月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第4話 誰そ彼

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 古志乃(こしの)尊(たける)に対する正式な辞令は「国防軍・中央機動運用集団・特殊作戦群・第七七四特務部隊所属補佐官に任ずる」というものだ。国防軍=日本国軍の中央機動運用集団=首都圏担当の機動部隊内の特殊作戦群=特殊任務を専門に行うグループの中にある第七七四特務部隊で補佐官という職に就けということだ。
 ただ正式な辞令と言うには語弊がある。第七七四特務部隊は国防軍直下、政府直轄の組織であって特殊作戦群の管理下にはない。それを特殊作戦群内の組織であるかのようにされているのは、その任務の性質上そこに所属していることさえも口外が禁じられている特殊作戦群という情報管理が厳しい金庫の中に、それよりも秘匿が必要な第七七四特務部隊を隠しているだけだ。軍の中で第七七四特務部隊の情報が隠されていても特殊作戦群内の組織であれば不思議ではない。こう思わせる狙いがある。存在の秘匿は外部だけではなく軍内に対しても必要なのだ。

「ですから貴方も軍に所属しているということを、決して口外してはいけません」

 ということを尊はまず最初に教わっている。研修というものだ。指導役を務めるのは葛城陸将補の秘書官であり護衛役でもある三峰(みつみね)紗綾(さや)。彼女も第一世代だ。

「貴方の所属は表向きは桜木学園。不登校の子供を支援するフリースクールに通っていることになっています」

「学校?」

 フリースクールがどういうものかまでは知らないが学校であるくらいは尊にも分かる。

「そうです。そこにいる生徒たちは皆、特務部隊の陸士候補生で精霊力の使い方や一般的な戦闘術を学んでいます」

 桜木学園は精霊を宿す能力のある子供を集めた学校。学校というよりは特務兵士養成所というところだ。

「りくしって何ですか?」

「階級です。国防軍には階級があって下から陸士、上等陸士、陸曹、上等陸曹……全てを説明するのは大変ですから後で資料を渡します。陸士の陸は陸上部隊の意味です」

「陸士見習いということは兵士の学校ですね。普通の勉強は出来ないのですか?」

「もちろん出来ます。通信教育の教材を使って中学、高校の勉強をしています。分からないところは先生が教えてくれるので普通に授業を受けているのと変わりません」

 桜木学園では卒業程度認定試験に合格するまで支援することになっている。特殊能力を持っていてもそれだけでは通用しない。ある程度の学力、場合によっては学歴も必要だ。あくまでも軍という組織の中で出世を目指すのであればだが。

「小学校の勉強は出来ないのですか?」

「えっ?」

「……いいです。自分で勉強します」

 つまり小学校の勉強が尊には必要なのだ。

「もしかして本当に不登校だったのですか?」

「そんな感じです」

「……中学高校の勉強を教えているのですから小学校の勉強は当然教えられるでしょう。問題はテキストですが、それも買うことは出来るでしょうから大丈夫だと思います」

「お金持っていません」

「こちらで手配しておきます。何年生のテキストが必要ですか?」

「……二年生……やっぱり一年生から」

「一年生……」

 尊の答えに三峰秘書官は唖然としてしまう。小学校一年生の時から不登校だったとなると学校生活をほとんど経験したことがないことになる。

「二年生からでもいいです」

「あっ、いえ、一年生のテキストですね。分かりました。手配しておきます」

 尊の見た目は十四、五才。第七七四特務部隊の設立から十年くらいになるが、そんな年齢で入隊するのは天宮杏奈に次ぐ二人目。只者ではないと三峰秘書官も思っていたが、その只者でない方向は少し違っていた。

「これが身分証。見た目は普通の学生証ですが電子キーや他にも色々と機能のある大事なものです。絶対に無くさないように」

「……はい」

「さて、私からの説明は以上です。午後からはいきなり戦闘訓練になります。初めは大変でしょうけど頑張って」

「分かりました」

 

◇◇◇

 そしてその日の午後。尊の姿は皇居跡地近くにある桜木学園の地下射撃場にあった。桜木学園は外見は小さな学校、というより少し立派な保育園という感じだが、その地下は第七七四特務部隊の本部訓練場になっている。周りの建物も全て軍の、表向きはそうは分からないが、所有になっていて全てが地下で繋がっている。学園に出入りする人間で怪しまれないようにする為だ。

「これが主要武器の一つである特殊散弾銃SS-200。ボックス式のマガジンを装填して八発。ドラム式マガジンで二十発の装填が可能です。外形は他部隊で使われてるものと変わりませんが、使用出来る弾薬が違います」

 午後も引き続き指導役は三峰秘書官が努めている。第七七四特務部隊の関係者は少ない。まして尊は、今も忙しい中でも葛城陸将補が見学に出向いてきたような訳あり。担当出来る人は限られている。

「対鬼戦用弾でスピリット弾といいます。精霊力が組み込まれていて、弾薬の種類は四種類です」

 三峰秘書官は四色の装弾を尊の目の前のテーブルに並べた。尊は見たことがないので分からないが、普通の散弾銃の装弾と形は変わらない。

「精霊力が組み込まれている、ですか?」

「そうです。実際に見てもらうのが早いですね」

 こう言うと三峰秘書官は散弾銃を持って射撃ブースに入っていく。ボックスマガジンに四色の弾薬を装弾して銃に装着する。

「まずは赤。属性は火です」

 散弾銃を構えて先の標的に向ける。尊が想像していたような銃撃音はない。エアガンのような音が聞こえたかと思えば、その時には銃弾が、それが変化した炎の玉が的に向かって飛んでいた。命中したと同時に的が燃え上がる。

