月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #4 世界の片隅で行われた戦いが世界を変える

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  情報収集活動を開始してわずか一日。それだけでパルス王国に問題があることが分かってしまった。まだまだ上っ面の情報だけだろうが、さらに深く調べてもその分だけ不安が大きくなるだけと分かっている。
 生活の目処がまったく立っていない状況でこれだ。巻き込まれの異世界転移などロクなものではない。日向は頭が痛くなってきた。

「ねえ、どうするの?」

 だが夏は不安を感じてるというより、わくわくしているように見える。この状況で何故そんな気持ちでいられるのか日向には理解出来ない。

「この国の状況が分かったからといって、当面はやることは変わらない。城にいる間に少しでも力をつけて、この国を出ていく準備をしないと」

「それはそうだけど……」

 日向の反応は、夏にとって好ましいものではなかったようだ。表情に不満が現れている。

「でも危機感は高まったね。国を出るのはもっと先のことだと思ってた。お金を貯める為に働く必要があるからね。でもな……」

「まずいかな?」

 日向の不安を夏は理解している。もともとの頭は良いのか、それともファンタジー小説知識のおかげなのか。

「どうだろう? もしも力を手に入れてギルドで稼げるようになれたとする。そこでさらに頑張ってランクがあがった時、異世界人である僕たち放っておいてくれるかな?」

「それこそ高ランクになんてなったらチョッカイだしてきそうね?」

「そこまでになれる可能性はほとんどないけどね」

 ギルドでランクを上げられるような実力があれば、さっさとパルス王国を出て行けば良い。それが出来ないと思っているから、日向は悩んでいるのだ。

「それはまだ分からないから」

 夏はまだ結論が出ているとは思っていない。落ちこぼれからの逆転があると思っているのだ。

「……やってみないとね」

 日向も完全に諦めているわけではない。ただ日向が求める強さは、夏が考えているそれよりも常識的だというだけだ。日向は勇者や英雄になるつもりはない。この世界で生活に困らないだけの金を稼げる力が欲しいだけだ。

「目立たないように、それでいて大金を稼げる。そんな方法があったらなぁ」

「そんな美味い話はないから。伝手も元手もない僕たちが出来ることは限られている」

「ギルドしかないよね? そうなると……ちょっと冬樹! いつまで腑抜けてるの!?」

 会話に全く入ってくることなく、ぼんやりと椅子に座っていた冬樹に夏が文句を言う。ただ冬樹は本当にぼんやりしていたわけではない。夏と日向の話の展開が速すぎて付いていけなくなったのだ。

「だってよぉ」

「今のところギルドで稼げる可能性があるのは冬樹だけなの。あたしたちが仕事を見つけられまで、冬樹に養ってもらわなければならないじゃん。それ分かってる?」

「養う? 俺が?」

 考えていなかった言葉を夏に言われ、驚いている冬樹。

「そうよ。冬樹しかいないじゃんか」

「それはあれか? 俺が夏の面倒を見るってことだな」

「……そうだね」

 そうではあるが、きっと夏と冬樹が考えていることには大きなズレがある。それを感じ取った夏は冬樹が何を言い出すのか警戒している。

「なんだ、そうか。普段はそっけない態度を取ってるくせに。なるほどな。夏は俺に養ってもらいたいんだな」

「ちょっと!? なんか先走ってない?」

「いいから、いいから。夏の気持ちはよ~くわかったから。俺に任せておけ。夏の為だったら勇者なんてくそくらえだ。俺の目標は高ギルドランク! ガンガン稼いで夏を楽させてやるからな」

