盗賊たちに囚われていたであろう女性を助け出したヒューガ。その女性の姿があまりに卑猥で困惑している。
胸の周りの布はほぼ先端だけを隠している状態。胸の谷間は丸見えだ。おまけに腰の布も、ちょっとしたはずみで奥の方まで見えてしまいそう。
そのままでは、あまりにも刺激的で女性のほうを見られない。
「とりあえず、これ着て」
ヒューガは身に着けていた国軍の鎧を外して、女性に渡した。
「どう?」
女性とは反対の方を向いてまま、ヒューガは鎧を身につけたか尋ねる。
「ちょっと胸が苦しいわね」
「えっ……」
挑発しているかのような言葉。とりあえず身に着けることそのものは終わったのだと判断して、ヒューガの女性の方に向き直り、話を聞くことにした。
「……エロイ」
鎧を身に着けて上半身が隠れたのは良いが、丈の短い鎧から伸びる素足がかえって卑猥だった。
「エロいって何よ?」
「色っぽいって意味。褒め言葉だと思うけど?」
「ふうん」
「さて、どうしよう?」
村の制圧はほぼ終わっているようで戦いの音はどこからも聞こえてこない。
「ヒューガ!」
グレゴリー大隊長の声が耳に届く。声が聞こえてきた方に視線を向けると、グレゴリー大隊長とアインが近づいて来ているのが見えた。
「良かった。向こうから見つけてくれたみたいだ。あれが今の僕の上司。この軍を率いる大隊長だ」
「ふーん」
責任者が現れたというのに女性は興味なさげ。なんだか変わった人だとヒューガは思った。
「姿が見えなくなったから心配したぞ」
現れたグレゴリー大隊長の第一声はこれ。ヒューガ自身には今もその自覚はないのだが、はぐれていたのだ。
「大丈夫。冬樹と夏は?」
「あの二人は……あれだ」
「あれ?」
「分かるだろ? 平気な顔をして戦い続けていたのはお前だけだ」
「……そういうことか」
冬樹と夏も人を殺した。ヒューガにはそれが分かった。二人はその事実に酷く落ち込んでいるのだ。ヒューガも心にまったく何も残っていないわけではない。心も本当の意味で平静ではないのだ。
「その件は後だ。それでその……こちらの人は?」
グレゴリー大隊長はヒューガのすぐ後ろにいる女性について尋ねた。本人に聞くことなく自分に、それも女性のいる方向へはあえて視線を向けないようにしている様子を見て、グレゴリー大隊長も女性の卑猥さに困惑しているのだろうとヒューガは思った。
「盗賊に捕まっていたみたいなので助けた」
「捕まっていた? しかし、彼女は……」
「エロいよね? さっきまではもっと凄い恰好をしていた。鎧を貸してやったのだけど、何だかな。隠れることで、かえってエロさが増すこともある。チラリズムってやつの典型だね。別に僕は親機趣味じゃないから平気だけど」
やはりヒューガはまだ平静ではない。
「……何を訳の分からんことを言っているのだ。もう良い。直接聞く」
ヒューガが訳の分からないことを長々と説明してくるので、グレゴリー大隊長は仕方なく女性に直接尋ねることにした。
「それで貴女は……その……ダークエルフだな?」
「エルフ!?」
女性がエルフだと知って、ヒューガは驚きの声をあげた。
「静かにしろ。それで?」
「その呼ばれ方は好きじゃないわね」
「…………」
女性に睨まれてグレゴリー大隊長は固まってしまった。
「耳隠れているのに良くエルフだって分かったね?」
ヒューガはそんなグレゴリー大隊長の様子も分かっていない。
「……耳だけで判断しているわけではない。ていうか知らないのか、お前?」
「知るわけがない」
異世界からきた自分が尖った耳以外のエルフの特徴など知るはずがない。こう思ったヒューガだが、グレゴリー大隊長が聞いているのはそういうことではない。
「お前は……いい、しばらく黙って話を聞いていろ」
「ええ?」
「いいから聞け!」
「……はい」
「それで……何故、そのダーク、いや、エルフの貴女がここに?」
ヒューガを黙らせて、グレゴリー大隊長はまた女性に質問を向けた。
「彼が言ったでしょ? 捕まっていたの」
「盗賊に? ダーク、いやエルフが?」
グレゴリー大隊長は女性が捕まっていたことに驚いている。彼女はグレゴリー大隊長がそう思うほどの存在ということだ。
