目が覚めた頃には日がすっかり昇っていた。こんな時間まで寝ていたのは久しぶりだ。慣れない長旅でさすがに疲れていたのかもしれない。
王都を出て一カ月。かなりパルス王国の東のはずれに近づいてきている。乗合馬車など、出来るだけ速く移動できる手段を使ってここまでやってきた。ここまでの旅費のほとんどはディアが負担している。駆け出し傭兵である僕が稼げる金などわずか。まとまった金を持たない自分は、彼女に頼るしかなかった。
早く目的地について働けるようにならないと。これを考えると焦りが生まれる。好きな女の子のお金に頼っている現状には強い抵抗を感じるのだ。
きちんと奥さんを養う、という言葉が頭に浮かんだところで昨晩のことを思い出した。思い出し、夢ではないかと思い、頬をつねってみる。今つねっても痛いに決まっているというのに。
宿屋ではこれまでもディアと同じ部屋だったが、寝るときは別々に寝ていた。ベッドが二つあれば、それぞれのベッドで。無い時は僕が床かソファー。
それをずっと続けていたのだが昨夜に限って、何故かディアはベッドで寝ろと言ってきた。あまりにしつこく言うので冗談半分、期待半分で「一緒に寝る?」と聞いてみたら、まさかのことに、それにディアは素直にうなづき、ベッドに横になってしまった。
心臓をバクバクさせながら隣に横になる。真上を向いて体を硬直させている僕の顔に、ディアの柔らかい髪がかかった。
――そのまま重なる二人の唇。
ただでさえ固まっていた僕の体は完全に硬直してしまった。いくべきか、耐えるべきか。頭の中では葛藤が渦巻いていた。
だがそれはそう長くは続かなかった。ディアの寝息が聞こえてきたのだ。
この状態で眠れるのか、と少し驚いたが、これも自分への信頼の証と受け取り、そうなると我慢するしかないと心は決まり、眠ることにした。
眠れない。そう思っていたけど意外と早く眠気が訪れ、気が付いたら今だ――ディアと、どんな顔をして話せば良いのか。
今、ディアは部屋にいない。自分が寝坊したので先に一階の食堂に向かったのだろう。まだ間に合うかもしれない。自分も食堂に行って、一緒に食べよう。そう考えてベッドを降りたところで、部屋の扉がノックされた。
ディアがわざわざノックをするはずがない。では誰か。
急いで服を着替え、剣を背中に隠し持って、ゆっくりと扉を開ける――そこに立っていたのは、セレだった。彼女のことを完全に忘れていた。
「何よ、その顔? 完全に忘れていたって顔ね」
「いや……はい、その通り」
取り繕っても意味はない。ここは素直に認めることにした。
「ちょっとひどくない? 一緒にいようって約束したのに」
「そうだけど」
「私を置いていくなんてひどいわ」
「ごめん」
「あの日の私との約束、忘れてしまったのね?」
「……それ、わざと言ってるよね?」
わざとらしい台詞。セレとの約束はそんな艶っぽいものではない。彼女はディアがいるのを分かっていて、こういう言い方をしているのだ。
「なによ? 忘れていたのは事実でしょ?」
「そうだけど、そんな言い方されたら誤解される」
「何? 誤解されて困るようなことがあるの?」
「それは……」
「一緒にいた女の子なら、もういないわよ」
「……えっ? 今、何て言った?」
あり得ないセレの言葉に、自分の耳を疑った。
「だから貴方と一緒にいたディアって娘はここにはいない。日が昇る前に出て行ったわよ」
「……嘘だ」
セレが何を言っているのかは分かっている。だが、感情がそれを認めようとしない。
「こんなことで嘘をついても仕方ないでしょ?」
慌てて部屋の中を見渡すと、確かにディアの荷物がなくなっていた。当たり前だが朝食を食べるのに荷物を持っていく必要などない。セレの話は事実だと認めるしかない。
「……なんで?」
「理由は……それに書いてあるんじゃない?」
セレが指差す先は部屋の真ん中にある小さなテーブル。その上に置かれた一枚の紙だ。ゆっくりと、まるで危険物でも取り扱うように、慎重にそれを手に取る。
テーブルの上のそれは、ディアからの手紙だった。
『ヒューガへ 何も言わずに姿を消す私を許してください』
ディアは自分の意思で出て行った。分かっていたことだが、はっきりとそれを思い知らされた。
『ううん、許してくれなくても良い。だって私はヒューガを騙したのだから。私は城を出て自由に生きたかっただけだったの。小さい頃からずっと城に閉じ込められていた私は、外の世界に出てみたかった。その為に私はヒューガを利用したの』
