月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #33 精霊たちの意思

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 目の前には腰に手を当てて仁王立ちのセレ。最近、何度も見ている光景だ。正直、何故ここまでセレに怒られなければならないのかヒューガには分からない。本人は特別、悪いことを行っているつもりはなく、ただ流れに身を任せているだけなのだ。その流れが異常であることに気が付いていないのが問題なのだが。

「それで?」

「だから言った通り。強くなる為の鍛錬をしてくれる先生を見つけたから、しばらくここを離れる」

「貴方、馬鹿なの?」

「またその台詞?」

 馬鹿呼ばわりにヒューガは慣れていない。常に頭が良いと褒められるほうだったのだ。それもある時期からは喜びではなく、苦しみを感じるようになってしまった。

「私だって同じ台詞を何度も言いたくないわよ。でも言わざるを得ないでしょ? ここを離れてどうやって生きていくのよ? 今の貴方じゃあ、すぐに魔獣にやられてお終いよ」

「そうならないように結界を張って、その中で生活する」

「……今なんて言ったの?」

 ヒューガの口から飛び出したのは、セレが耳を疑う台詞。

「だから結界を張って、その中で生活する」

「誰が?」

「僕というよりルナたちだね」

「「なんと!?」」

 いつものようにギャラリーとして長老たちが同席している。その二人が驚きの声をあげた。

「……結界張れるの?」

「ルナたちが出来るっていうから出来るんだろ。そんなに広くない。せいぜい庭付き一戸建てってとこだね」

「一戸建てって何よ?」

「家のこと。そうだな……聞いた広さはパルス王都にあった武器屋くらいの広さかな? ギルドくらい広いと良いんだけど、さすがにそれはルナたちの負担が重そうだから」

「そんな馬鹿な!?」

 長老たちがまた驚きの声をあげてくる。ヒューガには何をそんなに驚くことがあるのか分からない。

「馬鹿なってどういうこと? 結界って精霊の力で張られてるんだよね? ルナたちが出来るっていうんだから間違いないはず。ここなんてもっと広い範囲で張られてるじゃないか」

「ここの結界は……それはいいわ。確かに精霊は結界を張れると言ったのね?」

「しつこいな。ルナたちが大丈夫って言ってるんだから出来るんだよ」

「「「……」」」

 セレと長老たちの三人は何とも言えない表情でヒューガのほうを見ている。ヒューガは分かっていないが、結界が張れるという事実は驚きのことなのだ。

「何を驚いているんだ?」

「……貴方はどんな精霊と結んだの?」

「どんなって言われても……元はセレと一緒にいたんじゃないか? 僕がルナたちと接触するようになったのはセレと会った後だから」

「そう聞いたけど……」

 確かにヒューガは以前、こう言っている。だがセレはそれに疑問を持っている。

「名持ちということだからでしょうか?」

「そうとしか考えられん。しかし本当にそれが出来るのであればうまく使えば……」

 長老の二人はルナが名前を持っているので、特別な力を得たのだと考えた。それ以外に理由は考えられないのだ。

「結界って、簡単に張れないものなの?」

 この会話を聞いて、ヒューガもようやく異常なことのようだと気付いた。

「……隠しても意味ないわね。大森林で結界を張るということは、その場所を精霊が相手に譲り渡すのと同じなの。今、大森林に張られている結界はかつて精霊からの深い信頼によってエルフに譲渡された場所。精霊との信頼を失くしたことでその範囲は昔に比べて小さくなったわ。精霊にとって自然は力の源。その力の源を譲るっていうのは特別なことなのよ」

 セレ、そして長老たちには新しい結界を張る力はない。今、結界が維持されているのははるか昔の盟約により残ったものなのだ。

「結局、精霊との信頼関係を取り戻すしかないってことか……試してみたの?」

「まだよ。ただ、その場所に全員で行けば良いってわけじゃないかもしれない。下手な接触の仕方をして、わずかに残っている関係まで途切れてしまっては……とにかく古い書物を調べているところよ」

 セレも長老の二人も神のごとき存在との接触についての知識はない。パルス王国との戦いでは多くのものを失った。知識も、それを持っていたエルフの死によるものだが、その一つだ。

