月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #5 落ちこぼれたち始動

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 剣術の鍛錬は午前中で終わり。今は日向が楽しみにしていたディアから魔法を教わる時間だ。だがせっかくの機会を日向は楽しめていない。難しい顔をして何かを考え込んでいる。
 日向がそんな様子だと当然、ディアは心配になる。

「どうしたの? 難しい顔して」

「ああ、ごめん。ちょっと午前中に嫌なことがあって」

 周囲を見返す為に冬樹を強くする。怒りにまかせて約束したものの、具体的な方法があるわけではないのだ。 

「今日はやめておく?」

「いや! 大丈夫だから! それにディアと一緒にいるほうが気持ちが晴れると思う」

 せっかくの時間をこれで終わりにしたくはない。冬樹のことを蔑ろにする気はないが、ディアとの時間も大事なのだ。

「えっと……じゃあ何があったか教えて」

「でも……」

 話をしても気分が悪くなるだけ。そう思って日向は話すのを躊躇っている。

「他人に話した方がすっきりするよ。それに同じ話すにしても、全然そのことに関わりのない人の方が気が楽でしょ?」

「……そうかも」

 ディアの言葉に納得して、日向は午前中の出来事をディアに説明した。
 剣術の鍛錬があったが、ちゃんと教えてもらえそうもないこと。勇者との立ち合いで冬樹がコテンパンにやられたこと。そして、そんな冬樹に必ず強くすると約束したこと。

