王都を出て、近くの森に入る。夏が一人でギルドの依頼をこなすのはこれが初めてのことだ。その表情からは強い緊張が見て取れる。
夏はこの世界に来てから、寝るとき以外はいつも誰かと一緒にいる。元の世界ではそんなことはなかった。家に帰っても誰もいない。それが寂しくて頻繁に夜遊びに出るようになったが、それで寂しさが紛れることはほとんどなかった。冬樹と出会うまでは。
冬樹と一緒にいる時間は楽しかった。だからといってずっと冬樹と一緒にいられるわけではない。自宅に帰ればまた、心の中に冷たい風が吹いた。
「ふぅ……こんなことを考えている場合じゃないわね」
一人の時間が長かったせいで癖になってしまった独り言。この癖が出るのも久しぶりだと夏は思った。
まずは依頼品の薬草探し。それはたいした苦労もなく見つかった。いつもであれば報酬を増やすために、依頼数以上の薬草を採取するところだが今日は別の目的がある。その時間はなかった。
採取した薬草を木の根元において辺りを見渡す。
「うん。あれがいいかな?」
的にするのに適した木を見つけた夏は、すぐに魔力を活性化させる。
「ファイア」「ウィンド」
軽く手を振ることで夏の両手から二つの魔法が放たれた。火の玉を追うように風のかたまりが飛んでいく。
先行した火の玉が的の木を燃え上がらせる。そのすぐ後に届く風魔法。ドンという軽い衝撃音とともに燃え上がっていた火が消えた――失敗。
「これじゃ駄目。そうなると次は……」
両手を高く上にあげて、再び魔力を活性化。
「ファイア……あつっ! ……我慢、我慢」
片手に火の玉をとどめたまま。
「ウィンド」
もう片方の手に風の魔法を起こす。夏はその状態から両手を合わせるようにして「いっけー!」と叫びながら、一気に腕を前に振り下ろした。だが。
「きゃあっ!!」
すぐ目の前で重なり合う二つの魔法。一気に火が激しく燃え上がり、爆風が起こった。襲いかかってきた熱風によって夏の体が飛ばされる。
「あっ、つっ……!」
そのまま後ろにあった木に背中から叩きつけられることになった。その衝撃で肺の中の空気が一気に吐き出される。そのすぐあとに体全体に広がる痛み。
「……痛ったぁ。失敗。でも理屈はあってるよね?」
限られた魔力を使って、魔法の威力を最大限に高める。この試みはそれが目的だ。
風を送れば火の勢いは強まるだろうと考えて、実験をしている。単純な発想だが、今の感じであれば成功する可能性は十分にある。
ただ今の結果では敵を攻撃するどころか常に自爆だ。その辺をどう改良するか。最初から魔法を融合する。だがそれだと手元で爆発が起きそうだ。試すにもリスクが高すぎる。
「あー、もう。こんなことならもっともっと小説読んでおけば良かった。要はイメージよ、イメージ。火と風を融合させる。そのイメージが掴めればいいのに」
夏は懸命に何かそういった魔法を使う小説がなかったかを思い出そうとする。試みを成功させる為のきっかけを掴みたいのだ。
「待ってなさい、ヒューガ。必ず成功してみせるから」
今の自分では駄目。ヒューガの側にいる為には、それに相応しい実力を身につけなければならない。ヒューガの仲間に相応しい実力を。夏はこう考えている。
「必ずやってみせるから。何といってもこの夏様が生まれて初めて本気になったんだからね。やれないことなんてないんだから」
ヒューガが多くの人を導く存在になるのであれば、自分はそのヒューガを支える柱になる。それが夏が定めた覚悟だ。
◇◇◇
剣術鍛錬の時間が終わった。今日はいつも通りの立ち合い稽古だった。その立ち合いで冬樹は愕然とすることになった。
冬樹が振り下す剣はことごとくヒューガに躱された。冬樹の剣はまったくヒューガに届くことがなかった。
つい最近まで二人にここまでの実力差はなかった。なぜ急に。そう思って冬樹はヒューガに理由を尋ねた。その答えは――コンタクト外したら良く見えるようになった、だ。
ふざけた理由だ。苦手な魔法では太刀打ち出来ないが、剣に関してはヒューガに勝っていると冬樹は思っていた。だが、その剣まで一気に差をつけられた感じだ。