「人の話を聞きなよ!」

「大丈夫? そんな安請負して。二人分を稼ぐんだから結構大変だと思うよ。ギルドのランクがどれくらい必要なのか知らないけど……」

 完全に浮かれている冬樹に、日向は忠告する。チートなしの冬樹が高ランクの傭兵になるには、相当苦労するはずだ。そもそも、頑張っても到達出来るとは限らない。

「はっ! そんなの余裕だ。この世界にきてから体の中でみなぎるパワー。それをついに夏の為に使う時が来たんだ!」

 日向の忠告にまったく耳を貸そうとしない冬樹。その楽観的な考えに呆れた日向だったが。

「……そのパワーってどんな感じ?」

 冬樹が嘘を言っていないのだとすれば。何故、そう感じるのか日向は気になった。彼にも思い当たることがあったのだ。

「おお! よくぞ聞いてくれました! そうだな。今ならこのベッドくらい片手で持ち上げて見せるぜ」

「そう……じゃあやって」

「はっ?」

「だからやってみせて」

「……日向、お前その意地の悪い性格何とかしろよ。せっかく立ち直って、やる気になったばかりなのに」

 冬樹も一応は、ついさっきまで自分が落ち込んでいたことは覚えていた。ただ日向は彼に意地悪をしたくて要求しているのではない。本気で確かめようとしているのだ。

「意地悪じゃない。本当にやってもらいたいんだ」

「何で?」

「いいから。やってみれば分かるよ」

「まったく何だよ。急に」

 ブツブツと文句を言いながらも、冬樹は席を立ってベッドの横に向かう。軽く膝を折って片手をベッドの下に入れると――そのまま立ちあがってみせた。

「えっ! うっそぉ?」

 言った通りにベッドが持ち上がった。それに一番驚いているのは持ち上げた冬樹自身。冬樹はまだ自分に余力があることを感じ取っているのだ。

「……やっぱりそうか」

「何? どういうこと?」

「夏はどう? 何となく感じてなかった? この世界に来てから体が何か違うこと」

「……そういえば。やけに体が軽いな、とは思ってた」

「僕もだ。つまり元の世界にいた時よりも、僕たちの身体能力は上がっているのかもしれない」

 与えられていないと思っていたチート能力が実は与えられていたかもしれない。これは嬉しい誤算ではあるが、それに気が付かなかった自分が、日向は情けなくもあった。

「召喚時に付与された恩恵ってやつかな?」

「そこまではわからない。それに今の僕たちの力がこの世界の人と比べてどうなのかが分からない。これで人並みなのかもしれないし」

 慎重な考えを述べる日向。だがこれは自分の気持ちを静める為だ。この世界の人々が皆、片手でベッドを持ち上げることが出来るなら、恐らくはもっと違った世界になっているだろうと日向は考えている。

「でも、そうじゃなかったら……少し光が見えてきたかな?」

「少しなんてもんじゃねぇよ。魔法ではさんざんだったけどこれなら……。見てろよ。勇者共め!」

 日向とは異なり冬樹には自分の気持ちを抑え込もうという考えがない。残念ながら召喚時の恩恵は、冬樹の頭を良くしてはくれなかったのだ。

「あのさ、僕たちがこうだってことは、勇者の二人も同じだよね?」

「ふん! 喧嘩だったら、はなからあんなお坊ちゃまに負けるか。元の世界でも俺のほうが強い」

 同じように能力があがったのであれば、元々強かった冬樹にも勝ち目は出てくる。

「そうだといいけど……」

 だがそうではないと日向は思う。恐らく勇者と認定された二人は。自分たち以上に能力があがっているはずだと。

「よし! 明日が楽しみだな」

「明日?」

「ああ、日向にはまだ言ってなかったね。明日からは剣術の鍛錬も始まるみたいだよ。魔力のないあたしたちも、そっちは出ろってさ」

「明日のスケジュールは?」

 剣術を学べることは良いことだ。日向も参加したいとは思う。ただ、そのスケジュールが気になった。

「午前が剣術、午後が魔法だって」

「……そうか。じゃあ大丈夫。参加出来る」

 午後にはディアとの約束がある。予定が被らなく日向はホッとしている。

「大丈夫って……予定なんてないじゃん?」

「いや、午後は今日の続きで調べたいことがあったから」

「そんなの別にいつでもいいじゃんか?」

「僕の場合は午後のほうが勉強がはかどるんだよ」

 かなり苦しい言い訳だ。自分で言っていて、これには無理があると日向は思う。

「ふ~ん。まあいいけどね」

 夏は明らかに怪しんでいるが、それ以上の追及はしなかった。追及しても日向は口を割らないと分かっているのだ。

「早く明日にならないかな……よ~し! 俺はやるぞー!」

 気合いを入れる冬樹。鬱陶しくはあるが、落ち込んでいられても面倒くさい。まだ元気でいるほうが、文句を言えて楽だ。
 なんて日向は自分を納得させているが、彼の苛立ちが普段よりも弱い理由はそういうことではない。日向もまた明日を楽しみにしているのだ。

 

