気が付くと見慣れない部屋に立っている自分がいた。窓ひとつない部屋は薄暗く、最初の内は中の様子がまったく分からなかった。分かっているのは自分がいたのは公園で、建物の中ではなかったという事実。何故、このようなことになっているのか彼には理解出来ない。
やがて暗がりに目が慣れてきて見えてきたのは、この部屋は想像していたよりもずっと広い空間であること。そして石造りの部屋であること。その雰囲気はとても日本とは思えない。どこか西洋の古城を思わせるような造りだった。
「ここ何処だ? 何が起こったんだ?」
「そんなのあたしに聞いてもわかんない」
「わかんないってなんだよ! お前もう少し真剣に考えろよ!」
「……自分で考えれば」
「なんだと!」
騒いでいるのは濃紺のブレザーに身を包んだ男女二人。彼にとって見覚えのある二人はつい先ほど絡んできていた生徒たちだ。実際に絡んできたのは男子生徒だけだが。こんなことを考えながら、先程までの出来事を思い返してみる。
学校に近い公園にいたはずだった。それが突然目が眩む光に包まれたと思ったら、次に気づいた時にはここにいた。
(さて、何が起きたのかな?)
目が慣れてきたことで、かなり周りの様子が分かるようになってきた。一番気になるのは足元にある幾何学模様のような円形の図。
しゃがみ込んでその図形を触ってみるが、上から何かで書いたような盛り上がりや削られたような凹凸はない。石畳の上に最初からその模様があったかのように真っ平だ。
信じられない、信じたくないが自分の身に起きたことが少し彼には分かってきた。
「君、何をしているんだい?」
この場にいたのは彼と騒いでいた二人だけではなかった。背の高い男子生徒が話しかけてきた。その隣にはもう一人、こちらは女子生徒がいる。彼も良く知る制服を着た彼等は、騒いでいる男子生徒と争っていた時に近づいてきていた二人だ。
「……別に。ちょっと確かめていただけ」
「貴方は?」
女子生徒のほうが彼に向かって素性を尋ねてきた。
「普通、そっちから名乗るんじゃない? まあ、いいか。僕は黒島(くろしま)日向(ひゅうが)。中等部の二年生」
「その制服はそうよね。でもその口の利き方って……」
声を掛けてきた女子生徒は軽く眉をひそめている。どうやら礼儀にうるさいタイプのようだと彼、日向は思った。
「何か?」
ただ謝罪する気にはならない。そういう性格なのだ。
「別にかまわないけど……私は長谷(はせ)美理愛(みりあ)。桜花学園の高等部二年よ」
「僕は桐生(きりゅう)優斗(ゆうと)。美理愛と同じ高等部二年だ」
「へえ、貴方たちがあの」
二人の名前を聞いて軽く驚きの声をあげてみたが、実際は名前を聞かなくても分かっていた。中等部と高等部の違いはあっても日向と二人は同じ桜花学園。二人は学園の有名人なのだ。
「知っているの? 私たちのこと」
「それはね。プリンスとプリンセスの二人の名を桜花学園で知らない人はいない」
口に出すほうが恥ずかしくなるような呼び名。学業、運動神経ともに抜群。それだけではなく二人とも驚くほどの美形ときている。二人が並んで歩く様はまさに王子様とお姫様。世の中というのが、どれほど不公平かということを見せつけるような二人なのだ。
「いやだ、そんな呼ばれ方を私たちされていたの?」
日向の話を聞いて、照れた様子の美理愛。それが日向には意外だった。普通に呼ばれていたと思っていたのだ。
だがすぐに、本人たちに向かってプリンス、プリンセスなんて呼ぶ人はいないかと思い直した。日向は恥ずかしくそんな言葉は口に出来ない。
「それでさっきの続きだけど。何をしているのかな?」
「この模様。何かなと思って」
こう言って足元に描かれた紋様を指差す日向。
「えっと、何かな?」
「想像だけど魔法陣ってやつじゃないかな。つまり僕たちは、どっかの誰かに召喚された」
「召喚? そんなことが現実にあるわけないじゃないか?」