「そう……そんなことがあったの」

「頭にきて冬樹にあんな約束したけど、僕も素人だから。正直どうしたらいいか分からなくて」

「誰か別の人に教えてもらえば?」

「紹介してもらえるとは思えない。そうしてくれるなら始めからきちんとした人を選んでくれたはずだ。だからといって自分で探そうにも異世界人の僕に伝手なんてないから」

 日向が考えていたのはこのことだ。体力作りくらいであれば自分でも考えることが出来ると思う。だが剣となると素人の日向の知識ではどうにもならない。

「……じゃあ私が聞いてみようか?」

「ディアが? ああ、でも無理だよ。ディアには悪いけどあの王女だよね? 勇者第一なのは明らかだし、僕の第一印象は最悪だろうから」

 ローズマリー王女に無礼だと思われている自覚は日向にもある。相手にそう思われるのは、元の世界にいた時から何度もあることなのだ。

「……あの、ごめんね。この間はきちんと説明出来なかったけど、私が仕えているのはローズマリー王女じゃないの。私が仕えているのは第一王女」

「第一王女? 王女って二人いたの?」

 日向はそれを知らされていない。謁見の場にも、それらしき人はいなかったと記憶している。

「そう。第一王女なら勇者のことは何とも思っていないから力になってくると思うよ。当然、ヒューガのことを悪く思っていることもない」

「……頼んでも平気かな? 無理なお願いをしてディアの立場が悪くなったりしない?」

 是非頼みたい。だがディアに無理をさせたくもない。日向の気持ちは複雑だ。

「大丈夫。そんなことには絶対にならないよ」

 そんな日向の問いに、ディアは笑顔で大丈夫だと答えた。

「そう……もしかして第一王女って良い人なのか?」

 ディアは嘘をついていない。日向はそう感じた。そうだとすれば第一王女はローズマリー王女とは違って、性格の良い人なのだろう考えた。

「えっと、どうかな? 悪い人のつもりはないけど……」

「じゃあ、頼んでいい?」

「うん。あっ、何か希望ある?」

「そうだね……とにかく生き残る術に長けた人が良いかな? どんな戦い方でもいいから、とにかく自分と仲間の命を守れる。そんな人が良い。いればだけど」

 まずは生き残る力をつけることが優先。生き残っていればこそ、経験を積んで強くなれる。最後に立っている者が勝つ。そう日向は思っている。

「わかった。探してみる」

「ごめん。ディアの世話になりっぱなしで」

「いいよ。ヒューガの為だから」

「僕の為? あっ……いや……」

 ディアの言葉に日向は自分の胸が高鳴るのを感じた。それを感じて、恥ずかしくなった。

「……あの……ヒューガは友達だから」

「あっ、そうだね。友達……だからね……」

 ディアの言葉に敏感に反応してしまう自分に日向は驚く。こんな風に感情が動くのは生まれて初めてだった。

「……魔法、始めようか?」

「ああ。お願い」

「えっと……昨日はあれから続けてみた?」

「一人になってからもしばらくは」

「じゃあ、ちょっとやって見てもらおうかな」

 まずは昨日の復習。日向は体内の魔力を引き起こして、それを体中に広げる。何度も繰り返して練習している。何の苦もなくそれは成功した。

「はい。出来た」

「早いね。魔力の活性化はもう問題ない感じだね? じゃあ次はそれを集中させる作業だけど」

「それも昨日やってみた。見てて」

 日向は復習だけでなく予習もしていた。広げた魔力を両手に集中させる。両手が光ったところで完了だ。

「うん、良い感じだね。循環も出来ている。でもこの鍛錬はずっと続けてね? 魔法はいくつかの段階に分かれて発動されるの。活性化、循環、放出、変換。この各段階の時間が短ければ短いほど、早く魔法を発動できるよ」

 魔法が発動するまでの流れをディアは日向に説明する。これはパルス王国における魔術の正統からは外れているのだが、この時点の日向には分からない。

「そっか、なるほどね。ディアの説明は分かりやすくて助かる。じゃあ、次は放出かな?」

「うーん。その前に循環の鍛錬がもう少し必要かな?」

「何か足りない?」

「循環には二段階あるの。言葉通りに魔力を動かすことと魔力量の制御。ヒューガは今、かなりの魔力を両手に集めているでしょ? そのまま放出したら、威力はすごいかもしれないけど、それで魔力が枯渇してしまうよ」

 そうして放った魔法が外れたら、それで終わり。そんな戦い方で生き残れるはずがない。ただ強力であれば良いということではなく、きちんと制御出来なければならない。

「そうか。必要な魔力だけ集めなけれなならないのか」

 ディアの説明で日向にも分かった。

「まずは両手に少しだけ残して、残りは元に戻してみて」

 日向はディアに言われたとおり、両手に集めた魔力を少し残して、残りを全身に散らした。それで両手の光がかなり弱まった。

「じゃあ、次は今の魔力量を意識して活性化から」

「わかった」

 一旦魔力を全て手放して、もう一度活性化から始める。これが日向にはかなり難しかった。どうしても全身に広がるくらいの魔力を活性化させてしまうのだ。
 何度も繰り返し試みたが、どうしても上手くいかない。

