月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第3話 制服の少女

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 道路を挟んで北側に剣人と風花、南側に渡と前線に到着した宗方分隊指揮官。ビルの影に隠れて敵が現れるのを待ち構えている。
 すでに戦闘態勢に入っている四人。その体からは光が立ち昇っている。光は彼らの戦闘力の源である精霊力だ。剣人のそれは薄黄色。黄色は彼が宿す精霊の属性が土であることを示している。その隣の風花の光は白、というよりも透明だ。属性は風。風花のそれは立ち昇るというより小さなつむじ風が周囲を飛び回っている感じだ。
 道路の反対側にいる渡の精霊属性は水。青みがかった白い光を身にまとっている。そして宗方分隊指揮官がまとう光は白。属性は無く、他の三人に比べて輝きは弱い。センサーで測ればすぐに分かるが、輝きに比例して精霊力は三人よりも劣っている。
 宗方分隊指揮官と他の三人の差は簡単に言うと世代差だ。二十代後半の宗方陸曹は第一世代と呼ばれる。鬼の脅威が顕在化した十年程前に突然現れた特殊能力者。第七七四特務部隊が作られるきっかけになった鬼と戦える能力者集団の一人だ。一方で剣人たちは第二世代と呼ばれている。第一世代よりも精霊との高い適合性を持つ能力者だ。鬼の脅威がどんどんと高まる中で、それに対抗出来る能力者の力も増している。それを救いと取るか皮肉と取るべきかは微妙なところだ。
 とにかく新たな能力者が加わったところで第七七四特務部隊は、精霊力は劣るが経験値は高い第一世代を指揮官、精霊力の高い第二世代を戦闘員とする編成となっている。

「……敵の位置は?」

 近づいてきているはずの鬼の姿が一向に見えないことに焦れて、宗方分隊指揮官はオペレーターの立原補佐官に状況を問い合わせた。

『……センサーの反応は敵の存在を示しているのですが』

「どうかしたのか?」

 オペレーターらしくない歯切れの悪い答え。何かあったのかと宗方分隊指揮官は理由を尋ねた。

『モニターに映っていません』

「何だと? センサーの位置は?」

『そこから二百メートル先のセンサーです。探知範囲は百メートル』

 もっとも近づいているとして百メートル先。だが目視でも鬼の姿は見えない。もっと先にいると考えるべきだが。

「……我々に近いほうのセンサーの位置は?」

『すぐ近くにあります。そちらには第五分隊の反応しかありません』

 立原補佐官の説明は鬼が百メートル以上離れていることを裏付けている。だが宗方分隊指揮官の勘がそうではないと訴えていた。

「手前のセンサーの感度を高められるか?」

『今以上にですか? それを行えば先のセンサーは感知出来なくなる可能性があります』

 センサーは万能ではない。常に最大感度で稼働させることが出来ないのだ。これが鬼の不意の出現を許す原因の一つであるのだが、センサーが使うエネルギーに限りがある以上、どうにもならない問題だった。

「……構わない。我々の周りのセンサーの感度を最大にあげてくれ」

『分かりました。私では判断が出来ないので本部に確認します。数分お待ち下さい』

「……分かった」

 数分も待てない。これを言葉にしても立原補佐官にはどうにもならないことだ。宗方分隊指揮官は数分間、胃が痛くなる時間を過ごさなければならなくなる。

 

 立原補佐官が依頼する先の本部は、今は現場の後方にあった。第七七四特務部隊の指揮官である葛城陸将補がその場にいるのだ。そこが最高権限を持った本部になる。もちろん葛城陸将補でも許可出来ない事柄はあるが、今回のこれはそうではない。

「宗方陸曹の希望通りにしてやってくれ」

 立原補佐官からの依頼が届く前に葛城陸将補は指揮車のオペレーターに指示を出した。

「承知しました」

 葛城陸将補がこの場に到着した時点で、この指揮者のシステム権限は最高レベル、あくまでも現場におけるだが、に上げられている。オペレーターは端末を操作してセンサーの感度の変更を進めていった。