優斗は日向の言葉をまともに受け取らない。当然とも言えるが、そうであれば今の状況をどう説明出来るというのか。
「でも実際に僕たちここにいる。さっきまでは公園にいたはずなのに。君たち二人もそうだよね?」
「ああ、君たちが喧嘩しているのを止めようと思って……そうだとして何の目的で、そんなことをするんだろう?」
異常なことが起きているのは間違いない。優斗も日向の言葉に耳を傾ける気になった。
「お決まりのパターンじゃない?」
「お決まり……? そのお決まりというのは?」
優斗だけでなく美理愛も不思議そうな顔をして日向の方を見ている。彼女には召喚という言葉の意味が理解出来ていないのだ。
お坊ちゃまとお嬢様はファンタジー小説には縁がないのかな。そんなことを考えて、日向の表情に皮肉な笑みが浮かぶ。
「おい、日向。てめえ何、勝手に話を進めてんだよ」
そんな日向に向かって、ついさきほどまで女子生徒と騒いだいた同じ制服を来た男子生徒が怒鳴ってきた。
「この二人が話しかけてきたから答えただけ。大体お前、なに僕の名を呼び捨てにしてるのかな? 僕はお前と友達になった覚えはない」
喧嘩を売ってきた相手とすぐに仲良く出来るほど、日向は人間が出来ていない。喧嘩を売ってこなくても仲良く出来ないが。
「なんだと!」
「ちょっと静かにして。僕の想像通りだったら……ほら来た」
そう日向が言うと同時に薄暗かった部屋に突然光が差し込んできた。光は開いた扉から入ってきている。その扉から部屋の中に入ってくる人たち。西洋風の鎧をまとった人たちが両脇に並び、そのあとにローブをまとった人間が続いて入ってくる。
「「おおー!」」「成功だ!」
部屋の中にいる彼等を見て歓声をあげる人たち。何事かと息を詰めて、その様子を伺っていた五人の沈黙を破ったのは、やはり日向だった。
「正解」
「えっ! 何が? 詳しく……」
「何が起こったかは、あの人たちが説明してくれる」
日向は自分に問い掛けようとした優斗の言葉を遮って、部屋に入ってきた人たちに向くように言った。
前に出てきたのは白いローブをまとった一人の少女。日向と同い年か少し年下くらいに見えるその少女は金髪碧眼。日本人には、外見がそうだというだけでは絶対とは言えないが、見えない。
その年令相応かそれ以上に幼く見える可愛い少女の口から飛び出してきたのは。
「勇者様! ようこそ、おいで下さいました」
日本語だった。
「えっ! 勇者!」
驚くのはそこじゃない。そう思った日向だが、それを口に出すことはしなかった。もっと状況知ることのほうが優先だと考えているのだ。
「はい。妾たちの召喚の儀によって現れた貴方は間違いなく勇者様です」
少女は他の四人には目もくれずに優斗だけに向かって話しかけている。
「召喚の儀? やはり僕たちは召喚されたのですか?」
「ああ、すでにお分かりでしたか。さすがは勇者様。詳しい話は後にして、まずは自己紹介を。妾はこの国の王女でローズマリー・フォスター・パルスといいます。どうぞ、ロージーとお呼びください」
「王女様ですか? いえ一国の王女をそのように馴れ馴れしくお呼びするのは……」
「勇者様であればかまいません。父もお許しになるでしょう」
驚きを顔に浮かべながらも堂々と王女と名乗った少女と話す優斗。その二人のやりとりを聞いて日向は確信した。
(どう考えても僕は巻き込まれだね。本来の召喚対象はプリンス。そしてたまたま近くにいた僕たちはその召喚に巻き込まれたわけだ)
これだけで日向の思考は止まらない。次に考えるのはこれからどうするかということ。
(そうなると選択肢は二つ。手伝いをするか、無関係ということで好き勝手に過ごすか。これについては相手の出方次第か。今は結論が出ないな)
決断にはもっと情報が必要だ。まだまだ分からないことが沢山あるのだ。
「では、ロージー様」
「様は不要です」
