月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #11 両親の秘密

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 監察官が期限をむかえて、すごすごと帰って行った翌日。グレンは,ドーン元中隊長の家を訪れていた。監察の結果の報告と、その成功報酬を受け取るためだ。

「いくつか指摘はされましたが、それで中隊長が罪に問われることはないはずです。よくある計算ミス、記入ミスの類として判断されたでしょうから。実際に、監察官はこんな初歩的なミスをするとはなんて怒っていました。まあ、怒っていたのは自分たちに対してだと思いますが」

 監察の結果を報告するグレン。その表情は満足気だ。

「そうか。よくやってくれたな。しかし、よく隠せたものだ」

 結果を聞いたドーン元中隊長も嬉しそうだ。

「ほとんどが運です。もう一度、同じ事をやれと言われても、出来る自信はありません」

「それでもだ。結局、何をしたのだ? 全て任せっきりだったので、俺は少しも分かっていない」

 グレンに言われるがままに署名する。ドーン元中隊長のやったことは、これだけだ。

「大したことはしていません。本当に運なのです」

「その運を教えてもらいたいのだ」

 ドーン元中隊長にしてみれば、まるで手品のようだ。種明かしをしてもらわなければ、気になって仕方がない。

「そうですか……水増し請求の件については、まず仕入先の商家を回って、領収書の再発行をしてもらいました」

 領収書は偽造されていた。それを本来の数字に戻すための再発行だ。 

「ほう。よくそんなことをしてもらえたな?」

「間違って捨ててしまったと言ったらあっさりと。珍しいことではないそうです。まあ、一年分と言ったら、さすがに呆れられましたけど」

「そうだろうな」

「その領収書を元に本来の金額での書類の作成に入りました。これが成功したのは完全な運です。正規の書類にするには軍制局の署名が必要ですので、一か八かで日付を書かずに書類を提出しました。結果は中隊長もご存知の通り。軍制局の人は文句を言いながらも、日付のない書類に全て署名をして返してくれました。その上、軍制局の台帳の存在を教えてくれて、その改竄にも協力してくれました」

 日付を入れれば、それで過去の書類になる。軍政局の署名の入った正式な書類の出来上がりだ。

「あれはな。あれでは不正がなくなるはずがない」

 軍政局の人間が訪ねてきた時のことをドーン元中隊長は思い出した。それとなく賄賂の催促までしてくる始末だった。

「軍制局内部でも不正は行われているのでしょう。そうでないと、うちの台帳を改竄した分、どこかに狂いが出るはずです。そうなっても構わないくらいに、他でも狂いが出ているということだと考えました」

 軍政局は国軍全てを管理している。一中隊の動かす金の何百倍もの金だ。今回のズレなど全体で見れば誤差なのだ。

「そうだろうな。あの軍制局の役人もうちだけに特別だったわけではなさそうだった。それとなく今後の協力もほのめかしていたな」

 ちょっとお目こぼしをするだけで、金が入ってくる。軍政局の役人にしてみれば、良い金づるだ。

「そうでしたか。そうなると注意しておいたほうが良いですね。恐らく、しばらくすれば軍制局、それ自体に監察が入るはずです」

「そうなのか?」

「元帥閣下が軍の不正を憂いておりました。何とかしなければならないとも。あれは、そういうことだと思います」

「……閣下と話を?」

 ドーンも他の者たちと同じ。元帥とグレンに接点があると知って、驚いている。

「たまたま、図書室で会いました。一度話したら、末端の兵の話を聞くことも有意義だなんて思ったようで、最近また二度ほどお会いしてます」

「……お前という奴は。どんな伝手を持っているのだ?」

「迷惑な伝手です。ああ、話を戻しましょう。物資の横流しは、取り敢えず誤魔化しただけです」

「取り敢えず?」

「うちの在庫は合ってます。でも、他中隊がずれているはずです」

「……あれか。伝票が混ざっていると何人もに文句を言われた」

 別中隊の中隊長が伝票が混ざっているや、間違って物品が届いていると盛んに伝えに来ていた。ドーンは、その理由が今、分かった。

「申し訳ありません。それです。うちの伝票で在庫を増やしても、帳簿はあいませんので」

「合うのか?」

「あの伝票は他の中隊のものとして処理されています。だから、そちらに納品されたのです」

「どうしてそんなことが出来る?」

 グレンの手法は手品を通り越して魔法のようになってきた。どうして、そのようなことになるのかが、ドーンには、さっぱり分からない。

「大隊内部の処理なんていい加減ですから。伝票は騎士団官舎の棚に部隊毎に置くことはご存知だと思います」

「ああ、さすがに知っている」

「それは棚毎に、大隊長の署名を受けて、数字を足して、別の伝票にされて処理されます。その時に大隊長は中身なんて見ていません。別の者が署名しているなんて噂もありましたが、あれも本当ですね」

