日向たちは次の日には王に図書館への入館の許可を求めた。王との謁見が許されたわけではない。食事を運んでくれた侍女と思われる人に伝えてくれるように頼んだのだ。
半日程待たされて、ようやく許可が出た。王城内の第一図書室への入館を許可するというものだ。
第一があるからにはそれ以外もあるはずだと、日向が許可を伝えに来た騎士に聞いてみると、案の定それはあった。たがそこに置いてある書物は極々限られた者にしか公開はされないということも同時に教わった。
どちらかというと、そちらの方に真実がありそうだが仕方ない。そう思いながら日向は許可された図書室に籠って、色々と調べることにする。
置かれている本は日向の想像以上の数だった。政治、経済、文化、歴史、地理、軍事そして当然魔法や武術など色々なジャンルの書物が棚にぎっしりと詰められている。
とりあえず地理、文化、魔法関係で概要が記されているようなのを選び出して、奥にあった机の上に運び、読み始めた日向。
まず開いたのは地理の本。この世界イーリアスにはやはりいくつかの国があるようだ。そのうち大国といえるのは、このパルス王国とパルスから北東にあるレンベルク皇国。反対側の西にはユーロン双国。その南には都市国家連盟。これは国というよりはいくつかの都市国家の集合体のようだ。あとはパルスの南。アイオン共和国というのがある。これはドワーフ族の国だ。それ以外の情報は小国なのかあまり詳しく載っていなかった。
ひとつひとつの国とその特徴を日向はノートに記していく。パルス王国はこの大陸では、かなり古い歴史を持つ国のようだ。それと並ぶのがユーロン双国とアイオン共和国。ユーロン双国は双国と呼びながら、実際には三国の集合体のようだ。王家の三兄弟がそれぞれ国を統治し、その上にひとりの王が立っている。「なんとなくここはやばそうだな」と日向は思った。兄弟仲良くなんてうまくいっているはずがない。その中の一人が将来は三国を統べる王になるのだ。権力争いがあるのが普通だろう。下手したら内戦だ。日向としてあまり近づきたくない国だ。異世界で内戦に巻き込まれるなんて洒落にならない。
アイオン共和国はドワーフ族の国。人族は住んでいないようだ。どうもドワーフというのは排他的な種族のようだ。そうなると都市国家連盟かレンベルク皇国のどちらか、もしくは他の小国を選ぶことになる。戦争はおきていないか。リアルタイムの情報は本には記されていない。これは別の方法で調べるしかない。
とりあえず今後は、都市国家連盟とレンベルク皇国について詳しく調べることを決めて、文化関連の本を手に取る。目次を確認して、目的のページを開いた。
ちなみに本に書いてある文字はどうみても日本語。実際に日本語が使われているのか、それともなんらかの力が働いて自動的に翻訳されているのかは日向にはわからない。
可能性をいくつか考えてみたが、これは頭の中で考えても結論がでないことだと分かって、それを止めた。今は本を読める。その事実で日向にとっては十分だからだ。
開いたページは種族について書かれている部分。日向の想像通り、エルフ族はこの世界に存在している。だがエルフの国についての記述はなかった。まとまって生活する習慣がないのか、滅んでしまったのか。それは本のどこにも記されていない。
これも後で調べる項目にしようと決めて、ノートに書き込む。想像と違ったのは亜人についての記述がないこと。
(猫耳萌えはこの世界には存在しない。馬鹿ががっかりしそうだね。案外、夏のほうか。夏はファンタジー小説,ゲームマニアみたいだからな)
こんなことを考えながら先を読み進めていく。この世界に存在するのは人族、ドワーフ族、エルフ族、そして魔族であることが分かった。魔物についての記述はこの本にはない。
(魔物だとどんなジャンルなんだ? 生物かな? 仕方ない。後で探すことにして魔法の本に移ろう)
「魔法体系書」と書かれたその本には、題名通りに魔法の体系について書かれている。それぞれの属性とレベル。属性については魔力判定の時にグランが話した通りだった。