「次は白。風です」

 まだ弾が前に飛んでいく。それを視認出来るのであるから速度としてはかなり遅い。弾の外包が破裂して、中から現れた風の渦が的をずたずたに切り裂いた。

「青。水です」

 次も同じ。銃から放たれた弾は、途中で外包を吹き飛ばして、中から水の玉が姿を現す。それが細かく分かれて、そのまま散弾のように的にいくつもの穴を開けていく。
 最後は土。ただこれは見た感じは普通の散弾との違いは分からない。

「こんな風にまるで魔法のように属性の形に変わって敵を攻撃する武器です。属性については知っていますか?」

「……大体は」

「そう。じゃあ説明は簡単に。この武器で大切なのは使う弾薬の属性を間違えないこと。火属性を持つ鬼に火属性の弾薬で攻撃しても効き目は薄いですからね」

 火は水に、水は土に、土は風に、風は火に弱いとされている。鬼の属性の弱点となる反属性の弾薬で攻撃するのだ。

「基本戦術は一つ。ドラム式のマガジンには四属性全てを順番に装填しておきます。敵の属性が明らかでない時はまずはそれで敵を攻撃し、もっともダメージを与えた属性を見つます。そこからその属性の弾薬だけを込めたボックスマガジンに付け替えて攻撃を行う」

 なんとも面倒な方法だ。そんなことをしている時間を、敵が与えてくれるのか。という疑問を尊は持たない。

「属性が分からない……?」

 気になったのは別のことだ。

「分かりづらい属性の鬼もいます。例えば先日の鬼。あの鬼は黒い蜘蛛のような形をしたもので攻撃してきました。あれの属性が何だか分かりますか?」

「土」

「……正解です。まあ分かりやすいほうですね。火や水、風属性とは思えませんから」

 三峰秘書官の説明に尊は小さく首をかしげている。わずかな動きなので三峰秘書官はそれに気づかなかったのだが。

「気になることがあるのなら口にするのだ。情報の共有は大切なことだぞ」

 後ろの方で見学していた葛城陸将補がそれに気がついて声を掛けてきた。

「……水蜘蛛もいると思います」

「なるほど……水蜘蛛であれば属性は水だろうな。では何故、先日の蜘蛛はそうでないと分かったのだ?」

「……攻撃の仕方が違うと思いました。第五分隊の人たちはそれぞれ戦い方が違いました。属性に合わせているのかなって」

「……そうだな。水蜘蛛であれば、どんな方法かは分からないが水で攻撃したか。だがそれでは相手に先手を許すことになる。やはり決まった手順を守るのだな」

 相手の攻撃方法を見極めるには攻撃をさせなければならない。敵の攻撃を受けた上で勝つ。そんなショー的な要素は実戦には不要だ。敵に一切の攻撃を許さずに討つ。これがベストなのだ。つまり、理想と現実は違うということだ。

「……分かりました」

「まずは慣れることですので実際に撃ってみましょう。火薬を使っていないから危険はありません」

 会話が途切れたところで三峰秘書官が実際に散弾銃を撃ってみるように言ってきた。戦闘訓練であるからには初めから予定されていたことだ。
 射撃ブースに入って銃を受け取る。弾はブースの中に並べて置いてあった。赤い弾を手にとって尊はじっとそれを見つめている。

「どうしました? 装填の仕方がわからないのですか?」

「あっ、いえ……大丈夫です」

 三峰秘書官の真似をして弾薬をマガジンに装填。それを銃に装着すると、尊は無造作に構えて引き金を引いた。銃身から飛び出す弾。すぐにそれは炎のかたまりとなって先にあった的を燃え上がらせた。

「……やりますね。もしかして銃を撃ったことがあるのですか?」

「いえ、ありません」

「そうですか。では続けてみて下さい。慣れるためには弾数を撃つことです。スピリット弾は貴重ですので好きなだけとはいきませんが」

「分かりました」

 残りの三色の弾薬を今度はドラムマガジンに装填していく尊。

「ん……?」

「ロックは掛かっていません。下にずらせばマガジンは外れます。ボックスもドラムも装脱着の方法は同じです」

 三峰秘書官に教えられた通りにボックスマガジンを外して、ドラムマガジンを装着する。また特に緊張した様子もなく、尊は銃を構えて引き金を引く。ほぼ間を空けずに三連発。その全てが標的を撃ち抜き、的を粉々に吹き飛ばしてしまった。

「これは……」

 たまたま上手くいった、なんて考えは三峰秘書官は持たない。四発を撃って全て命中。経験か才能か、とにかく尊には何かがある。それはそうだ。学院での訓練を行うことなく、いきなり特務部隊に入れようというのだから特別な事情があるはずだ。

「……彼は何者ですか?」

 それを知っているとすれば尊を連れてきた葛城陸将補。その葛城陸将補がすぐ後ろにいることで三峰秘書官は思わず疑問をそのまま口にしてしまった。これが叩き上げの秘書官であれば、頭で思っていても決して口にはしない疑問だ。

「……『誰そ彼と われをな問ひそ』、だったかな?」

「何ですかそれ?」

「和歌だ。知らないのか? 私が子供の頃に見た大ヒット映画にも使われていたと思うぞ」

「司令官の子供の時でしたら私は生まれていないのでは?」

「……それもそうか」

 葛城陸将補の視線の先では尊が銃を構えることなく標的に向き合っている。右手にあるのは青色の弾。手の平の上で転がしていたそれを、尊は標的に向かって投げつけた。外包がはじけ、現れた水が槍の形に変わって的の中央に突き立つ。
 「彼は何者だ?」これを聞きたいのは自分だ。こんな思いを飲み込んで葛城陸将補は視線を、尊に背中を向けたままの三峰秘書官に戻した。