「……ロージー。僕の名は桐生優斗といいます。優斗が名ですので、こちらでは優斗、桐生ですね?」
「ユート様ですね。素敵なお名前です」
そう言いながらローズマリー王女は優斗の顔をうっとりと眺めている。その目はどう見ても恋する女性のそれだ。
どうして転生ものの王女様はすぐ一目ぼれしてしまうんだろう。その様子を見てそんな風に考えている日向――分かっているはずだ。それがテンプレだからだ。
「隣にいるのが」
「私は美理愛、長谷といいます。優斗の同級生です」
「同級生?」
「友人ということです」
「ああ、ユート様のご友人ですね。よろしくお願いします。ミリアさん」
優斗には様付けで美理愛にはさん付。ローズマリー王女は扱いに差をつけている。その理由は何なのか。もしかすると修羅場が見られるのかと思って、日向は少し面白がっている。
「貴方たちは?」
ローズマリー王女が残った三人に名前を聞いてきた。
「俺は高橋(たかはし)冬樹(ふゆき)だ」
それに応えて名を名乗る冬樹。
「…………」
「…………」
だがその後に二人は続かない。
「おい、自己紹介しろよ」
「あたしが先なの?」
「……あまり時間がないから、後にしましょう。それで貴方たちとユート様とのご関係は?」
ローズマリー王女は明らかに残った三人には興味がない。すぐに終わることであるにも関わらず、自己紹介を飛ばして話を先に進めようとしている。
「関係ない。名前は知っていたけど話したのは、さっきが初めて」
「……何故、そんな人たちが?」
無関係の三人が何故この場にいるのかローズマリー王女には分からない。だがそれを聞きたいのは日向たちのほうだ。
「それは僕が聞きたい。でも詳しい話は王様がしてくれるんだよね? だったら、さっさと王様の所に案内してもらえないかな?」
「貴方! その口の効き方は! ……まあ、いいわ。貴方が言うとおり、詳しい話は陛下が致します。謁見の間にご案内いたしますわ」
日向の言葉づかいを無礼に感じたのであろう。それを怒鳴って注意しようとしたローズマリー王女だったが、優斗が見ているのに気付いて途中で止めた。はしたないいところは見せたくない。そんな女心が働いたのだ。
そんな王女の様子を見ながら日向は考える。
(王女様は僕たちにまったく興味がない。これは勝手に過ごすパターンかな? でもいきなり追い出されるのは無しにしてもらいたいけど……王様次第か)
◇◇◇
五人が案内されたのは、召喚された部屋とはうって変わって煌びやかな大広間。左右には文武官と思われる人間が、ずらりと並んでいる。
赤い絨毯の上をローズマリー王女を先頭に進んでいくと正面に、これまた立派な玉座に座っている男性がいた。誰が見てもそれが誰か分かる。この国の王だ。
「父上、勇者様をお連れいたしましたわ」
「うむ、ご苦労。さて勇者殿、儂がこのパルス王国の王、ジョージ・フレドリック・パルスだ」
「僕はユート、キリュウといいます」
「私はミリア、サイジョウです」
「俺は……冬樹、高橋だ」
「三枝(さえぐさ)夏(なつ)」
「……黒島(くろしま)日向(ひゅうが)」
いつの間にか優斗と美理愛が名乗りを横文字に変えていることに気付く。それに釣られるようにファーストネームを先にした冬樹。それが面白くて、思わず吹き出しそうになるのを堪えながらも、日向は何とか自分の名前を名乗った。
「まずはそなたたちの意思を無視して、この世界に召喚してしまったことを詫びよう。だがこちらにも事情があってな。致し方なかったのだ」
そんな日向の様子に全く頓着することなく国王は話を進めた。その視線はローズマリー王女と同じ。優斗だけに向いている。
「その事情というのは?」
当然それに答えるのは、直接問いかけられた優斗だ。
「この世界イーリアスでは、ずっと魔族との争いが続いている。これまではなんとか魔族の侵攻を防いできたのだが魔族に新たな王、魔王が立ったことにより、戦況は徐々に悪化してきている。これ以上はとても儂たちの力だけでは防ぎきれそうにない。そこで勇者に魔王を倒してもらいたいのだ」