光、火、水、風、土の五属性について書かれている。レベルは基礎魔法から初級、中級、上級、そして神級と四レベル。属性毎に各級で使える魔法が決まっている。日向にとっては小説の知識としてあまり目新しいものではなかった。
ただ思ったよりも魔法の種類が少ない。魔法にはあまり汎用性はないのだろうか。そう思いながら開いたページは神級魔法について書かれた部分。
(……すごいなこれは。レベルが違う。空から隕石が降ってくるとか、広範囲へのブリザードや雷撃による攻撃。神級魔法は桁違いだ。でも……)
「……なんか変だな?」
「何がですか?」
「えっ?」
思考に区切りをつけるつもりで声にした呟き。それに返事があったことに日向は驚いた。声が聞こえてきた方向に視線を向けると、そこには窓から差し込む光に照らされた、白いローブのような服を着た女の子が立っている。
軽くウェーブのかかったふわふわとした金髪。透き通るような白い肌。印象的な青い大きな瞳がじっと日向を見ている。
「天使……?」
思わず、そんな言葉が日向の口から出た。
「えっ? あっ、ごめんなさい。つい……」
固まってしまっている日向に向かって女の子は、そう言って軽く頭を下げてきた。
「あっ! 別に謝られるようなことじゃないから。急に声を掛けられたから驚いただけ」
「私が急に声をかけたから……」
「だから気にしないで、人がいると思っていなくて驚いただけ」
「そう……」
「……あの……良かったら座れば。その本を読む為に来たんだよね?」
よく見ると女の子はぶ厚い本を胸に抱えていた。それに気付いて女の子に席に座るように促す日向。
「……うん。じゃあ」
少し遠慮がちにしながらも、女の子は日向の正面の席に座って本を開きだした。日向がちらっと目線を向けて女の子が読んでいる本を見ると、なんだかずいぶん難しそうなことが書いてあった。
「内容的に政治かな」なんてことを考えた日向の目がうつむいて本を読んでいる女の子に移る。まばたきをするたびに長いまつ毛がちらちらと動いている。日向は読んでいた本のことを忘れて、その様子をじっと見つめた。
その日向の視線に気づいたのか、急に女の子が顔をあげる。
「あの……やっぱり、邪魔じゃないですか?」
「いや、全然。ちょっと分からないことがあって考えてたんだ」
じっと女の子を見ていたことを慌てて誤魔化そうとする日向。
「そう……そう言えばさっき変だって言っていたけど、そのこと?」
「そう。神級魔法って知ってる?」
「失われた魔法のことだね。今はもう使える人はいないと言われている」
「そうなんだ……それでかな?」
神級魔法は失われた魔法。それを聞いて、少し日向は納得出来た。
「何が気になっているの?」
「この本は魔法を体系立てて説明してるんだけど、神級だけ矛盾している。初級から中級、中級から上級へは確かに体系的に変化しているだけ。でも神級と上級の間には繋がりが全く見られない」
僕は何を一生懸命、女の子に説明しているのだろう。そう思いながらも日向は説明を続けた。
「神級ってくらいだからね?」
「そうだけど、神級って属性がそれ以下と当てはまってないんだよね」
「属性は魔力を変換させた結果だからね。別につながりなんてないんじゃないかな?」
「……それって、元々の魔力に属性の違いはないっていうこと?」
日向はすぐに気付いた。女の子の話した内容は、この魔法書に書かれていることと全然違っている。女の子の理屈だと、得手不得手はあっても使えない属性はないということになる。
「…………」
日向の質問に女の子は軽く目を見開いて驚いたような、困ったような顔をしている。彼女にとって少しまずい質問を日向はしてしまったようだ。
「あの、知っていることがあったら教えてくれないかな?」
日向にとっては今の内容はかなり重要なこと。なんとかもう少し教えてもらえないかと食い下がってみた。
「……魔法を勉強しているの?」
「そう、僕自身は魔力がないって言われたのだけど、それで諦めるのもね」