「うーん。上手くいかないな」

「……ねえ、ヒューガ。昨日は循環の練習ってどれくらいやっていたの?」

「……実はかなり。楽しくて」

 楽しくては嘘ではない。だが日向は、なんとなくディアにそれを言うのが恥ずかしかった。

「そう……」

「駄目だった?」

「そうじゃなくて……もしかして魔力、減っていなくない?」

「えっ? だってまだ魔法使ってない」

 魔力は魔法を使わなければ減らない。これがヒューガの、正確にはヒューガの知るファンタジーの常識だ。

「そうだけど、魔力を循環した段階で身体強化の魔法は発動しているも同じなの」

「その場合、魔力は減るの?」

「循環している間にどうしても外に漏れる分があるからね。ヒューガの場合はそれが極端に少ないみたいだね」

「それ良いことだよね?」

 魔力が減らないことは悪いことではない。それどころかかなり優れた能力だと日向は思ったのだが。

「魔法を使うには良いことだけど……」

 ディアの反応は良いものではない。

「問題ある?」

「魔力を消費することで、魔力量を増やす鍛錬になるから」

「それって……問題だね。ディアのおかげで魔力が使えることは分かったけど、僕はきっと魔力量も人より少ないはずだから」

 魔力判定で、光が全くと言っていいほどなかった。それはそのまま魔力が少ないということだと日向は考えている。

「じゃあ循環時の制御は自分で練習を続けるとして、放出を先に進めようか?」

「それでも良ければそっちの方が助かる。少しでも早く魔力量を増やす努力をしたいから」

「そうだね。わかった。じゃあ、さっきの形でいこう。両手に残す魔力を減らして、あとは全身に残す形」

「わかった」

 さきほどと同じように全身に魔力を活性化したあと、やや両手にだけ多めに魔力を集める。

「じゃあ、そこから放出だね。ますは体外に魔力を出す鍛錬。両手を合わせて、魔力を真ん中に残す感じで両手を離していって」

 言われた通りに日向は両手を合わせて、魔力を手と手の間に残す意識を持って、少しずつ手を離していく。見えてきたのは両手を繋ぐ光の帯。

「それを手から切り離して」

 ディアの指示を受けて、日向は手につながっている帯を切り離すことに気持ちを集中させる。少し時間がかかったが、それも成功。光の玉が宙に浮かんだ。

「えっと……出来たのかな?」

「まずは、そんな感じだね。それをもっと早く出来るようになること」

「これどうやって動かすの? このままじゃあ、宙に浮かんでいるだけだ」

 この状態を魔法が発動したと言って良いのか。違うように日向は思う。

「実際には目標を定めて、放出するのだけど……考えたら何の準備もなしに、ここで出来ることじゃないね?」

 それはそうだ。図書室で魔法を発動させたら大問題になる。

「どうしよう?」

「じゃあ、始めは攻撃魔法じゃないのにしよう。身体強化は別にして放出系で攻撃魔法じゃないのは……」

「回復魔法は?」

 人にも物にも害は与えないはず。そう考えて日向は回復魔法ではどうかとディアに尋ねた。

「えっと……うん、わかった。じゃあ一旦魔力を消して。消失をイメージするだけでいいから」

「わかった」

 消失をイメージするだけというディアの言葉。とにかく消せば良いのかと思って日向は、宙に浮かぶ魔力を拡散させようと頭で考えた。
 だが魔力の玉はゴムボールの様に色々の方向に歪むだけ。うまく消えてくれない。イメージが間違っているのかと考えて、色々と考えてみる。その結果。

「Break」

 この言葉を呟いた瞬間、はじけるようにして魔力の玉が消えた。

「ごめんね。言葉にしたほうが良いって言うの忘れてた」

「いや大丈夫。なんとか消せたから」

「じゃあ、もう一度最初から」

 頭からもう一度。活性化から循環。両手に魔力をわずかに集中するようにして準備を終えた。日向は、行う度に少しずつだが滑らかになっているのを感じている。

「じゃあ。始めようか。まずは簡単なのからだね。イメージは傷口に魔力を注いで、体の再生力を徐々に高めていく感じ。無理やり塞ぐというのは考えないでね。相手の力を高めて、自然にくっつくっていう感じで」

「えっと……」

 「どこに傷が」と日向が聞こうした瞬間、ディアは懐から取り出した短剣を自らの手の平に当て、縦に引いた。

「つっ……」

「ディア!?」

 切り口から血が流れ出して、机の上にたれる。日向はそれを見て、慌ててディアの手を取って、持っていたハンカチで傷口を押さえる。

「何してる? 早く手当をしなきゃ」

「それはヒューガがするんだよ。さあ、やってみて」

「ディア……」

 ディアが自らの手を傷つけたのは自分の訓練の為。その思いに応えようと日向は、回復魔法を試みる。
 自分の魔力を傷口にあて再生させる。うまくイメージ出来ない。その間にもディアの手からは血が流れ続けている。それを見るとイメージするどころか、魔力から意識が離れそうになる。