このままでは駄目。何とかしなければ。冬樹の心に焦りが広がっている。
「何だって?」
「だから言った通りだ。もっと強くなるにはどうすればいいか教えてくれ」
冬樹が頼りに出来るのはグレゴリー大隊長しかいない。大隊長の鍛錬では物足りないと言っているようなものだが、今はそんなこを気にする余裕は冬樹にはない。
「今の鍛錬では不満か?」
「……ああ。これじゃあ、追いつけねぇからな」
「そうか……しかし、楽をして強くなれる方法などないぞ?」
グレゴリー大隊長は苦い顔。冬樹は手っ取り早く強くなれる方法を知りたがっているのだと受け取ったのだ。
「楽をするつもりはねえよ。どんな辛い鍛錬でもいい。とにかく俺は強くなりたいんだ」
だがそれはグレゴリー大隊長の勘違い。冬樹は強くなれるのであれば、どれだけ辛い鍛錬にも耐える覚悟だ。
「……ふむ。しかしな、相手は勇者だぞ? 勇者に勝とうというのがそもそも無理な考えだとは思わんか?」
これも勘違い。冬樹の目標は優斗ではなくなっている。
「勇者なんて目じゃねえ。俺が超えたいのはヒューガだ」
「ヒューガだと……?」
「魔法では全く勝負にならねえ。頭のほうも天と地くらいの差がある。それ以外も、とにかくヒューガはすげえ奴だ。俺がヒューガに優れる可能性があるとすれば、それは剣しかねえ」
「……ヒューガに勝ちたいのか?」
何故、冬樹がいきなりこんなことを考え始めたのか。グレゴリー大隊長にはその理由が分からない。
「勝ち負けじゃねえ。認めて欲しいんだ。俺がヒューガの仲間に相応しい存在だと」
「お前……分かっているのか? あいつはもっともっと強くなるぞ。もしかすると勇者を超えるかもしれん」
グレゴリー大隊長はヒューガの可能性を高く評価している。大隊長の目から見てもヒューガは特別な存在なのだ。
「大隊長もそう思うのか?」
「ああ、勇者の実力は詳しくは知らん。一度立ち合いを見ただけだからな。だがヒューガは、なんというか底がしれん。俺の方が強い。それなのに立ち合いをしていて怖いと感じる。そんな奴は……いや、もう一人いたか。俺がまだ掛け出しの頃だが、同じような怖さを感じた人がいたな」
「それは? それは誰だ?」
グレゴリー大隊長に恐怖を感じさせる相手。その人こそが自分を強くしてくれる人かもしれない。冬樹はそう期待した。
「……剣聖と呼ばれた男だ」
「……そうか」
グレゴリー大隊長の答えを聞いて、冬樹は落ち込んでいる。剣聖と呼ばれる人物は勇者の師匠であるアレックス。彼では教えてもらえないと考えたのだ。
「近衛第一大隊長じゃないぞ? あれは剣聖とは名ばかりの男だ。俺より強いのは間違いないが、あれに怖さなど感じなかった。俺が言っているのはあれの前に剣聖と呼ばれていたギゼン・レットー殿。この方こそ真の剣聖だ」
「ギゼン・レットー、その人は今どこにいる?」
アレックスではない。それが分かってまた冬樹の期待が膨らむ。
「……わからん。ずいぶん昔に仕えていた主が罪に落ちて、その人と共に表舞台から姿を消した」
「その主は?」
「……確か、バーバラフィン・スチュアート殿だったかな? 月の預言者と呼ばれていた方だ」
「月の預言者? なんか、凄い呼び名だな」
預言者と聞いて、冬樹は一気に話が胡散臭くなったように感じた。それと共に膨らんでいた期待が萎んでいく。
「実際にいくつもの預言を行ったらしい」
「らしいって何だよ?」
「あまり伝わっていないのだ。聞いた話では予言の中にかなり問題がある内容が含まれていたらしく、そのせいでデタラメを語って世の中を騒がすペテン師だと非難されたらしい」
「それも、らしいなのか?」
「これはあまり公にして良い話ではない。だが、月の預言者と呼ばれるに相応しい方であったのは隠しきれない事実のようだな」
冬樹は怪しげに感じているが、グレゴリー大隊長は実際にそう呼ばれるだけの力を持つ人物だと評価している。
それを聞いた冬樹の心にまた、わずかではあるが期待が生まれた。
「……それで、結局その人はどうなったんだ?」
「財産も領地も、家名までもが没収。一族郎党追放だ」
「そうか……生きてるかな?」