だがそんな人が何故、盗賊などに捕まったのか。それを考えたヒューガの頭に一つの可能性が浮かんだ。
「何か魔力が流れる首輪に繋がれていた。そのせいじゃない?」
「魔力が流れる首輪? おい、それは……いや、でも首輪などしていないだろ」
エルフの女性の首には何も嵌まっていない。それを確認したグレゴリー大隊長はヒューガに文句を言ってきた。
「外したから」
「外した? どうやって?」
「ちょっと魔力をいじって」
「………ヒューガ、少し黙っていてくれ。頭の整理が追いつかない。しかし……いや、もし首輪があれであれば外れるはずがない。紛い物か? いや、しかし……」
何事かを悩んでいるグレゴリー大隊長。ヒューガにとっては馴染みのない雰囲気だ。女性に対する態度も。
「この人のことは?」
「おお、そうか。まずはそれからだな。それで貴女はこれからどうするつもりですか?」
「私? そうね……しばらくその子と一緒にいようかな?」
「いや、それは………」
女性の言葉に戸惑った様子のグレゴリー大隊長。女性には何かがある。その何かがヒューガは分かっていないのだが、あまり一緒にいて良いものではないことはグレゴリー大隊長の反応で分かる。
「それ無理」
「あら、それは私がダークエルフと呼ばれている存在だからかしら?」
「それが何故、無理な理由になるのか僕には分からない。無理な理由は別。僕は今、城で養われている身だから」
「城に? 何? もしかして貴方が勇者なの?」
女性は勇者の存在を知っていた。普通であればおかしなことではない。勇者召喚はパルス王国によって公表されているのだ。だが。
「捕まっていた割には良く知ってる。捕まったのは最近?」
「ええ、そうよ。まだ一日しか経ってないわ。そんなこといいから答えて。貴方が勇者なの?」
「違う。僕は巻き込まれただけだ」
「巻き込まれただけ?」
「勇者の召喚にね。たまたま近くにいたから」
「そう。でも……まあ、いいわ。それでも異世界人であることに違いはないのでしょ? 勇者の御伴でもするのかしら」
「しない。僕はこの世界で好き勝手に生きていく。もうすぐ城も出る予定だ」
今回の盗賊討伐で実戦訓練も出来た。それに生き残ることも出来た。盗賊相手ではあるが、戦争の仕事を受けさえしなければ、傭兵でやっていく自信も生まれた。そのはずだ。
「城を出てどうするの?」
「しばらくは傭兵ギルドで働く。もう独り立ち出来るはずだ」
ヒューガの視線を問いを向けた女性ではなくグレゴリー大隊長に向いている。グレゴリー大隊長の意見を聞きたいのだ。
「そうだな。まず問題ないだろう。だが一つ確認しておきたいことがある。アインが殺されたと思った直後、盗賊を討つ前に俺の言葉が聞こえたか?」
「ああ、聞こえてた」
「それで、どうだった?」
「冷静になれた気がする。冷静に人を殺すってのもどうかと思うけど。それで? あの言葉はどういう意味?」
「憎むな」の言葉の意味をヒューガは尋ねた。
「あれは憎しみで人を殺すなという意味だ。傭兵で生きていくのであれば、いつか人を相手にする任務を受ける時もあるだろう。自分が生きる為には相手を殺さなければならない時が。だがな、憎しみで人を殺してはいけない。憎しみは憎しみを生む。それを繰り返してしまっては、この世の中は泥沼に陥っていくだけだ」
実際には難しい。仲間を殺されればどうしても殺した相手を憎んでしまう。今回のヒューガが、勘違いであったが、そうであったように。軍人であるグレゴリー大隊長はそれを良く知っている。それでもヒューガにこれを教えなければならないと思っていた。
「それに憎しみで人を殺しては、磨いてきた剣技とその者の魂を汚すことになると俺は思っている。お前は生意気だが、お前の魂は気高さに満ちている。短い間だがお前を見てきて俺はそう思っている。俺はお前にはいつまでもいつまでも気高くいて欲しいのだ」
ヒューガの目をまっすぐに見て、グレゴリー大隊長は語っている。鍛錬の時とは違った温かみのある目。いや鍛錬の時の厳しい目の奥にもこんな光があったことをヒューガは知っている。年長者にこのような瞳を向けられるのはいつ以来のことか。父親の目はこうだったかとヒューガは思った。