「何故わかった?」

「まあ色々と調べて」

 情報の出処をグレンは濁した。ドーンに知られても問題にならないとは思っているが念の為だ。

「……それで?」

 ドーンも深く聞くことは止めておいた。こういう言い方をするからには、グレンに話す気はないのだと分かるからだ。

「一つに纏められた伝票はその中隊の在庫の照会に使われます。そして提出した伝票は手元にある。見えないところにですが。伝票はなく在庫は増える。それで、うちの中隊の在庫は帳簿と合うことになります」

 横流しで消えた物資がこれで戻る。あくまでも数字上はだが。

「……見事なものだ」

「一時的な誤魔化しです。他の中隊に物品を返さないと、他の中隊の在庫があいませんので」

 三一○一○中隊の物資が増えた分、他の中隊の物資は足りなくなっている。他の中隊に監察が入れば、そうでなくても棚卸しをすれば気づくことだ。

「なるほど。しかし、どうやって返す? それをすれば、また足りなくなるであろう?」

「そこは……不正を増やしました」

「何?」

「合同演習の現場で予備として用意されていたものを頂戴しました。現場ですので伝票も要らない。取ったところを見られなければ大丈夫です。これだけ経って何も言われないので、バレていないかと」

「……全く」

 ここまでくるとドーンは、何にどう反応して良いかも分からなくなる。

「少し足りませんが、まあ、少しくらいの在庫のズレはミスということで。その基準もあるようで、それは満たしているはずです」

「本当に感心するな」

「ですから運です。監察が来る時期が分かっていた。その間に合同演習なんて物資を補充する機会があった。大隊長がいい加減な人だった。そして何よりも軍制局の担当者が不正に協力してくれる人だった。これだけの条件が揃うことはもう二度とないでしょう」

「その運が生き残る為に大切なのだ」

 実際に驚く程の幸運だと思う。だが、その幸運を得られる人というのは、特別な存在なのだとドーンは感じている。

「自分としては、軍で無駄に使わずに、普段の生活の為に残しておきたいところです。なので自分も退役することにしました」

「ああ、聞いている。聞いているが無理ではないか?」

「何故ですか?」

「さっきの話を聞いて思った。お前、もしかして閣下に引き立てられたのではないか?」

 グレンの中隊長昇進にはトルーマン元帥が関わっている。これをドーンは疑っている。

「……そうは聞いていませんが、そうだとしたら?」

「退役なんて無理だ。閣下の顔を潰すことになるからな。絶対に許可は出ないぞ」

「嘘!?」

 トルーマン元帥が推挙した人間が直ぐに軍を辞める。トルーマン元帥本人とは別の理由で、それを許さない者が出て来るのは予測出来る。

「いや、絶対にそうなるぞ。小隊長になって間もない者を中隊長になんて普通ではない。それだけの無理を通したのだ。閣下の推挙があったと考えた方が辻褄があう」

「いや、それは困ります」

「困ると言ってもな」

「自分は本当にもう軍には居たくないのです。元帥閣下に名を覚えられたことで尚更」

 目立ち過ぎた。自業自得な点はかなりあるのだが、さすがにグレンは今の状況は問題だと思っている。

「名を覚えられたらまずいのか?」

「名というか、勇者に同行をなんて無理を通されたらどうなります?」

「……それは思い浮かばなかった。最悪だな」

 勇者に同行するなど一般の兵士にとっては、名誉なことでもなんでもない。死の確率があがるだけの、これ以上ない程、迷惑な話なのだ。

「自分だけでなく、中隊全員に迷惑を掛ける事になります。それだけは絶対に避けなければなりません」

「そうだな……しかしな」

「閣下に引き立てられたとは限りません。とにかく退役願いが出します」

「まあ、それをしてはいけないという理由はない」

「そうします」

 悩んでいても仕方がない。まずは行動することだ。

 

