天宮の戦闘訓練の相手をすることになった尊。剣を持っての立ち会いだ。以前、尊が見た天宮の戦い方は精霊力を剣と盾に変えての近接戦闘。光の剣はかなり自由に形を変えられるようなので近接戦闘だけというわけではなさそうだが、得手であることは間違いない。
第七七四特務部隊で最強と聞いている天宮と、その天宮が得意な剣で戦う。尊としては実に気が重い。
片手で剣を構えている天宮。実戦では左腕に精霊力の盾を装備するのだが今は当然それはない。
「盾は持たなくていいのですか?」
「えっ?」
「実戦では盾を作り出すのでは?」
戦闘訓練であれば実戦と同じ戦い方をするべきだと思った尊だが。
「盾は敵の遠距離攻撃を防ぐ為だから」
天宮はどうやら、尊が思っていたほど盾は得意ではないようだった。
「接近戦では使わないのですか?」
「……あまり使わない」
「そうですか。分かりました」
使わないのではなくて使えないのだと尊は理解した。三峯秘書官は天宮には訓練相手がいないと言っていた。剣を打ち込んでくる相手なしの訓練では盾の使い方はなかなか上達しないのだろう。
「……構えないのですか?」
今度は天宮の方が尊が構えを取らないことを聞いてきた。
「構えていますけど?」
だらりと剣を下げているだけに見えるが、これが尊の構えなのだ。
「……分かりました」
天宮にはそうは伝わらなかったようで、少しムッとした顔を見せている。構えを取らないのは尊が自分を見くびっていると思ったのだ。まだ若く可愛い女の子である天宮だ。初対面の相手ではよくあることだった。
「では行きます」
軽くポンと地面を蹴った尊。そう見えるのだがその体は一気に天宮との間合いを詰めていた。三峯秘書官が惑わされたのはこの見た目と実際の動きのギャップが原因だ。そして、それは天宮も同じ。完全に不意を突かれて尊が懐に入るのを許してしまっていた。
「そんな……」
まさかの負けに呆然とする天宮。この態度が少し尊の癇にさわることになる。
「見た目だけで人をなめてかかるのはどうかと思いますけど?」
「なっ?」
尊の挑発的な言葉にかっとなる天宮。だがすぐに怒りは冷め、代わりに羞恥心が広がることになる。なめられていると思ってムッとしていた自分のほうが相手を侮っていたのだと分かったからだ。
「まだ続けますか?」
「もちろん」
「分かりました」
また間合いを取り直して向かい合う二人。天宮も今度はかなり慎重だ。初戦よりも腰を落とした構えを取っている。
「……始めていいですか?」
「ええ、どうぞ」
「……分かりました」
さきほどと同じ。軽く地を蹴っただけに見える尊だが、その体は宙を滑るように一気に前に飛び出る。さすがに二回目は天宮もその動きを見極め、下から切り上げられた尊の剣に振り下ろした剣を叩きつけた。カンという模擬剣の打ち合う音が響く。三峯秘書官は打ち合わされた剣の押し合いで隙を作ったのだが、さすがに天宮はひと味違った。
無理に押し合うことなく大きく後ろに飛んで尊の力を流すと、そこから今度は天宮のほうから間合いを詰めて攻勢に出る。
剣を斜めに振り下ろす。それを撃ち返されると、その勢いに逆らわずにそのまま体を回転。反対側から剣を横に薙ぐ。尊が三峯秘書官との立ち会いで見せたのと似た動き。尊はその動きを読んでいたのか半歩後ろに下がってそれを避け、天宮の剣が目の前を通り過ぎた瞬間に下げた足を大きく前に踏み込んで剣を振り下ろす。剣を引き戻してそれを防ごうとした天宮であったが、回転の勢いがあり過ぎて動きが遅れてしまう。
「……僕の勝ちですね」
振り下ろされた剣は天宮の肩に当たる直前で止められていた。
「……ええ」
二連敗。天宮にとって久しぶりの経験だ。
「本気で勝とうとしていますか?」
「……悔しいけど本気よ」
