月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #23 すれ違う想い

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 ヒューガは、物事が一気に慌ただしく動き出しているのを感じていた。
 冬樹は貧民区に行ったきり。ギゼンの下で鍛錬に明け暮れている。かなり厳しい鍛錬であることは、すっかりやつれた冬樹の姿で分かる。それでも冬樹自身は充実感を覚えているようで、会うたびにギセンがどれほど凄いかをヒューガに語っていく。
 冬樹と一緒に剣術を習っている子供たちにも大きな変化があった。傭兵ギルドへの登録が完了したのだ。
 十人全員問題なし。その結果を受けてギルド長は頭を抱えていた。それでも登録出来てしまったものはしようがない。年齢制限は今後の検討課題として、ヒューガに対して「無茶はさせるな」と口を酸っぱくして言うことしか出来ない。言われなくてもヒューガには子供たちに無理をさせるつもりはない。
 薬草採取など、それもあまり危険のない場所で行える依頼だけを選ばせた。子供たちはそれで十分に満足。王都の外に出られるだけで大喜びだ。
 ヒューガは気が付いていなかったが身分証というものを持たない子供たちは王都の外に出ることも出来なかったのだ。
 夏は子供たちに常に同行し、依頼の達成を助けると同時に魔法を教えている。さすがにすぐに魔法を使えるというわけにはいかず、少し苦労していたが、まだ小さく先入観が少ない分、普通の人よりは遙かに飲み込みが早いようだ。少なくとも冬樹よりは。
 夏も自分自身の魔法にかなり手応えを感じ始めており、鍛錬にさらに熱が入っている。
 そんな中でヒューガはなんとなく二人に置いて行かれているような気分になっていた。ただ、やらなければならないことがヒューガには山ほどある。
 城にいられる時間は少ない。それまでにクラウディアを外に連れ出す算段をつけなければならないのだ。
 まずは城を出ること。これについての仕込みは順調に進んでいる。次が王都を出ること。これが難問だった。クラウディアもまた身分証を持っていなかったのだ。自国の王女に身分証の提示を求めることなどない。他国への入国も、クラウディアにはその経験はないが、あらかじめ相手国に通告した上で、もしくは相手国から招かれてのことだ。そもそも一人で移動することなどない。
 身分証問題の解決策をヒューガは一つしか知らない。子供たちと同じように傭兵ギルドに登録することだ。
 下調べは入念に行った。王族は登録出来るのか、なにか制約はあるか。これをギルド長に直接尋ねた時のなんとも言えない表情。疑われていることはヒューガにも分かっているが、他に方法はないのだ。
 王都に出る準備が出来るまでの潜伏先は貧民区に決めた。事が露見した時に迷惑をかけるかもしれないとは考えたが、これも選択肢はないのだ。
 調べが入っても何も知らなければ罪には問われないだろうと考え、無断で行うことにした。最後は国王が何とかしてくれると期待しているが、それを頼む機会はもうない。
 あとは目的地。これはクラウディアから提案があった。パルス王国からみて北東に位置するレンベルク帝国だ。ヒューガ自身も候補地として考えていた国。懸念はグレゴリー大隊長の話。ヒューガは大隊長から、マーセナリ王国の影響で東方はこの先荒れるかもしれないと聞いていた。
 その忠告を無視して良いのかヒューガは悩んだが、クラウディアの強い勧めもあり、レンベルク帝国に決めた。
 あとはいつ実行に移すかだ。

「それで結局いつにするのよ?」

 ヒューガから一通り準備が終わったことを聞いた夏もそれを尋ねてきた。

「二週間後だ」

「二週間後? なんか理由はあるの?」

 実行はさらに半月後。夏はそれをかなり先ととらえた。

「たしか勇者が初陣に出るのがその頃だね? その日に実行するつもりなの?」

「そう。ディアの言うとおり」

 この場にはクラウディアも同席している。この先の計画について話し合う場なのだから当然だ。

「ああ、そう言えばそんな話があったわね」

 勇者の初出陣。といっても王都近辺の魔獣討伐に出るだけだ。その程度の任務で、わざわざパレードまで企画されている。人気取りの一つなのだとヒューガは考えているが、それは自分たちの計画には関係ない。