「魔王ですか?」
「そうだ。魔族との争いはすでに何十年と続いている。人間にとって魔族は天敵。なんとしてもこの国の平和の為に魔族との戦いに勝たなければならない。なんとか力を貸してもらいたい」
「僕たちにはそんな力はありません。普通の高校生だったのです。魔族との戦いなんて……」
なんかこのやり取り面倒くさい。話を聞いている日向そう思ってしまう。どうせ召喚された勇者には特別な力があるとか言い出すに決まっているのだ。
それでも日向は、なんとか心の思いを表に出さずに、澄ました顔で国王の言葉を聞いている。
「その心配は無用じゃ。異世界から召喚された勇者には特別な力がある。必ず魔王を倒せるはずだ」
「特別な力とは?」
「ふむ。まず勇者はこの世界の人間を超える力を持っている。膨大な魔力であったり、一般人を超える力であったり、その能力はその勇者によって色々だ。もうひとつが神器の存在だ。この世界には神の恩寵を受けた武器や防具が存在する。それを使いこなせるのは、勇者だけということになっている」
「でも僕たちは戦ったことなどありません」
早送りボタンがあれば良いのに。無表情のまま日向はこんなことを思っている。
「いきなり魔王と戦えというわけではない。ある程度の実力をつけるまでは、この城で鍛錬をしてもらう。その為の優秀な教師役も用意している。その後も、少しずつ経験を積んでということだ。魔族との戦いは我らも当然協力する。この国で腕の立つ人間を同行させるつもりだ。頼む。どうか、勇者として魔王の討伐を引き受けてくれ」
「……分かりました。僕たちで力になるのであれば、この国の為に――」
「ちょっと待って」
優斗の言葉を遮るように日向が声をあげた。
「えっ? 何だい?」
突然横から入ってきた声に優斗は戸惑いの声をあげた。
「勝手に話を進めないで。僕には確認したいことがある。王様、ちょっと聞いて良いかな?」
「無礼な!」「なんだ、その口の効き方は!」
国王に対するものとしてはあり得ない日向の口の効き方に、両側に並んでいる臣下からそれを咎める声がいくつもあがる。
「黙れ!」
「「「「………」」」」
だが、その声は国王の一言でぴたりと止んだ。
「たしか……ヒューガだったな。聞きたいことがあるのなら遠慮なく聞くが良い」
これには少し日向もホッとした。ここまでの無視され方では、質問も許されない可能性があると心配していたのだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて。まず勇者について。ここには五人の召喚された人がいる。誰が勇者なのかな? それとも僕たち全員が勇者なの?」
「……いや、一度に召喚される勇者は一人と聞いている。あくまでも伝承で聞いているだけだが」
これを聞いて数人がガッカリしている。それを表情に出しているのは冬樹だけだが。
「じゃあ僕たち五人の中で誰が勇者なの? それを見分ける方法はあるのかな?」
「言い伝えがある」
「どんな?」
「言い伝えではこう言われている。『この世を混沌が覆う時、白銀に輝く勇者が現れて、この世界を導くだろう』と」
「……白銀の勇者か。それで王様は誰が勇者だと思っているのかな? 聞くまでもないけど」
「それは……ユート殿だ」
「根拠はプリンスが来ている服だね? 確かに白銀に輝いて見える」
桜花学園高等部のグレーの制服は白銀に見えなくもない。ポリエステルで出来たそれは光沢があって、光を受けている様子は白銀に輝くと言えなくもない。
「そうだ」
「プリンセスの服も同じだけど?」
美理愛も女子生徒用だが同じ素材の制服を着ている。言い伝えの言葉だけではどちらが勇者か特定出来ない。
「プリンセスとはミリア殿のことか。確かにその通りだ」