ディアらしくない言葉。長いと言える付き合いではない。それでもこれは彼女の言葉ではないと思える。
『私はこれから王女なんて地位を捨てて、好きに生きるつもり。だからヒューガと一緒に旅を続けることは出来ない。私のことなんて忘れて、ヒューガも自分のやりたいことを見つけて、自由に生きて』
夏も同じようなことを言っていた。ディアを守るでは何故いけないのか。ディアが伝えてきた言葉であっても納得出来ない。
『ヒューガと旅をしたこの一カ月間、とても楽しかった。私にとって大切な思い出です。さようなら。ディアより』
「…………」
ディアは自らの意思で出て行った。それは分かった。だが何故、どうしてこんなことになってしまったのか。頭の中がぐちゃぐちゃで、考えることが出来ない。
「言う必要ないと思うけど、それ嘘よ」
「……勝手に読むなよ」
「いいじゃない。減るものじゃあるまいし」
「そういう問題じゃない……なんで嘘だと思う?」
「手紙の所々に滲んだ跡がある。それ、涙でしょ?」
セレの言うとおり、手紙にはいくつか皺になっている箇所がある。泣きながら書いた嘘の手紙。なんで、こんな手紙をディアは残したのだろう。
「……セレは分かる? 何でこんな手紙を残したのか?」
「どうだろ? 本心を隠すってのは相手の為でしょ。つまり君の為ってことね」
「僕か……」
「それ以外にないでしょ? 君の為に彼女は離れる必要があった。心当たりはないの?」
「……あるような、ないような」
これだと思う理由はない。それでも心当たりを探すとすれば、ディアではなく他の人の言葉だ。
「はっきりしないわね」
「そのはっきりしないことかな? ある人に言われた。僕は定まっていないって」
そして、厳しい冬を乗り越える為には、何かを捨て去ることも必要だと。バーバさんの言葉はやはり預言だったのだろうか。
「そう……何となく、そういうことね」
「どういう意味だよ。それ?」
「彼女もそれに気付いていた。そして貴方がその、定まるっての? それをするのに自分は邪魔になると思った。だから嘘をついて身を引いたってことでしょ? まっ、嘘はつききれていないけどね? 最後の二行、それが彼女の本心よ。離れなければならない、でも離れたくない。その決心の為に一カ月の時間を必要とした。もしくはせめてもの思い出として二人だけで過ごす時間が欲しかった。そういう事じゃないの?」
セレの説明は納得出来る内容だ。きっとこの通りなのだろうと思う。だが、これをどう受け入れれば良いのかが分からない。
「……僕はどうすれば良い?」
「あら意外ね? すぐに追いかけるって言い出すかと思っていたわ」
「感情ではそうしたいと思ってる。でも……理性がそれを間違いだと教えている」
今すぐディアのあとを追いかけたい。そういう衝動が心の中を駆け巡っている。でも、頭のどこかで、それは違うという自分がいる。そのわずかな理性が僕の行動を邪魔している。
我ながら自分が嫌になる。こういう時は何も考えずに行動を起こすべきなのに……これも頭で考えていることだ。
「そんなに自分が嫌い? でも、それも間違いなく貴方自身よ。それは認めなきゃ」
「……それで僕は定まるのかな?」
「そんなに簡単だったら彼女は出て行かないでしょ? そうね、私には貴方たち二人の関係は良く分からない。でも何となくこう思うの。貴方たち二人は出会うのが早過ぎたんじゃないかな?」
「早過ぎたか……似たようなことを仲間に言われた。僕は急ぎ過ぎてるって」
夏はきっとこうなることを知っていた。知っていたからあんなことを言ったのか。それともディアも同じように思って、これを決断したのか。
「そう、仲間がそう言ったってことはきっとそうなのね……いい仲間ね? そんな風に言いづらいことを言ってくれるなんて」
「……そうだね。僕もそう思うよ」
その夏の思いやりを僕は無視した。無視した結果が今であるなら、自業自得ということか。
「その仲間は? あとから合流するのかしら?」
「いや、彼らには彼らのやるべきことがある。少し頼み事もしたしね。しばらく会う予定はない」
「……でもいつか会う時は来る。そういうことね?」
「……多分」
「じゃあ、それまでは貴方も貴方のやるべきことをやるのね」
「僕がやるべきこと……それが見つからない。ディアを守る為に何かをしようと思った。でもディアはそんな僕から離れていった」