「でも、その日はかえって警備が厳しくなるんじゃないかな?」

 人が集まるイベントがあるのであれば、混乱が起こらないように警備が街に大勢出るはずだ。クラウディアはそれを心配している。

「そうだね。でも少なくとも正門の警備の目は勇者の周辺に向いている」

「ちょっと大丈夫なの? あんまり甘く見ない方がいいんじゃない?」

 夏もヒューガの計画に不安を感じている。

「大隊長にも聞いてみた」

「はっ? なんでグレゴリー大隊長に聞くのよ?」

「勇者に同行する任務があるって言ってたよね? 今回の初陣への同行がそれだ」

 勇者の魔獣討伐任務に第十三大隊イレギュラーズも同行することになっている。ヒューガがグレゴリー大隊長に尋ねたのはこれが理由だ。

「そうなの? でも、随分前に命令が出てたのよね?」

「勇者が出陣するのに相応しい魔獣が現れるのを待っていたらしい。大隊長の部隊はそれの捜索任務も受けていたって」

 たかが魔獣討伐。さらにたいして強敵でもない魔獣が相手となれば、勇者の実力を示すことは出来ない。さすがは勇者と言われるような対象が必要なのだ。

「それがやっと見つかったってこと? 呆れた話ね。つまり大隊長の部隊はそれを放置して戻ってきたってこと?」

 危険な魔獣を見つけて、それを討つことなく戻ってきた。この対応は夏には納得がいかないものだ。

「そういう命令だったんだってさ。もっともすぐに危険を及ぼすような魔獣はこっそり退治してきたらしい。それでなおさら時間がかかったみたいだね」

 グレゴリー大隊長はさすがにきちんとした対応を行っていた。彼には勇者の人気取りなど知ったことではないのだ。

「その辺はさすが大隊長ね。それで? 大隊長に何を聞いてきたの?」

「当日の警備は厳しいのかとか、穴がないかみたいなことを」

「……あんた、何を聞いているのよ? 悪巧みしてるのがバレバレじゃない」

「出立の日が重なりそうだけど王都から出られるのか心配だってことにした。まあ、かなり怪しんでいたけどね」

「それはそうでしょう。それで?」

 そもそも何故、わざわざその日に予定を重ねる必要があるのか、という話。グレゴリー大隊長が怪しむのは当たり前だ。

「警備はやっぱり厳しいだろうって。僕みたいにどさくさに紛れってと考える人がいるのは警備側も予想しているみたいだね。でも厳しいのは他の門。勇者が出て行く正門は人の数こそ多いけど、そうでもない」

「正面から勇者と一緒に出て行こうとするヤツなんていないって?」

「そうだと思う。それに城門の外まで見送りに出る人もいるらしいから、そこまでは押さえきれないんじゃないかな? ただこれは推測。前例がないから大隊長もなんとも言えないって」

 当日の警備計画は担当ではないグレゴリー大隊長には知らされない。実際にどうなるかは当日にならなければ分からないのだ。

「……大隊長もまさかヒューガが王女を連れ出そうとしているなんて思ってないのでしょうね?」

「それはそうだ。分かっていたら怒鳴られてるよ」

「怒鳴られるだけじゃ済まないから」

「大隊長なら済みそうだけどね? とにかく、平日に堂々と出て行くよりはマシって判断だ」

 ベストではないがベター。ヒューガはこう考えた。

「ギルドの依頼を受ける振りして出るのは?」

「門番の人がディアの顔を知っていたら拙い。王都を出るときに、きちんと確認出来ないくらいに忙しい時じゃないと」

 だから人の出入りが激しいイベント時を狙おうとヒューガは考えたのだ。

「あれ? でも、アレ使えば良いじゃない?」

「変化の水晶を使ったまま城門を出ることは出来ないの。城門を通るときに魔法探知がかかっているから」

 夏の疑問にはクラウディアが答えた。
 変化の水晶は誰にでも手に入れられる物ではないが、そういう魔法があることは知られている。対策はとられているのだ。

「魔法を使っていることでかえって怪しまれるか」

「そういうこと」

「……不安は消えないけど計画は固まっているわね」

「不安はどれだけ準備してもきっと消えない」

「そうね」

 絶対に大丈夫とはどれだけ周到に準備を行っても思えない。どこかで決断しなければならず、ヒューガはそれを行ったのだ。

「城の出入りはどうだ?」

「問題ないわよ。もうあたしは顔パス。正確にはフードパスね。黒髪でフードをかぶった人間なんて、あたししかいないから全然疑ってないみたい。許可証の紙をロクに確かめもしないで通してくれるわ」

 