「そうか……では、そうなる前提で話をしないか?」

 グレンの決心を聞いたところで、ドーンが表情を改めて尋ねてきた。やや、緊張した面持ちだ。

「何でしょうか?」

「お前のことだ。話したくないとは思うが聞いておきたい。それに、その内容によっては、俺からお前に話したいこともある。お前が静かに暮らしたいなら知っておくべきことだ」

「……とりあえず何を聞きたいのかは伺います」

 実に思わせぶりな話。これで聞きませんとは言いづらい。

「お前が隠している一番の秘密は何だ?」

「漠然としていますね?」

「そうとしか聞けん。だが、お前の警戒心、その周到さはその年令では異常だ。余程のことを隠しているのではないかと思ってな」

「そうであれば、尚更話せないと思いますが?」

 ドーンがかなり踏み込んできていることを知って、グレンの表情も引き締まる。

「俺は数日の内に王都を出る。地方の街で暮らすつもりだ。家族はもう先に向かっている。監察の結果を待って、お前に報酬を渡すために残っていただけだからな。それと中隊の連中にも決して話さない。そもそも、もう会うこともないであろう」

「それを信じろと?」

「それに値する情報を提供出来るかもしれない」

「…………」

 ドーンの言葉に、グレンは目をつむって、じっと考え始めた。それに対して何も言わずにグレンの決断を待つドーン。

「……良いでしょう。お話します」

 グレンの中で結論が出た。

「そうか」

「俺が隠している秘密は、俺が人を殺しているという事実です」

「兵士としてではなく、だな?」

 兵士としてであれば、人に隠す必要などない。当たり前のことなのだが、ドーンは念押しの言葉を口にした。

「はい。そうです。最初から話しましょう。きっかけはある貴族が、ああ、誰かは分かっておりません。貴族であろうと考えているだけです」

「ああ」

「ある貴族と思われる男が、妹を見初めたことです。ただ見初めたという表現は正しくありません。目を付けたが正しいですね」

「どう違う?」

「その時、妹は十才です。そして相手はどうやら妻子がある男」

「……どんな趣味だ。それは」

 グレンの話は、ドーンがさすがに無いだろうと思っていた理由だ。十才の子供に恋慕する男、それも妻子の居る男の心境は全くドーンには理解出来ない。

「変態です。いくら可愛いとはいえ、十才の少女を妾にと望む男ですから」

「確かに異常だな。だが、相手を知らないのだろう? お前の妹は相当に美人だと聞いた。ちょっとどうかと思うが、それから四、五年後なら、結婚してもおかしくない」

 四、五年経てば成人。それであれば、おかしな話ではない。それどころか貴族に嫁げるのだから、悪くない話だとドーンは考えている。

「結婚ではなく妾です」

「貴族であれば複数居てもおかしくない。まあ、正妻が居るということだが、それなりに良い待遇で、贅沢な暮らしも出来るのではないか?」

「中隊長」

 ドーンの話は、グレンには全く納得出来ないものだ。

「ああ、悪い。敢えて疑問を極端に言っているだけだ。悪気はない」

「十分に悪気を感じますけど。まず、中隊長は妾と側妻を混同しています」

「違うのか?」

「側妻は妻です。二番目、三番目であろうと正式に認められた妻となります。でも妾は違います。妻として認められることはないし、そもそも存在も隠されます」

 平民の娘に、妻の座を用意するくらいの相手であれば、両親が死ぬような事態にはならなかっただろう。

「そうだったのか。知らなかった」

「一生を日陰の身で過ごすことになります。いえ、年を取れば、そうでなくても飽きられたら、あっさりと捨てられるかもしれない」

「それは酷いな」

「そんな境遇に妹を置けるわけが無い。当然、両親も受け入れませんでした。何度使いの者が来ても、目の前に大金を積まれようとも」

「つまり両親は、その貴族に?」

「はい。諦めるどころか力づくで妹を奪おうと考えたようです。それも卑劣な手で」

「それは?」

「知り合いと言っていたので、近所に住む者を脅したのか、買収したのかは知りませんが利用したようです。そいつに、妹の誕生日を知った、そんな口実で贈り物をさせました」

「それが酒か」

 第十小隊の面々の前で、グレンが意識的に漏らした言葉。それはドーンにしっかりと伝わっていた。

「……ああ、これは話しましたね。そうです。酒と妹の為の菓子を持ってきたようです。その酒に痺れ薬か何かを入れたのだと思います。これは想像です。それに気が付いた両親は意識がある内に、俺と妹に地下室に隠れるように告げました」