ディアがいなくなって、やるべきことも失った。今考えても、自分が何をすべきかなんて思い付かない。
「そう……じゃあ、とりあえず彼女を守るに相応しい男にでもなったら? 彼女が一緒にいても大丈夫だって思えるくらいに」
「ディアを守れる男か……それは大変そうだ」
「そうね。何といってもパルスの王女様だものね」
「知ってたの?」
「ええ、一緒に行動する人間が何をしているかくらいはちゃんと把握してるわよ。だからここにいるんでしょ?」
「そういうことか」
つまり王都を出る前から僕の行動を把握していたってことか。全然気付かなかったな。他にも監視が付いていたかもしれない。もしかしたら王都を無事に出られたのは、運が良かったのか。
「しかし、すごい女の子に惚れちゃったわね。パルスはこの大陸で一番の強国って言っても過言じゃないわよ」
「そうだろうね」
「そのパルスから彼女を守るってことでしょ……じゃあ、君。王にでもなってみる?」
「……簡単に言うなよ。傭兵王みたいに国を奪えってことだろ、それ」
自分にはそんな力はない。仲間も冬樹と夏くらい。それで国を奪えるはずがない。
「もっと簡単よ。いえ、簡単かもしれないけど、もっと難しいかもしれないわね」
「具体的な考えがあるみたいな言い方だね?」
「あるわよ。いいわ、とにかく君は私と一緒に来なさい。私が君に国をひとつ用意してあげるわ」
「はっ……?」
「だから、私が君に国をプレゼントしてあげる」
「………冗談だよね?」
セレの突拍子もない話に僕はしばらく開いた口がふさがらなかった。でもセレはどうやら本気で言っているみたいだ。
ディアを失ったことで僕は目的を失った。何もやることが思いつかないのだから、セレのふざけた夢物語に付き合っても良いか。そんな半分投げやりな気持ちのまま、言われた通り、セレに付いて行くことにした。
向かう先はセレの故郷、ドュンケルハイト大森林だ。
◇◇◇
馬車の外はもうすっかり朝。朝の光に照らされた草木が次々と後ろに流れて行っている。かなりの速度で、馬車を走らせているみたい。
ヒューガはもう私の手紙を読んだかな? どう思っただろう?
私のことを嫌いになったかな?
嫌われるために書いた手紙だけど、やっぱり心が痛くなる。
ヒューガと離れることは王都を出る前から決めていた。ヒューガに気付かれないように、こっそりとその為の手配もしてきた。駄目元で頼んでみたけど、伯父さんにあたるイーストエンド侯爵は、すぐに私を受け入れることを承知してくれた。バレたらどんな罪に落とされるか分からないというのに。
結局、私は周りに迷惑をかけているだけだ。ヒューガはこんな私に囚われてはいけないの。ヒューガにはきっと大きな使命がある。私のせいで、それを捨て去るようなことになってはいけない。
ナツちゃんにもこの件は話してある。何度も何度も私に「それで良いの?」って確認したけど、ナツちゃんにも思うところはあったみたい。最後は「私が納得しているのであればそれで良い」って言ってくれた。
ひとつだけ間違っていると言われたのは、別れたらもうヒューガには会わないって私が決めていたこと。
ナツちゃんはそんな考えでは駄目。次に会う日を信じて日々を生きるべきだって言ってくれた。必ずお互いを必要とする日がまたやって来る。その日の為の準備を忘れちゃいけないって。
それはナツちゃん自身がそうしようと思っていることなのだろう。ナツちゃんもフーくんもヒューガと離れ離れになる。でもナツちゃんは次に会う日の為に、今まで以上に頑張るつもりなのだろうな。フーくんもきっと離れ離れになることを知っても、変わらず強くなろうと頑張るはず。
私も頑張らないと。ナツちゃんと約束した通り、また皆で集まる日の為に、私は私が出来ることをしなければならない。それが何か今はわからない。でも必ず見つけないと。
離れ離れになってもヒューガに会う前に比べれば、ずっと幸せ。生きる目的を持てるのだから。
大丈夫。昨日の夜の思い出だけで私は何年でもその日を待つことができるから。
でもヒューガはどう思ったかな? はしたない女だと思われたかな……実際そうだけど。いやだ。顔が火照ってきた。今になって恥ずかしくなるなんて。
「あの、クラウディア様?」
「はいっ?」
急に声を掛けられて現実に引き戻された。もう少しヒューガのことを考えていたかったのに。
声を掛けてきたのは、正面の席に座るイーストエンド侯爵家の長男、チャールズ・スコット殿。私の従兄にあたる人だ。
