目が覚めると昨日とは違う部屋だった。
昨日の夜に俺の部屋だと案内された場所だ。ベッドと小さな机とタンスが置かれている。それだけで、スペースがほとんど無くなる様な狭い部屋。
元の部屋も同じようなものだから気にはならない。四畳半一間でトイレは共同、風呂はなし。駅からはバスで十分以上かかる。安いだけが取り柄のボロアパートだ。
――元の世界での自分の記憶だった。
意識は明け渡したはずなのに、どうして戻っているのだろう。もう一度、意識を渡そうと心の中で問い掛けてみるが、返事がない。
もしかして寝ているのかもしれない。昨日はかなり疲れただろうからな。主に心の方が。
しかし、あのお嬢様は典型的な我儘貴族のお嬢様だな。周りの者はあれだけ好き勝手をやっても何も言おうとしない、
あれじゃあ、どんな女性になるのか心配だ。見た目は結構可愛いのに。
しかし、自分も綺麗だったな。元が自分の顔でないせいか、化粧をして女装をした自分を鏡で見たときは何の抵抗もなく、普通に見惚れてしまった。
まだ子供なのに、妙な色気があって……って自分に欲情してどうする?
自分にロリコンの気はなかったはずだ。
もう一人の自分は酷く落ち込んでいたな。あれが本来の反応だ。君が頼りだ。自分が変な道に進まないように、何とか止めて欲しい。
こんな馬鹿な考えで無駄に時間を過ごしていると、扉を叩く音が聞こえた。
返事をするまでもなく、扉が開く。
又、お嬢様かと思ったが、現れたのは侍女だった。
「起きていましたか」
「はい。自分はどうすれば?」
「何もしなくて結構。この部屋で大人しくしていなさい」
「……それはどういう?」
侍女の言い方が気になって、冷たい視線にめげずに問い掛けてみた。
「貴方の処遇はまだ決まっていません。ヴィンセント様とエアリアル様が何を言おうと、最後にお決めになるのは旦那様ですから」
「ペットにならずに済む?」
他はともかく、この点は自分にとって良い事だ。
「恐らくは。貴方のような存在を当家に置いておく訳には参りません」
好意ではなく、嫌悪から。自分が嫌悪を向けられる原因は。
「オッドアイ……ですか?」
「ええ」
「それほど忌み嫌われているのですか?」
「そうです。特に貴族においては」
「……どうして?」
「ちゃんと理由は確認してきました。エアリエル様への説明の為でしたが、貴方にも伝えておきましょう」
「お願いします」
「瞳の色がその人の属性を表しているのは知っていますね?」
「……いいえ」
心の中で問い掛けても答える相手は眠っている。起きていても貴族の事だと知っているかは怪しいな。
「……では、そこから。貴族家には高貴な血が流れています。高貴の血とは強い魔力を持った血の事です」
貴族にしか使えないともう一人の俺が思っていたのは、これが理由か。流れる血の質が違う。現代人の俺にはちょっと理解出来ない。血は血のはずで、それでは輸血なんて出来ないじゃないか……しないか。
「その代表が王家と三侯家。グランフラム王家の属性はその名が示す通りに火。直系の血を色濃く受け継ぐ方の瞳は赤です。当然、国王陛下の瞳は誰よりも美しい赤」
火だから赤。実に分かり易い。他の色を聞くまでもなくなったが、説明の中で一つ分からなかった事がある。
「名が示すとは?」
「貴方……こんな事も知らないのですか?」
「貧民街育ちですから」
もう一人の自分は。
あまりに侍女が驚くので、とっさに考えた言い訳だが、通用したようだ。
「そうですね。学ぶ事などした事もないのでしょう。グランフラムは古語で【偉大な炎】を意味します。火属性の王家に相応しい名です」
火属性の王家だから、そう付けたのではないかと思ったが、口には出さなかった。不機嫌になって教えるのを止められたら困るからな。
「アクスミア侯爵家は【聖なる水】、ファティラース侯爵家は【豊穣なる土】。そして当家は【癒しの風】です。王家と三侯家で四属性の全てを持つ。だから特別なのです」