 ヒューガが夏に頼んだのは、クラウディアを城から出す為の下準備。侍女の恰好でフード付のマントをかぶって出入りを繰り返してきた。
 場所は侍女専用と言える出入り口。それも少し訳有りな場所だ。通称、逢瀬の門。侍女が外の男性と会う時に使う、王城の外れにある通用門だ。
 公のものではない。長い歴史の中でいつの間にか出来上がった慣習。門番もきちんと伝統を受け継いでいて、チップ程度の賄賂で黙認することになっている。侍女と歴代門番の間では公然の秘密と言えるものだが、それが部外者に漏れることはない。
 これを裏切れば侍女は当然、かなり酷い目に会うことになる。門番も同じ。明るみになれば多くの門番経験者が罪に落とされることになるからだ。
 この情報を入手した夏は、完璧に侍女として認識されているということだ。

「一回試したほうがいいかな?」

「それは微妙ね。往復で二回通ることになるもの。そこでバレたらもうこの手は使えない」

「確かに」

 さすがに門番たちもクラウディア王女が密かに城を出ようとしたとなれば、黙ってはいられない。それを報告しても侍女の出入りと賄賂のことがバレなければ良いのだ。

「一発本番で良いんじゃない? 万一ばれても、ディアちゃんを罰することは出来ないでしょ? 城内での監視が厳しくなるのは間違いないけど……」

「そうだね。ヘアカラーもあまりない。二回分は厳しいかもしれないからな。チャンスは一回。それで行く」

「……しかし、ヒューガはなんでそんな物持ってたのよ?」

 ヘアカラーを持ち歩く男子など夏の周りにはいなかった。計画に役立つので好都合ではあるが。

「髪染めてるって前に言った」

「そうだとしても持ち歩く物じゃないでしょ?」

「たまたま買ったところだっただけだ」

「そう……でも何でまだ染めてるの? 別にこの世界に来たら、どうでも良いじゃない?」

 この世界に来てまでヒューガが髪の色を気にする理由が夏には分からない。金髪、茶髪、赤毛、黒髪と様々な髪の色の人が周りにいるのだ。

「生え際だけ色が違ったら恰好悪い」

「……妙なところに拘るのね。そう言えば、ヒューガの髪って何色なの?」

「言ってなかった? 銀髪」

「えっ?」

 小さく驚きの声をあげたのがクラウディアだ。

「……日向、それわざと隠してたでしょ?」

 銀髪だと聞いて、夏は生え際を気にしているというヒューガの話は嘘だと考えた。銀色は勇者と結びつき色。ヒューガはそれを嫌ったのだと考えた。

「まさか。たまたまだ。召喚される前から髪染めてたんだから」

「そうだけど……」

「あのさ、別に制服の色だけであの二人は勇者だって認定されたわけじゃない。魔力測定とかやった結果だ」

 銀髪だから勇者だなんて決めつけられるのはヒューガにとって迷惑だ。 

「勘違いした相手が悪いって言いたいの?」

「そうじゃない。髪が銀だから勇者だってことのほうがおかしいだろ? 勇者に相応しい力があってこそだ」

「ねえ、そのヘアカラーってどのくらい残っているの?」

 夏が何かを言う前にクラウディアが割って入ってきた。クラウディアには夏とは違う考えがあるのだ。

「ディアの髪を染めるくらいは十分に残ってるから大丈夫」

「そうじゃなくて、その後は?」

「生え際染めるくらいなら、しばらく大丈夫じゃないかな? 毎日使うわけじゃないし」

「そう……」

 不安そうな表情を見せるクラウディア。そんな態度を見せられるとヒューガも心配になってしまう。

「……なんか問題あった?」

「その髪の色はしばらく隠しおいたほうが良いと思うよ。髪を黒く染める染料は私も探しておくから大事に使って」

「理由は……勇者とは別?」

 勇者と間違われるからが理由ではない。それだけはヒューガにもすぐに分かった。

「この世界、特にパルスでは銀髪は特別なの。あまり良い意味ではなく」

「でも、勇者の証が白銀って言ってたわよ。それでも良いことじゃないの?」

 クラウディアの言葉に夏が問いを返した。白銀が勇者の証であるのに、銀髪は良くない。その違いが分からないのだ。

「それは……」

 口籠もってしまうクラウディア。

「言えないことなのかな?」

 問いを発したのは夏ではなくヒューガ。クラウディアが困っているのが一番の理由だが、ヒューガとしてもこの話題は終わらせたいのだ。

「今は。変な先入観を持たないほうが良いと思う」

「じゃあ、聞かないでおく」

「ごめんね」

「いや、じゃあ、段取りの確認を一度しておこうか」

 話を終わらせて、段取りの確認に入るヒューガ。
 前日に夏であるように装ってクラウディアは城を出る。髪を染めるのを忘れずに。
 城に出ることに成功したらすぐにヒューガと合流して傭兵ギルドに向かう。登録申請が無事に終えられたら、貧民区に行って翌日まで待機。
 その間に夏は通用口から城に入って、また城を出る。こんどは正面から堂々と。
 貧民区で合流。あとは翌日にクラウディアのギルドカードを受け取って、勇者の出陣にあわせて正門から王都を出る。夏と冬樹は別行動。決められた通りに動く。