「……あのさ、皆それぞれ精霊と結んでいるんだよね?」

「ええ、そうよ」

「じゃあ何で聞かないの?」

「……聞いているわよ」

 ヒューガの問いを受けて、セレの表情が歪む。

「教えてくれないってこと? 結んでいるのに?」

「そうよ。そういうことは聞かないでくれる? 精霊が応えてくれないってエルフにとってはすごく誇りを傷つけることなの」

 精霊を従えられていない、という考えが間違いないのだが、そう思っていなくても精霊は応えてくれない。そういう関係であるからドゥンケルハイト大森林はエルフにとって住みづらい場所になっているのだ。

「ごめん。でも何でだろう? ルナたちの話では仲良くしたがっている精霊たちは結構いる感じだけど」

「そうなの?」

「ああ、仲直りのきっかけがつかめないとか言ってた」

「きっかけ?」

「そう。喧嘩した相手と仲直りするにしてもきっかけは必要だ。そういうことだと思う。そういう場合は間を取り持ってくれる人がいたりするといいんだけど、それがエルフの神様……違った。神様は精霊に命令しないって言ってたな。なんか精霊たちの中でもリーダー的な立場の精霊がいて、その精霊だったらうまくやってくれるみたいな話だった」

「……リーダーって何よ?」

「親分みたいな? 力を持った存在のことだと思う」

「精霊の親分……無理よ。会えるわけないわ。きっとエレメンタルのことでしょ?」

「なるほどね。でも月の精霊は?」

 エレメンタルは火水風土の四属性の精霊。そこに月は存在していない。そしてセレの精霊は月であるはずだ。

「……いないわ」

「なんで?」

「正確にはいなくなった。エルフの王国が滅んだ時にお母様と一緒に」

 パルス王国との戦いで使用した禁忌の魔法。それのせいだ。

「……セレが結んでいるのは月の精霊だよね? よく結んでくれてるね?」

「どういう意味?」

「自分たちの親分が巻き添えを食って死んでしまったんだ。普通怒るよね?」

「……そうね」

「そんな風に考えたことないの? あのさ、もしかしてセレたちは精霊たちが自分たちの為に何かしてくれるのを当たり前だと思ってないか?」

 ヒューガはだんだん腹が立ってきた。自分よりも遙かに精霊たちと付き合いが深いはずの、そうでなければならないはずのセレたちが何故こうなのか。それが現状を招いた一番の原因ではないのか。何故そう考え、改めようと思わないのかと。

「そんなこと……」

「ただ利用するだけの相手に信頼なんて寄せられない。それでも結んでくれている精霊たちは本当に優しいんだな」

「優しい……」

「なんか想像していた関係と違ってたみたいだ。エルフと精霊はお互いにお互いを大切にし合って生きてるんだと思ってた。でもセレたちからは精霊に対する愛情が感じられない」

「そんな……」

「言い切れるか!? 精霊たちを、魔法を使うための便利な道具だと思っていないって! 精霊たちは自分たちに従うのが当然だなんてこれっぽっちも思っていないって!」

「「「……」」」

 ヒューガの言葉に黙り込むセレたち。この構図はそもそもおかしいのだ。エルフである彼女たちが、異世界の人間であるヒューガに精霊について説教を受けるなんてあってはならないことなのだ。

「もし今、僕が言ったように少しでも思っているなら、精霊たちとの信頼回復なんて無理だと思う。神様にお願いする前に自分たちのそういう考えを改めるんだな」

「私たちは……」

「精霊たちは優しい。結んだ相手の為には自分を犠牲にしても何でもやろうとしてくれる。その優しさに甘えていては本当の信頼関係なんて結べないと思う……えらそうに言えるほど僕が立派なわけではないけど」

「……何で貴方は精霊たちのことがそんなに分かるの? 貴方と結んでいる精霊たちはそんなことまでヒューガに教えてくれるの?」

「それこそ僕には何故セレたちが分からないのかが分からない。結ばれているってそういうことじゃないの? 口に出す言葉とは違った気持ちがなんとなく通じるものだと思ってた。口では平気だって言っても少し無理してたり、ちょっと大変という言い方をしてても実はすごく無理をしてたり、普通に感じるけどな」

 ヒューガが精霊について語れるのは、ルナたちの気持ちを知っているからだ。言葉ではなく心でコミュニケーションをとっているヒューガとルナたち。ヒューガにはルナたちの誠意がよく分かる。自分をどれだけ大切に思ってくれているかが分かるのだ。

