ファンタジー小説-勇者の影で生まれた英雄
しばらくは戦争の疲れを癒す為に体を休めて。ハーバードにこう言われたグレンだったが、そもそも彼にそういう習慣はない。時間があれば鍛錬や勉強に費やし、寝る時間以外は何もしないという時を持つことなど出来ないのだ。 それでも何もすることなく一晩だけ…
ゼクソン国王と約束した物資は、半月もしないうちにエステスト城塞に届いた。ウェヌス王国との戦いの為に用意され、前線に近い猛牛兵団駐屯地に置かれていたものを運んできたのだ。 城塞まで物資を運んできたのはゼークト将軍率いる猛虎兵団だった。猛虎兵団…
「何故、分かったのですか?」 ゼクソン国王とヴィクトリア殿下が同一人物であることを認める問いに納得顔のグレン。ただ、この件については、まだはっきりさせていないことがある。 「陛下」 「この姿でそう呼ばれるのは」 「……変な拘りですね。では、ヴィ…
ウェヌス王国との間に交渉の余地はない。そうなれば、ゼクソン王国にエステスト城塞を引き渡して次の行動に移る、という風にはならないのがグレンのしぶとさだ。 トルーマン前元帥との交渉を終えてからの数日間、グレンは周りから見れば、惚けているように見…
エステスト城砦に銀狼兵団が籠って三か月以上が経つ。状況はグレンの望む通りには進んでいない。進んでいるのは、予想通りの方向だ。 勇者軍はあれ以来、全く姿を現さない。そしてゼクソン軍の方も。 「いい加減に城砦を引き渡したらどうだ?」 「それが出来…
エステスト城塞から結衣とフローレンスは駐屯地に戻ってきた。 健太郎の部屋に向かう結衣。グレンの誤解をとくことは出来なかったが、戦わなくて済むきっかけを掴めたことで行きよりは気持ちは随分と軽くなっていた。 だからといって機嫌が良いわけではない…
エステスト城砦から撤退して地方軍の駐屯地に勇者軍は戻った。 ただちに開かれた軍議。その席上でずっと健太郎は浮かない顔をしている。勇者軍の騎士の前では強がって見せたが、健太郎はグレンに手も足も出なかった。それに落胆しているわけではない。 健太…
エステスト城塞を落としたのがグレンだと知って狼狽した健太郎。それが収まったところで、周囲の者たちから、すぐにエステスト城塞まで進軍すべきという進言を受けたのだが、健太郎がそれを聞き入れることはなかった。 次の日になっても、改めて方策を検討す…
戦況はゼクソン軍の有利に進んでいる。 被害を最小限に抑えたいゼクソン軍は無理をしない形で戦いを進めているが、それでもウェヌス軍は少しずつ戦線を後退させていっている。 必ずしもゼクソン軍に押し込まれているだけではない。後軍が崩壊して、補給を受…
ゼクソン王国軍の集結地点として定められた猛牛兵団の駐屯地カウは、ゼクソン領ではもっとも西方、ウェヌス王国との国境に近い場所にある。 それ故に集結地点として決められたのだ。 そこに集結したのはゼクソン王国軍だけではない。銀鷹傭兵団を筆頭にいく…
兵団対抗演習の後、グレンは何かと王都に呼び出されることになった。名目は様々だ。 討伐任務の結果報告であったり、調練状況の報告であったり、ウェヌス国軍の軍制の他将への説明といったものもあった。 何であってもグレンにとっては迷惑この上ない。今優…
猛牛兵団との対抗演習は、銀狼兵団の駐屯地で行われることになった。 銀狼兵団は駐屯地の外には出さない。こういった理由からだが、グレンたちからすれば移動の手間が省けて幸いだ。対抗演習などなければもっと幸いだが。 「……猛牛兵団との演習。それも今日…
グレンの住居は駐屯地にある兵団長用の居館だ。将軍向けに用意されたものであるだけに、かなり大きな建物となっている。そこにローズと仲間たち全員が同居している。 その建物の一室でグレンはお茶の時間を楽しんでいた。とはいっても手元の書類を眺めながら…
銀狼兵団の駐屯地。 グレンたちは調練を本格化させていた。兵士は経験、能力に応じて細かな班に分けられており、その班ごとに調練内容が決められている。 やっている事はどの班も地味な基礎訓練ではあるが、その内容は元ウェヌス国軍の兵士たちにとっても、…
グレンが訪れたのはゼクソン国内にある採掘場の一つ。 グレンも捕虜になった後、働いていた場所だ。監督官の指示により集まった捕虜たち、そしてウェヌス軍とは関係のない犯罪者たちを前にしてグレンはゆっくりと話を始めた。 「ゼクソンの客将として働くこ…