「……ねえ、本当に良いの?」

 そこまでの確認が終わったところで夏が口を開いた。夏は計画の全てに納得しているわけではないのだ。

「ああ、一番良い方法を選んだつもりだ」

「でも……」

「夏。僕たちはこの世界で生きていくと決めた。そうと決めたら、ちゃんと自分の進むべき道を見つけるべきだ。冬樹はすでにそれを見つけたかもしれない。そうなれば冬樹にとって今が大切な時だと僕は思う」

「ヒューガは見つけたの?」

「僕は……ディアを守ると決めた。それが僕の進む道だ」

 クラウディアを守るとヒューガは決めた。その為に生きるのだと。

「なんでそんなに急いでいるの?」

「えっ?」

 夏の問いはヒューガの不意をついた。何故、彼女がこんなことを聞いていたのかヒューガには分からない。

「ヒューガがディアちゃんを大切に思っているのは分かっている。ディアちゃんもヒューガに相応しい女の子だとあたしは思うわ。でも、何で? 何でこんなに物事を急いで進めようとしているの?」

「急いでいるつもりはないけど……」

 嘘ではない。ヒューガに夏が指摘するように意識はないのだ。

「そうかな? まだあたしたちは十四歳よ。ヒューガが言うように一生をこの世界で過ごすつもりでいるのなら、この世界での一生のほんのわずかな期間しかあたしたちは生きていない。まだ始まったばかりよ。せめてもう少し大人になってからとか考えても良いんじゃないかな?」

「なんで今更そんなことを?」

 もう計画は実行するだけの状況になっている。そうであるのに何故、根底を覆すようなことを夏は言い出したのか。ヒューガには夏の気持ちが分からない。

「今だからよ。準備はほぼ出来た、あとはその日を迎えるだけでしょ? その日が来れば、もう後戻りは出来ない。だから今、確認しておきたいの」

「……時間はそれほどない」

 夏の意図は分からない。急いでいるつもりもないが、ヒューガはきちんと理由を説明することにした。
 
「どういうこと?」

「この国では、これから本格的な政争が始まる。もちろん今日明日って話じゃないけど、そうなることは間違いないと思う」

「なんでそう思うの?」

「新貴族と勇者の動きについては前に話した通り。王様もそれを容認している。ちょっと思惑は違うようだけど」

「……そんなことまで王様と話したの?」

 ヒューガが国王と話をしたことは知っている。だがその内容までは詳しく聞いていなかった。ヒューガがわざと話さなかったのだ。

「成り行きで。だからこそ、ディアを連れ出すことに王様は何も言わなかった」

「はあっ? 連れ出すことまで話したの? 良く認めたわね? ていうか、よく無事でいられるわね?」

「認めたっていうか、黙認だね。政争よりもディアを大切に考えてくれたってことだと思う」

「お父様とそんな話を……」

 クラウディアも当然知らなかった。クラウディアに国王と話の内容を知らせたくないから、ヒューガは夏にも話さなかったのだ。

「ディアに話すつもりはなかったのだけどね。父親の情を知ると罪悪感を感じるかと思って」

「ちょっと、ヒューガ! それは勝手過ぎない!? 親子の気持ちをヒューガが勝手に判断して良いわけないでしょ!?」

 ヒューガがクラウディアに、父親である国王の気持ちを隠していたと知って、夏は怒りだした。ヒューガが自分の為に隠したと受け取ったのだ。

「だからってディアを城に残したら、政争に巻き込まれることになる。政争の中身は貴族内での勢力争いでは治まらない。この国の王座をめぐる争いに発展するかもしれないんだ」

「そこまでの話?」

「そう。この国の王様は勇者に王の座を渡そうとしている。新貴族派も思惑は多少違ったにしても、同じ方向で動いている。それに対して有力貴族が黙って見ているはずがない。ディアを担ぎあげ、ディアが持つ王位継承権の正統性を訴えて、別の王を立てようとする可能性がある」