「魔力がない? そんなことないよ。人族であれば誰にでも魔力はあるはずだよ?」
「僕、普通の人族じゃないから」
「……もしかして異世界から召喚された人なの?」
女の子はすぐに日向の素性を言い当ててきた。これには日向も驚きだ。
「良く知ってるね? 昨日召喚されたばかりなのに」
「えっと……私、王女様の侍女だから」
「ああ、なるほどね。あの王女の侍女か。だったら知っていても当然だね」
ローズマリー王女の侍女であれば知っていて当たり前。日向はすぐに疑問を解くことになる。彼らしくなく、あっさりと。
「……そう。でも何でここにいるの? 召喚された人だったら、今頃は魔法か剣術の講義をしている時間じゃない?」
「僕は勇者じゃないから。半年後にはここを出る予定なんだ」
半年、それが王から日向に対して与えられた期限だった。たった半年で現代人の中学生が魔物と戦えるようになるのか。日向自身そのことにかなり疑問を持ったがそれに文句は言えない。理不尽なことであっても、相手を刺激し過ぎて今すぐ出て行けと言われては困るのだ。日向の側に勝ち目のない交渉だ。
「あの……」
「ああ、ごめん。ちょっと頭にきたことを思い出した。そういうことだから、魔法は使えないとまずいかなと思って。なんとかヒントがないか調べてるのだけど……」
「そう、お城を出ていくんだ……ちょっといい?」
女の子は立ち上がると、座ったままの日向の後ろに立った。両肩に置かれた女の子の手。それを感じて慌てる日向。
「えっ! 何?」
「いいから、じっとしてて」
日向の耳に顔を寄せて話しかけてくる女の子。ますます日向は動揺してしまう。こんな風に女の子と接することなど、これまでなかったのだ。年頃の少年としては仕方ないだろう。
肩に置かれた女の子の手のぬくもり。それが体に広がっていくのを日向は感じた。そのことでますます落ち着かなくなる。
「どう?」
「どうって?」
「肩、何か感じる?」
「えっと……何か温かいな……」
少し悩んだが、正直に今の状況は話した。
「それが魔力。今のは私の魔力ね。じゃあ手を離すよ? これでどう?」
温かいのは魔力が原因だった。自分の邪な気持ちのせいではないと分かって少しほっとしている日向。
「……まだ温かい」
「じゃあ、それから意識を離さないようにして、ゆっくり体の下に動かしてみて。イメージを強く持って」
「ああ」
返事をしたものの簡単には魔力は動かない。イメージといいう言葉の意味を考える。具体的に何をイメージすれば良いのか。魔力の通り道、それを考えたときに血管が日向の頭に浮かんだ。さらに血管をイメージする。イメージの元は興味本位で読んだ医学書か何かで見た人体解剖図。それと自分の体を重ね合わせてイメージを高めていく。
「おっ!」
「動いた?」
「徐々に下がって行ってる感じがする」
「じゃあ、薄く全体に広がるようにイメージしてみて」
今度は早かった。全体といっても同じこと。体中の血管に広げていく感じをイメージすれば良いのだ。日向のイメージ通りに体内を流れる魔力が徐々に全身に広がっていくのが感じられた。
それがある程度広がった途端、細く緩やかだったその流れが、体内で一気に激しくなった。全身を駆け巡る何か。何が起こったのか驚いて女の子の方を向く日向。
「出来ているみたいだね? じゃあ、一回意識を外して」
女の子に言われた通り、体内を流れていたものを手放すような感じで意識をはずす。日向の体内の魔力の流れは徐々に緩やかになり、やがて消えた。
「完全に消えたと感じたら今度は最初から。今度は私は補助しないから自分の中に流れている魔力を掴んでみて」
体内へ強く意識を向けて流れを探す。先ほどの何かを少し感じたところで、それを手繰り寄せるようにしながら体全体を探っていく。さっきの感覚が戻った。体中を何かがめぐっているのをもう一度感じられた。
「……出来たかな?」
「本当に出来たんだ……」
日向としては言われた通りにやっただけなのに、女の子は少し驚いている。
「魔力がないどころか才能があるんだね? 普通は何週間もかけて理解できることなのに」