言葉にした通り、天宮はかなり悔しそうだ。
「そうではなくて本気で鬼に勝とうとしていますか?」
「……当たり前でしょ! 僕は誰よりも強くなりたいの! 強くなって鬼をこの世の中から消すの!」
負けた悔しさもあって、天宮は思わず自分の思いを叫んでしまう。いつも冷静な天宮には珍しいこと。周囲も何事が起きたのかと興味津々の様子で見ている。
「鬼を消す……それは是非頑張って欲しいところですけど、貴女には無理です」
「……今は無理でも、いつか必ず成し遂げる。その為に私は自分を鍛えているの」
「そうでしょうか? 強い弱いは精霊力をいかに上手く扱えるかだって聞きました。そうであれば、どうして貴女は訓練中に精霊力を使わないのですか?」
「それは……」
「他の人たちは使っていますから禁止されているわけじゃない。貴女が自分で決めてそうしているのですよね?」
周囲で訓練をしている人たちは、尊の言うように精霊力を使って訓練をしている。もちろん訓練なので全力ではなく力を押さえている。だがその力を押さえるということも精霊力を制御すること。精霊力を上手く使うという点では良い訓練になっている。訓練している本人たちは分かっていないが。
「精霊力を使った訓練もしているわ」
「一人で訓練している時だけですか? それで強くなれるのでしょうか?」
「……君は何を知っているの?」
尊の言うとおりなのだ。天宮が精霊力を使った訓練をするのは周囲に誰もいない時だけだ。
「特別なことは何も。知っているのは今のような訓練をしていては、鬼をこの世の中から消すなんて永遠に出来ないということです」
「君に僕の気持ちは分からない」
天宮も強くなる為に精霊力を使った訓練をもっと自由に行いたい。だがそれが出来ないのだ。
「はい。僕は貴女じゃないから分かるはずがありません。分かろうとも思いません。僕だって言いたくてこんなことを言っているわけじゃない。でも貴女には死んでもらっては困るので」
「……君に心配してもらう必要はないわ」
「心配はしてません。僕に与えられた仕事は貴女をサポートすること。その仕事をやり遂げないと僕が困るからです」
「…………」
他人との関わり合いを避けてきた天宮だが、相手の方からこんな風に言われるのは初めての経験だ。自分勝手だと思っても、頭にくるのは押さえられない。
「そろそろ時間ではないですか?」
尊は二人の言い合いを驚きの表情で聞いていた三峯秘書官に質問を向けた。
「あっ、そうね。そうだったわ」
「どこに行けば?」
「B棟の七階。そこが事務所になっているの」
B棟というのは桜木学園内の建物ではない。学園の東側に建っているビルのことだ。桜木学園とは地下で繋がった、雑居ビルにしか見えないその建物の七階が第七七四特務部隊の本部なのだ。
「分かりました」
B棟などと言われてもそれがどこか分からない尊だが、とりあえず地下通路の入り口に向かえば良いと思って歩き出す。天宮との会話をこれ以上続けたくないからだ。天宮を嫌がってではない。苛立ちをそのまま表に出してしまった自分が恥ずかしくなったからだ。
天宮が感情をこれだけ表に出すのが珍しいように、尊にとってもこんな態度を人に向けるのは滅多にないことだった。
「あっ、そうよ。天宮陸士。貴女も来て」
尊の後を追おうとした三峯秘書官だが、ふと気付いた様子で天宮にも同行するように言ってきた。
「どうしてですか?」
「さっき話した辞令。それが出る予定なの。指揮官の紹介もあるので貴女にも同席させるように言われていたのを忘れていたわ」
実際に三峯秘書官が命じられたのは天宮に本部に来るように告げることだけ。今更だが。
「指揮官……それは男性ですか? 女性ですか?」
「私もまだ知らないの。本部に行けばすぐに分かるわよ」
「……分かりました」