魔法の属性は火水土風の四属性。光と闇はないのか、それとも知られていないだけか。侍女に聞いても知らなそうだな。
「その四属性の色がそれぞれの瞳の色なのですね?」
「そうです。さて、これを理解した所でオッドアイです。何故、オッドアイが忌み嫌われるのか」
「瞳の色が属性を表しているとなると、二色の瞳を持つから属性を二つ……にはならない?」
「そうです。属性は互いを打ち消します。二つの色を持つという事は、どちらの属性にも愛されないという事になるのです」
又、おかしな表現が出てきた。愛されないとはどういう事だ。侍女が又、蔑むような顔をするのは分かっていても、ここは質問をする事にした。
「愛されないとは?」
「これも知らない……魔法は世界の理に干渉する事で効果を生みます。世界の理とはすなわち四属性。その四属性に愛されれば、その効果は強くなり、愛されなければ効果は弱いか、下手をすれば効果を現す事もなくなります」
「……四属性には意志があるのですか?」
「世界には意志があります。その世界を構成する四属性に意志があるのは当然です」
もしかして四属性とは精霊の事なのだろうか。だが、侍女は精霊という存在を知らないようだ。知っていて、隠しているのかもしれない。それが貴族の……この侍女の人はどうなのだろう。
「つまり、瞳が青の貴女は属性が水で、水属性の魔法が使えるのですね?」
「なっ?」
聞き方を失敗した。侍女の顔色の変わり様からすると、この人は魔法が使えないようだ。
「すみません。勘違いしたようです。貴方は貴族ではないのですね」
「私は貴族です!」
更に失敗。これは完全に怒らせたかもしれない。ちょっと気が緩んでいた。疑問を何でも教えてもらえると考えたのは誤りだ。
「……無知は無礼に繋がります。すぐにここを出て行く貴方には必要ないと思いますが、念のために教えておきましょう。私の実家は男爵家です」
落ちこんだ俺を見てか、それとも別に理由があるのか、侍女は更に説明を続ける気があるようだ。少し安心した。
「貴族には序列があり、男爵位は一番下になります。厳密には準男爵という爵位があって……」
そこから延々と侍女は、この国の貴族制度について説明をしてくれた。
貴族には序列がある。王族に直接繋がる公爵家は別格として、貴族の最高位は侯爵となる。この辺はよく分からない。王族が臣下になると公爵になる。だが、公爵は格については一番上だが、貴族制度の枠の外だと説明されたが、この意味が分からなかった。
とにかく、侯爵が一番上で、次が伯爵、子爵、男爵となる。
侯爵は三家あり、それぞれ東西南の国境に領地を持っている。国の守りの要でもあるという事だ。その下の伯爵家は三侯家の領地の内側。中央に近い所に領地を持つ。侯爵家と伯爵家の領地の広さの違いはとてつもなく大きいらしい。
三侯家は色々な面で別格という事だ。
その下の子爵家は、上位の侯爵家や伯爵家に仕えていて、領地内の都市や城を任されているそうだ。
侯爵が都知事や府知事、伯爵は県知事で子爵は区長か町長。そんな風に理解した。ちょっと違う気もするが、そこまで厳密に知る必要のない事だからこれで良い。
では侍女の実家の男爵家はというと、これは名誉位で領地や街も持たない為、本当の意味で貴族とは見做されていないそうだ。功績を上げた者に与える名誉職、その爵位の世襲を許されたのが男爵で一代限りだと準男爵になる。
元をたどれば平民である者ばかりで魔法は使えない。もっとも男爵家にはそのコンプレックスがあるので、魔法の血を自家に取り込もうと、子爵以上の家と盛んに婚姻を繰り返していて、魔法を使える者がいない訳ではないそうだ。侍女は残念ながら、そうはなれなかったようだが。
不満そうにしながらも、侍女はこんな事まで説明してくれた。根は親切な人なのかもしれない。
この話の結論は、血の濃さが魔法に影響を与えるという事だ。