「……私にはそこまで分からない」
「私は……」
「……」

 セレたちはそうではない。それでは精霊たちとの仲直りなんて無理だとヒューガは思う。何者かの仲介で仲直りをしても、すぐに関係は壊れてしまうと思う。

「……なんかきついこと言ったみたいだけど、結局そういうことなんだと思う。信頼を取り戻すには自分たちが変わったってことを精霊たちに示さないと。それが出来たらきっと精霊たちはエルフを許してくれるんじゃないかな」

 エルフが改心すればその気持ちはすぐに精霊に通じる。神頼みは間違いだとヒューガは思った。

「まさか人族に精霊のことで説教されるとは……」

 呆然とした表情を見せていた長老の一人が呟きを漏らす。

「誇りが傷ついた?」

「いや、逆だ。少しすっきりした。我等は誇りの持ち方を間違えていた。そういうことなのだと思う。持つべき誇りはエルフが自然を守護する無二の存在であるということ。他の種族より優れているとかそういうことではないのだ。そんな当たり前のことを、まさか小僧に教えられるとはな」

 誰一人としてこんなことを訴える人はいなかった。それは長老である自分たちの役目ではなかったのか。ヒューガがそれを気付かせてくれたことに、長老は素直に感謝している。

「……そういう言われ方をされると困る。ここまで言っておいてなんだけど、僕の言ったことが正しいとは限らないから」

「間違っていない。それくらいは我等でも分かる。ヒューガの言葉は素直に我らの心に入り込んだ。これを正しく判断出来ないようであれば我らの心根を腐りきっているということだ。そんな者たちが存続して良い場所ではない。この大森林と言う場所はな」

「ちょっと大げさ過ぎない?」

「大げさではない。ヒューガの話は我等の根源に関わること。エルフと精霊との関係というのはそういうことなのだ。それを誤った我等はエルフであってエルフではない」

「だから大げさだって。間違ったのであれば正せば良い。それだけのことだ」

「その通りだ。とりあえず礼を言わせてくれ。本来であれば長老という立場にいる我等が他のエルフたちに教え聞かせなければいけないことなのだ。それを、事もあろうに我等自身が忘れていた。それを思い出させてくれたヒューガは我らの恩人だ」

 ヒューガに向かって深く頭を下げる長老の二人。セレもその隣で頭を下げている。

「時間がかかるかもしれん。それでも我等はやらねばならん。精霊との信頼を取り戻すためにな。その為には」

「まずは一人一人が結んでくれている精霊たちときちんと向かいあうことですね」

「そうだな」

「では早速、全員を集めましょう。そこでこれから我等がすべきことをきちんと説明しないと」

 すぐに行動に移そうとする長老たち。それ自体は良いことだとヒューガも思うが、本題が完全に忘れられているのは困る。

「あの……それでここを離れる件だけど?」

「……仕方ないわね。許可するわ。今もっとも精霊に愛されているのは貴方かもしれない。そんな存在に私たちがどうこう言う権利はないわ」

 ヒューガとルナたちの深い結び付きを思い知らされては、セレも反対出来ない。

「ちょっと複雑だけど、まあ許可をもらえたってことで。あと僕のいる場所には勝手に近づかないで」

「鍛錬の邪魔をするつもりはないけど?」

「そうじゃなくて、僕の鍛錬の先生って魔族だから。協定とかの都合上、会わないほうが良いよね?」

「えっと……今なんて言ったのかしら?」

「だから僕の先生は魔族だから会わないほうがいい。だから勝手に近づかないで」

「……ねえ、貴方、馬鹿なの?」

「またそれ?」

 

◆◆◆

セレの許可をその場の勢いで得たことで、ヒューガはエルフの都を離れることに決まった。鍛錬を教えて貰える先生との合流は明日。それまでに拠点となる場所を決めておかなければならない。
 大森林の土地勘など全くないヒューガはルナたちに頼るしかない。その件をルナたちに相談しようとしているのだが。

