月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第6話 学園生活

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 桜木学園の体育館。体育館と呼ばれているが実態を考えれば武道館と呼ぶほうが相応しい場所だ。建物の窓という窓は全て閉め切られ、その上には黒い暗幕が張られている。外から中の様子が窺えないように施された体育館の中で行われているのは、特務隊員や候補生たちの戦闘訓練だ。
 空手や柔道、中国拳法などの武道。さらに剣道や槍術、西洋剣術などの武器を扱う術。様々な武術を教えられる教官たちが桜木学園には配属されている。全てを学ぶわけではない。自分に合っていると思うものを選んで鍛錬を行うのだ。
 部隊で統一されていないこの指導法は非効率に思えるが、そうする理由がある。精霊力を使った戦いにおいては本人のイメージが強弱に影響を与えるということがその理由だ。
 精霊力を使う戦い方はその属性によって大まかな形が決まる。火属性であれば魔法のように火球での攻撃、もしくは炎の剣。水属性も同様。風属性だと魔法的な戦い方ばかりになり、土属性だと精霊力を身にまとった無手での戦いという形が一般的。
 だがこれはあくまでも標準形であり、細かい部分はその本人がどういう戦い方を望むかによって変わる。火を考えた時に魔法が頭に浮かぶようであれば火球での遠隔攻撃。剣をイメージするのであれば炎の剣。人によっては炎の槍かもしれない。
 イメージのし易さは精霊力の扱いやすさ、結果的に攻撃力の強弱に繋がる。分かりやすい例が土属性魔法だ。小石を投げて鬼を殺せると心から思えるのであれば、土属性でも魔法的な戦い方になる。だが、そう思える人はほとんどいない。鬼を倒すとなると、とてつもなく重い大きな岩をイメージしてしまう。そして、その岩は精霊力で作り上げること事態が困難。結果、岩で戦うのは無理と思ってしまい、そう思ってしまえばもうそれで終わり。他の戦い方を見つけなければならない。
 精霊宿しの力は未成年の間に得られないと一生身に付かないということもこのイメージが関係しているのではないかと考えられているが、戦い方も含めて本当のところは分かっていない。
 精霊力はまだまだ未知な部分が多いのだ。だが、少なくとも自分の戦い易いと思える戦い方がもっとも強く戦えることは結果が証明している。
 体育館ではそれぞれが自分に適している、と信じている戦い方の訓練を行っている。その中で尊は自分の好き嫌いに関係なく、様々な武術を学ばされることになった。精霊力の適合率ゼロの尊にはイメージなど関係ないと思われているのだ。

「剣を扱ったことはある?」

 尊の指導教官は相変わらず三峯秘書官が務めている。本来の仕事ではないのだが、葛城陸将補の指示であるので仕方がない。もっとも元陸士であり、現在は葛城陸将補の護衛役でもある三峯秘書官も戦闘訓練そのものは嫌いではないのだ。

「……はい。少しですけど」

「えっ? あるの?」

 三峯秘書官は扱ったことはあるかと聞いておきながら、まさか実際に経験があるとは思っていなかった。

「ほんの少しです」

「……分かったわ。じゃあ、まずは力試しね。立ち会いから始めましょう」

 模擬剣を手に持って向かい合う二人。三峯秘書官は模擬剣というより模擬刀。日本刀の形をしたものを中段に構えている。一方で尊は両刃、といっても模擬剣なので刃はないが、の細長い剣。それをだらりと下に降ろした体勢だ。

「本当に経験あるの?」

 その姿勢を見て、三峯秘書官は尊の経験を疑っている。

「ほんの少しですから」

「基本から教えたほうがいいかしら? まあ、いいわ。とりあえずやってみましょう」

 経験があったとしても完全な我流。そう思った三峯秘書官は立ち会いは早すぎたと思ったのだが、自分の無力さを思い知らせることも必要だと考えて続けることにした。
 自分も最初はそこから始まったのだ。精霊力という特別な力を得て、やや驕っていた自分。その自分が剣道という技術の前では全く戦いにならないということを思い知り、その後は懸命に技の習得に取り組んだものだ。
 そんなことを懐かしく思いながら尊の前に立つ三峯秘書官。だが、その考えは今この時、少し違ったものになる。

「えっ?」

 三峯秘書官の模擬刀が宙を舞っている。尊の剣によって撃ち払われたのだ。

「あれ? もしかして早すぎました?」

「……そ、そうよ。始めの声がかかってからね」

 確かにそうだ。だが尊は三峯秘書官の目の前にいた。その動きを察知出来なかったのは三峯秘書官の失態だ。それが分かっている三峯秘書官は恥ずかしさで顔を赤く染めながら模擬刀を拾いに歩く。その行為もまた、恥ずかしさを助長するものだ。