「……なんだよ。ちゃんと細かく説明できるじゃないか。だったら……他の事もそうやって説明してくれればいいのに」
「これだけはきちんと話しておきたかった。これが俺がお前に教える最後のことだと思え」
「……まったく……最後の最後まで面倒な師匠だ。とりあえず、礼を言っておく。ありがとう……ございました」
こう言ってヒューガはグレゴリー大隊長に向かって頭を下げた。この人が師匠で良かったと思えている。
自然とこれまでの鍛錬が頭に浮かぶ。厳しいが、優しい鍛錬だった。何よりも自分たちのことを考えてくれていたことが良く分かる。
自分たちがこの世界で生きていく為に必要なことを、少しでも多く身に付けさせようとしていた。
ヒューガは頭が上げられなくなった。今の顔をグレゴリー大隊長に見せたくなかった。
「ふん。俺は残りの二人が心配だからそっちに行く。部隊のこともあるしな。アイン お前も手伝え」
「……はい」
この場から離れていくグレゴリー大隊長とアイン。ヒューガに気を使ったのだ。二人が自分に背を向けたのを確認して、ヒューガは顔をあげ、服の袖で顔を拭った。
「……いいわね。男の子って感じ」
だがこの場には一人残っている人がいた。
「まだいたのか」
「なんなら胸を貸してあげましょうか?」
「鎧の胸に顔をうずめてどうする? それにもう平気だ」
「あら、そう、残念」
舌を出して、おどけた表情を見せる女性。だがそれでヒューガは笑えない。馬鹿にされていると思って、苛ついている。それはそれで涙は止まるが。
「……自由になったんだ。どこにでも好きな所に行けば良い」
「行けと言われても特に目的は無いのよね。それに君の側にいるって話はまだ終わってないわ」
「無理だって言った」
「でも、もうすぐ城を出るのでしょう? そうなったら問題ないわよね? 傭兵ギルドで働くなら私は役に立つわよ。生活する為の必要な知識を教えてあげる。それに結構、腕は立つのよ」
「……捕まったくせに」
こう言いながらもヒューガの心は揺れている。異世界人である自分には知らないことが沢山ある。それを助けてもらう為にこの世界の人と一緒に行動するのは悪いことではない。そう考えている。
「それは罠にはめられたせい。あっ、そうだ。私を罠にはめた奴等を放っておけないわね。じゃあ貴方が城を出るまでの間、私は私の用事を済ませておくから、その後で合流しましょう。私のほうが、貴方が城を出るよりも早いかもしれないけどね」
「……日向」
「えっ、何?」
「僕の名前。一緒にいるのなら名前を知っておかないと不便だろ?」
ヒューガはこの女性と共に行動することを決めた。長い間ではない。この世界の暮らしに慣れたところで離れれば良い。そう思っている。
「……そうね。ヒューガ……私の名は……セレネよ。ティアの裔、アルテミスの娘、セレネ」
(うそ!)(名を告げた!)(えー!)
「何だ?」
セレネが名を告げた瞬間、ヒューガはあたりがざわざわと騒ぎ出した気がした。ただその音は良く聞き取れない。話し声のような気がしたのだが。
「どうしたの?」
「……いや、なんか話し声が……空耳かな。まあ、いいや。今のはエルフの名乗りの方?」
セレの独特な名乗りは、ヒューガがこの世界にきて初めて聞いたものだった。
「そうよ。あっ、でも普段はセレと呼んで。エルフにとって名は特別の意味を持つからね」
「分かった。セレさん」
「……どうして、さん付けなの?」
「礼儀だから。年上だよね?」
「だったら全部敬語にしなさいよ。さん付はいらないわ。エルフにとって名を告げることは信頼の証。さん付はかえって失礼にあたるのよ」
「分かった。じゃあ、セレ」
「ええ、よろしくね、ヒューガ」
エルフが他人に名を教えるのは特別なこと。だがこの時のヒューガはそれがどれほどのことか分かっていなかった。
◇◇◇
冬樹と夏の様子を見に行くという口実でヒューガから離れたグレゴリー大隊長とアイン。特に急いでいるわけではないので、ヒューガとセレの会話は聞こえていた。正確には最初の会話でセレが残っていることに気づき、そのあとは進む足を緩めて、聞き耳を立てていたのだ。
おかげで何が起こったのか知ることが出来た。
「大隊長!」
「うるさい。大声をだすな」