謁見の間から場所を移して会議を始めることになった。参加者は謁見の場にいた全員だ。そうであれば、その場で行えば良かったのにと思ったグレンだが、その疑問はゼクソン国王の第一声で解けることになる。何故、自分が呼ばれたのかの疑問も同時に。 「ウェヌ…
グレンはローズたちを連れてゼクソンの王都に辿り着いた。 同行したのは三十名。信頼出来る者だけを厳選した結果だ。グレンとローズを入れて総勢三十二名の一行は、王都に入るとすぐに丸々借り上げられた宿屋に案内された。 それだけの人数で戻ってきたこと…
裏町を出た健太郎と結衣は、予定通り買い物をする為に表通りの店に入った。あらかじめ決めていた店だ。 人の行き来の多い大通りに面している店であるのだが、他に客の姿はない。店の方で気を使って人払いをしたのか、そもそも普段からこのようなのか分からな…
ここ最近ずっと健太郎のイライラは止まらない。自慢気に異世界の知識をひけらかしてみても、そのほとんどを金が掛かるという理由で否定されてしまう。大将軍という地位に就き、軍の頂点に立ったと聞かされているのに、結局は自分の思ったようには物事が進ま…
――グレンたちが王都を発って数日後。 ウェヌス国軍の兵舎の会議室では、いくつもの会議が行われていた。今は三一○一○中隊が会議中だ。会議といってもその内容は第三軍の実質的な解散の通達だった。 「第三軍は丸々、勇者の直轄軍になることに決まった。所属…
――ローズの正体はソフィア・ローズ・セントフォーリア。大陸を統べていたエイトフォリウム帝国の皇族。 執事の衝撃の告白からグレンが立ち直るには、長い時間を要した。ようやく口を開いて出来てきたのは。 「嘘ですよね?」 否定の言葉だった。執事が嘘をつ…
幾本もの木々が整然と立ち並ぶ緑豊かなその場所はウェヌス王都の墓地。木々の間には白い墓石が、これもまた整然と並んでいる。 人気のないその場所に一人佇む男の姿があった。漆黒の髪、どこにでもいそうな商人の様な姿をしたその男は、グレンだ。 墓石にフ…
翌日、何の先触れもないままにゼクソン国王は採掘場にやってきた。 それなりに豪奢な馬車を囲む騎馬がわずかに十騎。一国の王としては身軽な移動だろう。それを確認しながらも、グレンはいつまでも視線をそれに向けることなく、自分の仕事に取り掛かった。 …
一本の木も生えていない赤茶けた岩肌を晒している荒涼とした山の麓。 そこでは多くの人間がボロ衣を纏って忙しく働いていた。山壁に大きく開けられた洞窟。そこから次々と運び出された岩は何か所かに積まれていき、それをまた大金槌を持った者たちが細かく砕…
城内の食事室。今日も健太郎たちは打ち合わせを行っていた。 今日は、いつもよりも健太郎は飛ばしていた。少しでも早く自分の軍を、こんな思いがあらぬ方向に進んでいるのだ。 「駐屯地の名前はトキオが良いと思う」 「はっ?」 「僕の軍の駐屯地だから僕の…
フローラとメアリー王女のことを知っても健太郎と結衣の心情は大きくは変わっていない。二人のそれが変わる時は、このまま来ないのかもしれない。二人のどちらかがこの世界で命を落とすまでは。 夕食の後、そのまま食事室に留まって打ち合わせをしている二人…
城内の食事室。かつてはメアリー王女と健太郎たち、そしてグレンが集っていたその場所は、今は面子を代えた話し合いの場になっていた。 集まっている面子は健太郎と結衣、そしてジョシュア王太子と勇者親衛隊の副官であるマークの四人だ。 ウェヌス王国にと…
敗戦の第一報が入った時点では、動揺はしても戦争である以上はそういうこともあると冷静に受け止めていた軍上層部も、続報が入るにつれて大混乱に陥っていった。 王都とエステスト城塞の間を多くの軍使が行き来し、情報のやり取りが行われた結果、決められた…
アシュラム国境から少しゼクソン側に街道を戻った場所。 アシュラム国境から少しゼクソン側に街道を戻った場所。 そこには迫り来るアシュラム軍を懸命に防いでいるウェヌス国軍の姿があった。どの兵士も満身創痍と言って良い状態だ。 崩壊寸前の部隊を支えて…
いよいよ先軍が国境を越える日となった。 予定からは二日遅れているが、その理由は公表されていない。知っているのは、一部の将だけだ。前日に総大将であるハドスン将軍の名によって密やかに通達された内容は、ゼクソンが裏切る可能性がある、いざという事態…