ファンタジー小説-勇者の影で生まれた英雄
ジョシュア国王の早過ぎる死。それはウェヌス王国に驚愕をもたらした。 だが、もたらしたのは驚愕だけだった。グレンを題材とした小説の影響によって、ジョシュア国王に好意を向けることとなった極々少数の国民の涙を除けば、悲しみも混乱も広がることはなく…
侯爵家といっても領内に大都市をいくつも抱えているわけではない。大都市といえるのは領主館がある街くらいで、それ以外は小さな街ばかりだ。 暴動が起きたバッカスもその一つ。ランカスター侯爵領の南東の外れにある街で、特別な産業も豊かな耕作地もない貧…
どうしてこうなった。今のランカスター侯爵の気持ちを言葉にするとこれだ。万全の準備を整えて、動き出したはずだった。アシュラム戦役で軍部の実権を握り、戦争を自由に行えるようにする。 その後、ゼクソン王国を滅ぼして、その地に王を据える。ランカスタ…
第二次アシュラム戦役の影響は思わぬところにも出ている。ただ、それを気にする人はわずかな数でしかない。さらに本気で困っている人はたった一人だ。 城内の食堂では、久しぶりに夕食会が開かれている。結衣の強い要望で開かれた、その会の参加者は健太郎、…
勇者軍を撃退し終えたあとも、ルート王国の人たちは忙しい日々を送っていた。都はほぼ無傷といっても投石の撤去や穴の空いた場所の修復など、戦後処理は決して少なくない。 それに忙しい理由はそれだけではない。付け入る隙を全く見せない完勝と言える内容で…
勇者軍によるストーケンド襲撃。たとえトキオという独自の駐屯地を持っているとしても、多くの犠牲者を出した戦いだ。それを秘匿しておくことは出来なかった。仮に犠牲が少なくても同じこと。襲撃の情報は間者を通じて、ジョシュア国王の耳に入ることになる…
ルート王国は勇者軍との戦いに向けて着々と準備を進めている。勇者軍も行軍を隠す段階ではなくなっていて、かなりの勢いでルーテイジに近づいていた。その情報は逐一グレンの下に届けられる。出動した勇者軍は五千。率いているのは健太郎。大量の攻城兵器と…
エリック・ハーリー千人将、アシュリー・カー千人将を筆頭にした騎士団の帰還は、ウェヌス王国に驚きを持って迎えられた。彼らはすでに忘れられた存在だったのだ。 早速にジョシュア国王臨席の下、帰還報告の場が設けられた。居並ぶ重臣の中、両名を先頭に四…
ウェヌス王都にあるランカスター侯爵家の屋敷。ランカスター侯爵は冷たい目で列席者を見つめていた。それでもレスリーからの報告を受けた時よりは随分と落ち着いた様子だ。過ぎた失敗をいつまでも悔やんではいられない。それくらいの分別はウェヌス王国の大…
アシュラム王国の都メイプルで二ヶ月の時を過ごすことになった健太郎。とはいっても健太郎が自由を許されているのは城内だけだ。それでさえ破格の待遇というものだが、健太郎にとっては不自由で仕方がない。 街に出ることが出来るのであれば、それなりの期間…
健太郎をなんとしても中央に戻す。そのために動き出したランカスター侯爵家の最初の一手はレスリーを健太郎のもとに送り込むというものだった。状況把握と健太郎の説得、それがレスリーの役割だ。事態を解決する為の使者という名目でゼクソン王国にも正式に…
エステスト城砦の一室にゼクソン王国とウェヌス王国の外交担当者が集まっていた。アシュラム王国との戦いの後処理が会談における議題だ。 ゼクソン王国側の代表者はエルンスト伯爵。ウェヌス王国側はランカスター宰相だ。ランカスター宰相は事態が予想外の方…
全軍での総攻撃を決めた翌日。勇者軍は早朝からその準備に入っていた。本陣では総攻撃にあたっての戦法の確認を行うために大隊長以上の将官が集まっている。 それを率いる健太郎はといえば、上座に座ったままテーブルに突っ伏していた。 「ケン様、全員集ま…
ウェヌス王国とアシュラム王国との国境にある城砦。その城砦に向かって大小様々な石が大量に降り注いでいく。勇者軍の投石器が発した石だ。 健太郎が考えに考えた自軍の強化策。それは結局、各種兵器を大量に運用するというものだった。大国ウェヌスの国力を…
ランカスター侯爵屋敷の一室にレスリーは呼び出された。呼び出したのは兄であるランカスター宰相だ。会議の場で健太郎が発した「恩賞としてアシュラムを」という要求。ランカスター宰相はそれを入れ知恵したとすればレスリーだと疑っていたのだが。 「私は知…