「じゃあ、始めるわ。いいわよ」

 先ほどと変わらず、模擬剣を構えることなく無造作に立っている尊。さすがに三峯秘書官に油断はない。前に動きながら斜め下から剣を振り上げる尊の動きを見極め、自分の刀で受ける。

「くっ」

 予想以上に重い剣に押し込まれそうになるのを何とか堪えた三峯秘書官。だがその押し返そうという動きによって重心が前に傾く。尊はそれを見逃さなかった。剣を引く動きそのままに体を半回転し、支えを失ってさらに前のめりになった三峯秘書官の首筋に模擬剣を当てる。

「……参った」

 油断という言い訳は出来ない。三峯秘書官は剣術に関しては尊の実力は自分のそれを凌ぐと認めた。

「ここまで使えるなんて思っていなかったわ。凄いわね。どうやって身につけたの?」

 素人に出来る動きではない。剣術は得手とまでは言えない三峯秘書官だが、それでも実戦に向けた訓練を続けてきている。ある程度の腕の見極めは出来る。

「……八幡(やわた)さん」

「八幡山? それどこなの? もしかして本八幡(もとやわた)にあるのかしら?」

 地名としての八幡(やわた)は他にも沢山あるが、東京の湾岸東地区生まれの三峯秘書官が真っ先に思い浮かべたのはこの地名だった。これが八幡(はちまん)であればまた違った場所が頭に浮かんだことだろう。

「本八幡には住んでいました」

 偶然の一致。それが三峯秘書官を真実から遠ざけた。

「ああ、そう。道場か何かなの?」

「道場……いえ、個人的に」

「趣味ってこと? そういう人がいるのね」

 子供に剣術を趣味で教える。道楽であるかもしれないが、生徒である尊は道楽で教わったレベルではない。世に隠れた実力者。そんな存在が今の世の中にもいるのだと思って、三峯秘書官は感心している。

「でも困ったわね。私では君に剣術は教えられそうもないわ」

「……別に構いません。実際に剣で戦うわけではありませんから」

「そうだけど……司令官に相談してみるわ」

 尊の肩書きは補佐官。補佐官は後方支援担当であり情報伝達やシステムオペレーションが主な仕事だ。だがそうであれば葛城陸将補が戦闘訓練を尊に課す必要はない。そもそも補佐官に任命されるのは防衛技官という国防省職員、戦闘員ではなく文民だ。
 第七七四特務部隊に関わるような防衛技官は特別に選ばれた人たちだが、それでも国家公務員採用試験を通過してきた普通の、という表現が適切かは微妙だが、国家公務員であることに違いはない。尊はそんな彼らとは違うのだ。

 

「……それとも彼女と訓練をする?」

 尊の視線が自分ではなく別にあることに気付いた三峯秘書官。その視線の先にいる人物が誰か分かってこんなことを口にした。
 尊が見ていたのは天宮杏奈。尊が補佐する相手である天宮が厳しい目つきで剣を振るっている姿だった。

「……いえ、遠慮しておきます」

「あら、どうして? 彼女であれば間違いなく君よりも強いわ。強くなれるかもしれないわよ」

「強くならなければいけないのは僕ではなく、実際に戦うあの人です。訓練の邪魔をするのは悪いです」

「邪魔にはならないわ。彼女にも訓練相手がいなくて困っていたのよ」

「……どうしてですか?」

 ここは学校の体育館ではなく第七七四特務部隊の訓練場だ。その場所で訓練相手がいないなど普通ではない。

「彼女は強い。私も他の第一世代も彼女の相手にはならないの」

「第一世代って何ですか?」

「最初に精霊力を宿す力を持った世代。それが私たちの世代なの。今の特殊部隊の主力は第二世代。第一世代と第二世代は十年くらいしか空いていないけど、その実力に、精霊力の適合率に格段の差があるのよ」

 精霊力の適合率は強弱に直結する。それがまだ若い第二世代が主戦力となり、第一世代が指揮官などで後方に下がっている理由の一つだ。

「ではその第二世代と訓練すれば良いのではないですか?」

「彼女は……その第二世代でも相手にならないほど強いの。もしかしたら第三世代の最初の一人かもしれない。上はそれを期待しているわ」

 三峯秘書官の説明は嘘ではないが、真実を全て話しているわけでもない。わずかに見えた話すことへの躊躇いでそれに気付いた尊だが、何も言うことはなかった。尊にとってどうでも良いことだ。