うるさいだけでなく、こちらの声もセレに聞こえてしまう。グレゴリー大隊長はこれを恐れている。
「大隊長も聞こえたでしょう? ヒューガの奴、ダークエルフに名を教えちゃいましたよ。しかも相手の名前まで。あっ、俺も名前を聞いてしまった。名前を聞いただけだったら大丈夫ですよね? 俺の名前は教えてないし」
ダークエルフが恐れられる理由。それは彼らが使う闇精霊魔法にある。
闇精霊魔法は呪いの魔法。一度かけられたらそれを解く術はない。たとえ掛けた相手が死んだとしても。
ただし闇精霊魔法の呪いが成立するには条件がある。それが掛ける相手から名を聞くこと。そして自分の名前を相手に告げることだ。お互いの名前を知りあうことで、条件が整うのだ。
ダークエルフと関わってはいけない。ダークエルフと親しくしてはならない。
パルス王国で生まれた人なら誰でも知っている教え。小さい頃からそれを教え込まれているのだ。
だがヒューガは異世界人。そんな常識を知るはずがなかった。泣いている顔を見ないでおこうと気を使って、あの場を離れたのは失敗だった。グレゴリー大隊長は、今更ながら、そう思っている。
「ちょっと大隊長。ちゃんと聞いてます?」
「聞いている。だがヒューガはあのダークエルフにとって恩人だ。悪意を持って交換したわけではないだろう」
「そうですけど。万一、怒らせるようなことをしたら」
すでに魔法の条件は成立している。すぐに呪いの魔法をかけられることになる。
「……あいつなら大丈夫だ」
「何を根拠に?」
「根拠がないわけではない。隷属の首輪。あいつはそれを解除したと言った」
「本当なんですかね、その話?」
隷属の首輪は魔法の首輪。それをつけられたものは、ある儀式を行うことで相手に逆らえなくなる。善人には無用のもの。何故、そのような物が存在しているのか。グレゴリー大隊長としては納得出来ない。
ヒューガはそれを解除したかもしれない。それは驚くべきことだ。
「……おい。戻って、首輪を始末してこい」
「へっ? あそこに戻るんですか?」
「隷属の首輪を自由に外せることが出来るなんて分かって知られてみろ。どうなると思う?」
「……確かに。分かりました。すぐに戻って始末してきます」
絶対解除できないはずの隷属の首輪を解除できる人間。その人間の価値はどのようなものになるのか。無理矢理奴隷にされた人々にとっては自由を与えてくれる神様のような存在かもしれない。だが支配する側からみればどうか。そんな人間がいては困る。その存在を消し去ろうとするかもしれない。
土壇場にきてヒューガが見せつけた特別な力。異世界人というのは、やはり特別な力を持っているのだとグレゴリー大隊長は考えた。
隷属の首輪も闇精霊魔法によるものだと言われている。それを解除できるのであれば、闇精霊魔法を恐れる必要はないかもしれない。グレゴリー大隊長としては安心だ、とはならなかった。
闇精霊魔法で作られているはずの隷属の首輪がダークエルフにも効果がある。この事実が広まればどうなるか。その能力と美貌を目当てに捕らえようとする馬鹿者たちが増えるだろう。
ダークエルフにとっては知られてはならない事実。それを知ってしまったヒューガを、彼女はどうするか。同じように知ってしまった自分とアインも。
「アイン! 戻れ!」
慌ててアインを呼び戻そうとしたグレゴリー大隊長だが。
「あら、どうやら、気づいたみたいね」
「お前……」
すでにセレが目の前に来ていた。その理由は考えるまでもない。すでにグレゴリー大隊長の頭の中にある。
「貴方、思ったより頭が回るのね? 国軍の大隊長なんて、筋肉でしか物を考えられないと思っていたのに」
「……どうするつもりだ?」
「そうね。貴方の選択肢は二つ。私と契約を結ぶか、死ぬかよ。どちらが良いかしら?」
「……契約とはなんだ?」
「言葉の通り、契約よ。貴方は今気づいたことを誰にも教えない。そう私と約束するの。ちょっと拘束力は強いけどね。約束を守ってくれれば貴方にはなんの害もないわ。さあ、どっちにする?」
「……選択肢などないだろ?」
契約以外にない。もう一つ、呪われる前にセレを倒すという選択もないわけではないが、グレゴリー大隊長は一か八かの賭けに出るほど楽観的ではない。