「そうなの?」
「そうだよ。あとはこれを繰り返し練習していけば、もっと早く、簡単に魔力を起こすことが出来るよ。そうすれば、あとは魔法を発動するだけだね」
「……ありがとう」
悩んでいた問題が、たった一日で、いや数分で解決した。これは全て女の子のおかげ。そのことに日向は素直に感謝した。
「ううん。良かったね」
「……あのさ……もし良かったら、この先も教えてもらえないかな?」
思い切ってこの先も教えてもらえないか頼んでみる。魔法だけが目的かは微妙なところだ。それを追及されても日向は認めないだろうが。
「でも……」
「魔力がないって判定されたから鍛錬に参加させてもらえなくて」
「……分かった、でも今日はもう時間がないの」
少し悩んで女の子は日向の頼みを受け入れた。ただ忙しいようで、今日はもう無理なようだ。
「じゃあ、明日は? 同じ時間で」
「……うん。大丈夫だと思う」
「じゃあ、明日。あと僕は日向」
「ヒューガ? 私は……ディア」
「ディアか……良い名前だね?」
こんな台詞を冬樹と夏が聞けばどう思うか。そんなことは今の日向の頭の中には一切浮かばない。
「そう?」
「うん。僕の世界の言葉で『親愛な』とか『かわいい』という意味」
「かわいい? ふふ、なんか恥ずかしいね。じゃあヒューガの意味は?」
ディアは少し頬を赤らめている。その顔を見て、日向は同じように顔が赤く染まりそうになっている自分を感じた。
「日の当たる場所。でも本当の発音はヒューゴで、頭脳と魂が美しい人って意味らしい」
ノートに漢字を書いてディアに説明する日向。これは母親がまだ生きていた時に話してくれたことだ。
「良い名前だね?」
「そうかな?」
「そうだよ。じゃあ、ヒューガ。私そろそろ戻るから。また明日」
「ああ。また」
◇◇◇
日向はディアと別れた後も、しばらく図書室で何度も魔力を起こす練習をしていた。少しずつ慣れてきて、途中から魔力を手に集めてみたりしてみた。なんとなくそのまま魔力を外に出せば魔法が発動するような気がしたが、それはディアに教わることだからと、そこまでで止めて部屋に戻ることにした。
日向が自分の部屋に戻ってすぐに扉を叩く音。扉の外には夏が立っていた。
「何? その恰好」
「いいでしょ? 借りたんだ」
夏が着ているのは、どう見てもメイド服。誰から借りたのだろうと日向は思ったが、その疑問を口にすることはしない。いつものように他人に興味がないからではない。
「そうだね。よく似合ってるよ」
機嫌の良さが普段は決して言わないであろう言葉を口に出させた。
「あれ? 想像と違う反応。日向なんか機嫌良さそうじゃん」
それを敏感に感じ取った夏。夏の洞察力はなかなかに鋭い。
「そんなことない。いつもと一緒だ」
「何か良いことあったの?」
「別に……機嫌良さそうに見えるとしたら本をたくさん読んで楽しかったからかな?」
「ふ~ん。そうなんだ」
夏が突っ込むのを止めたのは納得したというよりは、あまりしつこいと日向は話をすること自体を止めそうだと考えたからだ。
「それより、冬樹の前でそんな恰好して良いの? メイド萌えでうるさくなかった?」
「それがね……ごらんの通り」
夏の指差す先には、いつの間にか日向の部屋に入って、ベッドの横で膝を抱えて座っている冬樹がいた。
「いつの間に? というか何を落ち込んでるの?」
「戻ってきてからずっとああなの。今日は勇者たちと一緒に魔法の講義。何があったかは、想像つくけどね」
「上手くいかなかったんだろうね。そして勇者たちは見事にやってのけた。その違いを見せつけられて落ち込んでいるってところか」
「多分ね」
冬樹から話を聞くまでもない。彼が落ち込む理由などそれ以外に考えられない。
「冬樹、今更落ち込む必要ある? 最初から分かっていたことだよね? 魔力測定であれだけの差があったのだからさ」
勇者二人に負けたからといって落ち込むなど馬鹿げていると日向は思う。冬樹にも、初めから結果は分かっていたはずなのだ。