「……通常のモードでは反応しない。そんな鬼がいるのか?」

 葛城陸将補は自分の中の疑問を口にした。答えが返ってくるとは思ってはいない。独り言のようなものだ。

「もうど?」

 答えは返ってこなかったが質問は返ってきた。少年からの質問だ。

「……いや感知器に引っかからない鬼などいるのかと思ってな。感度を上げて引っかかってもそれは鬼ではなく別の何かではないか」

「それは……その感知器が間違えているのではないですか?」

「どういうことだ?」

 少年の口から出た言葉は葛城陸将補の予想外のものだった。

「……良く分かりません」

「センサーの切り替えはまだか!?」

 少年は間違いなく嘘をついている。何かがあるのだ。葛城陸将補はそれを知って、先程までの余裕を失っている。

「エネルギー流量が必要値に達するまでお待ち下さい! もう間もなくです!」

 オペレータが指差すモニターにはパーセンテージの数字が映っている。エネルギーの必要量までの割合を示したものだ。八十パーセント、九十パーセント。もう間もなく百パーセント。

「……遅い」
「反応あり! 五メートル手前!」

 少年の呟きとほぼ同時にオペレーターが反応の存在を叫んだ。

「監視モニターは!?」

「映っていません!」

「現場に伝えろ! 敵は目の前だ!」

 指揮車の中が一気に慌ただしくなる。だがやはり少し遅かった。

『敵発見! 小型の……蜘蛛のような敵多数! 急げ! 迎撃しろ!』

 無線から聞こえてきたのは宗方陸曹の声。敵の発見を伝えるものだ。その時には指揮車の監視モニターにも敵の姿が映っていた。黒い蜘蛛のような姿をした何かが、何百と蠢いている。
 それに向かって一斉に撃ち込まれる支援部隊の弾丸。だがそれはほとんど敵にダメージを与えられていない。まったく与えていないわけではないが、数が多いことと、的が小さすぎて当たらないのだ。
 そうなると頼りは第五分隊の特殊攻撃。風花が放った小さくはあるが強烈なつむじ風。そのつむじ風が黒い蜘蛛を宙に巻き上げ、切り裂いていくがそれも全体から見れば僅かな数だ。

「……同種の鬼の出現事例がないか過去のデータを検索してくれ」

 オペレーターに指示を出す葛城陸将補。司令官である葛城陸将補も今回のような鬼の存在を知らなかった。

「蜘蛛なし。節足動物ありません……小動物なし……分裂なし」

 オペレーターは思いつくキーワードで検索をかけているが引っかかる情報は何もなかった。本部のデータベースには事例なし。実際は他にも情報はあるのだが、それはここからではアクセス出来ない。

「あれは何だ?」

 葛城陸将補は問いを少年に向けた。

「鬼ではないですか?」

「それは分かっている! あんな、人の姿でもなくなるような鬼がいるのか!?」

 鬼も特務部隊の隊員と同じ。精霊を宿すか悪霊を宿すかの違い。人に憑くものであってその姿まで変えるものではない、はずだった。

「蜘蛛みたいなのは本体ではないと思います。本隊は探せばどこかにいると思いますけど?」

「それはどこだ!?」

「それは彼女に聞いて下さい」

 こう言って少年はモニターを指差している。

「……何?」

「彼女ですよね? 確か……そう、天宮さんという人は」

「……ようやく現れたか」

 モニターに映っているのは髪をかなりショートにした制服姿の女の子。ほんのりと赤いぷっくりとした頬が幼さを感じさせるが、瞳に宿る強い意思の色がそれを打ち消し、全体としては年齢以上に彼女を大人に見せている。
 突然現れた天宮は右手に眩い光を放つ剣、左手には同じように光り輝く盾を持ち、全力で駆けていた。

「彼女はどこに向かっているのだ?」

「現在地は他の分隊員の前方八十メートル先。さらに先に向かっています」

「……先に本体がいるのか。他の隊員の状況はどうだ?」

「モニターの一番から三番に映します」

 天宮を映していたモニターの画面が切り替わって、剣人たちが戦っている様子が映る。精霊力を拳に集めそれで敵を打ち払っている剣人。風花は最初の攻撃と同じ小さなつむじ風を飛ばしているが、その勢いが弱っているのははっきりと分かる。渡は敵を倒すというよりは宗方分隊指揮官を守っているが正しい。宗方分隊指揮官が前線に出たことが裏目に出ている。
 今のところは何とか凌いでいるが、いつまで耐えきれるか分からないといった状況だ。