「死を選ぶはずはないものね。聞いてみただけよ。でもダークエルフとの契約なんて死んでも嫌だって人も世の中にはいるでしょ?」
「まあな」
「じゃあ、気が変わらないうちに始めるわよ」
「何をすれば良いのだ?」
始めると言われてもグレゴリー大隊長には何をすれば良いのか分からない。
「ちょっと血を流してもらうわ。指先にほんの少しで良いから」
「血?」
「ほんの少しよ。国軍の大隊長でしょ? 指先にちょっと傷つけるくらいでビビらないでよ」
「……分かった」
傷をつけることを嫌がっているのではない。契約に血を使うことに、不気味さを感じているだけだ。だがこれはわざわざ訂正することでもない。
グレゴリー大隊長持っていた短刀で指先を軽くきる。
「では、始めるわ」
こう言うとセレはグレゴリー大隊長の前に立って、詠唱を始めた。
「闇の精霊たちよ、聞け。我とこの者との契約を。この者、我が名を交わした友であるヒューガに不利益になることを、いかなる手段によっても、いかなる者にも伝えないことを我に誓う。我は誓う。この者がこの契約を守る限り、この者が我と我の親しき者に害意を向けない限り、我もこの者に害を及ぼすことなきことを。我、我の血とセレネの名に懸けてこの契約を守ることを誓う」
詠唱を終えるとセレは、いつの間にか傷つけていた指先から流れる血を地面に落とした。
「貴方も誓って。最後の小節だけ。名前は変えてね」
「……我、我の血とグレゴリーの名に懸けてこの契約を守ることを誓う」
グレゴリー大隊長もセレの真似をして、指先から流れ出る血を地面にたらした。その瞬間――グレゴリー大隊長とセレを地面から伸びてきた光が包み込む。
(契約は成った)
聞こえてきた微かな声。その声がグレゴリー大隊長の耳に届いた瞬間、二人を包んでいた光が消えた。
「はい。終わり」
「今のは?」
「言ったでしょ? 契約よ。貴方はさっきのことを誰にも伝えない。私は、貴方が私と私の仲間に悪いことをしようとしない限り、貴方に何もしない。あとのはおまけね。私が誓う必要などないのだから」
「必要がないのに何故?」
「ヒューガと一緒にいることになったの。私が側にいることで貴方たちがヒューガに近づかなくなったら、彼が可哀そうじゃない。だから貴方を安心させてあげようと思って」
「ヒューガへの気配りか」
セレが自分の約束を付け加えたのはヒューガの為。彼女にはヒューガに害を与えるつもりはないのだと知って、グレゴリー大隊長は一安心だ。
「まあね。私は仲間には優しいのよ」
「でも、敵には容赦なさそうだ」
「それはそうよ。敵に甘い顔を見せていたら、私たちはこの世界で生き残れないわ」
生き残る為。セレはそう言った。グレゴリー大隊長の知るダークエルフの所業は、そんな理由だとされていない。ダークエルフは限りなく魔族に似た考えを持ち、残忍で狡猾、信義などまったく持たない存在。だがセレのやり方は、伝え聞くダークエルフ像とのギャップをグレゴリー大隊長に感じさせる。
「……聞いていいか?」
「何かしら? 答えられる質問ならね」
「ダークエルフについての伝承はもしかして嘘か?」
「……内緒。無駄な好奇心は身を滅ぼすって言葉知っている?」
闇エルフの伝承は嘘。これもまた知られてはならない重大な秘密だということ。グレゴリー大隊長は自分の迂闊さを反省することになった。
何故、あえて悪評を受け入れるのか。これを考えることもまた危険なのだと。
「アインはどうなる?」
秘密を知った人間はもう一人、アインがいる。彼をどうするつもりかグレゴリー大隊長はセレに尋ねた。
「当然、契約してもらうわよ。でも出来たら、貴方も一緒に来てもらえるかしら? 貴方と違って聞き分け悪そうじゃない?」
「そうだな。その方が良さそうだ」
アインのダークエルフへの偏見と恐れは自分よりも遙かに強いとグレゴリー大隊長は感じている。ヒューガとセレが名を交わした時の反応がそれを示していた。
さらにアインには意外と尖ったところがあるのをグレゴリー大隊長は知っている。無鉄砲な真似をさせない為には自分が同行する必要がある。そう考えてグレゴリー大隊長は、アインがいるはずの、セレが捕らわれていた建物に足を向けた。