「ほう。こちらがヒューガ様が結ばれた精霊ですか」

 何故かエルフが同席している。ヒューガが最初に気絶した時に部屋にいて様子を見ていてくれた男のエルフだ。ただその口調はずいぶんと丁寧なものに変わっている。

「……なんでお前が僕の部屋にいるんだ?」

「セレネ様に命じられました。ヒューガ様のお世話をするようにと」

「元気だけど」

「看病というわけではありません。側について色々お手伝いするように言われております」

「お手伝い……僕が何をしようとしてるかは?」

 ただのお手伝いであるはずがない。セレから何か吹き込まれて来ているのは間違いない。

「聞いております」

「魔族と会って大丈夫なの?」

「それについては長老たちの判断で大丈夫だと。魔族はあくまでもヒューガ様の客人。私はヒューガ様の言うなれば部下です。ヒューガ様を通じて接触するわけですので問題はないはずです」

「部下ってのはおかしくない? セレに仕えてるんだろ?」
 
「そうですが、セレネ様は正式に王になったわけではありませんので」

 かつての王家の血を引くセレだから敬っているだけ。国が、王がいない今はエルフたちに主従関係はない。これは事実だ。

「だからと言って部下ってのはおかしい」

「部下で問題があるのであれば弟子でお願いします」

「弟子? 僕はこれから先生について学ぶんだ。僕自身が弟子なんだけど」

「そう言われましても……精霊との正しい付き合い方を学ぶという点でヒューガ様は我らにとって師匠と言える訳ですから。弟子で正しいと思います」

 彼がここに送られて来たのはこれが理由だ。エルフと精霊の関係を改善する。その為には深い結び付きを持つヒューガに習うのが一番と考えられたのだ。

「そういう考え? でもエルフが人間である僕に精霊との付き合い方を学ぶっておかしいと思う」

「いえ、セレネ様や長老たちからお聞きしました。ヒューガ様は御三方にエルフとしての正しいあり方を示された。師匠と呼ぶにふさわしい方だと私自身思います。お側にて学ばせて頂きたいと考えています」

 少々、ヒューガに嫌がられても彼は引くわけにはいかない。エルフの未来がかかっているかもしれないのだ。

「じゃあ付いてくるのは良いけど……」

「ありがとうございます」

 ヒューガも受け入れることにした。エルフは変わろうとしている。それが自分の言葉が影響しているとなれば、放り出すわけにはいかない。

「それで何て呼べば良い?」

「私はテミスの裔、プティノポロンの息子。カルポでございます。普通にカルポとお呼びください」

「それ正式な名乗りじゃない? 良いの?」

「はい。かまいません」

 名を告げるのは信頼の証。カルポはヒューガにそれを示したのだ。

「じゃあ、カルポさん」

「カルポと」

「……年上では?」

 カルポは普通に年上に見える。長命なエルフだ。外見ですでに年上に見えるのであれば祖父母くらいの年であってもおかしくない。

「まあ。ただ師匠にさん付けで呼ばれるのはどうかと思いますが?」

「師匠ってのは譲らないんだ……まあいいか。そういうことなら教えて欲しいことがある」

「私で答えられることであれば」

「拠点をどこにしようか悩んでいる。どこか良い場所はない? 生活の場だから水の確保がし易くて、食糧に出来る動物がいる場所。あまり危険な場所は困るけど、かといって大森林の外縁に近いのも駄目」

 ヒューガは拠点にする場所について相談することにした。大森林で暮らしているカルポであれば、良い所を知っているかもしれないと考えたのだ。

「まず確保すべきは水ですね……大森林を流れる川沿いで、あまり危険ではない場所ですか……」

「心当たりない?」

「いえ、我らの狩場が何カ所かありますので、そこが良いと思うのですが……」

「ですが?」

 何か問題があるということだ。

「そこは既にある程度の結界が張られています。割り込むような形でも問題ないでしょうか?」

「……それは駄目。エルフの場所を奪うような真似はしたくない。やっぱりルナに聞いたほうが良いかな?」

「すみません。私の行動範囲は結界周辺に限られていますので……長老たちならもっと良いご提案が出来るかもしれません」

「気にしなくて良い。それでルナ、何処か良い場所あるか?」

「あるよ」

「それは何処?」

「昔エルフが使っていた場所。古いけど建物もあるし……でもちょっと」

「問題があるのか?」

「たくさん死んでる」

「死んでる? それって危険な場所ってことだろ?」

 多くの人が死んでいる、生きられない場所は良い場所とは言えない。そんな場所を何故、ルナが薦めてきたのかとヒューガは思った。

「危険な場所じゃない。戦いで死んだから」

「戦場だった場所か……そこに結界を張ることに問題は? 変な影響が出るとか、力が一杯必要になるとか」

「最初は力を一杯使うかも」

「それは……清める為かな?」

「そう。自然の力を邪魔するものはどかさないと」

「他に良い場所ないか?」

 ルナが力を沢山使うと断言するということは、実際にかなり問題がある場所なのだとヒューガは思った。無理をさせる必要はない。こう思って、別の場所にしようと考えたのだが。