ウェヌス王都。王城の大広間では今まさにアシュラム王国への侵攻が決定されようとしていた。居並ぶ重臣を前にランカスター宰相はジョシュア王に向かい合っている。 「アシュラム王国への侵攻を決定したいと思います」 「また戦争か。ゼクソンとの戦争が同盟…
「行ったり来たり忙しい奴だな」 これがゼクソン王都に到着したグレンに向けてのヴィクトリアの第一声だった。それを聞いて、グレンは青筋の立て方を教えてもらいたくなった。グレンが忙しくしている原因の一端はヴィクトリアにもあるのだ。 「わざと怒らせ…
ルート王国の重臣会議。その進め方は以前とは変わっていた。グレンが全ての報告の相手をすることはなく、すぐに指示を返すこともない。重臣たちの間で議論した上で、その結果の判断を仰ぐという、どの国でも行われている進め方だ。 それが臣下を育てる意味を…
グレンにとっての最大の問題は自分の体が一つしか無いこと。夜の話ではない。ルート王国とゼクソン王国の二つの国政をみるということが、かなり難しくなっている。どちらも安定には程遠い状況。やらなければならない事柄は山程あるのだ。 ゼクソン王都を離れ…
アシュラム王国の使者を迎えた後は重要案件の進捗を確認する為の重臣会議。このようなイベントがなくてもグレンの毎日は忙しい。個別案件についてもグレンは一つ一つ状況を細かく確認している。時間がいくらあっても、体がいくつあっても足りないような状況…
ゼクソン王国とウェヌス王国の同盟締結の情報は瞬く間に広がっていった。両国の王が会しての同盟だ。周囲に知られないはずがない。 ウェヌス王国にとってはその影響はほとんどないといって良いものだが、ゼクソン王国にとってはそうはいかない。グレンがゼク…
ウェヌス王国の王都にあるランカスター侯爵家の屋敷。その屋敷の食堂に普段は見れない人物の姿があった。当主であるランカスター侯爵その人だ。 普段は領地にいるランカスター侯爵が久しぶりに王都に出てきていた。食堂には長子でありウェヌス王国宰相である…
グレンのゼクソン王都滞在は二か月で終わった。 私生活はヴィクトリアとメアリーの間を行き来するという傍目には羨ましい、グレン本人にとっては気恥ずかしさと気まずさを感じる毎日だった。ヴィクトリアとメアリーの方は王族らしく、互いの立場を尊重し合っ…
グレンはメアリーを連れてゼクソン王都に戻った。ウェヌス王国との交渉の詰めはこれからだ。最終的な調印式にはまだ時間が必要となるので、一旦エステスト城塞から引き上げることにしたのだ。本当はルーテイジに戻る方が近かったりするのだが、現時点ではメ…
会議が終わった健太郎を、いつもの様に結衣とレスリー・ランカスターは部屋で迎えた。 二人の前の椅子に座った健太郎。だが何も話をすることなく口を真一文字に結んだまま、じっと考え込んでいる。 その健太郎に焦れて結衣が文句を口にする。 「どうしたの?…
ウェヌス城内の会議室ではゼクソン王国との交渉結果についての報告が行われていた。それを聞いた出席者の誰もが思ってもみなかった内容に愕然としている。 ランカスター宰相にいたっては強く拳を握りしめて、あからさまに怒りを示している。 「もう一度、言…
軽く口づけを交わした後のグレンとメアリー王女。二人とも少し照れた様子で顔を赤くして、それ以上何かをすることはなく、それでいて離れることには抵抗があるようで体を寄せ合ってソファに座っている。ソフィアとヴィクトリアがこの光景を見れば、何を純情…
グレンがルート王国に帰国したのは国政の状況を確認する為だけではない。ゼクソン王国とウェヌス王国との交渉の場であるエステスト城砦は、ゼクソン王都よりもルーテイジの方が近い位置にある。交渉の状況によってグレンの判断が必要になった時の為に、より…
ルート王国に戻った翌日。グレンはハインツたち三人を連れて軍の演習場に向かった。演習場といっても決められた場所があるわけではない。ルーテイジ周辺の空き地を利用して、調練は行われているのだ。 目的の場所に向かって、のんびりと騎馬を進ませるグレン…
グレンがルート王国を離れて、すでに半年以上が経つ。さすがに重臣会議の場は、国王不在を憂いた発言が目立つようになった。もっともそれは、一人の男が騒ぎ立てているだけに過ぎないのだが。 「いつになったら陛下は戻ってくるのだ?」 「また、その話か? …