「大丈夫ですか? 少し顔が赤いようですけど。熱でもあるのでは」
「いえ! 大丈夫です」
「そうですか……なら良いのですが。クラウディア様に何かあっては、お迎えを任された者として父に顔向けできません」
「あの、そのクラウディア様というのは……私はもう王女ではありません」
「でも……まだ正式に決まったわけではありません」
「それでも私自身がすでにそれを捨てています。今の私はイーストエンド侯爵家の厚意に甘えて、お世話になるだけの身です。そんな私に、次代のイーストエンド侯爵となるお方がそのような態度を取っていては、周りに示しがつきませんよ」
「それでも正式な通達がない限りはクラウディア様は第一王女です」
「……でもそんな態度では私の正体が知られてしまいます。私をかくまっているのがバレたら、イーストエンド侯爵家にご迷惑がかかりますから……本当に申し訳ありません。母の兄というだけでイーストエンド侯爵に無理なお願いをしてしまって」
「それについては、あまり気になさらずに。その辺は父がうまくやると思います」
「うまくですか?」
「はい。幸いといっては何ですけど、クラウディア様はまた魔族に攫われたことになっているようです。それをうまく使って、父が交渉を行うことになっています」
「魔族にですか?」
「詳細までは分かりませんが、魔族が城に侵入した痕跡が残っていたとか」
「……そうですか」
もしかしすると魔王が私の為に何かしてくれたのかしら。パルスに戻って四年が経っている。まだ私のことを気にかけてくれていたとしたら。私はその厚意に対して何が出来るのだろう?
「お伝えしておいた方が良いですね。予定ではこうです。魔族に攫われたクラウディア様をたまたま辺境の巡廻に出ていたわが家の軍が見つけ、助け出した。二度も魔族の誘拐を許すなど王城の守りは信用できない。今後クラウディア様は血縁関係にあるイーストエンド侯爵家で保護する。もちろん他意がないことを示すために、クラウディア様は第一王女の地位を降り、王位継承権も放棄する。こういう筋書きです。少し無理はありますけど、そこは有力貴族派の筆頭である父です。なんとか押し切れるでしょう」
「やっぱり無理をさせてしまっていますね?」
「本当に無理であれば父は引き受けませんよ。きちんと勝算があってのことです」
「だと良いのですが……」
「大丈夫ですよ。安心してください」
チャールズ殿はそう言って、私に微笑みを向けた。
「わかりました」
気を使ってくれているのが分かったので、私もそれに微笑みで返す。
「……クラウディア様には笑顔が似合いますね。そう言えば前に私と会ったことがあるのを覚えていますか?」
「えっ? そうなのですか?」
「覚えていないですよね? まだクラウディア様が小さな頃ですから。私もまだ子供でした。父に連れられてクラウディア様のお母様、王妃様ですね。お会いしにいったことがあるのです」
「……母が生きている頃ですから私はまだ四歳か、その前ですね」
魔族に攫われる前のこと。攫われた時の記憶も曖昧な部分が多いのだから、その二年前では何も覚えていない。これを口にしたら言い訳になるから言わないけど。
「はい。クラウディア様は王妃様によく似ていますね。特に笑った顔がそっくりです。まだ幼かった私ですが、王妃様の笑顔はよく覚えています」
「そうですか」
「その笑顔を取り戻したのは、一緒にいた男のおかげですか?」
「あの……」
ヒューガについて聞かれても、どう答えて良いか分からない。イーストエンド侯が彼をどう思っているのか分かっていないもの。
「氷結の王女。クラウディア様は陰でそう言われていました。たまに人前に現れることがあっても全く表情を変えることはない。そう聞いていたのですが……」
「そうですね。ヒューガに会う前の私は笑うことを忘れていましたから」
「良いのですか? 無理に別れなくても、彼も一緒に我が家に来る選択肢もありますよ?」
「それは……」
「しかるべき地位につけてあげることも出来ます。彼に実力があれば功績をあげることで、もしかしたら領地は無理でも、爵位を手に入れることは出来るかもしれない。名誉貴族程度の爵位では、まだまだクラウディア様に相応しくないかもしれませんが、それでも無位無官の今よりは可能性があります」
「……チャールズ殿は勘違いをされていますね。ヒューガが私に相応しくないのではなくて、私がヒューガに相応しくないのです」