「落ち着いて。これくらい大したことないから」

「……わかった」

 もう一度、意識を集中して手のひらに魔力を集中させる。その手を傷口にあたらない程度に近づけて魔力を放出する。ディアの手の平も少しずつ光り始めた。

(もう少し……)

 傷口が少しずつ小さくなっていくのが見えた。出来ている。日向はそう確信して、さらに魔力をディアの傷口周辺に放出する。
 流れる血が止まった。それを確認した後、血で汚れたディアの手をハンカチで拭いて、じっと傷口のあった場所を確認する。傷跡は残っていない。

「……よかった」

 安堵の言葉を呟く日向。そのままディアの手を、両手で包み込むように握って額にあてる。柔らかくて小さな手。額に当たる感触が心地よい。

「……えっと、ヒューガ?」

「うわっ! ごめん!」

 自分が何をしているか気付いて、日向は慌てて手を離した。ディアは顔を真っ赤にして、引き戻した自分の手を見ている。

「…………」

「…………」

「あの……ごめん。僕のせいで」

「……ん。大丈夫。魔法の練習の為だから。それにいざとなったら自分で治せるもの」

「そっか。そうだよね。でも……痛かったよね?」

 傷は治せると分かっていても、その痛みを感じないわけではない。

「少しだけだから」

「……もう、いいから。僕の為に自分を傷つけるような真似はしなくていいから」

「でも……」

「嫌なんだ。自分のせいで人が傷つくのは。もう、あんな思いは……」

 頭の中に蘇る過去の記憶。それを思い出すと今でも胸が痛くなる。もう一度やり直せたら、そう考えたことは何度もあった。でも、それは不可能だ。

「……前に何かあったの?」

「ちょっと……」

「……それは人に話して楽になるようなことじゃないの?」

「……そうだね」

 人に話しても記憶は消えない。人に話して楽になるようなことは許されない。この痛みはずっと抱えていなければならない。

「……今日はここまでにしようか? 活性化と循環、制御はもう少し鍛錬が必要だけど思っていたより、ずっと先に進んでいるから」

「分かった。制御については自分でも練習してみる。じゃあ、また明日だね」

「うん。また明日」

 

◇◇◇

 ディアが図書室から出て行ったあとも、日向はしばらく残って、本を探していた。剣術についての本だ。だが初心者向けの本が見当たらない。それはそうだ。王城にいる人間が、一から本で剣術を学ぶことなどまずないのだから。
 そうなると自分で考えるしかない。剣術について本から知識を集めることは一旦あきらめて、日向は自分の部屋に戻った。

「ふっ、ふっ、ふっ」

 耳に届いたのは規則的に息を吹き出す音。

「おい?」

「ふっ、おおっ、お帰りっ」

「お帰りじゃない。人の部屋で何やってる?」

「見ればっ、分かるだろっ。スクワットっだよ。スクワットっ」

 冬樹が日向の部屋で汗まみれになってスクワットをやっていた。夏はいないのかと日向が周囲を見渡すと、ベットで布団をかぶって寝ているのを見つけた。

(まったく、こいつらは……)