「両親は隠れなかったのか?」

「狭い地下室ですから。全員は入れませんでした。しばらく隠れていると、外で大きな物音と怒声が響き始めました。それが静かになったので、俺が地下室から出てみると」

「両親は死んでいた」

「はい。そして、両親を殺した男たちもまだ居ました」

「……それで人殺しか。よく殺せたな?」

 グレンが告白した人殺しの事実。ようやく、その話になったのだが、逆にドーンは信じられなくなった。

「完全に油断していましたから。俺はその時、まだ十二。それに剣を使えるなんて思ってもいなかったようで、数人は武器も持たずに、俺に近づいてきました」

「数人って。複数を相手にしたのか?」

 十二才の子供が、複数の大人を相手にする。益々信じられない状況だ。

「頭に血が上っていましたから、無我夢中ですね。気がついた時には、全員死んでいたが正しいです」

「まあ。普通は一人は殺せても、そこで動揺してしまうからな。しかし……」

 自分が知っている以上にグレンは強いのではないか。この思いは飲み込んでおいた。

「そういう点では幸運でした。動揺して訳が分からなくなったのは全員を殺した後です。そこからは記憶が曖昧です。泣き叫ぶ妹を宥めながら、自分も泣き叫んでいる。それだけを覚えています。いつの間にか眠っていて、起きたら次の日でした」

「それからはどうしたのだ?」

「取り敢えず、寝たことで冷静になれて、殺した者たちを地下室や物置に詰め込んで。探せるだけの金目のものを集めて、家を出ました」

「そうか。まあ、正しい判断だ」

 正しい判断どころか、良くそこまで頭が回ったものだと感心している。

「隠れ家として使っていた物置に潜んで、乗り合い馬車の時間を待って、村を出ました」

「よく咎められなかったものだな」

 子供二人で旅に出る。物騒な世の中で、そんな無茶をする者はまず居ない。

「変な目では見られました。ただ、これも運が良かったのか。次の街で乗り換えた所で、近づいてきた男がいて」

「はっ?」

「いや、怪しいので警戒はしていたのですが、妹が懐いてしまって。しかも、行き先が王都だと言うし、大人が一緒だと思われると変な目でも見られなくて」

 幸運。こんなところでもグレンには幸運があった。ドーンはグレンの話を聞いて、こう思った。

「……そうか。なぜ、王都を?」

「人を隠すなら人の中。灯台もと暗し。そんな事を両親に聞いたことがありまして」

「人を隠すは分かるが、灯台もと暗しとは何だ?」

「知りませんか? すぐ近くは意外と見えないものだという意味だそうです。貴族といえば王都。まさか逃げている者が王都にいるとは思わないだろうと思いました」

「なるほど。ご両親は博識だな」

「変なことばかり知っているのです。とにかく王都に着いて、住む場所を探しました。それもその男が手伝ってくれました。安い所であればと、今の宿屋を教えてもらって、後は知っての通りです。仕事を探したけど見つからず、仕方なく国軍に入りました」