「じゃあ、どっち? 見分ける方法はあるのかな?」
「それは後でステータスを調べることである程度分かるであろう。先ほど伝えた通り、勇者にはこの世界の人間を超える力がある」
ステータスを調べることが出来る。日向が驚くような話ではない。ただそれで本当に勇者を見分けられるのかということには疑問がある。
「他の方法は? さっき神器があるって言ったよね? それで試すことは出来ないのかな?」
「神器はこの国にはない。神器は深い迷宮の奥などにあると言われている。いくつか伝承はあるが、具体的にどこにあるかは分かっていない」
「……RPGの世界だね」
お宝をダンジョンに探しに行く必要もあるようだ。日向は少しウンザリしてきた。
「なんだ? そのアールなんとかとは」
「なんでもない。僕たちの国の言葉だよ。それよりも一回の召喚で勇者は一人って言っていたよね? 召喚は何回でも出来るの?」
「……出来る。だが星のめぐりや様々な条件がある」
そえはそうだろう。いつでも召喚出来るのであれば、おそらくは勇者であろう優斗がこんなにありがたがられるはずがない。
「僕たちの他に召喚された人は? この国にいるのか?」
「……いない」
「それはどういう意味? 召喚したけどいなくなった。それとも死んだってことかな?」
日向の質問がどんどん鋭くなっていく。相手が国王であろうとお構いなしに。
「……前回、召喚を行ったのは何十年も前だ。そして召喚したからといって、必ずしも勇者が召喚されるわけではない」
「答えになっていないね。生きているの? 死んでいるの? 死んでいるとしたら、その原因は?」
日向の問いはまるで犯人を訊問しているかのようだ。その様子を見て、周りの四人の顔がやや青ざめてきている。
「日向……お前、王様に向かって……」
「お前は黙ってろ。これは大切なことだ」
なんとか口を開いて止めようとした冬樹だったが、それは日向によって一蹴された。
「大切って何が? そんなことどうでも良いでしょ!」
今度はローズマリー王女が口をはさんでくる。余計な真似を。今にも舌打ちしそうな日向の顔はそんな気持ちを隠すことなく表に出している。
「それは僕も聞きたいな。僕たちの他に同じように召喚された人がいるなら、その人がどうなったか知りたいし」
だがそんな日向をフォローするかのように優斗が口をはさんできた。それを聞いて日向の口に軽く笑みが浮かぶ。良く出来ました。この台詞は口にしない。
「勇者様……」
優斗にそう言われるとローズマリー王女はもう何も言えない。それを見て、少し呆気にとられていた国王も居住まいを正して、口を開いた。
「……分かった。話そう。正直に言えば詳しいことは分からない。前回の召喚時は、儂は王どころかまだ幼かったからな。分かっているのは、その時召喚された者は、勇者ではなかった。勇者でないものを魔王との戦いに向かわせるわけにはいかない。ある程度の保証をして好きに生きてもらうことになったようだ。ただ城を出た後、どうしたかまでは……」
「……つまり一度召喚したら、戻す方法はないってことだね?」
「「「なっ!」」」
日向の言葉に周りが一斉に驚きの声をあげた。唯一驚いていないのは夏。やっぱりねと誰にも聞こえないような小さな声で呟いている。
「……何故、そう思った?」
「だって……勇者じゃなかったのなら元の世界に返せば良い。それをしないってことは、そういうことだ」
「……その通りだ。儂らに召喚した人間を元に戻す方法は伝わっていない」
「伝わっていないということは、なくはないってこと?」
「分からない。だが魔族であれば知っているかもしれない。魔族は儂らに比べて、高度な魔法の知識を持っている。儂らが知らない魔法も知っている可能性はある」
「知りたければ、魔王を倒せと?」
「そういうことだ」