 自分の部屋に勝手に入って自由に過ごしている二人に、日向は呆れた。

「スクワットなら自分の部屋でやればいい」

「ああっ、だってっ、一人でっ、やってっ、たらっ、寂しいっ、だろっ?」

「……とりあえず止めろ。話しづらい」

 日向の口調がきつくなる。怒っているのだが、それは自分の感情を素直に見せていることでもある。それだけ二人との距離は縮まっているのだ。

「ふうー。まあいいか。結構やったしな。遅かったな? 何やってたんだ?」

「いつもの調べ物だよ。しかし……元気だね?」

 体ではなく心が。冬樹は午前中の出来事でまだ落ち込んでるかと、日向は思っていたのだ。

「何か分かったか?」

「今日の収穫はない。剣術について調べたけど初心者向けのはなかった。考えてみれば城にいる人間なんて初心者を卒業しているか、誰かに師事しているかだ」

「ああ、確かにな。そうか。それは困ったな。どうする?」

 日向の話を聞いても、冬樹に落ち込む様子はない。悔しさを忘れているわけではない。日向が思った通り、心が強いのだ。

「自分たちで考えるしかない。まずは体力作り。これくらいはなんとかなるさ」

「そう思って、俺はもう始めてた」

「スクワットね。確かに基本だ。じゃあトレーニング表を作ろう。一日の鍛錬は、まずは柔軟から。これを……そうだな、一時間」

「一時間? そんなにやるのか?」

「柔軟性は格闘技の基本だろ? 中国拳法でも百八十度開脚とかしてるじゃないか」

 実際にやったことがあるわけではない。映画か何かの知識だ。

「うーん。そう言われると」

「出来るならいいけど。僕は体が固いから毎日これくらいやらないと無理かと思ってる」

「……俺も」

 日向にそう言われると、自分は不要とは言えない。冬樹も体が柔らかいわけではないのだ。

「じゃあ、これは決まり。次はランニングだ。これを……距離測れないから時間で決めるか……二時間?」

「おーい。俺達はマラソン選手か?」

「やっぱり長いか。でも昨日走った感じだと結構長く走れそうな感じだったんだよな」

 日向も二時間は長いと思っている。ただ体力が向上している今は、それくらい行わないと訓練にならないのではないかと考えているのだ。

「それでも二時間だらだら走るのは嫌だぞ。何よりも退屈だ」

「確かに……じゃあ、負荷をあげることで時間を縮めるか。インターバルトレーニングで一時間にしよう」

「なんだそのインターバルなんとかって」

「ダッシュとジョギンングを交互に繰り返すんだよ。それによって心肺機能が高められる」

 これも経験があるわけではない。頭の中にあった知識だ。

「ふーん。まあ、なんでも良いか。強くなれるんだったら」

「ちょっと? さっきから日向は時間で決めてるけど、どうやって測るの?」

 いつのまにか夏が起きていた。ベッドの上で上半身を起こして、日向に問い掛けてきた。

「なんだ起きてたのか」

「貴方たちがうるさくて眠れないの」

「ああ、ごめん。時間は大丈夫。測るもの借りてきたから。ほら」

 日向が取り出して見せたのは砂時計。侍女に時間を測るものといったら、これを用意してもらえたのだ。

「砂時計? そんなのこの世界にあったのね」

「ああ、本に書いてあったから聞いてみたら簡単に貸してくれた。これで丁度、一刻らしい」

「一時間ね?」

「そう」

 この世界で普通に時間を知るには、時の鐘と呼ばれるものに頼るしかない。時の鐘が鳴るのは二刻に一回。それをどうやって測っているのか調べると、大きな砂時計があって、その砂の位置で時間を測っていると分かった。