 国王に話したのと同じ推論をヒューガは説明した。

「別の王ってのは、ディアちゃんの結婚相手になるわけね」

「そう」

「ディアちゃんを政略結婚の道具にしたくないからか……でもね、ヒューガ。それでも、あたしはもっと良い方法がないのかなって思うわ」

「……どうして?」

 理由を説明しても夏は完全には納得していない。父親である国王が納得した話をしても、夏が受け入れない理由が分からない。

「この城を、この国を出て二人はどうするの? 別の国に行ったからといって、それで大丈夫ってことじゃないでしょ?」

「素性がバレなければ平気だ。普通に暮らしていれば大丈夫だろ?」
 
「普通にね……ヒューガははたして普通に暮らせるのかしら?」

「はっ?」

「この世界がヒューガが普通でいることを許してくれるとはあたしには思えない」

 夏が納得しない理由はこれだ。ヒューガの計画はクラウディアと二人でひっそりと暮らすというもの。それが出来ると思うことが、そもそも間違いだと思っているのだ。

「……僕は普通の人間だ」

「そうかしら?」

「夏、さっきから何を言ってる? 僕たちは勇者の召喚に巻き込まれて、この世界にきただけだ。少し魔法が使えるようになったからって、舞い上がらないほうが良い」

「はあ……いつまでもそんなことを言っているから、バーバさんに定まってないって言われるのよ。いい加減に認めなさいよ! 自分が自分であることを!」

 ヒューガに向かって怒鳴る夏。今のヒューガの態度は夏には焦れったくて仕方がない。我慢が出来なかった。

「……意味が分からない」

 怒鳴られたヒューガのほうは訳が分からない。

「ヒューガは巻き込まれて、この世界に来たんじゃないわ! 巻き込まれたのはあたしたち! あたしたちがヒューガの召喚に巻き込まれたの! あたしと冬樹はもう覚悟を決めたわ! ヒューガの為にね! 肝心のヒューガがそれじゃあ、あたしたちの覚悟はどうなるのよ!」

 夏と冬樹はヒューガを特別な存在と考え、その彼の側にいるに相応しい力を身につけようと頑張っている。その努力を無にして欲しくない。自分たちの勝手な想いだと分かっていても、訴えずにはいられなかった。

「何を勝手なこと言ってる! 僕の為って何だよ!? 僕はそんなことは望んでいない! 僕が望んでいるのは夏も冬樹も、それぞれがこの世界でやりたいことを見つけることだ!」

 夏に負けじとヒューガも怒鳴り返す。自分の為に生きることなどヒューガは望んでいない。自分は二人の期待に応えるものは何も持っていないと考えているのだ。

「じゃあ、ヒューガは!? ヒューガは見つけたの!? この世界でやりたいことを!」

「僕は……! 僕は、ディアを守ると決めた」

「それは守ることじゃない! 逃げることよ!」

「ば、馬鹿、夏!」

 夏の言葉はクラウディアを傷つけるもの。ヒューガはそうとらえた。

「……あっ、ごめん。ディアちゃん、気にしないでね。別にディアちゃんに文句があるわけじゃないの」

 夏もすぐにそれに気が付いて、クラウディアに謝罪する。

「ううん。私は気にしないから」

「……ちょっと頭を冷やしてくるわ」

 こう言って夏は部屋を出て行った。実際に頭に血が上っている。夏がここまで熱くなるのは、この世界に来て始めてのことだ。

「ヒューガ……」

 当然、クラウディアは二人の言い合いなど聞いたことがない。

「ディアが気にすることじゃない。僕は僕がやりたいことをしてるだけだから」

「ヒューガは本当にこれで良いの?」

「僕はディアと一緒にいたいんだ」

「その気持ちは嬉しいけど……最近、ヒューガは少し寂しそうだよ?」

「僕が寂しそう?」

 クラウディアの指摘をヒューガは自覚していない。そんな素振りを見せていたつもりはなかった。

「フーくんから剣術の鍛錬の様子を聞いている時。ナッちゃんが魔法の鍛錬を終えて帰ってくる姿を見た時。いつもヒューガは寂しそうな顔をしていた。本当はヒューガも必死で打ち込める何かを見つけたいんじゃないの?」

 クラウディアはヒューガの無意識に見せていた表情を見逃していなかった。

「……それはディアと一緒にいても見つけられる」

「そうかもしれないけど……」

「とにかくディアは気にしないで、僕たちに任せてくれれば良い。そういうのは事が終わって落ち着いてから考えれば良いから」

「……そう。私、ちょっとナッちゃんの所に行ってくる。ヒューガでは慰められないだろうから」

「ああ……お願い」

 夏は何故、急にあんなことを言い出したのか。夏と冬樹は何を自分に期待しているのか。夏と冬樹はどんな覚悟を決めたのか。
 部屋を出て行くクラウディアの背中を見つめるヒューガの頭の中に、次々とそんな思いが浮かんでくる。
 それを振り払おうとヒューガは頭を振る。そんなことでは止まらないと分かっていても。

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