◇◇◇

 剣の鍛錬場は城内にある。日向たち三人は、剣術の鍛錬に参加する為に城を出ることなく、その場所に連れて行かれた。この世界にきて初めて城の外に出られると思っていた三人にとっては残念なことだ。
 パルス王国の軍隊の施設は王城内にある。他にも様々な施設が広大な敷地内に造られているのだ。
 この時点では三人は分かっていないが、彼等だけでなく城内で暮らす人のほとんどが外に出る機会などないのだ。
 鍛錬場に着いた三人を迎えたのは、金髪碧眼の美男子。噂の近衛第一大隊長だとすぐに分かった。

「さて、今日から皆さんには剣術の鍛錬を始めてもらいます。私は皆さんの鍛錬を担当する近衛第一大隊長のアレックスです。どうぞ、よろしく」

 白い歯を見せてにっこりとほほ笑むアレックス。女性であれば見惚れるのであろうその笑顔も、日向に対しては逆の効果しか与えない。笑顔を見た瞬間に「こいつは嫌い」と決めつけることになった。

「じゃあ最初に剣術の経験がある人、手をあげてもらえますか?」

 日向が、彼だけでなく冬樹もだが、内心で悪態をついていることなどアレックスに分かるはずがない。笑顔を浮かべたまま話を進めている。

「あの……剣術の経験はないけど、剣道の心得は少しあります」

「私も薙刀であれば少しだけ」

 優斗は経験者で、美理愛は剣ではないが薙刀の経験がある。薙刀を習う家というのはどういう家なのか。日向たち三人の頭の中にはそんな疑問が浮かんでいる。

「剣ドウとナギナタ、ですか? それはどういうものかな?」

「剣道は剣術とかなり似ていると思います。ただ使う剣と形は違うと思います」

「薙刀は……そうですね、槍を使った武術だと思って頂ければ」

 それぞれ剣道と薙刀についてアレックスに説明する優斗と美理愛。

「そう。さすがは勇者ですね。だったら話は早い。早速実力を見せてもらえますか? 鍛錬用の武器はあそこに用意してあります。好きなのを選んできてください」

 勇者の二人は言われた通り武器を取りにいった。その二人のあとを冬樹は慌てて追いかけていく。この場に残ったのは経験のない、実際は冬樹もそうなのだが、二人。日向と夏だ。

「僕たちは経験がない」

「そう……どうしますかね? 勇者の鍛錬の邪魔になっても困るし……そうだね、君たちは基礎からだから、この周りを走ってくれるかな?」

「えっー!」

 剣を学ぶのではなく体力作り。それを聞いて夏が不満そうに声をあげた。

「わかった」

 だが日向はそれを受け入れる。アレックスには真面目に自分たちに剣を教えるつもりがない。この場で文句を言っても無駄だと考えたのだ。文句を言うとすればもっと上。国王だと。

「ちょっと日向? あたしは走るの苦手なんだけど」

「苦手だから鍛えるんだよ」

「……そうだけど」

「さあ、いくよ」

 夏を無理やり引っ張って、日向はランニングを始めた。実際に運動を始めると体の軽さが良く分かる。明らかに元の世界での自分とは違っていた。

「夏はどう?」

「何か楽勝!」

「そう。じゃあスピードあげようか?」

「うん」

 二人は走るスピードを上げてみる。以前であればかなり無理をしている速さのはずだが、苦しさを覚えるまでには至っていない。あくまでも日向は。

「これは?」

 夏がどうかと日向は聞いてみた。

「うん、まあ」

 夏のは反応は少し悪いが、問題は出ていないこと分かる。

「じゃあ、もう少しあげる」

 さらにスピードをあげる日向。それに夏も付いていく。

「どう?」

「ちょっと苦しくなってきた」

 夏のほうは少し体がきつくなっている。限界は、当たり前だが、あるのだ。

「じゃあ丁度だね」

「えー! だって苦しいんだよ?」

「苦しくないと鍛えることにならない。このまま限界まで頑張って。僕はもう少しスピードをあげるから」

 日向も苦しく感じるまでスピードを上げていく。それを感じたところで、その速さを維持して走り続ける。
 瞬発力がかなりあがっているのは分かった。では持久力はどうなのか。日向はそれを確かめようとしている。
 日向と夏がそんなことをしている間に、武器を取りに行った勇者たちが戻ってきていた。冬樹も一緒だ。
 何かを話し込んでいる三人。離れた場所で走っている日向には何を話しているか聞こえない。
 しばらくすると冬樹と優斗を中央に残して、美理愛と近衛隊長が二人から離れた場所に移動した。どうやら立ち会いを始めるのだと日向にも分かった。
 向かい合って立つ二人。優斗のほうは軽く一礼して剣を中段に構えた。剣道の構えそのままだ。