「そう言うけどな……あれだけ差をつけられると……はあ、この世界にきても俺は落ちこぼれだ」
「それも今更。いいから早く席に座りなよ。約束だから調べたこと説明する」
「……わかったよ」
冬樹はベットに手をつき、ゆっくりと体を起こすとテーブルの周りにある椅子に座った。気持ちが落ち込んでいるだけで特に体はおかしくないはずなのに、まるで病人のような緩慢さだ。
「さてと。とりあえず今日は他の国と種族について調べてみた。一応、ここに簡単にまとめてある。結論から言うと、この国を出て向かう先の候補はレンベルク皇国か都市国家連盟の二つ」
「理由は?」
「レンベルクク皇国は調べた限りは、安定しているようだし、戦争もほとんどしていない。他国には不干渉っていう主義みたいだ。都市国家連盟は都市国家の集合体で商業が盛んだから、仕事という意味では色々とありそうだから」
「都市国家間での争いは?」
暮らすのに安全であること。これは行き先を決める重要な条件だ。都市国家連盟についての日向の説明にその点がなかったので、夏は質問した。
「武器をとっての争いはない。元々軍事力で何かをしようというところじゃないみたいだ。経済面での争いはかなりありそうだけど、それは僕たちには関係ない」
「そうね」
「後は種族だね。種族は人族、ドワーフ族、エルフ族、魔族の四種族」
「亜人はいないの?」
「それは分からない。亜人についての記載は読んだ本にはなかった。少なくとも、ここパルスでは種族としては認められていないということだと思う」
図書室の本に書かれていなかったからといって、いないとは断言出来ない。あえて記載していない可能性だってある。日向が読んだ本が全てであるはずもない。
「可能性はあるわけね。まあ、いいわ」
日向が想像した通り、猫耳への執着は夏のほうがありそうだ。たんに冬樹は落ち込んでいて、その気力がないだけなのかもしれない。
「今日のところはこれくらい」
「えっ、それだけ? それにしては時間かかってない?」
「あとは魔法について調べていた。それについては、もう少しわかったら教える」
少なくとも今はディアのことを話すつもりは日向にはない。話せば必ず二人が付いてくるのが分かっているからだ。それが日向には嫌だった。
「ふーん。やっぱり何かあったでしょ?」
「……何もない」
「今一瞬だけど目が泳いだ」
「気のせい。それで自分は何やってたの?」
「あたしも情報収集」
「じゃあ、それ教えて」
「誤魔化そうとされてるみたいだけど……いいわ。じゃあ、あたしが調べてきた情報ね。まずは侍女の間での一番人気は近衛第一大隊長のアレックスって人ね。ルックスだけじゃなくて、剣の腕もこの国一番って言われているみたい。それの対抗はイーストエンド侯爵家の長男のチャールズ・スコット。有力貴族の家柄でルックスもまあまあ。なによりも有力貴族なのに驕ったところを一切みせない人柄が人気みたい」
「はい?」
勢いよく説明を始めた夏だが、その情報は日向が求めているものではない。
「それに続くのも、やっぱり近衛か有力貴族なのよね。国軍からは名前が出なかったわ」
「お~い」
「宮廷魔法士はだめね。研究者気質の強い、変わり者ばかりで、全然――」
「ストップ! 君は何の話をしているの?」
夏の話を止めて、日向は説明の意味を尋ねた。
「だから侍女たちの噂話よ」
「それがなんで僕たちに必要?」
「情報収集っていたら侍女の噂でしょ。これ基本じゃん」
「そうだとしても、もう少し役にたつ情報を」
情報収集の手段としては基本かもしれないが、得てきた情報がこれでは意味はない。わざわざメイド服まで借りて、何をしているのか呆れた日向だが。
「冗談よ。有用な情報はこれから」
「あるなら早く話してよ」
「さっきの話だけど、侍女に人気があるのはやはり貴族の家柄。国軍から名前が挙がらなかったのは国軍はほとんど平民だからね」
「話変わってないけど?」
「いいから。そして、その貴族も二つに分かれている。簡単にいうと有力貴族と弱小貴族ね。言うまでもなく、この二つは仲が悪い」