「どうだろう? 生きているとしてもかなりの高齢だろう……おい? 下手に探そうなんてするなよ? それだけの罰を受けるなんて、相当ヤバいことだと思っていい。下手に触れると身を滅ぼすことにあるかもしれないぞ」
「……わかった」
グレゴリー大隊長には了承を返したが、冬樹は忠告に従うつもりはない。ギゼンという人が本当に真の剣聖と呼ばれるほどの実力者であるなら、なんとかしてその人を見つけ、剣を教えてもらうつもりだ。
冬樹は意地でも強くなりたい。ヒューガを支えるにふさわしい存在になりたいのだ。
◇◇◇
「私は納得がいきません!」
美理愛の怒った声が部屋に響く。ここまで強硬に美理愛が反対することは、グランにとって誤算だった。
グランが話したのはヒューガを味方に引き込む件。その結果が今だ。美理愛は受け入れることに強く反対している。
美理愛の反対はヒューガにやり込められたことが原因、だとグランは考えている。
(もう少し理性的だと思っていたが所詮は女。プライドの高さはそのあたりにいる貴族の娘と変わらんか)
内心で美理愛を蔑んでいるが、表向きは一切そのような素振りは見せない。いつものことだ。
勇者のお披露目を兼ねた舞踏会が終わり、貴族の娘を優斗に近づけることが出来た。これはグランの計画通り。何人もの女性をあてがうなど入念に下準備を行ってきたのだから、当然の結果だ。
グランにとって意外だったのは、優斗の好み。美理愛のような女性が好みなのだと思っていたのだが、彼が選んだのは控えめで可愛いらしい女性だった。
これが色々なタイプの女性を周りに置きたいなどという考えであれば、優斗はかなり好色の部類に入る。それはそれでグランには好都合だ。色であれ金であれ、欲が深ければそれを刺激することで思うように動かせる。こう考えている。
近づけた女性の口から有力貴族の横暴さ、小貴族の苦しさを優斗の耳に吹き込んだ。さらに優斗からそれを聞いた美理愛も有力貴族や、それに対して何も手を打たない国王への不信感を募らせている。
下地は出来た。これからは本格的に行動を開始することになる。まずは、パルス王国内に蔓延る魔族の討伐。周辺の民の不安を解消することで、勇者への信頼を高める。
不正を行っている貴族家を一つ二つ潰してしまうこともグランは考えている。魔族を倒すだけでなく、勇者は国を良くしてくれる存在。そう民に思わせることで、さらに先の計画もスムーズになるのだ。
だがその謀略を実行に移すには人手が足りていない。その解決策としてグランはヒューガを味方に引き入れようとしているのだ、いきなり躓いている。
「師匠! 聞いておられるのですか?」
「……ああ、すまん。少し考えごとをしておった」
「師匠が言いだしたことではないですか! あんな礼儀を知らない子を味方にしようなんて! いったい何を考えているのか、きちんと説明してください!」
師匠として尊敬の念を抱いているはずのグランに対して、美理愛は厳しい口調で問い詰めている。これで人の礼儀知らずを批判出来るのか。こう思ったのはグランだけではない。
「ちょっと、ミリア。いくらなんでも師匠に対して、その言い方はないよ」
優斗が美理愛の態度を注意してきた。
「そうだけど……じゃあ、ユートは彼らを味方に引き入れることをどう思うの?」
優斗に注意されて少し落ち着きを取り戻した美理愛だが、グランの提案に納得していないことは変わらない。
「味方って……そもそも敵味方を区別することがおかしくないかな?」
「ユート、ユートもちゃんと自覚を持ってよ。この国の現状を教えてくれたのはユートでしょ? その為に何を私たちはすべきか、真剣に考える時が来ていると私は思うわ」
美理愛の矛先が優斗に変わった。本人にはそのつもりはない。優斗がしっかりするようにフォローしているつもりだ。結果としてフォローしている相手はグランとなるが。
「何をって、何をするんだい? 僕の使命は魔王を倒すこと。今はそれしか考えていないよ」
優斗はまだパルス王国をどうするかに心が向いていない。まずは目の前のことを確実に。そう心がけているのだ。
「その後のことよ。魔王を倒したあと、私たちが何をしなければいけないか」
