつか」
どうやら手に入れた鎧は使い物にならない。それをヒューガは残念に思ったのだが。
「それは言い過ぎですよ。使える物なのでしょう? どうせタダです。欲をかかないで、ただラッキーと思っていれば良いだけですよ」
先生はタダで手に入れられたことを喜べと言ってきた。ただの気の持ち様ではあるが、先生の感覚では重要なことなのだ。
「そうだね。そうする」
「また無駄話をしてしまいましたね。今度こそ集中してやってください」
「わかった」
こんな感じで鍛錬初日は過ぎていく。