「そうか」

「隠し事は以上です。俺は人を殺していて、それは多分、貴族の手下で、恐らく貴族は俺を、妹を探している」

「だから貴族に異常な警戒を、特に妹さんにはか。よく分かった」

 自分の知っているグレンのこれまでの行動と今の話の辻褄は合っている。ドーンは少し気持ちがすっきりした気分になった。

「俺は話をしました」

 グレンがドーンに説明を求めてくる。

「そうだな。俺の話をしよう。さっきは国軍を辞めるのは無理だと言ったが、俺も辞めたほうが良いと思う。閣下とは違う理由でだ」

「それはどんな理由ですか?」

「それが俺が話したいことだ。但し、これはあくまでも推測だ。推測だが、事実であれば、お前は国軍を辞めて王都を離れるどころか、王国から離れた方が良い」

「はっ!?」

 ドーンの話はグレンが思っていた以上に大事だった。

「順を追って話そう。両親の仕事が何かは本当に知らないのだな?」

「はい」

「俺はお前の両親は傭兵だったのではないかと思っている」

「傭兵……盗賊よりは少しはマシですね」

 傭兵という職業には、少なくとも犯罪の色は見えない。あくまでもグレンの知識の中ではだが。

「話を続ける。理由はまずお前が身に付けている剣。それなりに正統な剣だと思える。少なくとも独学で身に付けた剣とは思えない」

「そうかもしれません」

 これはボリス小隊長にも言われたことだ。

「そしてそれを教えていたのは母親だ。そんな女性がどこにいる? 盗賊だとしても、それはあくまでも女としての扱いだろう」

「そうでもないような……まあ、続けて下さい」

 グレンの頭に浮かんだのはローズだ。少なくともローズは盗賊の女という感じではない。頭領ではないかと疑っているくらいだ。

「あとは、お前の父親が長く家を離れていること。行商人ではないのだろう?」

「それはないと思います。商品なんて持って出て行ってませんから」

「両親ともに戦う事が出来て、それも強い。お前、今、盗賊に不覚を取るか?」

「絶対とは言いませんが、とりあえず今のところは不味いと思ったことはないです」

 これも一般兵としては結構異常なことなのだが、グレンの場合はもっと異常なことがある。

「そのお前よりも母親はどうだ?」

 母親の存在だ。

「……まだ勝てないと思います」

 グレンの顔に苦笑いが浮かぶ、母親の怖さを思い出してのことだが、ドーンには分かることではない。

「それで盗賊の線はない。行商人もない。傭兵だと考えるのが妥当だ」

「確かに」

「さて、その線でお前の両親を探してみた」

「そこまで?」

 自分を探っていたのは知っているが、両親のことまで調べているとは思っていなかった。

「お前が両親の死因を頑なに隠すからな。そこに何かあるのだろうと思ったのだ」

「そうですか」

「王国内で活動していて女の傭兵がいて、もしくは居た、でタカソンという姓。この姓も珍しいからな」

「とっさに考えた姓ですから」

「最初から姓などつけるな。姓を持っている方が珍しいのだから」

「それを知らなくて。まだ世間知らずだったのです」

「余談か。結論から言えば見つからなかった」

「あらっ……」

「そこで考え直してみた。まずは既に活動を終えているのではないかということだ。お前の父親がもし団長であれば解散している可能性はあるからな。団長を慕って纏まっている傭兵団は多い。そういうことは珍しくない」

「団長って……なんだか話が凄くなってきました」

 傭兵だというだけでも驚きなのに、傭兵団の団長とまでなると何が何だが良く分からなくなってくる。
 だが、驚くのはまだ早い。本題はこれからなのだ。

「凄くなるのはこれからだ。そこで思い付いた傭兵団があった。解散したかまでは知らないが、活動の噂を聞かなくなった傭兵団だ。そして、その傭兵団には女の傭兵もいた。団長の片腕と言われるくらいに強い女だ」

「……良く知っていますね? 中隊長はずっと第三軍では?」

 盗賊退治が主な任務の第三軍で、傭兵を知る機会などないはずとグレンは思った。

「そうだ。その第三軍も嘗て戦った事がある」

「対外戦争に出ていたのですか?」

 第三軍が国外の戦いに参陣していたなんてグレンは初耳だ。

「出たことはある。だが、今、話しているのは国内の戦いだ」

「……国内の治安維持に傭兵ですか? それってどういう状況ですか?」

 国軍だけでは押さえ切れない内乱。これもグレンは聞いた覚えがない。

「お前、勘違いしているな。戦ったの意味は一緒に戦ったではない」

「……はい?」

「その傭兵団は常に王国の敵側に立つ。まるで王国に恨みがあるかのように。それもどんな場面でも出てくる。戦争だけでなく群衆の暴動などに味方する時もあった。公にはされていない反乱などでも参加してくる」