特に俺は平民である上に火と水という最悪の組み合わせのオッドアイなので、絶対に無理だと侍女に言い切られた。
魔法の夢は儚く消え去った。
少し落ち込んでいる俺の耳に、昨日も聞いたような言葉が聞こえる。
昨日、叫んでいた人は目の前に居るので、今日は別の人が同じ言葉を発しているのだろう。侍女の耳にも聞こえた様で、頭を押さえている。
我儘お嬢様の登場だ。
「リオン! 早く来なさい!」
「はい?」
「ぼやぼやしないで! 大変なのよ!」
我儘お嬢様はかなり焦った様子だ。何かが起きている事は間違いない。
「エアリエル様、一体、何が?」
「お父様たちがリオンを置いておけないって言うのよ!」
「ああ、それは……」
俺にとっては大変な事ではない。侍女からすでに追い出される事は聞いている。
「不吉な存在は始末するべきなんて言うのよ! それは許せないわ!」
「……はい!?」
「リオンを見ればきっと考え直すはずよ! リオンはこんな綺麗なペットなのだから!」
「…………」
「早く来なさい!」
「は、はい」
何とも複雑な思いを胸に浮かべながら、俺は我儘お嬢様の後について走った。ペットは嫌だが、殺されるのはもっと嫌だ。
目的の部屋まではかなりあるようで、いつまで経っても辿り着かない。
俺が居た部屋は使用人用の場所なので、侯爵家の人たちが居る場所とは離れているのだろう。そんな風に思いながら、廊下を走り続ける。
前を走るお嬢様もさすがに苦しそうだ――どうして、このお嬢様はこんなに必死なのだろう。ペットと呼ぶ俺の為に、息を切らせて走っているのだろう。
貴族のくせに――。
最後の気持ちは自分のものではない。もう一人の自分が目を覚ましたようだ。特に貴族と何かあったような記憶はない。それでも自分は貴族を嫌っている。
この気持ちは分かる。持たざる者が持つ者に対して抱く嫌悪感は、自分も何度も感じている。世の中の不公平さを何度恨んだ事か。
「も、もうすぐよ!」
暗い感情がその声で打ち消された、苦しそうな顔をしているのに、お嬢様は足を止めようとしない。
自分はそんなに大事なペットなのだろうか――自分で考えておいて、その皮肉さに苦笑いが浮かぶ。
「着いた……はあっ、はあっ、はあっ」
お嬢様は扉に手を突いて乱れる息を整えている。すぐに部屋に入ろうとしない理由が分からない。
「もっ、もう少しよ。あっ、髪、乱れていない?」
「……少し」
「直して」
「はい……」
身だしなみを気にしているようだ。貴族の女性としての拘りなのだろうか。
未だに息を切らせたままなのに、きっちりと姿勢を正すお嬢様。自分に直せという事なのだろう。
少し躊躇いながらも、乱れた髪を手で押さえて整えた。額に少し汗がにじんでいる。引っ付いた髪を離して、その汗を服の裾で拭う。
これは駄目だったみたいだ。お嬢様の視線が一段ときつくなる。
「あっ、貴方、ハンカチも持っていないの?」
「はい」
「じゃあ、これ使って」
ふところから取り出したハンカチを差し出してくる。それを受け取って、顔の汗をそっと拭く。大人しく目をつむってされるがままのお嬢様。
こうしてキツメの目をつむっていると、子供っぽさが増すようだ。
「どう?」
「はい。可愛いです」
「そ、そう」
「はい」
「……じゃあ、良いわね。行くわよ」
最後に一つ深呼吸をして、お嬢様は扉に向かった。ノックをしようと手を挙げる。
「冗談じゃない! あれは僕が拾った、僕の物だ!」
部屋の中から聞こえてきた声。聞き覚えのある声は少年のものだ。しかし、僕の物って……どうしてこの兄妹はこうなのだろう。
「ヴィンセント様。ここは我儘を申される時ではありません」
「これのどこが我儘だ!? 自分の物を勝手に捨てられようとしているのだ! 怒っても良いはずだ!」
「しかし、その拾った物に問題があるのです」
「問題などない!」
「貧民街の孤児です。そのような者に恩を感じてどうするのです? これ幸いと美味しい思いをしようと考えるに決まっています」