天宮も同行することになったのだが尊との会話は特になし。尊は自分の青さを反省して黙り込んだまま。天宮も何かに気を取られていて移動中はずっと無言。それはそれで三峯秘書官にとっては気まずい時間だったのが、それを気にかける二人でもない。
◇◇◇
地下通路から直通のエレベータで七階に上がる。外見は古びた雑居ビルだが内側は軍組織の拠点に相応しい堅牢な作りになっている。扉という扉は全てIDカードと虹彩による複合認証、建物内のあちこちに監視カメラや赤外線センサーが設置されており、それは中央管制室で二四時間三百六十五日監視されている。壁や天井の傍聴対策、窓ガラスはそれにさらに防弾措置と光の反射や屈折で中が見えているようで見えない特殊加工がなされている。
なんていう設備の説明を三峯秘書官から聞きながら尊は七階の事務所に辿り着いた。どうしても必要な説明ではない。三峯秘書官が気まずい雰囲気に耐えられなかっただけだ。
「おう、来たか」
部屋に入るとすでに葛城陸将補が中にいた。その隣には三峯秘書官と同い年くらいに見えるスーツ姿の男性。
「では早速始めるか」
この葛城陸将補の言葉で間違いなくその男性が指揮官なのだと尊も天宮も分かった。事務所には他に誰もいないのだ。
「では辞令からだ。長いから簡潔に。天宮陸士、古志乃補佐官の二人に第七七四特務部隊 遊撃分隊への配属を命じる」
「はっ」
「あ、はい」
天宮は軍人らしく敬礼をして、尊はそれを聞いて慌てて返事をした。
「では遊撃分隊、君たちの指揮官を紹介する。立花(たちばな)慶太郎(けいたろう)防衛技官だ」
「「えっ?」」
驚きの声をあげたのは天宮と三峯秘書官。尊は二人が何に驚いたのかと首をかしげている。
「驚いているのは技官であることか?」
「はい。指揮官は制服組ではないのですか?」
国防軍所属の戦闘員が制服組。国防省所属の事務官や防衛技官など直接の戦闘は行わない文民は背広組と呼ばれている。国防軍の前身である自衛隊時代からの呼称だ。
「立花防衛技官は戦闘技能を持たない。つまり前線に出ることはない。本部でのオペレーションが主な役目だ」
「……古志乃補佐官は?」
オペレーターは補佐官の役目。立花分隊指揮官がそれを行うとなると尊は何の為にいるのだということになる。
「古志乃補佐官はシステムの操作など出来ない。だからオペレーターは無理だ」
「では何を?」
「ケースバイケースだが、前線に出ることになるのかな?」
葛城陸将補の発言に尊が顔をしかめている。だがそれ以上の反応を示したのは天宮だ。
「彼の適合率はゼロパーセントと聞きました。それは嘘だったのですか?」
「いや、検査の結果はその通りだ」
「……確かに彼は強いですが、精霊力が使えなければ鬼は倒せません」
鬼の鬼力を打ち破るには精霊力が必要。通常武器では傷つけることは出来ても、致命傷を与えることは出来ないとされている。いくら剣の腕が立っても鬼は倒せないのだ。
「対鬼戦用の武器はある。新兵器などがあれば彼に優先的に回す約束も技術本部から取り付けている」
「……それは実験台ということですか?」
「そうだ。だがその言い方だと誤解されそうだな。実験はあくまでも武器に対して行われるのだ」
「……何の実験であろうと前線に出れば彼は死にます」
「死の可能性は君にもある。それを恐れていては職務を果たすことは出来ない。そうではないか?」
天宮が何を言おうと葛城陸将補の気持ちが変わることはない。最初からこうするつもりで尊を連れてきたのだ。
「……君は良いの? 鬼と戦うことになるかもしれないのよ?」
葛城陸将補の説得が無理と見て、天宮は問いを尊に向けた。尊に命令を拒否させようと考えているのだ。
「僕の仕事は貴女のサポートをすること。その為に必要であれば仕方がありません」