「……つまり、俺は王国を敵視する傭兵団の団長の息子ではないかと?」

「そう言っている。それと付け加えれば、敵視しているのは我が国もだ。何度も痛い目に合っているからな。それの関係者を見つければ、さてどんなことになるか」

「……だから王国を離れろと」

「そうだ。妹さんが大事ならすぐそれをしろ」

「事実であれば、ですね」

 事実であって欲しくない。グレンが現実逃避に出ても、誰も文句は言えないだろう。何といっても、父親は王国のお尋ね者だと言われたのだ。

「まあ、そうだが」

「ちなみに、その傭兵団は何ていう傭兵団なのですか?」

「銀の鷹。銀鷹傭兵団だ」

「それは、また最悪な名前ですね。事実じゃなくても誤解されそうです」

 こう言いながらグレンは自分の髪を乱暴に手で払った。

「……そう言えば、銀髪で姓がタカソンか。だから姓なんて付けるなと」

「知らなかったって言ったじゃないですか。自分にあるから、そういうものだと」

「心当たりはないのか?」

「ないですね。自分の家が何か特別だったのかも分かりません。他人の家なんて知らないので」

「世間知らずも程々にしろ」

 周囲の住人と接点がほとんどない。それは子供であるグレンたちも同じだった。友達と遊ぶどころか、友達なんて居なかった。

「それは両親に言って下さい。そういう育て方をした両親が悪い」

「死んだ者には何も言えん」

「まあ、そうですね。それで? 今の話は中隊は全員知っているのですか?」

「いや。ボリスだけだな。他の者は傭兵団なんて知らない。俺とボリスの会話を全く分かっていなかった」

「……ちょっと意味が分かりません」

「この件に気付いた後は口にするのが怖かった。だから具体的な話は何もしていない」

「怖かったというのは?」

「これも噂だ。銀鷹傭兵団は五十人程度となっている。だが、実際の数は遥かに多いと考えられている」

「どうしてですか?」

「情報力。何故という戦場に現れてくる。それと、謎に包まれた傭兵団だ。それを調べようとする者は多い。当然、我が国もな。だが、それをした者の多くは消されているらしいのだ」

 人数だけの問題ではなく、たかが傭兵団とは思えない何かを持っている。謎に包まれた傭兵団というドーンの表現は実に的を得ている

「それでか」

「そうだ。調べていると思われたら、自分たちが消されると思った。だから推測のまま、裏付けを取ることはしていない」

「つまり、話はここまでですね?」

「……そうだ」

 グレンの雰囲気が変わったのを感じて、ドーンに緊張が走る。

「そうですか」

「俺を……俺を殺すか?」

「秘密は守らなければなりません。違いますか?」

 しかも自分とフローラの命に関わる秘密だ。これが漏れることは絶対に避けなければならない。

「……そうだな」

 ドーンにもそれは分かっている。ただグレンに気を許したのが間違いだった。

「……でも、止めておきます。知らないでいては危険でした。ありがたい情報を頂いたと感謝しています」

「……そうか」

 ドーンは、一気に身体中の力が抜けた。死の恐怖は何度も経験しているが、目の前のグレンが与える恐怖は、戦場で感じるそれとは違った恐ろしさがあった。

「さて、もうひとつの用件を済ませたら帰ります」

「ああ、そうだった。用意してある。これを受け取れ」

 ドーンがテーブルの上に置いていた革袋を押し出す。グレンをそれを手に取ると、口を開けて中身を覗いた。苦いものがその顔に浮かぶ。

「……なんとなく想像してましたけど、少ないですね?」

「まあ、中隊内で動かせる予算など、たかが知れているからな」

「そうですね。入るなら兵としてではなく、軍政局でしたか。無理ですけど」

「そうだな」

 文官は平民が就ける職ではない。

「では、これで。中隊長の第二の人生が幸多き事を願っております」

「ありがとう。お前の第二の人生も」

「ありがとうございます。ただ次は、第三の人生くらいのつもりですけど」

「……そうだな」

 この先、グレンの人生は、第三、第四の人生と言えるくらいに変遷していくことになる。だが、グレンがどのような人生を歩むのか。そこまでは分かるはずもないドーンだが、唯一分かっていたことがある。
 グレンに、穏やかな人生など決して待っていないことだ、