「うーん。ヒューガたちが住むにはそこが一番良いと思う。ルナたちで相談してそう思った」

 ルナたちはルナたちなりに、十分に考えて、その場所が良いと決めたのだ。

「でも、清めるのに力使うんだよね?」

「そう」

「……僕の魔力を全部使ったら?」

「出来る。でもその後が大変。結界を張るにも力が必要。魔力がない状態で結界の外にいるのは危険」

「えっと……まずは清めるのに力を使って、その後に結界を張るのにも力が必要ってこと?」

「そう」

「なるほど。二段階か……そんなに無理をしても良い場所なの?」

 鍛錬場にするにはかなりの労力を必要とする場所。他にもっと楽に結界が張れそうな場所があると思えるのに、何故そこをルナたちは選んだのか。

「建物がある。それに使ってない扉がある。これを一から作るのは今のルナたちじゃ無理」

「扉?」

「大森林の色々な所にいけるの」

「……転移できるってこと?」

「そう。すごく便利。力もほとんど使わない」

 ルナたちがその場所を選んだのはこれが理由、だけではないのだが、重要な要素ではある。

「エルフの拠点、戦場ってことは、もしかして砦みたいなものなのだったのかな? 確かにそれは便利だ。でも魔力が足りない……カルポは?」

 恐らくは元は重要拠点であった場所。そこを自分の拠点に出来ることは悪くない。では問題をどう解決するかとなったところで、ヒューガはカルポの存在を思い出した。

「私? 私が何をするのでしょうか?」

「清めるのは僕たちでやる。その後でカルポが精霊にお願いして結界を張ってもらう」

「出来ませんよ。そんなこと」

 それが出来るのであればセレたちは苦労しない。

「じゃあ逆は? 清めるのをカルポたちがやる。結界は僕たちが張る」

「それも無理です」

「……聞いてから答えたら? やるのは精霊たちだ。カルポが答えることじゃない」

「……わかりました。聞いてみます」

 カルポは目を閉じて意識を集中させてる。精霊と話してるのだと思うが、そこまでの集中が必要なのかとヒューガは疑問に思う。

「分かった?」

「あの……なんて聞けば?」

 話をしていたのではなく、話をしようとしていただけだった。

「はあ? そのまま聞けば」

「でも、私はヒューガ様のように普通に会話なんて……」

「うそ? じゃあ精霊魔法ってどうやってるの?」

「決まった詠唱がありますので」

「……結界の場所を聞くときは?」

「危険か危険じゃないか。あとは大体の方向を伝えてくれます」

 この話を聞いて、セレもまた大森林を訪れた最初の時に、結界を確認する度にカルポの様に集中していたことをヒューガは思い出した。精霊との結びつきが弱いというのはこういうことなのかと、とも思う。

「お前たち、本当にエルフ?」

「すみません」

「……近くにいるんだよね?」

「精霊ですか? はい、辺りにいます」

「ルナ、カルポの結んだ精霊たちと話したいんだけど、出来るかな?」

 ヒューガはルナに仲介を頼み、直接話を行うことにした。

「ん……いいって」

「そう。カルポと結んだ精霊たち、今までの話聞いてたかな?」

(……聞いてた)

「良かった。聞こえた。ルナが言っている場所知ってる?」

(……知ってる)

「そこを清めること出来る? 大変な思いをするんだったら、ちゃんとそう言って。ルナたちと違って、感じられないと思うから」

 カルポの精霊の気持ちは、ヒューガには分からない。言葉だけで判断するしかないのだ。

(……頑張れば)

「それは傷ついたり、死んだりしない?」

(それは大丈夫。でも動けなくなるかも)

「うーん。それは大変だな。カルポの力を使ってもそうなの?」

 動けなくなるまで酷使する。そんな真似をヒューガはしたくない。

(……使えない)