だから殺そうとするのは、極端じゃないのか。自分の外見は子供、いや内面だって、まだ十八だ。そんな自分にどうしてここまで警戒するのか分からない。
「恩など感じていない!」
「いや、しかし、助けてもらったと」
「そんな事は言ってない! 助けられたのではない! 僕があいつを助けたのだ!」
「……それは」
「だから僕は恩を感じていない。恩を感じるのは向こうの方だ」
滅茶苦茶な話だが、もしかして少年は、こう言う事で自分を庇おうとしているのだろうか。もう一人の自分はそれを否定しているが、自分にはそう思える。
「オッドアイでもあります」
「うつる訳じゃない」
「そういう事ではありません!」
「では、どういう事だ?」
「どこの誰かも知らない者を安易に近づけてはならないと申しているのです」
「貧民街のリオンだ」
「そうではなくて……」
今だ、そう小さく呟いて、お嬢様はノックをすると返事も聞かずに扉を開いた。これは礼儀としてどうなのだろう。
「エアリアル様……」
少年と話していただろう男が、困ったような声を出す。強敵が増えたという感じなのだろうか、反応の理由は俺には分からない。
「これがリオンよ。どこの誰かは分かったでしょう?」
お嬢様は第一声から屁理屈をぶちかました。
「エアリエル様、私が申し上げているのはそういう事ではありません」
「本人を見もしないで、判断を下すのは間違っているわ」
「確かにそうですが」
男の視線が自分に向く。男だけではない、この場にいる全員が自分を見ている。
ゆったりとソファーに座っているエラそうな男が侯爵だろうか?
その隣の綺麗な人が奥さん? お嬢様に似ているような気がするので、恐らくは間違っていない。
その二人の正面には少年が座り、他の人たちは、侯爵の後ろに立っている。
「君、名前は何という?」
「リオンと名付けて頂きました」
「私が聞いているのは本名だ」
「亮」
「ん? 何て?」
「亮です」
「…………」
「リオンとお呼びください」
「……分かった」
どうして亮が通じないのか分からない。日本語が通じているようで、実は違う言葉なのかもしれない。
「ご両親は?」
「おりません。小さな頃に亡くなりました」
「……その後はどうやって生活を?」
「残飯をあさって。この年齢では働き口がありませんから」
「働いた事はない?」
「雑用はあります。定職ではありません」
「では、その言葉遣いはどこで覚えた?」
男がしてやったりという顔で質問を投げてきた。自分が怪しい証拠を掴んだと思ったようだ。敬語を使った方が好感度は上がると思ったのだが、失敗だったみたいだ。
「亡くなった親からです」
取り敢えずは何食わぬ顔で嘘をついた。
「親は何をしていた?」
「分かりません。貧民街での仕事について親は何も語りませんでした」
これは事実。そして、自分だけではない。貧民街の住人の仕事など後ろ暗いものしかない。子供には何も言わないのが普通の親だ、そうだ。
「……親が亡くなったのは?」
「二年程前でしょうか? 正確な日は覚えていません」
「親の亡くなった日を覚えていないだと?」
「そう言われても、今日が何日かも知りませんから」
貧民街育ちは、素性を誤魔化すには案外都合が良い。
「……死因は?」
「さあ? 朝起きたら死んでいました。貧民街では珍しくもない事です」
「……これからどうしたい?」
尋問のようなやりとりにも全く動揺を見せない自分に、警戒心は益々強くなったが、手詰まりにもなった。そんな所か。この問いにどう答えて欲しいのかも何となく分かる。
「何も考えていません。昨日は考える時間がありませんでした」
「……では今、考えたらどうだ?」
「ここで? その必要はあるのでしょうか?」
「何だと?」
「自分がどうするかは自分の問題です。失礼な言い方ですが、皆様には関係ありません」
「……つまり、当家には今後関わる事はないと?」