「さて、ここで休憩。朝食だな」

 日向はスケジュール作りに話を戻した。

「ちょっと? 何時から始めるつもり?」

 だがすぐに夏が文句を言ってくる。これまで話していた鍛錬が朝食前のことだと分かって、驚いているのだ。
 
「六時くらい。そこから二時間だとちょうど朝食の八時、この世界では四の鐘の刻か。この言い方にも慣れないとな」

「慣れないとな、じゃないわよ。そんなに早く起きるの?」

「俺いつもそれくらいだけど。窓開けとけば朝日が入ってきて起きるよ。それに、こういうことは人知れずにやるのが良いんだ」

「おっ、そうだよな。努力は人に見せない。それが男の美学だ」

 早起き出来るかは別にして、人知れず鍛錬を行うことには冬樹も賛成だ。

「あたしは女なの!」

 だが夏はそうではない。見栄などどうでもよく、早起きするのが嫌なのだ。

「でも鍛錬はまだあるからな。朝食が終わったら筋トレ。全身まんべんなくとなったら、これも二時間くらいは必要だ。それから素振りしてとかやってたら、すぐ昼食」

「午後もあるじゃない」

「午後は……それぞれ予定あるだろ?」

 午後は魔法を鍛錬する時間。この建前も日向は夏に話そうとしない。

「わたしはないけど……日向はやっぱり何か隠してない?」

「何も隠してない。だいたい冬樹には午後、魔法の鍛錬があるから」

「あー、そんなのあったな。正直乗り気しないけど」

 冬樹の魔法の鍛錬は進んでいない。彼に対する指導がいい加減なものである、ということだけが理由ではない。

「もう少し頑張って。どうしても駄目だったら僕も考えるから」

「なんとかなるのか?」

「……それはもう少し調べてから」

「そうか……どうせなら日向に教わりたいけどな。まあ、仕方ないか」

 大まかな内容を決めた後、さらに詳細を決めていく。筋トレの種類もそう。それが終わると今度は一週間のスケジュールを決める。筋肉を鍛えるには適度な休息日が必要だと本で読んだことがあったのだ。完全休養日も決めた。日曜日だ。

「出来た」

「おお、良いね。こういうの見るとやる気が出てくる」

「ちょっと? 曜日間違ってるよ」

 出来上がったスケジュールに対して、夏が間違いを指摘してくる。

「えっ? 何が?」

「もう、日向は頭が良いのに変なところは抜けてるのね。この世界の一週間は陽の日、月の日、火、水、風、土の日の六日間」

「そうなのか。暦については調べてなかった。もしかして夏はこの世界で今日がいつかも知ってるの?」

 夏の指摘はもっともだと日向は思った。この世界で暮らすのであるから暦などの一般常識を知っておくべきだ。

「当たり前でしょ。今はイーリアス歴一九九五年の春の初月、四の週、水の日よ」

「んっと、春の初月って?」

「一月ね。一年は十二ヶ月でそれを四等分。春夏秋冬に分けているのよ。それぞれの季節毎に順番に初月、中月、終月と呼ぶそうよ。月は五週でひと月」

「なるほどな。じゃあこの世界にも四季はあるってことか」

「そうね。今日は元の世界の感覚に直すと一月十九日ってこと」

「おっ! 俺もうすぐ誕生日。プレゼントよろしく!」

 夏の言葉に冬樹が反応した。

「いつ?」

「一月三十一日」

「残念ね。この世界の月は三十日まで。三十一日はないわよ」

「えっ? じゃあ、誕生日パーティーは? プレゼントは?」

 この世界には自分の誕生日がないと知った冬樹。誕生日のお祝いが出来なくなるのではないかと焦っている。そんな約束は、当たり前だが、最初からなかったというのに。

「良かったじゃないか。永遠の十四才だ」

「なんか昔のアイドルみた~い」

 日向と夏がそんな冬樹をからかう。

「うるさい! それなら夏は俺より年上になるってことだ」

「あっ! いやだ。そうだよ」

 そうではない。冬樹も普通に年を取る。

「異世界にきたんだから別に何歳でもいいんじゃない?」

 冬樹と夏のこだわりは日向には理解出来ない。この世界では、自分が何歳であるかなど意味はないと考えている。

「女の子にとっては大切なことなの」

「あっ、そう」

「あっ、なんか他人事」

「実際、他人事だ」

「日向はいっつもそう。仲間なんだからもう少し考えてくれてもいいでしょ?」

「仲間?」

「もう仲間でしょ? 同じ目的を共有してるんだから」

「仲間……」

 日向は仲間意識なんて、ここ数年持ったことがなかった。夏の言うとおり、強くなるという目的は共有している。だから、仲間。そうは考えられなかった。
 仲間意識があろうとなかろうとやることは変わらない。トレーニングスケジュールは出来上がった。明日からトレーニング開始だ。

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