「……元の世界に帰るんじゃないのかい?」
「それは……でも、ユートは彼らを見捨てられるの? 貧民区で会ったあの人の涙を忘れられるの?」
まるで分かっていてグランの謀略に加担しているかのような見事のフォローだ。
「あれか……」
「そうよ。私には出来ないわ。彼らを見捨てて、元の平和な世界に戻るなんて」
「……じゃあ、美理愛は元の世界に帰れなくていいのかい?」
「帰りたいけど……でも、それは」
美理愛の勢いが弱まる。話の方向性もグランが望むものではなくなっている。グランはまた会話に戻ることにした。
「実は二人に謝らなければならんことがある」
「……あの、どうされたのですか? 急に謝らなければならないなんて」
グランの言葉に美理愛が反応を見せる。
「実は……元の世界に戻る方法などないのじゃ」
わざとためを作ってグランは元の世界に帰る方法がないことを告げた。
「えっ!? でも王様は魔族はそれを知っているって……?」
グランの告白に驚く優斗。彼は国王の言葉を信じていたのだ。
「あれは王の嘘じゃ。二人に魔王を倒してもらうために騙したのじゃな」
「グラン! それはどういうことですか? 妾はそんな話を聞いていませんよ!」
今度は同席していたローズマリー王女が反応した。
「ローズマリー様も王に、いえ王の周りの者に騙されているのじゃよ」
「なんと!? 妾はこの国の王女ですよ。その妾を騙すなど、そんなことが許されるのですか!?」
グランにとって良い感じの反応を見せるローズマリー王女。彼女もまたグランの謀略の対象者。重要な駒なのだ。
「言いづらいことじゃが、ローズマリー様は第二王女。国の重要事項に関わる立場にありません」
「……あの女は知っているのですか?」
「あの女などと……せめて第一王女とお呼びくだされ。第一王女様は同じ王女でも王位継承権第一位。知っていてもおかしくはないでしょうな」
「……妾は仲間はずれか」
「仲間はずれ? いえいえ、王族の序列というものはそういったもの」
「…………」
黙り込むローズマリー王女。これにより彼女の第一王女に対する敵意ますます燃え上がることになる。グランの目論み通りだ。
ローズマリー王女を謀略に引き込むことにはリスクがある。だが思いの外、上手く行きそうだとグランは判断した。ただこれが上手く行くと別の問題が出てくる。グランにとっては意外と難題だ。
「なぜ王様はそんなことを?」
脱線していた、グランにとっては望む通りの、話を優斗が引き戻した。
「ん? だから言ったじゃろ。魔王を倒してもらうためだ」
「でも、僕は初めから魔王を倒すことを約束していましたよ?」
優斗はそうだった。だがヒューガの問いに答えるために、国王はそう答えざるを得なかったのだ。
「そういえばそうじゃの。つまりは……いやいや、これは考え過ぎじゃな」
「何ですか?」
「いやいや、さすがに儂の口からこんなことを話したとばれてはな。明日には儂の首は胴と離れてしまっておるわ」
「そんな大事な内容なのですか? だったらなおさら教えてください」
「しかしな……」
ためらいながらグランはローズマリー王女を見る。その視線の意味をローズマリー王女はすぐに分かるはずだ。
「妾が心配ですか? それは無用のこと。ここで聞いた話はは決して口外しません」
「しかし……王にも関わること」
「たとえそれが父上の問題であっても同じです。妾の名にかけて口外しないと約束しましょう」
ローズマリー王女にとっては固い決意。だがグランにとってはどうでも良いことだ。話さなければ事は進まないのだから。
「……そこまで言われては黙っておくわけにはいきませんな。魔王を倒したあと、この国にとって勇者はどんな存在になりますかな?」
「英雄……ですか?」
「そうですな。さてローズマリー様、その英雄に対して国は何をすると思われますかな?」
「それは厚い恩賞で報いるでしょう。魔王を倒すという偉業を成し遂げたのです。金品、貴族の地位、領地いくら渡しても十分ということはありません」
普通、渡す側はそうは思わない。つまりローズマリー王女は渡す側、パルス王国ではなく優斗の側で考えているのだ。