「問いの意図が分かりません。どんな答えを求めているのですか? 関わって欲しくないのであれば、そちらからそう言えば良いと思います」
「それは……」
この男にはそれを言う権限はないのだろう。だから自分の非を見つけて、周りに自分の望む判断させようとしている。
最悪殺されなければ良いのだが、この男はなんとなく気に入らない。とにかくこの男の思いどおりになるのは嫌だ。
「息子が世話になったようだな」
不意に掛けられた声はソファーに座る男からのもの。息子というからには、やはり侯爵本人だった。
「お互い様と言っては失礼なのでしょうか?」
「お互い様とは?」
「私は誘拐しようとした男からご子息を助けました。その後に逃げる途中で倒れた私を助けたのはご子息です」
「なるほど。貸し借りはなしと」
「はい」
「では、後は自由にするが良い。家まで送らせよう」
「「父上!」」
これで話は纏まったと思ったところで、二人の兄妹が同時に声をあげた。
反対する二人の事をすっかり忘れていた。落ち着いているようで、やはり動揺しているのかもしれない。
「この者は私の物です」
「そうだわ。私たちのペットよ」
命はどうにか助かりそうなのだから、それはもう止めて欲しい。
「しかしな。ペットにしては大きすぎないか?」
侯爵、お前もか――。
「良いのよ。ちゃんと言う事も聞くし、何よりも綺麗だわ」
「……まあ、そうだが。しかし、ヴィンセントにはまだ早い。もう少し大人になってからだ」
「どうして?」
「それは……そういうものだからだ」
侯爵は何を言っているのだろう。何かが間違っている気がする。
「そうよ。それに相手も子供じゃない。お母様はさすがに賛成できないわ。まあ、この家で年頃になるまで育てるというのは有りかもしれないけど」
ここで母親が話に加わってきた。だが、やはり言っている事がどこかおかしい。
「ふむ。それはあるか。いや、しかし、いくら美人になりそうだからと言って、ヴィンセントの側室となれば、それなりの家柄の者でなくてはならん」
「妾にすれば良いのよ」
「なるほど、妾か。それであれば」
納得するな。ていうか側室と妾は何が違う? なんて考えている場合じゃない。それ以前の問題だ。
「あの」
「どうした?」
「私は男ですけど」
「……何と!?」
自分の性別も把握していなかった。お嬢様は騒いでいたけど、実はそれほども大事ではなかったのではないか?
それとも拾ってきた孤児の性別などどうでも良いという事か。
「では……ヴィンセントは何をさせるの?」
「何を? 色々な事を」
「……従者という事かしら?」
「まあ、そんなところです」
「そう。でも従者はもういるわ」
「あっ、ヴィンセント様がそれをお望みでしたら、私は従者を外れます」
さっきまで俺を問い詰めていた男が嬉々として話しだした。この男、従者だったのか。それにしては偉そうな。それに急に何を喜んでいるのだろう。
「では貴方はどうするの?」
「仕事を失うのは困りますので、出来ればエルウィン様の従者にと」
「エルウィン? エルウィンに専任の従者を……」
侯爵の口から知らない名前が出てきた。従者を付ける云々という話だから、二人の兄弟だろうか。
「まあ、それも良いか。しかし、この子に従者としての躾をしなければならん。それは誰に任せるか」
「それについては私が致します。引き継ぎもありますので」
「それもそうだな。では……」
侯爵が俺の顔をじっと見ている。何があった……かは分かった。
「リオンです」
絶対に侯爵は俺の事などどうでも良いに違いない。
「そうだ。リオン、今日からお前はヴィンセントの従者だ。ヴィンセントの為に励むが良い」
「はい……えっ?」
どうしてこうなる?
俺をこの家から追い出す為の話し合いじゃなかったのか?
従者って事は、この家にずっといるって事だよな?
どうして?
これで話は終わったと部屋を去っていく侯爵夫妻の背中を見ながら、俺は心の中でずっと自問を繰り返していた。