「……派閥があるってこと?」
ようやく日向の興味を引く話題になった。夏は最初からこれを話すつもりだったのだが、前置きが長すぎたのだ。
「そう。この国には大きく3つの派閥があるみたいね。王族派、有力貴族派、新貴族派。特に王族派と有力貴族派は完全に対立しているね。新貴族派は王族派寄り。でもあたしが思うに有力貴族派が有利だから、新貴族派は王族派に寄っているということだと思う。実際には新貴族派も自分たちの勢力や権力を強めたいだけだね」
「……なんでそんなことに?」
これは意外性のある情報。謁見時に臣下を怒鳴りつけていた様子から、国王の力はその地位に相応しいものだと日向は思っていた。
「詳しくは調べられてない。でもこの国は思っているより王の権威は弱いみたいよ。有力貴族が国政のかなりの部分を握っている。王はそれを自分に取り戻そうと対抗しているって感じかな?」
「新貴族派は?」
「新貴族派は有力貴族派に重要ポストを全て押さえられていて、国政に参加できていない。せいぜい近衛軍の重要ポストについているくらい。それが理由ね」
「泥沼だね。つまりこういうことだ。政治は有力貴族、近衛の軍は新貴族、国軍は分からないけど文武が対立しているわけだ。そしてそれに挟まれている王ってところか」
「そういうことね」
「でも軍を押さえている側が最終的には強いんじゃない?」
政治力だけで決着がつくのか。それは日向には分からない。最終的には軍事的な衝突が生まれるのだろうと、これも何となくだが、思っている。
「貴族は私軍を持っている。結構な規模らしいよ」
「そうなると国軍をどこが押さえているか? これが王だと完全な三つ巴。いや、新貴族派は不利だね」
「だから新貴族派は王族派に寄っている」
「まず新貴族が勝つには王を取り込んで……どうでもいいか」
日向にとって出ていくつもりの国がどうなろうと知ったことではない。それに気付いたところで考えるのを止めた。
「ちょっと? せっかく調べてきたんだから、もう少し膨らませてよ。じゃあ、こんな状態でなんで勇者なんて召喚したと思う?」
自分が調べてきた情報の話を途中で終わらせられるのが納得いかない夏は、日向に別の質問をして話を続けようとする。
「……国外との戦いを興すことで内をまとめる。そういうことじゃない?」
「でも魔王を倒したら? また元通りじゃない」
「そうなったら案外、外の戦いで活躍したところが力を持ったりするのかな? 王政といっても国民の支持を無視できるとは……」
ここまで話を進めたところで日向は一つの可能性を思い付いた。
「どうしたの?」
「勇者に魔法を教えているのはグランさんだよね? グランさんは派閥に入ってるの?」
「派閥に入っているか知らないけど、グランさんも貴族らしいわよ。それほど大きな家……そういうこと?」
夏も日向が何を考えているか分かった。勇者召喚を主導したのはどの派閥か。もっとも形勢が不利である新貴族派が、現状の打開を狙って仕掛けた可能性を。
「剣術かなんだか知らないけど、そっち方面を勇者に教えるのは? 冬樹知ってる?」
「ああ……この国一番の剣士とか言ってたぞ」
「つまり近衛第一大隊長か。間違いないね」
無駄だと思っていた夏の噂話が役に立った。調べる時間が少し短縮しただけではあるが。
「どうやら勇者を取り込む派閥は決まってるみたいね。勇者が魔王を倒して力を持つのは新貴族派」
「すでに勇者は政争に巻き込まれているわけだ」
「……良かったね? 勇者として認められないで」
「まあ、どっちにしろ関わるつもりは僕にはない。思った以上に関わるには面倒な国だったってことは分かったかな」
夏の情報は本人が思っていた以上に話を大きくしたようだ。この国では派閥争いが起こっている。そして勇者はすでにそれに巻き込まれようとしている。
それを知ったからといって日向の気持ちは別に変わらないだろう。彼にとってパルス王国は半年後には全く関係ない国になるからだ。
日向が望むのはただ一つ。それに僕を巻き込むな。ただそれだけ。