「呼び戻すか……」

 特殊能力を持つ彼らは貴重な存在。簡単に失うわけにはいかない。まずは彼らを襲う蜘蛛を打ち払うのが優先と、天宮を呼び戻すことを葛城陸将補は考えている。

「それをしたら彼女の動きが無駄になる」

 それを否定したのは少年だった。

「何?」

「多分ですけど彼女が姿を現したのは敵を引きつける為です」

「……どうして、それが分かるのだ?」

 葛城陸将補の問いに少年は肩をすくめるだけ。あとはわざとらしくそっぽを向いてしまう。話しすぎたというところだろうと葛城陸将補は判断した。

「応援部隊はまだか?」

「あと五分で到着します」

「……分かった」

 葛城陸将補は天宮を呼び戻すことは止めて、応援部隊の到着を待つことにした。これが三十分と答えられたら悩むところだったが、幸い五分耐えればいいだけだ。戦闘における五分は長いとは分かっているが、天宮を呼び戻しても数分はかかる。そもそも彼女が言うことを聞く保証はないのだ。

「敵本体捕捉しました!」

 モニターの映像が一つだけ切り替わる。そこには走っている天宮とその先にいる人影が映っている。一つの監視カメラで捉えられるくらいに接近しているのだ。

「前線のセンサー反応後退! 本体に戻っている模様です!」

 このオペレーターの声を聞いた葛城陸将補は視線を少年に向けた。少年は天宮が映るモニターに視線を向けている。少年の興味を引くことには成功したようだ。そして少年を彼女の補佐役に置く決断も正しかったようだ。少々、少年に対する恐怖が増すことにはなったが。

「……彼女のあれはいくつ?」

 少年は天宮についての質問まで口にしてきた。

「あれ……ランクのことか。ランクより適合率で伝えたほうがいいな。他の隊員の適合率は大体、五○パーセントから六〇パーセントの間だが、彼女のそれは九十八パーセントだ」

 適合率九十八パーセント。これは鬼が鬼力を百パーセント使えることとほぼ同じ。身に宿す精霊の力のほぼ全てを使いこなせることを意味する。

「……そうか。ちょっと分かった気がする」

 モニターを見ながら少年は呟いた。映っているのは黒い蜘蛛の群れと戦っている天宮の姿。群がる蜘蛛を左手の盾で防ぎ、さきほどよりも長く大きくなった剣を振り回している。実物の剣や盾ではない。精霊力を剣や盾の形に変えているのだ。
 精霊力を物質的に変換する力や自分の体から離れた位置で操作する力などは適合率の高い者しか出来ないこと。そういうことだと少年は理解した。

「やはり彼女は特別か……」

 天宮が優れた力を持っていることを喜ぶ言葉ではない。今現在、特務部隊の隊員で彼女と同じ適合率を持つ者はいない。今回のような鬼がこの先も頻繁に現れるようなことになれば、それに特務部隊は対応出来るのか。そんな不安が葛城陸将補の心には湧いていた。
 モニターの中の天宮はさらにその力を見せつける。盾が消え、剣がその大きさをさらに増す。それを振りかぶった天宮は鬼の本体に向かってそれを振り下ろした。
 いくつもの光の短剣が宙を飛び、鬼に襲いかかっていく。モニターからは音声は聞こえていないが、真っ白な炎に包まれて、大口を開けた鬼が断末魔の叫びを放っていることは誰の目にも分かった。

「……古志乃(こしの)尊(たける)。今この場で正式に君を彼女の補佐官に任命する」

 戦いの結果を見届けたところで葛城陸将補は改まった態度で少年、古志乃尊に辞令を発した。

「……彼女はいくつですか?」

「十五歳だがそれが何か?」

「年下の気の強そうな女の子は苦手です」

「……奇遇だな。私も年下の取っつきにくい可愛い女の子は苦手だ。どう接していいか分からない。それに比べれば歳の近い君は大分ましなはずだな」

「……そうでしょうか?」

 葛城陸将補がこの場で辞令を発したのはただの勢い。天宮の戦いを目の当たりにして改めてその能力の高さを認識し、思っていた以上に謎な部分はあるが尊の能力も優れていると分かって、この二人を組み合わせた時に何が起こるのかと考えて少し興奮してのことだ。
 実際に二人が行動を共にするまでには様々な手続きがあって、もう少し時が必要であり、そもそもきちんと顔を合わせてもいない二人ではあるが、とにかくこの日が始まりの日だ。