好意で言ってくれているのは分かる。でもチャールズ殿はヒューガのことを分かっていない。会ったこともないのですから、当たり前ですね。
「クラウディア様はパルスの王女ですよ。そのクラウディア様が相応しくないはずが……もしかして魔族のせいですか?」
「ヒューガは気にしません。彼は種族とか身分とかそんなものには一切偏見を持たない人ですから。チャールズ殿もヒューガに会えば驚くかもしれませんね。あっ、でも驚くより怒るほうが先かもしれません。ヒューガは敬語を使うことをしません。お父様、パルス国王に対してもですよ?」
「それはまた……会うことがあるか分かりませんが、頭に入れておきましょう」
「会うことは……どうでしょう? きっとあるような気がします。チャールズ殿が正しい道を歩んでいけば」
「それはまた……ずいぶん買っているのですね? 彼のことを」
「少し贔屓目もあるかもしれません。でも実際どうかはいずれ分かるでしょう」
ヒューガがこのまま埋もれてしまうはずがない。必ず世の中に飛び出してくるはず。何がきっかけは分からないけど、必ず。
「いずれは彼の側にと考えているのですね?」
「はい。その時までにヒューガに相応しい人間になっておきたいと思っています。これは私だけではありません。他にもそう思っている人がいます。その人たちの気持ちも私は裏切りたくありません」
今はまだ何もない。でもいつか来るその時に向けて、私は頑張らなければいけない。そうでなくてはナツちゃんの思いを裏切ることにもなってしまう。
「……会っておけば良かったかな。そんな話を聞くといったいどんな人物なのかと興味が湧いてきました」
「さっき言った通りです。チャールズ殿が正しい道を歩んでいれば、いつか会えますよ」
「正しい道。それはどういうものなのでしょう?」
「それは私にもわかりませんが……そうですね。他言しないと約束してくれるならヒントを教えてあげてもいいですよ」
「……約束します。決して誰にも、父にも話しません」
「信じましょう。ある方がヒューガを見て口にした言葉です。見てと言ってもその方の目は見えないそうですが。その見えない目でその方はヒューガをこう表現しました。日の当たる場所、魂の美しい人、一筋の光明、導き手」
「……それはどういう意味なのでしょう」
「今は分かりません。それに続く言葉もあったようですが、それは最後まで聞けなかったそうです」
でも私は続く言葉が何か予想がついている。それを見抜いたのは、さすがに月の預言者と呼ばれた方だと思う。
「その盲目の方とは?」
「さすがにそれはお話しできません。万が一にもその方のご迷惑になってはいけませんから」
「それ程のことですか?」
「それも分かりません。でも、ヒューガが私の思う通りの人だとしたら、多くの味方とそれと同じくらいの多くの敵を得ることになります。変に巻き込んではその方にご迷惑でしょう」
「いくら異世界人とはいえ……いえ、クラウディア様がいずれ分かるとおっしゃるのですから、その時を待つことに致しましょう。さて、その時に私は彼にとって味方なのか敵なのか」
「それはチャールズ殿がご自身でお決めになる事です」
「味方になれとは言わないのですね?」
「無理に味方を作る必要はないでしょう。ヒューガに必要なのは少数であっても本当の意味で共に歩める人です」
無理に味方になってもらう必要はないと思う。無理をして味方になろうとしても、きっとヒューガはそれを見抜き、受け入れないと思う。
「……貴方は強い。羨ましいですね? それだけの信念をその年齢で既に持っているなんて。その彼もそう言った強さを持った人なのでしょうね?」
「いいえ、ヒューガは核となる信念は持っていません。まだ……」
「まだ?」
「はい。ヒューガがそれを持つのを邪魔したくない。だから私はヒューガから離れることを決めたのです。ヒューガを自由にしたい。その自由の中でヒューガに自分が何者であるか決めて欲しいのです」
ヒューガはまだ迷いの中にいる。迷いと言うより認められないのだろう。自分が特別な存在だということを。
人より優れた知性、元の世界でハーフと呼ばれる人の、周りとは異なる外見。そういったヒューガが持つ特別なものは、ずっとヒューガを不幸にしてきた。ヒューガが認めようとしないのはそのせい。ヒューガは普通の人でいたいの。
でも、いつか必ずヒューガは認めてくれる。私たちはそれを信じて待つしかないの。