日向は国王のこの言葉を信じていない。魔族が知っているのなら召喚された勇者を、その魔法を使って元の世界に返してしまえば良い。そうなれば魔族にとって勇者など、なんの脅威にもならない。そう考えているのだ。
だがそのことを王に突っ込む気は日向にはない。聞きたいことさえ聞ければ、後はもうどうでも良いのだ。
「ということらしい。僕が聞きたいことは大体聞いた。それで皆はどうするの?」
「僕は……魔王を倒そうと思う。元の世界に帰れるかどうかは関係ない。この国の人が困っているのであれば、その為の力になりたい!」
「私も……優斗がそういうのであれば優斗の力になりたい!」
優斗の言葉に美理愛がすかさず同意した。優斗については正義感だろう。だが美理愛の言い方は優斗を助けるというもの。それを聞くだけで彼女が優斗をどう思っているか分かる。
「俺は当然戦うぞ。なんてったって勇者だぞ、勇者」
そして冬樹。口に出したのは勇者への憧れ。そんな冬樹を日向は冷めた目で見ている。ここまでの話を聞いていれば、自分が勇者ではなく、ただの巻き込まれであることは分かるはずだ。
「…………」
夏はただ黙っている。何も考えていないような雰囲気だが、よく見れば瞳に宿る力のようなものがそうでないことを示している。
「……わかった。じゃあ、頑張って」
全員の意思を確認したところで、日向は他人事のような言い方をする。実際に本人は他人事のつもりだ。
「えっ! 君は?」
「話を聞いてなかった? 勇者は白銀に輝いている。僕のどこが白銀? つまり僕は勇者じゃない。だったら好きに生きて良いはずだ。ねっ、王様?」
日向が着ている中等部の制服は紺のブレザー。白銀の要素はない。
「……ああ、そうだな」
「もう少し聞いていい? さっき、前に召喚した人にはある程度の保証をしたって言ってた。それは僕にもしてもらえるの?」
勇者としてこの世界で生きるつもりはない。だが徒手空拳で放り出されるても困ってしまう。貰える物は貰うつもりだ。
「……何が希望だ?」
「まずは……この世界で生きていくために最低限の知識を得たい。この世界にはどんな国があるのか。生活する為に必要な知識とか。あとは……この国には、冒険者ギルドとかあるのかな?」
異世界といえばギルド。浮かれているのではなく、収入を得る道の一つとして日向は興味がある。
「冒険者ギルド? 傭兵ギルドならあるが」
「傭兵? それって戦争の仕事しかないってこと?」
「いや、言葉通りの傭兵の仕事以外にも色々な依頼を受ける仕事があるな。簡単なものでは薬草の採取、それ以外には魔獣の討伐や宝さがしなんてのもあったはずだ」
呼び名が違っていただけ。まず間違いなく日向が求めているギルドだ。
「じゃあ、その傭兵ギルドで働けるくらいの鍛錬をお願い出来るかな? 最低限でいい。ちなみに魔法って誰でも使えるの?」
「基礎魔法であればな。そこから先はその者の才による」
「わかった。やって見ないと分からないってことだね。じゃあ今、言ったことをお願いしたい」
「それくらいは構わないだろう。だがその場合は期限を定めさせてもらうぞ。この国の為に働かないというのであれば、いつまでも城に置いておくわけにはいかない」
「それはそうだね。問題ない」
期限を決められることに文句は言えない。逆に無期限でいつまでも拘束されることも、日向にとっては問題なのだ。
「……ステータスの確認だけはやってもらうが、かまわないな?」
この国王の言葉を聞いた途端に、日向の口から、小さいが舌打ちの音が漏れた。勇者をやらない以上、自分の能力は召喚した人間に知られたくない。そう思っていたのだが、それを国王は許さなかった。不意打ちを食らった気分なのだ。
「……かまわない」
「ふむ。では早速部屋に案内させよう。他の方たちも一緒にな」
「わかった」
案内の兵に続いて、謁見の間を出て行く日向たち五人。その後ろ姿を見る国王の目から、魔族を倒して欲しいと懇願した時の熱いものはすっかり消え去っていた。