「うおー」

 声をあげながら冬樹が優斗に向かっていく。だが優斗に軽く体を躱され、冬樹は前のめりに倒れ込んだ。実力の差は素人の目で見ても明らか。冬樹に勝ち目はない。
 立ち上がった冬樹は剣を振り上げて、また優斗に向かっていく。また躱されると日向は思ったが、優斗は体を躱すだけでなく剣を横に振り払った。
 その剣をまともにくらってその場にうずくまる冬樹。それでも、剣を支えに冬樹は立ち上がっり、また剣を上段に構えた。

「……あの馬鹿」

 日向の口から思わず漏れる呟き。

「何? ていうか日向は何休んでるのよ」

 足を止めていた日向に夏が追いついてきていた。彼女の文句を無視して、日向は中央にいる冬樹を見つめている。
 今度は慎重に、少しずつ冬樹は優斗に近づいていく。

「えっ! 冬樹いきなり戦ってるの?」

 それを見て夏が驚いている。中央の様子を見ている余裕は、夏にはなかったのだ。
 飛び込むようにして剣を振り下ろす冬樹。その剣は優斗の剣に阻まれたが、かまわず力で押し込んでいっている。

「おっ! 冬樹、頑張ってるじゃん」

 それを見て夏は喜んでいるがが、合わせていた剣をそらされたのか、冬樹はまた体勢を崩して前に倒れ込んだ。その背面から打ち込まれる優斗の剣。

「ちょっと!? 後ろからなんて卑怯じゃない!」

「……夏、ちょっと黙ってて」

「何よ!」

「いいから」

 冬樹はまた立ち上がって剣を構える。その冬樹に向かって今度は優斗のほうから攻め込んだ。小手を撃たれて剣を落とした冬樹の横を通り過ぎながら、がら空きの胴に剣を振り払う。それをまともに受けて冬樹はその場にうずくまった。

「ひどい……日向! 早く止めてよ!」

「………」

「ちょっと!?」

「……まだ戦ってる」

「何を言ってるの?」

「冬樹はまだ立ち上がるって言ってる」

 地面に転がった剣の所まで、四つん這いになったまま進み、その剣を支えにもう一度立ち上がる冬樹。そのまま片手で剣を持って、優斗に向かってゆっくりと進んだ。
 軽く顔を左右に振りながら剣を構えなおす優斗。一歩踏み込んだのが見えた瞬間、その剣が消えた。あっという間に冬樹の横を通り過ぎた優斗の体。
 冬樹は膝から崩れ落ちるように倒れて行った。

「冬樹ー!」

 とっさに駆け寄ろうとする夏を、日向は手を掴んで止めていた。

「何よ!? もう十分でしょ!?」

「だから僕が行く。夏じゃあ冬樹を担いでこれないから。それに……夏には見られたくないんじゃないかな……」

 冬樹は情けない姿を夏には見せたくないはず。これくらいのことは日向にも分かる。

「……わかった。お願い」

 なんとなく駆け寄るような真似はしていけないような気がして、日向はゆっくりと冬樹の所に歩いていった。彼が近づいたことに気付いたようで冬樹は自ら、うつぶせの姿勢から横に転がって仰向けになる。

「どう? 生きてる?」

「へっ。これくらいで……くたばるかよ」

「それは良かった。それで……立てるのかな?」

「ちょっと貴方! 何を言っているの!? 彼はどう見ても怪我しているでしょ? 早く治療しなきゃ」

 近くにきていた美理愛が文句を言ってきたが、日向は視線を向けることもしない。美理愛が口出すことではない。これは冬樹のプライドの問題なのだと考えている。

「相変わらず……やさしくねぇな。お前は……」

「男にやさしくする趣味はないからね」

「俺も……男にやさしくされても……うれしくねえな」

 冬樹もそんな日向の気持ちが分かっている。なんとか意地を見せようとしている。

「だよね? だったら立ちなよ」

「ああ、ちょっと待ってろ」

 こう言うと冬樹はまた転がってうつ伏せになると、ゆっくりと上半身から膝立ちの姿勢で体を起こしていく。

「ふう……ちょっとだけ痛いな」

 冬樹の言葉を聞いて、日向の顔に笑みが浮かぶ。優斗に無様に負けた冬樹だが、その彼が今、どうにも格好良く思える。冬樹が意地を張り続ける限り、それに付き合わなければならないと思った。