「何で?」

(……渡さない)

「はあ? そんなの勝手に取っちゃえば?」

(……それ駄目)

「優しいな。じゃあ、カルポが良いって言えば良いよね?」

(……ん)

「良し。じゃあカルポ、精霊たちに伝えて。自分の力を自由に使って良いって」

 カルポに許可を出させようとするヒューガ。

「自由にですか? それって……」

 それにカルポは躊躇いをみせる。精霊に自由に魔力を使わせるということはどういうことなのかカルポには分からない。分かっているのはヒューガの実績。何日も寝込んでいたヒューガをカルポは知っているのだ。

「ちょっと気絶するくらいだ。大したことじゃない」

「そんな……」

「死ぬわけじゃないんだから良いだろ? 実際、僕はこうして元気でいる。それに僕の手伝いをしろって言われて、ここにいるんじゃないの?」

「……わかりました。それどうすれば?」

 ヒューガにそこまで言われては、カルポも嫌とは言えなくなる。側にいられなくなっては困るのだ。

「精霊に良いと言えば良いだけだと思うけど……ちょっと待って。カルポは良いって言ってる。カルポの口からそう言えば良いのかな?」

(んん。もう認めてる)

「そっか。それで? カルポの力を使ったとしてどれくらいで出来る?」

(……範囲は?)

「そっか。そうだな。この部屋十くらいの広さだと?」

(……ん、一回)

「百くらいだと?」

(……同じ。一回)

 十倍になっても精霊の答えは同じ。それだけ広範囲の浄化が出来るのだ。土の精霊であるからこそなのだが、この時点ではヒューガには分からない。

「……けっこういけるな。じゃあ大丈夫だ。その場所がそれより広くても、あとは出来る範囲で少しずつ広げていこう。結界もそれに合わせて広げれば良いんだな。ルナ、これで良い?」

「いいよ。すぐにやる?」

「ちょっと待って。まずはカルポの精霊たちと段取りを確認しよう。その場所を清めるのはそこに行ったほうが良いよね?」

(そのほうが楽)

「そうなるとまずはそこにいく必要があるけど、それはどうする?」

「ルナたちは問題ない。ヒューガは近くにいた方が良いと思う。ルナたちが連れて行く」

 ヒューガ一人を転移させるくらいであれば、ルナたちにとってそれほどの負担ではない。問題は。

「カルポは必要?」

 カルポをどうするか。カルポの精霊たちがルナたちと同じことが出来るのであれば良いのだが。

(力だけ必要)

 カルポの精霊たちには転移は出来ない。

「先に力をもらってから? それともお前たちが力を使う時に必要なのかな?」

(どっちでも)

「じゃあ、俺とルナとお前たち……僕が名づけるのはまずいよな。なんか良い呼び名ない?」

(ん。私たちは私たち)

「そうだよな……何の精霊なの?」

(土の精霊)

「名前を付けるのは駄目だし……愛称とかって通用するかな? 名前じゃないけど親しみを込めて呼ぶときに使う呼び名」

(愛称?)

「そう愛称。たとえば土の精霊だから……男、女とかあるのか?」

(どっちでも)

「じゃあ……ゲノムスとか」

(ゲノムス……それが名前)

 精霊たちに愛称なんて概念はない。ゲノムスを名前として認識した。

「えっ! いや、ちょっと待って!」

 焦って止めようとしたヒューガだが、もう手遅れ。声しか聞こえなかった土の精霊たちが黄色く光る玉になって目の前に現れた。

「師匠! うそでしょ! あっ……」

 力を失って倒れるカルポ。ヒューガが名付けた形だが、それでもカルポの精霊たち、ゲノムスはカルポから魔力を貰っている。結果オーライだ。

「えっと……ゲノムスは大丈夫か?」

「ん。強くなれた。力もらった」

「そっか、良かったな。じゃあ、カルポはしばらく目覚めないだろうからここに寝かせておこう。じゃあ行くか?」

「うん」「ん」

 ルナたちの声と共に真っ暗になるヒューガの視界。かつてエルフたちが使っていた拠点。その場所にヒューガは転移する。自らの拠点とする為に。その意味をヒューガが知るのは、もう少し先の話。
 精霊たちの意思がドゥンケルハイト大森林を変えていく。