「君は鬼の恐ろしさを知らないのよ」
「貴女が僕の心配をする必要はありません。貴女は貴女が生き残ることだけを考えていれば良いのです」
また尊は言わなくても良いことを言葉にしてしまう。反省したばかりだというのに、ここでもまた抑えが効かなかった。
「そんなこと出来るわけない。僕は……僕はもう仲間を……死なせたくないの……」
天宮の方は今回は激高することなく、逆に震える声で途切れ途切れに自分の思いを口にした。だがどんな話し方であろうと尊の気持ちが変わることはない。
「殺したくないでは?」
「…………」
尊の言葉に天宮は大きく目を見開いたまま、固まってしまった。
「古志乃補佐官。その発言はいささか問題だな」
ここで葛城陸将補が尊の物言いをたしなめてきた。さすがにこれ以上は不味いと思ったのだ。
「……すみません。取り消します」
「さて辞令はもう伝えた。戻るがいい」
「はい。失礼します」
葛城陸将補の言葉を受けて、尊はさっさと部屋を出て行った。それを追う三峯秘書官。天宮は部屋に残ったままだ。
「……彼に教えたのですか?」
尊と三峯秘書官がいなくなったところで、天宮は葛城陸将補に尋ねた。本当は立花防衛技官もいなくなって欲しいのだが、動く気配がないので仕方なく漠然とした聞き方をしている。これで充分に葛城陸将補には何のことか分かる。
「いや。彼には何も話していない」
「では何故?」
「殺した」なんて言葉が尊の口から出てきたのか。続く言葉は声にはならない。
「彼は知っているのだ。鬼が何であるかを。そして恐らくは君が周囲を遠ざけている理由も」
「……彼は何者ですか?」
「三峯くんにも同じことを言われた。そんなに彼は得体が知れないかな?」
「誤魔化さないでください。得体が知れないから聞いているのです」
「……詳しいことは言えない。彼が何者かは機密事項だからね。君に伝えられるのは彼は君の役に立つということ。彼は鬼についてかなりの知識を持っているはずだ」
「どうして?」
対鬼戦部隊、第七七四特務部隊の指揮官である葛城陸将補がかなりという知識。そのようなものをどうやって身につけたのか天宮は想像もつかなかった。
「それは君が彼から聞き出して欲しいな。ちょうど二人だけだから言っておこう。彼が何者でどういう経歴なのか。実は分かっていることは少ない。君たちにはそれを探ってもらいたい」
「そんな人物を何故、補佐官になどしたのですか?」
素性の知れない子供に補佐官の職を与える。そんなことをする理由が天宮には分からない。
「言ったはずだ。彼は間違いなく役に立つ。そして教えられるのはこれだけだと」
「……分かりました」
了承の言葉を口にした天宮。やや膨らんだ頬が葛城陸将補の言葉に全く納得していないことを示しているが、それ以上は何も言うことなく部屋を出て行く。
「葛城陸将補。何だが聞いていた話と違うのですけど?」
ろくに挨拶も出来ないまま二人との面談が終わってしまった立花防衛技官。その二人がいなくなってようやく口を開く機会を得た。
「何がだ?」
「二人ともあまり感情を表に出さない難しいタイプだと聞いていました」
「良かったじゃないか。二人にもああして感情を見せる時があると分かって」
「そうじゃなくて……あの二人、絶対に相性悪いですよね?」
普段は感情を表に出さないはずの天宮を刺激したのは、他人には無関心であるはずの尊。そんな二人の指揮官が立花防衛技官なのだ。
「逆に相性が良いのかもしれん。嫌よ嫌よも好きのうちと言うじゃないか」
「いや、絶対違うと思います」
「どうであろうとその二人をまとめるのが君の役目だ。頼むぞ」
「……分かりました」
天宮のように頬を膨らますことはしなくても、やはり立花防衛技官も葛城陸将補の言葉に全く納得していなかった。