「本当にそうですかな?」
「違うというのですか?」
「魔王がいなくなれば勇者など無用な存在。そんな者に領地を与えますかな? 与えるとしたらどこの領地を? この国に余っている土地などありませんぞ」
「まさか?」
「そのまさかの可能性があるのです」
「……それと王が嘘をついたことにどんな関係があるのですか?」
グランとローズマリー王女の会話に優斗が割り込んできた。おかげでグランは表情を崩さないように耐えなければならなくなった。
ここまで話を聞いていてこの質問。優斗の察しの悪さに呆れたのだ。それと同時にヒューガであれば、という考えも湧いた。
ヒューガは最初の謁見の時にすでに気付いていたのではないか。そうであるから勇者と同行することまで拒否したのではないかと。
「あの師匠……?」
「おお、すまん。つまり勇者は魔王を倒したあと、元の世界に帰った。こういうことにしたいのでないかな?」
「……でも実際には帰る方法はない。帰っていないのに帰ったことにするって……つまりそういうことですね?」
ようやく優斗も理解した。思わず安堵のため息が出そうになるのを堪えるグラン。
横で聞いているだけのアレックスの口元には笑みが浮かんでいる。グラン並の演技力はないのか、そもそも演技する気もないのか。どちらにしてもグランは苛立ちをおぼえた。
「これは大変な秘密ですね? ローズマリー王女、くれぐれもお気を付け下さい。ローズマリー様がこのことに気が付いていると知られたら、ローズマリー様の御身にあり得ない苦難が襲い掛かるかもしれません」
「そんな!? 妾は……妾はどうすれば良いのですか?」
「何も知らないふりをして、ただ私にお任せください。このアレックスが命に代えてもローズマリー様を守ってみせます」
「アレックス……頼みますよ」
「はっ!」
後者であった。アレックスは自分自身の野心を実現するために、見事な演技力を見せつけた。
それを感じ取ったグランの心の中にアレックスに対する強い警戒心が湧き上がる。
「さて、さっきの話ですけど」
さらにアレックスはグランに問いを向けてきた。
「……さっきの?」
アレックスが何を企んでいるか割らないグラン。優斗たちの手前、警戒心が表に出ないように抑えている。
「だから一緒に召喚された人たちをどうするかですよ」
「ああ、そのことか」
「一度、彼らの実力を確かめてから判断するというのはどうでしょう? 役に立つなら考える。役に立たないようであれば放っておけば良いのです」
「どうやって試すつもりだ?」
話の方向性は悪いものではない。だがアレックスの真意がどこにあるかの疑いは消えない。
「任務に就かせましょう。イレギュラーズに命令を出して、彼らも同行させればよいのです」
「……ふむ、悪くない。しかし出来るのか? 相手は国軍だ」
「そこは私に任せてください。ちゃんと国軍にも手は打ってあります」
「……いいだろう。二人はどうだ?」
少し悩んだがグランはアレックスの提案を受け入れることにした。まずは優斗たちに受け入れる気持ちを持たせること。そのためにアレックスの提案は悪くないと考えたのだ。
「そうですね。自分たちのことを考えれば役に立つ味方を多いほうが良いと思います。それに彼らも異世界からきた人間。この世界の現状を知れば思いを同じくしてもらえるのはないでしょうか?」
美理愛と違い優斗にはヒューガへの強い嫌悪感がない。もちろん好意もない。ただ私情で拒絶するのは格好悪いという思いがあるのだ。
「……私もそういうことであれば個人的な感情に流されることはしません。私情にとらわれている場合ではないと良く分かりましたから」
美理愛も基本は優等生を演じたい性格だ。優斗が認めたこともあり、試験を実施することを受け入れてきた。
これでグランの今日の目的は一通り達成出来た。だが大きな問題が残っている。ヒューガの側が受け入れるかという問題だ。
こちらのほうが遙かに難問だとグランは思う。優斗のように扱いやすい人間ではないのだ。説得が成功すれば良い。だが失敗した時はどうするか。考えておく必要があるとグランは思った。