「ちょっとだけだよね? 夏を置いてきて良かった。こんな恰好悪いところ見られたら一発でふられるところだったよ」

「うるせえ。それで夏は?」

「少し離れた所で、冬樹が来るのを待ってる」

「そうか……じゃあ急がなきゃだな」

 冬樹は地面に転がっていた剣を手で引き寄せると、それを地面に突き立て、支えにして無理やり体を引き起こした。だが、さすがにそこまでだった。
 バランスを崩して、そのまま倒れそうになる冬樹を、日向は正面から受け止めて支えた。

「男に優しくする趣味はないんだろ?」

「そうだけど、夏に頼まれたからね。肩くらい貸してやるよ」

「へえ、それは大奮発だな」

「ねえ、治療しないと」

 また美理愛が声を掛けてきた。彼女には、仕方ないことだろうが、二人がどうしてこんな無理をしているか分からないのだ。

「ここに治療できる人いるの?」

「今、呼んでもらっているわ」

「だったらどこで待ってても同じだ」

「でも……ねえユートも何か言ってよ。元はといえばユートがやったことでしょ?」

「いや、まあ……ごめん。少しやり過ぎたかな」

 さすがにやり過ぎたと思っていた優斗。美理愛に言われたのを良いきっかけだだと考えて、謝罪してきた。
 だが冬樹には謝罪など必要ない。それを受け入れるわけにはいかない。

「冬樹も僕も気にしてない。剣を持った立ち合いなんてこんなものだ。なあ、冬樹?」

「当然」

「さてと……じゃあ夏の所にいきますか。あまり待たせると機嫌悪くなるからね」

「ああ」

 ゆっくりと夏の所に向かって歩いていく二人。もう軽口を言う必要はなり。時々、冬樹がうめき声をあげるだけで、それ以外はただ黙って歩いた。

「冬樹……」

 そんな二人を迎えた夏。今にも泣きそうな顔で冬樹の名を呼んだ。

「よお。恰好悪いところ見せちゃったな」

「ううん。恰好良かったよ」

「はは。夏に褒められと……なんだか変な感じだな」

 日向はゆっくりと冬樹を地面に仰向けに寝かせた。ここまで来ればもう意地を張る必要はないのだ。

「何か、空が眩しいな」

 こう言って、両手で顔を隠す冬樹。眩しいはずがない。今日は曇り空なのだ。

「……冬樹」

 冬樹の方を見ないようにして、日向も地面に腰を下ろす。

「ちきしょう……」

 背中から聞こえてきたつぶやき声。その声を聞いた瞬間に、胸に渦巻いていた感情が日向の中で一気に噴きあがった。

「……悔しい? 悔しかったら強くなれ。あいつらを倒せるくらいに」

「ちょっと日向!? 相手は勇者だよ?」

「勇者だって無敵ってわけじゃないだろ。実際ゲームだってモンスターにやられることがある」

「それはゲームだから……」

「ああ……ゲームだったら復活もできるだろうけどな。これは……現実だ」

 勇者が絶対。そんなものはゲームの世界だ。現実の世界であれば、たとえ勇者であろうと人である限りは必ず死ぬ。そうであれば勝ち目はある。

「日向?」

「何か久しぶりに頭にきた。待ってろよ、冬樹。僕が必ずこの世界で強くなれる方法を探し出してみせる。ギルドの高ランク? そんなもので満足なんてしてもらったら困る。僕に働かせるなら、目指すはトップランクだ」

「お前……」

 日向らしくない熱のこもった言葉。冬樹は、自分の為に日向が怒りをたぎらせていることに驚き、そして嬉しかった。

「どんなつらいことにも耐えて見せろ。僕も付き合う」

「……ああ、上等だ」

「僕たちを見下している奴らに、努力が才能を凌駕するってことを証明してみせる。僕たちを本気にさせたことを必ず後悔させてやる」

「そうだな。絶対にやってやる」

 では才能を持つ者が持たざる者以上に努力をしたらどうなるのか。勇者と呼ばれている二人のことではない。ある面では彼等二人を凌駕する才能を持つ人物が本気になったのだ。
 大陸どころかパルス王国にも何の影響も与えないはずの小さな小さな戦い。当事者たち以外は誰も知ることのない、その当事者の半分もすぐに忘れてしまうような小さな戦いの結末が、この世界を変えることになる。

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