「……君なら相手が出来るかも。君を補佐官にしたのはそういう意図があったのかもしれないわね」

 強弱だけであれば、戦闘員である第二世代が駄目で尊であれば相手が出来るという理屈はあり得ない。別の理由があるのはこれでさらに明らかになった。これもまた尊にはどうでも良いことなのだが、問題は三峯秘書官が勝手に自分の考えに納得していることだ。

「天宮さん! ちょっとこっちに来て!」

 案の定、三峯秘書官は余計なことを思いついたようだ。それが何かは尊としても実に気になる。表情にはそんな思いは微塵も浮かんでいないが。
 呼ばれていることに気付いて天宮が尊たちのところに近づいてくる。睨むように真っ直ぐ視線を前に向けて歩いている天宮。尊とはまた違った感情が読めない表情だ。

「何か用ですか? 三峯秘書官」

「紹介しておこうと思って」

 とりあえずは紹介。これで終わることを尊は内心で願っている。

「紹介……彼ですか?」

 三峯秘書官の側には尊しかいない。そうであるのに天宮がこういう聞き方をしたのは尊の見た目があまりに若いからだ。天宮も人のことは言えないので、それを疑問に思うことはおかしいのだが。

「そうよ。古志乃(こしの)尊(たける)くん。貴女の補佐官に任命されたわ」

「僕の補佐官……ですか?」

 補佐官と知って驚きの表情を浮かべる天宮。尊が初めて見る天宮の感情らしい感情だ。
 この年齢で補佐官などあり得ない。自分と同じ特務部隊の陸士であると紹介されたほうが天宮はよほど納得がいった。そうであろうと思っていたのだ。
 その天宮に対して尊は。

「僕……男の子だったのですね?」

 こんな問いを向ける。この尊の疑問の声に、天宮は睨むだけで返した。

「違うわよ。天宮陸士は女性よ」

 答えを口にしたのは三峯秘書官。天宮とは違いその顔には笑みが浮かんでいる。

「僕は男の子が使う言葉です」

「その若さでどうしてそんなことに拘るの? 別に良いじゃない。何て言おうとその人の勝手よ」

「……分かりました」

 完全には納得していない様子の尊だが、口では三峯秘書官の説明を受け入れる言葉を発した。

「話を戻すわね。貴女には辞令はまだかしら?」

「僕に辞令が出るのですか?」

 辞令が出ると聞いて驚く天宮。三峯秘書官はあまりに口が軽すぎる。中学生で社会から隔離され、軍隊という本来は厳しい環境でありながら特別扱いを受け続けたことの影響だ。簡単に言えば社会人としての基本を身につけていない。

「そうよ。第五分隊を離れて新たに遊撃分隊に配属になるわ。指揮官は今選定中。陸士は貴女で補佐官が彼。当面は三人ね」

 しかも辞令の中身まで話してしまう。情報統制という意識は三峯秘書官の頭にはないようだ。

「陸士は僕一人ですか……」

「不満?」

「いえ、そのほうがいいです」

「……そうね。葛城陸将補もそう思っているからこその措置だと思うわ」

 周囲とのコミュニケーションに難がある天宮。それをすぐに改めさせることが出来ない理由もある。今回の人事は天宮にとって何が良いかを考えた結果だ。

「……天宮です。これからよろしくお願いします」

「古志乃です。よろしくお願いします」

「では僕はこれで。まだ訓練がありますから」

 尊と挨拶を交わしたところで、もう用はないとばかりにこの場を去ろうとする天宮。尊にとっても望むところだが、一人だけそれを許さない人がいた。

「ちょっと待って。訓練の相手がいないのであれば彼とやったらどう?」

「お断りします」

 間髪入れずに三峯秘書官の提案を拒否する天宮だが。

「彼の精霊力の適合率はゼロパーセントよ。それでいて私よりも剣の腕は上なの」

「えっ?」

 続く三峯秘書官の説明に天宮は反応を示した。

「貴女の相手として、今この場には彼ほど適した人はいないと思うわ」

「……本当に強いのですか?」

 尊にとってどんどんと雲行きが怪しくなっている。

「貴女より強いかと言われれば、それはちょっとだけど。さっきも言ったとおり、私よりは確実に強いわ」

「そうですか……じゃあ、お願いします」

「……はい」

 思わず吐き出しそうになるため息を何とか堪えて返事をした尊。適合率がゼロパーセントであることが訓練相手として受け入れる条件であると聞いて。天宮に何があったのかおおよそのことは想像がついた。三峯秘書官は少し勘違いしているが、自分が適任であることは間違いない。少しの同情と仕事としての割り切り。尊はこの二つで訓練の相手を受け入れることにした。